第4話 足元に転がっているもの!?

ムシャ………

少し思い出した。俺は会えたんだ。よかった、愛する女に俺は会えた。

俺は、涙がこみ上げるような感覚を感じた。

実際には涙など流れてはいないのかもしれない。しかし今はそれを確かめる術がなかった。


腕の感触がない。目も開かない。

闇の砂漠の中に、産み落とされた胎児のように、なに一つ自由にはならない。

自分の力で立っていることさえ、ままならないのだ。


ん!?………なんだ。

さっきから気にはなっていたが、これはどういうことだ。

匂うのだ。なにかの匂いが。………このなつかしい匂いは。


ムシャ………

俺は、一瞬気を失いかけて、膝が落ちた。

全身から沸き上がる激痛もそうだが、思考力もどんどん低下をしている。


そのとき、俺はハッキリと思い出した。

俺は、愛する女に会いに来た。俺を見て、女はとても喜んでくれた。

そして、俺たちはお互いの愛を確かめるために、愛し合い、激しく燃えた。


そうだ。そうだ、思い出してきた。

彼女は俺の子をはらんでいた。でかく膨れ上がった腹の中の子は、間違いなく俺の子だ。


―――しかし、肝心な部分が思い出せない。


彼女のいとしい顔も思い出せない。

意識を失う前のことを断片的には思い出してきたが、もっと大事な部分が記憶の中から消えている。


まさか彼女も俺と同じ目に、………。

いや、彼女はきっと逃げている。俺の子を守りながら、きっとこの場から逃げたはずだ。俺は祈るような気持ちだった。


ムシャ………

俺には、最愛の女がいた。そして彼女は、俺の掛け替えのない子どもを宿している。

俺は父親になるんだ。こんなところで死にたくはない。俺は真剣にそう思った。


(冗談じゃない。こんなところで死んでたまるか。生まれてくる自分の子を見るまでは。そしてこの腕で抱きし……)と、その瞬間、俺の片目が少し開いた。

網膜薄利のように、うすい白いもやの中に、にじんだ映像がかすかに見えた。

それはスリガラスを通したような映像だった。

俺は目を凝らした。自分の身体が視線の下にかすかに見えた。


なに!?……俺は全裸だった。


自分の足元を見て、俺は顔がひきつった。全身から血の毛が引くのがわかった。全ての体毛が、逆立つような感じがした。


足元に転がっていたものは、間違いなく、俺の、…………

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