第二話 ようこそ桜和国へ

目を覚ますと、私はどこかに横たわっていた。



(一体何が…?)



ゆっくり体を起こすと、何やら人の声がする。それも1人や2人じゃない。周りを見回すと、十数人規模の人に取り囲まれていた。どうやら私は祭壇の上にいるようだった。


異様な光景だが、頭がボンヤリとして上手く働かない。



(私…帰ってる途中で…。)



そこまで思い出してハッとした。


辺りを見渡すと、そこは完全に日本……私の知っている世界ではなかった。

大きな階段が続き、その上には古代中国の宮殿のような建物。私を取り囲む人々の服装も、私の知る現代の物ではなかった。



(まさか、ここって…。)



「大丈夫…?」



突然あまり抑揚のない声で訊ねられて、私は側に立った声の主を振り返った。


声の主は、文字通りだった。女の子というにはあまりに幼い見た目だ。そして、髪も服も、肌も瞳の色も、何もかもが真っ白…。



(ま、まさか…幽霊…。)



驚きのあまり身を縮こめて黙りこくっていると、その女の子は首を傾げた。ハッと我に返って何とか声を絞り出す。



「あ、だだだ、大丈夫、です…。」



そう答えると、女の子は微かに口角を上げた。一瞬目が潤んだような気がしたが、気のせいだろうか。



「よかった…。」



とりあえず、危害を加えられることはなさそうだ。よし、落ち着け私…。よく見れば、真っ白なのはこの子だけ…。しかも私、この子のことじゃない。



「私…そら…。ようこそ…、桜和国おうわこくへ…。」



今、桜和国って言ったよね。この子、空って名前だって言ったよね。



「マジか……。」

「ま…?」



馴染みのない言葉に困惑する空を放っておいて、私は脳内を整理した。


まさかとは思っていたが、桜和国は『皇憐-koren-』の舞台となる国の名前だ。さらにこの空は、『皇憐-koren-』にも登場する人物。


ということは、ここは…。



「異世界…?」

「そう…。」



まさかの同意を得られて、私は固まった。同意を得られるなんて…そんなことある…?



「とりあえず、来て…。」



空に促されて祭壇から降りると、祭壇を囲む群衆が自然と道を開けた。そのど真ん中を堂々と歩く空と、身を縮こめたままの私は宮殿へと続く階段を登り始めた。


まさかの同意を得られたわけだけど、異世界に召喚された? それとも…漫画の世界に入った…? いや…でも、私の記憶にある転生前の世界と何となく重なる…。

そうなると、漫画の世界に入ったわけじゃなくて、転生前の異世界に召喚されたって方…なの…?



ということは、ここは私が転生前に生きていた世界…?


あまりの急展開に頭がついていかないというのはあるが、パニックにならずにいられるのは、この世界の雰囲気に馴染みがあるからだろうか。


階段を登りながら改めて周囲を見渡してみるも、建物や城壁が高すぎて他には何も見えない。正直、なんだかピンとこない…。



「あなた…名前…。」

「あ、結…。」

「結…。」



それ以上は無言のまま、階段を登り切った。



「はぁ…。」



なんて大きな建物。『皇憐-koren-』と時代が同じだとすれば、この世界には工事車両なんてないはず。人力でこの大きさ…? 人ってすごいなぁ、尊敬する…。

近くに立ってしまうとかなり見上げないといけない大きさだ。もっとも、屋根の縁が邪魔して屋根のテッペンは全く見えないのだが。



「結…。」



建物に見惚れていると、空に促すように呼ばれた。



「あ、今行く…。」



駆け足でついて行くと、空は兵に顔パスで扉を開けさせ、再び堂々とど真ん中を歩いて中へと入って行った。私はその後ろをビクビクしながらついて行った。



入って正面、見上げた先に玉座に座る皇帝と皇后がいた。


部屋もきらびやかで豪華だし、あの身なり。本当に、本物の皇帝と皇后だと視覚だけで十分に理解できる。



「皇帝…、召喚できた…。」



空は私に話しかけたのと同じ調子で皇帝に話しかけた。


この空、見た目は幼女だが『皇憐-koren-』によれば、皇帝・皇后に平気でタメ口を使える程の地位を持っているのだ。



「おぉ、そうか!」



皇帝は身を乗り出して私を見た。私はびっくりして、思わず体が収まるはずもない空の後ろに引っ込んだ。



「皇帝…、結、びっくりしてる…。」

「おぉ、すまん。」



申し訳なさそうに笑うと、皇帝は椅子に座り直した。隣の皇后は優しく笑っていた。どうやら2人の関係は良好なようだ。



「結、というのがあなたの名ですか?」



突然皇后に話しかけられて、肩がビクッと跳ねた。



「は、はい!」



め、めちゃくちゃ綺麗な声…! 艶やかで色気がある…。皇帝も皇后も、お年は召しているようだけれど、純粋にすごく綺麗。皇后はさらに声まで綺麗だなんて…。



「では、これで『皇族の悲願』達成、というわけですね。」

「うむ、そうだな。」



皇帝と皇后はにこにこと顔を見合わせながら、満足そうに頷き合っていた。



「結、ようこそ桜和国へ。」

「あ、ありがとうございます…!」



一国の皇帝・皇后からこんな風に歓迎されることなんて、一生でもう2度とないだろうなぁ…。



「さて。早速だが、結。そなたを召喚した理由について説明したいのだが…。空から何か聞いているかね?」

「いえ…。」



そう答えると、部屋の左手の方から吹き出すような声が聞こえた。



「空にそんな説明は無理だろ。」



声がした方を振り返ると、部屋の左端にある太い柱に寄りかかる男性がいた。



「何者だ!」



一気にどよめき立つ皇帝・皇后や兵を他所に、私と空はその男性をただ見つめていた。



「…皇…憐…?」



最初に言葉を発したのは空だった。決して大きな声ではなかったが、全員の動きがピタリと止んだ。



「皇憐…だと…?」



信じられないと再び騒つく兵を他所に、その男性は空と私の元へ歩いて来ると、空の頭に手を乗せて言った。



「久しぶりだな、空。」

「皇憐…。」



大きく口を開けて笑う彼に、空は飛びついた。

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