第6話
ベッドに備え付けられているデジタル時計がちょうど21時になった時、「ぐぅー」と翔子ちゃんのお腹が鳴った。「まるで時報みたい」と、からかおうかと思ったら、今度は自分のお腹の音も大きく鳴った。
私たちは顔を見合わせて笑う。
「晩御飯にしよう」
「そうね」
私たちはこのホテルに向かう途中のコンビニで買ってきたものをテーブルに出す。おにぎりとカップ麺、あとジュースとお菓子。
「カップラーメンなんて久しぶりに食べるわ」
「私もー。家にいるとなかなか食べさせてもらえないの」
「まあ、体に良いものじゃないしね」
「この間、夜こっそり食べようとしたらお母さんに見つかって怒られてさ。『これは勉強の合間に食べる夜食なの!』って言い訳したけど『どうせ食べたら勉強もせずすぐ寝ちゃうでしょ!』って言い返されちゃって。まあその通りなんだけどさ、あはは」
「ねえ、頼むからもうちょっと勉強頑張ってよね。私もできるだけ手伝うから」
翔子ちゃんは全く笑わずに、マジ顔で心配している。
「あ、はい。頑張る」
この家出が終わったら本気で勉強やろう。家出が終わってから、ね。
「そういえばポットとかこの部屋にあったっけ」
「私見てないけどどこかにあるでしょ」
部屋を見渡すとソファの近くに扉があった。
「ねえここ開けてないけどこの中じゃない?」
「そこはクローゼットじゃないの」
「まあ、一応開けてみよう」
戸を開けてみると、中に三段の棚があった。下の段に小さな冷蔵庫、中段に電子レンジ、一番上にコップとティーパック、そして探していたポットがあった。
「あった。よかった、これでお湯沸かせるね」
「へえ、電子レンジまであるのね」
「冷蔵庫もある。中に何かないかな」
冷蔵庫の戸を開けると、中は見慣れない構造をしていた。
冷蔵庫の中が小さい四角い部屋で区切られていて、そこに一個ずつお酒やジュース、お菓子が入れられている。部屋には一個ずつボタンがついていた。
「これ何?」
「ああ、それはたぶん自販機みたいなのものよ。値段も書いてあるでしょ。ボタンを押したら買ったってことになって取り出せるの」
「でもお金入れるとこないよ」
「宿泊代と一緒に後払いでしょ、多分」
「へえ、なんか詳しいけど、もしや……」
「同じのが昔泊まったホテルにあったのよ。家族旅行の時にね」
私がからかおうとしたのを察して翔子ちゃんは早口で言った。
「あ、隣にも同じようなのがあるよ。えーと、ローション1000円?」
「は?」
「0.02スキン、ローター、極太……」
「ちょっといったいそれ何よ」
「あ、こっちはエッチなグッズの自販機だ」
「エッチなグッズ……」
冷蔵庫の隣にあったのはどうやらアダルトグッズの自販機らしい。ローターとかバイブだとか、知識としては一応知っていても実物は見たことのないものがたくさん売っていた。
「うわ、これ形がエグい。買ってみる? 値段も結構するけど」
「買うわけないでしょ馬鹿!」
顔を真っ赤にしてる。
「冗談だって。じゃあお湯沸かすね」
しばらくして沸き上がったお湯を、カップ麺に注いでから出来上がるまで、私はテーブルの上に置いてあったホテルの案内をまとめたファイルを眺めていた。
「あ、ルームサービスでご飯も頼めるんだって。なになに、パスタに焼きそば、カレーライスに牛丼、から揚げ定食とハンバーグ定食……へぇ、定食まであるんだ。わざわざ買ってこなくてもよかったかも」
「そんなの頼んだら人がきちゃうでしょ」
「あ、そうか」
危ない危ない。ここに人なんて呼んだら大変だ。中学生がこんなとこ利用してるってバレたら大変だ。
でもここを利用してる大人もルームサービスを頼む度にここの従業員と顔合わせてるのかな。それって気まずくないのかな。だってここってそういうことする場所だし、来てることはなるべく人に知られたくないだろうし。まあ、別にいいかそんなこと。
「アスカ、メン」
「メン?」
「麺伸びるわよ」
「あ、忘れてた!」
色々考えていたらお湯を入れてから既に3分以上経過していた。
「あーうまい!」
「本当。なんか外で食べるカップラーメンって、家で食べるより美味しい気がする」
「わかる! 絶対美味しいよね」
そんなことを言いながらラーメンを啜っていると、なんとなく物足りなさを感じた。そういえばテレビつけてない。私の家ではテレビを見ながら晩御飯を食べるので、無音だとなんだか寂しい。
「そうだ、テレビでも見よう。せっかくこんなに大きいテレビがあることだし」
テーブルの上に置いてあるリモコンでテレビをつける。
その瞬間大きな画面いっぱいに仰向けになった裸の女性が映し出された。さらに部屋全体に響き渡る女性の喘ぎ声。どうやらテレビの音量がマックスになっていたようだ。
「こ、これは……」
いわゆるアダルトビデオというやつだ。そういえばここラブホだった。こういう番組も見れるようになってるのか。
「早くチャンネル変えて!」
翔子ちゃんは赤面し、目を逸らしながら叫んだ。
「へえ、あそこがあんなに……」
「変えてったら!」
「わかったわかった」
私は正直ちょっと興味があったけど、翔子ちゃんが大声で叫ぶものだから、私はしぶしぶテレビのチャンネルを変えた。テレビの画面にはつまんないニュース番組映っている。
「あんなチャンネルのまま、しかも音量最大にしたとか前の人何考えてんのよ! ここ客層悪すぎ!」
翔子ちゃんはご立腹だ。
「ラブホで客層の良し悪し言ってもしょうがなくない?」
「それはそうだけど……なんか忘れてたわここがラブホテルだってこと」
そのあとチャンネルを一通り回してみたけど、あまり面白い番組はやってない。
「あ、よく見たらDVDプレイヤーもあるんだ。どっかでレンタルしてきたら鑑賞会できたのに。こんど来るときは忘れないようにしよっと」
「そんな機会がまたあったらね」
そういうことを話しながら、夜が更けていった。
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