番外編終 思惑
3人を見送った後、ソファに座って一息をつく。
監視がてら途中まで付いていこうか迷ったが、あれほど濃厚なキスをした後なら先輩も妙な気を起こす事は無いだろうと踏んで止めておいた。
────それにしても。
「………ほんと、嫌な匂い」
一度ソファから立ち上がって、近くにあった消臭剤を満遍なく噴射する。
微かに残る先輩の匂いすらかき消されてしまうのは残念だが、それも致し方ない。
「……あの雌猫共」
あの美里とかいう女はまだ良い。
確かに、先輩を見つめる目に少なからず"雌"が含まれていたが、あの控えめな性格だ。
あのタイプの人間は彼女持ちの男に、その上その彼女とも面識を持った上ならば尚更、何かできるような性分じゃない。それこそ外的な何かに突き動かされない限り。
問題はあの杏奈とかいう爆乳の女。
先輩への好意をまるで隠そうとしていない。もしかすると本人は隠そうとしているのかもしれないが、少なくとも同性の私からすれば一目瞭然。
こうも好意が滲み出ている以上、いくら鈍い先輩でもそれに気が付く可能性もゼロじゃない。
だから本当はすぐにでも実力行使に出たい。無理矢理にでも先輩とあの女2人との関係性をぐちゃぐちゃに引き裂いてやりたい。
ただ、もう私も馬鹿じゃない。激情に駆られて何か事を起こすのは、先輩との今後にも関わってくる。
……そう、飽くまでも冷静に。
校門であの3人がたむろしているのを発見した時、すぐに物陰に隠れて3人を観察した。そこで、先輩とあの女2人は気の置けない間柄なのだと確信した。
先輩にそれほど仲の良い、それも驚くほど顔の良い異性がいる事自体、私には本来許容できない事実である。しかもそれがあの写真に写っていた2人の女なら尚更。
けれど。
既にあの2人が先輩の懐に入りこんでいるのならば、強引な手を打つのは先輩との今後に遺恨を残す危険性があるため愚策だと言わざるを得ない。
だから私は、上手くあの三人の関係性の手綱を握ることにした。
その為には、なにより情報が欠かせない。あの女共の人となり、先輩への好意の程度、積極性、それらを知る必要があった。だからこそ、あの2人を家に招いてみせた。
この後はSNSであの2人のどちらかと繋がろう。自力で相手方のアカウントなりを見つけられずとも、先輩に"2人ともっと仲良くなりたいから"とホラを吹けば、その目標も簡単に達せられる。
「……」
───もし。
これほど対策して尚その上で、先輩があの2人のどちらかに、はたまた他の女に好意を抱いてしまったのなら。
私が用済みになったのなら。
考えるだけで胸が痛い、苦しい。そんな未来が来てほしくないと切に思う。
けれども、そんな未来が仮に来てしまったのならば、私はどう立ち振舞うのだろうか。
分からない、けれど。
少なくとも、先輩の側を離れたくないと懇願し、惨めに頭を地面に擦り付けるぐらいはするだろう。
そして、仮に体の関係だけを望まれたとしても、喜んでそれを了承するに違いない。
自分の依存の具合の激しさに辟易して、口角が歪に上がった。
===========
「じゃあ、俺はここだから。……今日は色々急だったけどありがとうな」
「こちらこそ!次会った時に亜美さんにも宜しく伝えといてね!」
「左に同じく〜」
「りょーかい。2人も気を付けて帰ってな」
「「はーい」」
聡太が最寄駅で降りていく様子を2人で手を振りながら見送る。
しばらくするとホームドアが閉まってゆっくり電車が進み始める。
ホームが見えなくなる直前に、聡太が不意に体をこちらに向けて、手を小刻みに降って見せた。
「……あいつ、可愛すぎ」
「本当、ね」
思わず声が出る。電車内ということもあり、声量を抑えつつも美里とこの心情を共有する。
アイツはずるい、本当に。
優しくて、可愛くて、かっこよくて。自分の事じゃなくて、私達のことをいつも第一に考えてくれて。
さっきだって、初めは日が落ちているから私達を家まで送り届けるつもりだったらしい。
1人という訳でもないので遠慮はしたが、その気持ちが嬉しかった。
でも。
彼には、聡太には、彼女がいる。
亜美さん。
凛とした佇まいに、丁寧な言葉遣い、顔立ちはすれ違う誰もが振り向いてしまうようなもの。正に理想的な女の子。私が勝っているのは精々胸の大きさぐらいだ。
きっと私が男なら、是が非でも手放したくないような女の子に違いない。
それでも──────────
「ねぇ、美里」
「なぁに?」
こちらの呼びかけに応えるように目尻を下げてはにかむ美里。本当に可愛らしい、そしてきっと心からの笑顔。彼女から自分に向けられる好意に胸が暖かくなる。
それと同時に、その気持ちを利用しようとしている自分に反吐が出そうになった。
私の胸に渦巻く罪悪感を押し殺して、切り出す。
「ぶっちゃけさ、聡太のこと……好きでしょ?」
「……え?……ど、どうしたの?急に」
露骨に動揺する美里。途端に目を泳がせ始める。
