第一章

第一話 女子高生・結

丁度授業終了のチャイムが鳴り終わったところで目が覚めた。何だか不思議な夢を見ていたような気がする。



ゆい〜! 授業終わったよ〜!」

「…私、寝てた?」



鞄を持ってやって来た友人にそうたずねると、彼女は呆れたように大きな溜め息を吐いた。



「もう爆睡! 先生何度も起こしたのに、あんまりにも起きないから諦めてたよ。」

「うわぁ…先生ごめん…。」



ごめんね先生、悪気はないの…。先生のことも嫌いじゃないよ…。心の中で手を合わせながら、机の上に出たままの教科書を片付けていく。



「今日はどうする? どっか寄ってく?」

「あ、今日は私本屋さん寄ってそのまま帰るね。」

「あぁ〜、今日は最新巻の発売日か…。」



再度溜め息を吐いた彼女を尻目に、鞄を持ちながら立ち上がる。



「可憐な高校2年生の女子が夢中になるのが恋じゃなくて少年漫画だなんて! 華のセブンティーンだっていうのに!」

「いいじゃん別に。恋だってそのうち…。」

「合コン来たことないくせに〜。オタクは否定しないけど、貴重な高校という名の青春時代が終わるぞ〜!」

「あはは〜。じゃあまたね〜。」



私は適当に切り上げてその場から逃げ出すと、本屋に直行した。


恋に興味がないわけじゃない。ご縁があれば、とは思っているが、そのご縁がなかなか巡ってこないのだ。

そしてついに巡ってきたご縁が、私が今夢中になっている少年漫画だった、というだけ。



本屋に入ると、お目当ての品は1番目立つ所にポップ付きで平積みにされていた。


そう、この漫画に夢中なのは私だけじゃない。社会現象なんて言われるくらいには、世間でも流行っているのだ。アニメ化も決まっているし、実写映画化なんて噂も耳にした。


私は最新巻をゲットすると、ホクホクとした気持ちで家路いえじを急いだ。



この漫画……『皇憐こうれん-koren-』の舞台は、古代中国風で、でもどこか日本ぽくもある異世界。そんな異世界に召喚された主人公が、不老不死の龍である皇憐とともに弱まった封印を直すために旅をする、というストーリーだ。


私は恐らく、この『皇憐-koren-』の世界を。なんだかおかしな話だが、この世界への親近感がすごくて…。知らないはずの景色や情景が頭の中にふっと浮かぶことがあるのだ。


妄想癖なのかと思ったが、どうやら違うらしい。



というのも、順番がだったから。


幼い頃から頭にこびりついて離れない世界。年を重ねるうちに、それが中国でも、日本でもないと理解した。

じゃあこの世界はどこなんだと疑問に思っていたところ、たまたま『皇憐-koren-』を読んで衝撃を受けた。思い浮かべていた通りの世界が、『皇憐-koren-』の中に広がっていたのだ。



そうして辿り着いた結論。


きっと私は前世で『皇憐-koren-』の舞台となっている、この世界の住人だった。いわゆる『転生者』なのだろう。そして、きっとこの漫画の作者も…。



もちろん、このことは誰にも言ったことはない。漫画が好きすぎるせいで頭がおかしくなったと思われるに違いないため、ずっと心に秘めているのだ。


誰だって1度は思うだろう、好きな漫画アニメ小説映画の世界に入りたい! と。

もちろんそれとは異なるけれど、それと混同されて誰にも理解してもらえる気がしないのだ。結果、こうしてただの少年漫画オタクをやっている。



そもそも私の記憶も記憶で、かなり朧げなものしか残っていないのだ。


性別は恐らく女性で、良家の出だと思う。良家の旦那さんと結婚して、子どもにも恵まれて、何不自由なく幸せに天寿を全うした……っぽい。


風景や景色は『皇憐-koren-』を見てビビッときたくらいにはしっかり覚えているというのに…。



記憶が朧げすぎて、前世の調査的な番組とかで取り上げていただけるのなら、是非にでも!という勢いだ。


せめて名前とか、もう少し何か分かれば真実味が増すのに…。それもあって、いつか作者の人と話してみたいなぁ、なんて…。



そんなことをボンヤリと考えながら歩いていた時、家にもう少しで到着するというところで突然足元が光った。それは光ったという言葉では足りない程の、強い光だった。



「な、何!?」



目も開けていられないほどの眩しい光に包まれていく。くらんで見えない目で無理矢理足元を見ると、陣が浮かんでいた。



(何これ…!)



私はあまりの衝撃で動けなかった。



「ま、さか…!」



『皇憐-koren-』の幕開けはこうだった。


--転生した主人公はある日、足元に浮かんだ眩い光を放つ陣を介して、元いた異世界へと召喚されてしまったのでした。



そうこうしているうちに、足元の陣が放つ光は私の体を完全に包み込んでいた。

いつの間にか、地面の感覚がない。立っているのか浮いているのか、それさえも分からない。


やがて私は意識を手放した。


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