第3話 カブトムシからの提案

「おまえ、いつもじいさんの仕事を見ていただろう?」

「うん・・・」

 

 おとなしい性格で、友達が少ないしょうすけは、学校から帰ると店の手伝いをしていた。


 手伝いといっても、床の掃除をするとか、蒸しタオルを出してきて、おじいさんに渡すとか、そんな程度だ。


 あとはお店の隅っこで、小さな椅子に座りながら、おじいさんの仕事ぶりをじっと見ているだけだった。


 おじいさんが、手先を器用に使いながら、手早く髪やひげを整えていく様子に、しょうすけは夢中になった。


 


 終わるとお客さんは決まって「あ~さっぱりした」とつぶやく。


 

 おじいさんは愛想のよいほうではなかったが、黙々と作業を続ける姿はしょうすけの憧れだった。


 いつか、床屋になって、おじいさんといっしょに働くのがしょうすけの夢だった。


 その夢がかなうことはない。


『おじいちゃんは結構な年だった。僕のために無理してたんだ。そんなおじいちゃんと働くなんて無理に決まってた。おじいちゃん・・・ごめん・・・』


 

しょうすけは、また泣きそうになった。



「おい、泣くな!泣いたからってじいさんが、かえってくるわけじゃないだろう」


「そ、そうだけど・・・」


「じいさんがなくなったのは、おまえのせいじゃない。病気だったんだよ」


「えっ」


「おまえに心配かけまいと黙っていたからな。いつまで生きられるかわかっていたから、じいさんは俺に頼んでいったんだよ」


「・・・」

 しょうすけの目から涙がぽろりとこぼれた。

「おじいちゃん・・・」


 しょうすけは胸がいっぱいになった。おじいちゃんとの思い出があふれてくる。


 

 それなのに、空気を読まないカブトムシは言った。


「これから、お前には床屋の修行をしてもらう」


 さすがのしょうすけもこれにはムッとした。めずらしく言葉を荒げて言った。

 

「修行したってしょうがないじゃないか!小学生が働けるわけないし、保護者がいないんだから、どっかの施設にはいるんだろう?」


「・・・保護者なら私がなる。」


「は?」


『カブトムシなのに?どうやって?』


 しょうすけは何言ってんだろうと思った。


 

 そんなしょうすけの心の声が、聞こえたかのようにカブトムシが答えた。


「ふむ・・・。確かにこの姿では無理がある。では、これならどうかな?」



ボン!と音がして、カブトムシは中年のおじさんになった。


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床屋の秘密 猫沢さん @neko-zawa

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