第2話
「もう、嫌! 家出してやる」
「勝手にしなさい!」
夏休みが始まったばかりのある日、私はお母さんと喧嘩した。原因は私が勉強しないから。
勉強しろと説教されるのはいつものことなので、最初は適当に流そうとしていたけど、今日はしつこかった。
しまいに、勉強のことだけじゃなくて、性格だとか生活習慣だとか関係ないところまで攻撃してきたので、私も大声で反論したところ大喧嘩に発展し、こうして家出を宣言するに至った。
部屋に戻って、バッグに着替えなど一通り荷物を入れる。家出も慣れたもので一瞬で準備は完了した。
部屋を出て、もう一度お母さんに家出の宣言をしておいた。
「本気だから! もう二度と戻らない」
「ちょっとアスカ」
出て行こうとする私をお母さんは呼び止めた。
「何? 止めても無駄だけど」
「あんまり翔子ちゃんの家に迷惑かけるんじゃないわよ」
翔子ちゃん、成瀬翔子は私の幼馴染だ。翔子ちゃんの家は、ここから歩いて10分もかからない程近くにあり、家族ぐるみでの長い付き合い。
私は昔から家族と喧嘩した時は、翔子ちゃんの家によく泊まりに行く。
つまり、私の言う家出とは翔子ちゃん家に泊りに行くこととほぼ同じ意味だ。今まで何回家出したかわからない。
今回も翔子ちゃんの家に行くことはバレバレだった。私の行動全てを見透かしたお母さんの言葉に、私は一層腹を立てて家を飛び出した。
日は沈みかけてるけど、まだ明るい時間。翔子ちゃんちに向かいながら私はため息をつく。
これで何度目の家出だっけ。ワンパターンだよなあと自分でも思う。けれど他のところに泊まると言ってもすぐには思いつかない。友達が他にいないわけではないけど、アポなしで一晩泊めてくれと言うのは流石に迷惑だよなと思う。別に翔子ちゃんの家なら迷惑かけていいと言うわけではないけど。
「一応、手土産でも買っとこうか」
うん、そうしよう。私は少し遠回りしてコンビニに寄ることにした。
コンビニに入るとやる気のない店員の挨拶とガンガンに効いた冷房が私を出迎える。私はまっすぐお菓子コーナーへ向かった。
「このクッキー翔子ちゃん好きだったな。買っておこう」
クッキーの箱をカゴに入れ、今度は自分の食べる用のお菓子を探した。
翔子ちゃんの好みは大体知っている。なんせ、物心がついた時からもう一緒に遊んでいた仲だから。
幼稚園の時も、小学校の時も、私たち二人は一緒だった。中学生に入ってからは別々の部活に入ったから、前ほどずっと一緒というわけではなかったけど、今も一緒に登校しているし休日は二人で遊ぶことが多い。こうやってアポ無しでお泊りに行くこともよくある。
多分これからも一緒にいる、はず。
「腐れ縁ってやつなんだろうな」
「何ぶつぶつ言ってるのよ」
私の独り言に反応した人いるのに驚いて、振り返るとそこに一人の女の子が立っていた。
「あ、翔子ちゃん」
私の後ろの立っていたのは、今から行こう
としている家の住人であり、私の親友、成瀬翔子その人であった。
「偶然だね。でも丁度よかった。実は頼みがあってさ」
「……もしかしてうちに泊めてくれって言うんじゃないでしょうね」
「あ、正解。お願い、今晩だけ泊めてください」
流石私の幼馴染だ。よくわかってるなあと感心しながら、私は翔子ちゃんに頭を下げた。
「何が今晩だけよ、いつもの癖に」
「いや、いつもいつも悪いとは思ってるよ。だから今日は手土産でも持って行こうと思ってここに寄ったんだ。このクッキー翔子ちゃん好きでしょ、これでなんとか……」
まだレジに通してない貢物のクッキーの箱を翔子ちゃんに見せながら、私はご機嫌を取ろうとした。
翔子ちゃんはそんな私の姿を見てため息をついて言った。
「しょうがないわね」
「やった、翔子ちゃん大好き」
やっぱり。わかってんだ、最初は嫌そうにしてても、なんだかんだで結局泊めてくれる。
いつも通り、だと思っていたら、続けて翔子ちゃんは意外なことを言った。
「と言いたいところだけど今日はダメ」
「え、なんで」
いつもと違う、今日はどうしたんだろう。そういえば今日の翔子ちゃんなんか違和感があるような。
翔子ちゃんの格好をよく見てみると、いつも違う。いつもはきちんと整っている髪が跳ねてるし、服装もなんだかちぐはぐで、急いで家を出てきたと言う感じだ。そして一番の違和感は大きなリュックを背負っていることだ、これじゃまるで……
「ねえ、翔子ちゃん。もしかして家出してきたの?」
翔子ちゃんは静かに頷く。
こうして、私たち二人は行く当てをなくしたのだった。
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