第4話
公園から結構歩いて、私たちは今夜の宿にたどり着いた。
ここは私たちが住んでいる住宅地から離れたところにある「ハービス」というホテル。ホテルと言っても一般的にはラブホテルとも呼ばれている場所だ。
タブレット端末が置いてある無人のフロントで受付を済まし、私たち2人は2階にある213号室の前まできた。
「213号室、ここだ」
私はドキドキしながらドアを開ける。私と後ろからついてきている翔子ちゃんは恐る恐る部屋へ入った。
『いらっしゃいませ、ホテルハービスへようこそ。当ホテルは自動精算機による精算を行なっています……』
部屋に入った私たちを迎えたのはまたもや女性の声。その声は玄関の近くにある、ゲーセンの両替機みたいな機械から発せられていた。
「お金のやり取りは全部この機械で処理するみたいね。なるほど、この部屋を出るときにまとめてこの機械で精算するのね。これなら従業員とお客が全く顔を合わせないで営業できるわ。よくできてる」
翔子ちゃんはラブホ初体験なのに、瞬時にシステムを理解して解説してくれた。
「すごいね、最近のラブホは」
「ほら感心してないで、靴脱ぎっぱなしよ。ちゃんと下駄箱に入れて」
「はーい。あれ、この下駄箱おかしくない?なんか大きいけど仕切りもないし」
「でも玄関にあるんだから下駄箱じゃない?」
「そうかなあ」
入り口の近くにある、大きくて不自然に奥行きのある下駄箱に靴をしまってから、私たちは入室した。
「広い!」
部屋を見た私の第一声がそれだった。
とにかく広い。私たちが二人で寝そべっても余裕がありすぎるくらい大きいベッド、ガラスのテーブルと大きくて白いソファー、何インチかはわからないけど家のよりずっと大きなテレビ。
「すごい! ビジネスホテルとかよりずっと広くて綺麗じゃん」
「本当、私何となく小汚いイメージがあったわ」
全体的に白を基調とした明るい雰囲気で、壁には花や風景の書かれた絵画か数枚飾られている。ラブホテルであることなんて忘れてしまいそうになるけど、窓がなかったり、照明が薄暗かったりとラブホのそれらしさもちらほらみられた。
部屋に入った私たちは、とりあえずソファーに座って周りをキョロキョロ見る。本当に広いなぁ。昔家族旅行で泊まったホテルよりも広くて豪華な気がする。
一通り、周りを見回した後、翔子ちゃんはため息をついて呟く。
「家出しちゃった」
「しちゃったねー」
「しかもこんなとこに来ちゃった」
翔子ちゃんはため息をつく。
「こんなところで悪かったね。これでも一生懸命考えたのに」
「それにしても、こんなところに泊まろうなんてよく思いついたわね」
「昔先輩から聞いたんだ。その先輩、彼氏ができたはいいけど家には親もいるし、どっかで二人きりになれる場所ないかなって探してたらここのホテルのフロントが無人だってたまたま知ったんだって。『あんたらも彼氏ができたらあそこのラブホ使いなよ』って教えてくれたんだ」
「それなのに女同士で泊まることになるとはね」
「私もこんな時に役に立つとは思わなかったよ」
「ねえ、警察に捕まったりしない?」
翔子ちゃんが、心配そうに言う。
「しないよ」
私はハッキリと言った。正直言って私にもわからないけどここまできた以上心配するだけ無駄だと思ったから。
「入るところ誰かに見られてたら学校に通報されたりしない?」
「誰にも見られてなかったでしょ。フロントにも人いないし、他のお客に見られてても、ラブホでわざわざ余計なことに首突っ込む人もいないでしょ」
「でもやっぱりいけないと思うわ。こういうところってそういうことするところだし……」
普段慎重派な翔子ちゃんはやはり不安そうで、この期に及んでまだソワソワとしている。
「ああ、もう! そう心配ばっかしても仕方ないじゃん! やっちゃったもんは!」
翔子ちゃんの態度に業を煮やして、私は思わず叫ぶ。
「アスカは家出慣れしてるからそんなに落ち着いてられるのよ。私は初めてなんだから」
「はじめてって、そんなの私も同じようなもんだよ。だって、今まで家出って言っても翔子ちゃんの家に泊まりに行ってただけだし、こんな本格的な家出したことないよ」
「それならアスカは不安じゃないの?」
「不安だよ! 翔子ちゃんの言ったみたいに誰かに通報されて補導されたらどうしようかとも思うし、明日お母さんたちに絶対怒られるだろうなとか、怒られたらなんて言い訳しようかとか不安だらけだよ!」
一気に早口で行ったので息が切れそう。ちょっと間を空けてからまた私は口を開く。
「でも、でもさ、不安だけじゃなくて何だかものすごくワクワクもしない? だってこんな大きなテレビとベッドがある広い部屋を明日まで使い放題なんだよ。親もいないし、消灯時間もないから朝まで遊んでも怒られないじゃん、すごく楽しいでしょ?」
「まあ、そう言えばそうだけど」
「それにこうしていると二人でどっか遠くに旅行にきてるみたい。それもなんかいいじゃん」
「確かに……そうね、私もあれこれ考えずとりあえず楽しむことにするわ」
「そうそう! そうしよ! そうしよ!」
そうだよ。せっかくの家出だもん。普段できないことして楽しもう。
時刻はまだ午後8時過ぎ。まだまだ私たちの夜は始まったばかりだ。
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