それもそうだ。薄々気付いていたものの、お互いがお互いのためを思って避けてきたこの話題。それをここで私が切り出す意図が分からなかったのだろう。
「いいから、さ」
私の催促を未だ理解が及ばないと言うように呆然と受け止める美里。しかし暫くすると、余裕なさげに忙しなく体を揺らし始めた。
暫くの沈黙を経た後、彼女は覚悟を決めたように胸に息を溜めた。
「うん……好きだよ」
彼女の目は私をガッチリと見据えていた。それは美里の覚悟の表れ。
「だよね、私も」
「……やっぱり、杏奈ちゃんもだったんだ」
「分かりやすかったでしょ?」
「そう、だね」
ここまでは全て想定内。ここから本題へ移るための布石を打つ。
「好きな人、一緒だね」
「うん」
「その好きな人、彼女いるのにね」
「……うん」
美里の声のトーンがみるみる低くなっていく。突きつけられた現実に心を圧迫させられているのだろう。
「ねぇ、美里はさ……聡太のこと、どんぐらい好き?」
少しずつ、美里の好意の度合いを計っていく。それ即ち、私が見据える未来への勝算を測る事と同義。
「……私、誰かを好きになったの初めてで、どのくらいが普通か分からない、かな」
「そっか、じゃあ質問を変えるね──」
今度は私が息を大きく吸う番。ここからが、本題。私が選んだ勝利の為の道。
「──もし私と2人で聡太の彼女になるとしたら、それはアリ?」
私がそれを口に出した途端、美里は先ほどと違って一切動揺を見せなかった。
いや、きっと耳に入ってきた情報が埒外過ぎて、思考が固まって動揺すら見せられなかったのだ。
自分でも、それくらいの事を言っている自覚はあった。
「……どういうこと?」
美里が絞り出すように私に問うてくる。
「言葉のままだよ?もし、2人で聡太の彼女になれるならどうする?って話」
「でも聡太くんには亜美さんがいるよ……?」
「例えばの話ー」
「例えばの……話……」
美里は言葉を咀嚼するようにゆっくりと繰り返す。この奇想天外な質問になんとか対応しようと努力してくれているらしい。
髪先を不自然に弄りながら長考する美里を待つ事暫く、彼女はゆっくりと口を開いた。
「実際にそうなってみないと分からない……かな。さっきも言ったけど、私誰かと付き合った事がないから、自分がどれくらい嫉妬深いかとか分からなくて。もしかしたら杏奈ちゃんの事を妬ましく思う事もあるかもしれない。……けど、現時点では杏奈ちゃんと聡太くんなら……アリ、かもしれない。だって私、聡太くんと同じぐらい杏奈ちゃんも大好きなんだもん」
美里は続ける。
「聡太くんに対する想いが同じだって理解した今、もし私達のどちらかが聡太くんと付き合っちゃったら、きっと私と杏奈ちゃんの関係は今のようにはいかなくなっちゃう。そうなるくらいだったら、3人で今みたいに仲良く付き合いたい……と思うな」
その言葉を聞いた瞬間、自分の頬が緩むのを抑えきれなかった。
理由は、美里からの"大好き"に照れてしまったのが一つ。そして、美里がこの提案に乗るかどうかの賭けに勝ったのが一つ。
普通はこの賭けに勝つ事などあり得ない。どんなに仲の良い友達でも、彼氏、はたまた彼女を共有できるかと言われたらほとんどの人がノーと言うだろう。
その上で私は、美里の私への好意がその常識を覆す程の物であるという方に賭けた。
そして、勝ったのだ。
この機を逃しはしない。この勢いのまま、押し切ってみせる。
「そっかそっか──じゃあさ、聡太の彼女の座、一緒に狙っちゃわない?」
「……杏奈ちゃん、本気で言ってる?」
「うん、本気だよ」
怪訝な顔をされるのは百も承知。だからこそ、ここで私が本気だと示さなければならない。
「でも、それは良くない事だと思う」
「そうだね。人の彼氏をオトそうとするのは間違いなく良くない事。──その上で、だよ」
「……その上で」
「そう。ウチはもう悪い女になる覚悟は出来てる。そのくらい聡太に惚れ込んでる。美里はどう?」
「……」
美里は答えられないと言わんばかりに目線を下げて黙り込んでしまった。
「まあ、すぐには答えられないだろうからさ、考えといてね」
丁度話が途切れたところで最寄駅に着く。私は話は終わりだと示すように背を向けてホームドアから電車の外に出た。
親友に彼女持ちの男性を一緒に狙おうだなんて提案、きっと間違ってる。
けれど、なりふり構っては居られない。これが1番可能性の高い方法だ。
───どんな手を使ってでも、やれることはやってみせる。
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あとがき
ここまで読んでくださりありがとうございました!
もっと努力します!
追記
やはり最後の会話のみの形式が自分なりに違和感があったので修正しました!
ヤンデレをやめた俺は、期せずして彼女をヤンデレに育てていたようだ。 あ @qpwoei
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