言葉にされても困ること

束白心吏

言葉にされても困ること

 授業内容が頭に入ってこない。

 月曜日の午後。現国ともなれば尚更入ってこないもので、今も先生の音読をBGMにうつらうつらと船を漕いでいるくらいだ。この先生、同性から見てもめっちゃイケボなんだよなぁ。女子が癒しと言っているのもわかる。

 ちなみにノートも開いてるし教科書だって開いてる。寝てはならないとわかっているが、どうも眠くて仕方ない。


「――」

「!?」


 強すぎる睡魔に屈して瞼が閉じる直前、俺は腕に鋭い衝撃を感じて机と思い切りキスしかけた。

 若干大きい音がしたが……うん。誰も気にしてないな。強いて言えばお隣さんがこちらを向いているくらいか。

 いちど周りを見てから、改めて黒板よりも更に左、お隣さんに目を向ける。

 隣の席の女子――もとい俺の恋人であるⅼ津木華つきはな咲姫さきは、自供するかのようにシャーペンの先をこちらに向けて微笑みを浮かべていた。

 咲姫は俺と目が合うと、ノートの切れ端を渡してきた。


『目は覚めましたか?』

『めっちゃ助かりました。ありがとう』


 白紙だった切れ端の裏にそう書いて返すと、暫くしてまた切れ端が渡されてきた。


『次寝たら罰ゲーム、なんてどうですか?』


 その文章を見た瞬間、眠気は完全と言っていいほど吹き飛んだ。

 いや咲姫の罰ゲームは心臓に悪いんだって……一線を越えるようなものはないけど、接触する系が多いから本当にヤバい。


『お手柔らかに』


 簡潔にそう書いて返し、俺も授業に集中せんと教卓に目を向ける――が、やはり頭に入ってこない。いや、内容自体は問題なく入ってくるんだけど……うん。もうぶっちゃけるわ。先生が音読してる時間、辛いわ。ASMRとかにすれば催眠導入系でいけるんじゃないかってくらい辛い。

 俺は何てことなく咲姫に視線を向ける。彼女は真面目に、教科書に目を向けたり、ノートに何かを書いている。その様は非常に様になっており、正直先生の睡眠導入魔法おんどく聞いてるより有意義な気さえしてくる。

 というか改めて、咲姫って奇麗だな。休み時間に話してる時の可愛い系な魅力も素的だが、授業を受ける凛々しい姿もまたいい。新鮮な感じがする。

 そんなことを考えていると、若干睨み気味に咲姫がノートの切れ端を渡してきた。


『授業に集中! してください!』


 先程以上に、気迫すら感じそうな筆圧で書かれていた。そこまで怒らなくても……と思ったが、よく咲姫の表情を見ると、耳まで薄っすらと赤くなっていた。


■■■■


「知流君にはデリカシーが無さすぎます」


 放課後、当然のように我が家へ共に帰ってきた咲姫からそんな言葉を賜った。

 その言葉の端々はいつもより鋭い。本気で怒ってるのがわかる。まあ――


「この体制で説教というのは如何なものかと」

「罰ゲームですから」


 そう言って咲姫は俺の膝上に座ったまま言葉を続ける。寧ろ体重を預けてさえきた。

 ……密着してるおかげで咲姫の心音が早いのわかるんだけどいいのかね? お互い様だけど。


「いいですか。女の子だって好きな人の前くらいでは格好いいところを見せたいんです」

「気持ちはわからんでもないけど。この体勢で言いますか」

「罰ゲームですから」


 そうでっか。

 にしても格好いいとこ、ねぇ……どうも俺は強がってもなぁと思ってしまいがちだから共感しづらい。

 弱い所を見せていいってわけじゃないけど、そう気張ってたら疲れるし、いつかバレてしまうのだ。だったら最初から素の自分を――まあそうして強がる一面も素の一部ではあるけども。


「知流君はその……嫌、ですか?」

「そんなわけない。そんな所もひっくるめて、咲姫のことが好きなんだから」

「――っ!」


 俺はそっと咲姫の身体に腕を回して抱きしめる。相変わらず華奢で、少しでも力を入れたら壊れてしまいそうだ。


「……ズルいです。デリカシーないです」

「俺の辞書にデリカシーなんて言葉はありませーん」


 あったら座右の銘が『言葉にしないと伝わらない』とはならないし。まあ時と場所、場合くらいはわきまえるけどね?


「開き直らないでください」

「開き直るって言葉もないなぁ」

「……罰ゲーム追加です。知流君の私服、クローゼット内のも全部一新するのはどうでしょう」

「急に俺のファッションセンスを全否定はやめて!?」


 確かに俺のセンスは不評だけども! いいじゃん。好きな服くらい着させて……。


「私、好きな人は自分色に染めたいタイプですから」


 はぁ……もうホント……心臓に悪いというかなんと言うか。そういうところも愛おしいと思えるから重症だ。


「俺の恋人可愛すぎでしょ」

「えへへ……そうやって耳元で誘惑されると襲いそうになるのでやめてください」

「急に貞操の危機を感じ始めたんだけど……というかこの体制は問題ないんですか」

「ごほ……罰ゲームですから!」

「……」


 心臓がすっごい早さでバックバクしてるけどな? 何か言いかけてるし。いいけど。それよかこれ、俺の罰ゲームにはならないよなぁと今更ながらに思う。寧ろご褒美か。

 たまにはこうしてのんびりするのもいいなぁ――


「あ、服装の件は本当にやりますから」

「なんで!?」


 ――どうやら本命の罰ゲームは服のほうだったらしい。

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