第3話

「あーあ。それにしてもこれからどうしようか?」


 私たち2人は、ひとまず近くの公園にきている。すでに日は落ちて、ベンチに座る私たちを街灯が照らしていた。


「久保田家に行くのはダメなの?」


 翔子ちゃんがそう聞いてきたので、私は首を大きく振る。


「久保田家って私んちじゃん。ダメだよ。私さっき家出してきたばっかりなんだよ? 今すぐ帰ったら絶対バカにされるよ。帰るんなら成瀬家にしよう」


「私だって嫌よ。泊まるところ他に当てないの?」


「部活の仲良い子に連絡してみる。まずはつかさちゃんにでもかけてみよう。翔子ちゃんも知ってるでしょ」


 つかさちゃんというのは私と同じ部活をやってた同級生だ。


「ああ、4組の卯野つかささんね」 


「『今なにしてんの』っと」


 連絡してから、1分も経たないうちに返事が来た。


「あ、ダメだこりゃ」


「どうだって?」


 私は携帯を翔子ちゃんに見せる。画面には水着着て砂浜でピースしているつかさちゃんの自撮り写真が表示されていた。


「家族旅行で沖縄だってさ」


「まあ、そうよね。夏休みだし」


「あーあ、他に誰がいたっけ」


 そのうち、翔子ちゃんの携帯も鳴った。画面を覗いた翔子ちゃんの表情は暗い。


「私の友達も今いないって」


「旅行?」


「塾の合宿」


「うへぇ、そんなのあるんだ」


 私たち二人は同じ学校の同じクラスだけど、部活は別々。私の所属しているバスケ部では泊りがけで勉強しようって言う真面目人間はいない。


「もう中3なんだから普通よ。私だって塾の夏期講習受けてるし」


「え、そうなの? すごいなあ」


「アスカは勉強しなさすぎ、高校生になれないわよ。受験は夏休みの過ごし方が大切なんだから」


 今日の私怒られてばっかりだ。


「あー、もうお母さんと同じこと言わないでよ」


「そんなことで家出して来たの」


「そんなこと、じゃないよ。うるさいんだよ、うちのお母さん。勉強しろ勉強しろって」


「はいはい。とにかく、宿を探さないと。他に私たち二人ともに面識がある人、例えば同じクラスの松葉さんとか」


「あ、まっちゃんか。ちょっと待ってメッセージ送ってみる」


「頼むわ」


「『こんばんは、突然だけど私と翔子ちゃんをまっちゃんの家に泊めてください。お願いします』と、送信」


「あっさりしすぎない?」


「わかりやすくていいでしょ。あ、返信もう来た。『ちょっと親に聞いてみる』だって。よしよし」


「え、あんな急なお願いなのに」


「まっちゃんいい子だからね。あ、返信きた」


「なんて?」


「『今日は忙しいからダメだって。ごめんね』だって。あーあ」


「急に泊まりに行きたいっていえば、大抵の親はそう言うわ」


「あ、また連絡だ。『本当にごめんね、またお泊まり会しようね。本当にごめん』って、いやそんなに謝らなくてもいいのに」


「あー、悪いことしちゃったわね」


「他の人も当たってみようか?」


「でも、この分だと他の子も同じでしょうね。アポなしで今から泊りに行くって言っても迷惑よ普通」


「まあそうだね。あーあ」


 私はため息をついた。


「これからどうする?」


「ここで一夜明かすって言うのは」


「女子中学生2人がこんなところで寝てたら補導されるわ」


「じゃあ、ホテルとか旅館とかは?」


「フロントで門前払いよ。顔見たら一発で未成年の家出ってバレる」


「そうだね、翔子ちゃん童顔で色気もないからね」


「そういうあんたも似たようなもんでしょうが!」


 そういって翔子ちゃんは中身のいっぱい詰まったリュックサックで私の頭を殴った。


「いたーい!」


 そんなに痛くなかったけど、大げさに痛がっている私の隣で翔子ちゃんはため息をついた。


「もういいわ。私の家に行きましょう」


「え、いいの」


「それぐらいしか方法ないでしょ」


「で、でも翔子ちゃん家出したんでしょう」


「ええ」


「お母さんと喧嘩でもしたの?」


「お母さん」という言葉に反応して、翔子ちゃんは少し顔を強張らせた。


「まあね」


「じゃあダメじゃん。本当は帰りたくないでしょ、チョー気まずいんでしょ」


「でもこのまま宿無しになるくらいなら……私が謝ればいいだけだし」


「ダメだよ。一度家出したら最低一晩は家に帰っちゃダメだよ。じゃないと舐められるよ」


「舐められるって何よ」


「あれだよ、つまり家出っていうのは主張なわけよ、『あんたとは相容れないから出て行く』っていう。それなのにすぐに帰ったりしたらその程度の主張だったってことになっちゃうよ。これが一晩越すと違うよ、決意の固さの伝わり方がさ」


「アスカってそういう家出哲学みたいなもの持ってたのね。さすが今まで100回以上家出してるだけあるわ」


「100回は大げさでしょ」


「大げさじゃないわよ。人の家に布団まで置いてるくせに」


「まあ、そうだけど」


「それで、『家出は主張』って話だったけど、アスカの主張はおばさんにはちゃんと伝わってるかしら」


「ま、まあこう何度も何度も家出してたら正直マンネリ化して、全く驚かれないし、もはや定期行事扱いだけど」


「そうでしょうね」


「でも、翔子ちゃんは初めてじゃん家出。普段こんなことしない真面目な翔子ちゃんが人生で初めて家出したんだよ。これはとっても意義があることだよ、だって初めて親に逆らって自分の主張を通そうとしてるんだから」


「アスカって時々深そうなこというわね」


 感心しているのかばかにしているのか、翔子ちゃんは薄ら笑いを浮かべている。


「だからさ、私翔子ちゃんの家出成功させてあげたい。おばさんには悪いけど一晩頭を冷やしてもらおう。『私だって怒らせたら家出ぐらいするんだよ』ってことを分かってもらおうよ」


「じゃあ、アスカの家にお邪魔させてもらうってことでいいの」


「いや、それは絶対嫌」


「はあ? じゃあどうするのよ。あれもダメこれもダメじゃ前に進まないでしょ」


「だから今考えてるとこじゃん! えーっと……」


 私たち2人は結構長い時間考えた、けどいいアイディアは思いつかない。


「なにも思いつかないわね。結局私たちが家出するとしたら同級生の所に泊まるくらいしか方法はないわ」


「そ、そんなことはないよ! そうだ! 同級生がダメなら後輩とか先輩とか! えっと後輩で誰か適当な人はいないかな。先輩だと……」


 先輩といえば……あ、ひらめいた。


「どうしたの? 何か思いついたの」


「うん、宿見つかったよ」


「どこ? 誰の家」


「それはともかく翔子ちゃん、今お金いくら持ってる?」


「はあ? だからホテルとかは無理だってさっき言ったでしょ」


「大丈夫、いいところがあるんだ」


 私は笑って言った。


 

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