第5話

 一息ついた私たちは、部屋の探索を始めた。


「お風呂とトイレはどこかしら」


「あ、この扉の向こうじゃない」


 扉を開けるとそこは洗面所だった。大きな鏡があって広くて何より清潔感がある。それで洗面所の右がトイレで左がお風呂。


 洗面所の棚には、歯ブラシ、櫛、コンタクトレンズの保存液などアメニティグッズも充実している。


「あ、歯ブラシがある。よかった、翔子ちゃん家に泊まるつもりだったから歯ブラシ持ってきてなかったんだよね」


「人の家の洗面台にマイ歯ブラシとマイコップ置いとくのやめてよ。今度ちゃんと持って帰って」


「えー、便利じゃん置いとくと」


「あと服も。私のタンスのスペースを圧迫してるんだから」


「あ、服で思い出したけどパジャマも忘れちゃった」


「忘れたんじゃなくて、それもうちに置いてるからあえて持ってこなかったんでしょうが」


「あはは、まあそうだけど」


 続いて、お風呂の様子を見てみる。


「すごーい、このお風呂すごく広いしテレビまでついてるよ。うわっ! ジェットバスだって!」


 お風呂を見て私はまた歓声を上げた。


「お風呂とトイレ別々なのね。てっきりユニットバスかと思ったわ」


「いやーすごいね! ラブホテルって!」


「いや、まあ、確かにそうね」


 213号室の探索が一通り終わったところで、私は荷物をテーブルに置いて、ベッドにダイブした。


 続いて翔子ちゃんもダイブ、は流石にせずにベッドに腰を掛けた。


「ベッドは一つしかないのね」


「そりゃそうでしょ。ここは男女が愛を育む場所なんだから」


 テンションが上がっているせいで、私はそんな軽口を叩いた。


「……私ソファで寝るわ」


「えー、せっかくだから一緒に寝ようよ。二人で愛を育もう!」


「気持ち悪いこと言うな」


 翔子ちゃんは二つある枕の一つを手に取り、私の顔面を攻撃した。


「いた! やったな」


 私も枕を手に取り反撃。ベッドの上で唐突に始まった枕ぶちかまし合戦はしばらく続いた。不思議だ、普段はこんなことしないのに、特に翔子ちゃんは。ラブホテルっていうのは入った人の思考を幼くする魔力があるのかもしれない。


 そのうち疲れて、二人ともベッドの上で仰向けになる。


「はあ。ねえアスカ」


「なーに、翔子ちゃん」


「なにやってるのかしらね、私たち」


「そーだね。私らなにやってんだろ」


 冷静に考えれば、ほんとバカなことをしてる。家出して、友達の家に行こうとしたら、その子も家出中で行き場をなくし。挙げ句の果てにラブホテル、女二人で。でも悲壮感はないし、むしろ突然非日常的なこの空間にいることにワクワクしている自分がいる。


「あはは」


 自然と笑い声が出て、隣を向くと翔子ちゃんも笑っている。翔子ちゃんの笑顔を見てなんだか安心した。今日翔子ちゃんの素直な笑顔を見たのは初めてだったから。


 そこでふと私は思い出す。そういえば翔子ちゃんはなんで家出をしたんだろうか。確か、お母さんと喧嘩したんだっけ?


 おかしいな。翔子ちゃんのお母さんは普段優しいし、翔子ちゃんは真面目だ。翔子ちゃんがお母さんと喧嘩する理由が思いつかない。

 

 気になった私は、ついそのことを口に出してしまった。



「そういえばさ、翔子ちゃんはどうして家出したの」


 翔子ちゃんの表情が曇る。まずかった、言わなきゃ良かったかな。


「いや、言いたくなかったらいいんだけど、ちょっと気になったから」


 「言わなくてもいい」と言ってみたものの、正直私は家出の理由を知りたくてたまらなかった。私の家出はもはや定期行事みたいなものだけど、翔子ちゃんの家出は重みが違う。あの真面目で堅物の翔子ちゃんが家出なんていったいなにがあったのか私には予想もできない。


「まあ、そうね。進路のことでちょっとね」


「進路?」


 これまた予想外の答えが返ってきた。成績優秀の翔子ちゃんが進路で悩んでいるなんて。


「私、第二高校に行こうと思うの」


「へえ、二高に」


 ますます分からない。二高は私たちの住んでいる地域の公立高校で学力のレベルは普通。一応私の志望校でもある。私にとって二高受験は下手すると失敗する可能性があるけど、翔子ちゃんなら試験日に風邪とかで休まない限り落ちることはありえない。


「でも母さんは第一高校目指した方がいいんじゃないかって言うの」


「ああ、なるほど」


 一高も私たちの住む地域の公立高校だけど、二高と違ってレベルが高い。それでも翔子ちゃんなら入れるだろう、私は十年勉強しても入れる気はしないけど。一高と二高両方受かる実力があるのなら、翔子ちゃんのお母さんが、よりレベルの高い一高を勧める気持ちも、まあ分からないこともない。


「でもなんで二高に行きたいの?」


「うん、まあその、近いし」


「それだけ?」


「それにレベル高いとついていくのが大変だし」


「そんなもんかな」


「そうよ、そんなものよ」


「だけどさ、それで翔子ちゃんのお母さん怒ったんだ。翔子ちゃんが二高に行きたいって言ったのそんなに気に入らなかったのかな」


「別に怒ったわけじゃないんだけど、少し言い合いになって……」


 翔子ちゃんが言葉を濁したので、何と無く他にもなんかあるんだろうなって予想はついた。


「まあ、言いたくないなら今は言わなくていいよ。夜は長いしね」


「何よ、それ」


 翔子ちゃんはまた少し笑ってくれた。

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