第7話

「それでさ! ひどいんだよ! お母さんがさぁ……」


「確かにそれはちょっとひどいわね」


 現在午後11時30分。私たちはさっきからお菓子を食べながらおしゃべりをしている。


 いつものお泊まり会と変わらない気がするけど、今は時間も声の大きさも気にしなくていい。


 翔子ちゃんの家でお泊まりするときは流石に遠慮して、こんなに大きな声で遅くまで騒ぐことはなかったけど、今日は何も遠慮いらない。門限も消灯時間もなし、時間は無限にあるんだから。



「私だって私なりに頑張って3年間部活やってきたつもりだったのにさ……」


 そしてさっきからかれこれ1時間くらい私の愚痴を喋っている。よくもまあこんなに話すことがあるなと自分でも思う。


「ま、みんないろいろ大変なのよ。アスカは頑張った、頑張ったわ」


 翔子ちゃんはそうやって私の肩をポン、と叩いた。なんだかんだ言いながら私の愚痴に付き合ってくれる。本当にいい友達だと思う。




「あー、いろいろ思い出したらむしゃくしゃしてきた」


「この際だから全部吐き出しちゃったら?」


「そうだね。あ、この際だから飲み込んじゃおう」


「飲み込む?」


「そう、せっかくこんな所にいるんだからさ……」


 私は冷蔵庫の戸を開けて、ボタンを押した。


「これで一杯やって嫌なこと忘れちゃおう」


 そう言って、私が翔子ちゃんに見せたのは冷えた缶ビールだった。


「ちょっとそれお酒じゃない。未成年、しかも中学生が何飲もうとしてんのよ」


「いーじゃん、今日ぐらいはめ外しても」


「ダメよ、飲酒なんてバレたら大変なことに……」


「えー、でもそれを言うならラブホテルに泊まってることだってバレたら大変なことになるでしょ」


「それは……」



「ほらここ『18歳未満お客様のご利用はご遠慮させていただいてます』って書いてあるよ。バレたらのこと考えるなら、とっくにやば目のことやってるよ、私たち」


 私はテーブルに置いてあるホテルの案内を得意げに翔子ちゃんに見せつけて言った。そんな私に呆れて、翔子ちゃんはため息をつく。


「はぁ、もういいわよ。好きにしなさい。まあ、そもそもビールってそんなに美味しいものじゃ無いと思うけど」


「そうかな? うちのお父さんとかすごく美味しそうに飲むけど」


 私は缶を開けてビールを少し口に含んだ。それだけで苦さが口いっぱいに広がる。


「うぅ、苦い」


「ほーら」


「苦い、苦すぎ。大人ってこんな苦いもの飲んで喜んでるの?」


「さあ? でももうあきらめなさい」


「いや、ビールだからダメなんだ。苦いの嫌。甘いやつないかな」


 確かチューハイとか甘いお酒だったはず、などと考えて冷蔵庫を物色していると翔子ちゃんが釘をさす。


「もう、飲むならジュースにしなさいよ」


「真面目だなあ、家出少女とは思えない」


「うるさい、この家出常習犯め!」


「チューハイはないか。じゃあしょうがない、ジュースでも飲もう」


「それがいいわよ。でも買ってきたのはもう無いわ」


「え、そうだっけ? 仕方ないじゃあここにあるの買うか」


 私は冷蔵庫のボタンを押して、ペットボトル入りのコーラを取り出した。


「あー、うまい!」


「ただのコーラでしょ」


「いやーやっぱり300円もするコーラは美味しいね」


「300円ですって」


 驚いた翔子ちゃんは冷蔵庫の前まですっ飛んできて、コーラの値段を確認した。


「うわ、高い! ちょっとアスカこんな高いコーラ買ったの?」


「そうだよ。今回の宿泊費って割り勘だよね? これもそうでしょ」


「ずるい! こうなったら私も飲むわ」


 翔子ちゃんも冷蔵庫で何かを買っている。


「もうコーラはないよー」


「コーラじゃなくてこれ」


 翔子ちゃんがドヤ顔で見せてきたのはミネラルウォーターだった。


「それただの水じゃん」


「値段見てみなさいよ」


 冷蔵庫で値段を確認して、私は驚いた。


「300円! え、何意味わかんない! コーラと水って値段同じなの?」


「やっぱり300円もする水は美味しいわ」


 さっきの私を真似しながら翔子ちゃんは美味しそうに水を飲んでいる。ここでの値段が高いだけで、中身は外で売ってるものと何の変わりもないとわかっていても何だか羨ましくなってきた。


「うわ、なんか悔しい。よし私もなんか他に買おう」


 なんかこう言う最高に無駄なやりとりが楽しい。さっきから翔子ちゃんも笑ってる。


「翔子ちゃんも結構楽しくなってきた?」


「ちょっとね、こうなったら目一杯楽しむわ。明日のことは心配だけど」


「なるようになるって」


「なるようになる、か……」


 翔子ちゃんはそう呟いて、何かを考えているようだった。



 そんなことをしているうちに、もうすぐ日を跨ごうとしていた。


「そういえばお風呂まだだったんだ。翔子ちゃんはもう入った?」


「私もまだ。先入っていいよ」


「え、一緒に入らないの?」


「入らないわよ、子供じゃないんだから」


「でもこういう事も今しか出来ないことだし……」


「いいからさっさと入ってきなさい!」


 翔子ちゃんが母親のような口調で言ってきたので、大人しく1人で浴室へ向かった。


 




 お風呂に浸かって、髪を乾かし終えた私は、はしゃぎながら部屋に戻った。


「ねぇねえ! お風呂すごいよ! なんかボタン押したら浴槽が虹色に光ったりしてね……あれ?」


 翔子ちゃんが寝てる。色々あって疲れたんだろうか? でも寝てるのがベッドじゃなくて床なのが気になる。


「翔子ちゃん! 大丈夫? どこか痛いの?」


 私は床でうつ伏せになっている翔子ちゃんを揺する。


「……アスカ?」


 翔子ちゃんがゆっくりと起き上がる。なんだ、寝てただけか。


「ごめん寝てたんだ。起こしちゃってごめん。でも寝るならベッドに……」


「寝てない」


「え?」


「寝てないよー」


 





 



 そう言って翔子ちゃんは私に抱きつき、唇を奪った。


 あれ? 私キスされてる?

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