番外編4 戦乱
亜美の光を失った目に貫かれながらも、俺は思う。
これは、不可抗力だと。
杏奈が俺を圧迫、いや、侵略してきたのだと。
本来領土を攻め込まれている俺は、国際的な支援を受ける立場にいるのだ、と。
俺がソファを立てば万事解決じゃないか、と指摘を受けそうだが、それは侵略を受けたならば無意な戦闘はせず、大人しく領土を受け渡せと言っているようなものだ。
何が言いたいかと言うと。
俺は、動かない。
それを示すように腰を一度浮かせて再度どっぷりソファに沈んでみせると、亜美は一瞬目を見開いた後、観念したかのようにいつの間にか杏奈の隣に座っていた美里の隣に大人しく腰を落とした。
まさか亜美が何もアクションを起こさないとは思わなかったが、我慢比べは俺に軍配が上がったようだ。
ここ最近は亜美の尻に敷かれていると言っても過言ではなかったので、少し自分が誇らしい。
俺が勝利の余韻に浸っていると、亜美は直前に折り曲げた腰を再度上げて、無言で部屋を出ていってしまった。
……やばい、マジで怒らせたか?
「あれ、どしたんだろ」
「お手洗い、かな?」
2人は純粋に心配しているようだが、内心俺は肝が冷えて仕方がない。
冷や汗をかきながら暫く待っていると、亜美が両腕に何か機材のような物を持って戻ってきた。
「お父さんの部屋からゲーム機を拝借してきたので、皆さんでやりましょう!」
そう満面の笑みで言って見せた。
「お、やろやろ!」
「S-witchだ……初めて見た……!」
亜美の提案に杏奈と美里も呼応する。
「よかったぁ………」
俺はというと、独りでに愁眉を開いていた。助かった。亜美は俺に対して何か不満を発露した訳ではなかったのだ。
「ん?……先輩、どうしたんですか?」
「あぁ、なんでもない。ゲームやろうぜ」
安堵の思いが声に出ていたらしい。
再度気を引き締めて、ゲーム機のテレビへの接続などを手伝う。
本体に内蔵されていたソフトは"大蘭交スラッシュシスターズ"。以前亜美と一緒にやったことがあるが、対戦アクションゲームで、4人対戦も可能な点において今遊ぶのに最適なゲームだ。
亜美が小さめのコントローラーを俺達に配った後、操作を未経験の杏奈と美里に教える。
杏奈はゲーム系に慣れているのか飲み込みが早かったが、美里は縦横に移動することすら中々身に付かなかった。
教えられた操作が上手く出来ずに落ち込む美里には、どこか胸に響く可愛さがあった。"可哀想は可愛い"とは、正にこの事なのだろう。
==========
「結構2人も上手くなってるし、実戦でもやってみるか?」
もう暫くして、2人──というより美里──がある程度攻撃と移動が出来るようになった為、思い切って実戦を提案してみる。
「お、やってみよー!」
「上手くできないかもしれないけど……頑張る!」
「デスマッチでもやってみましょうか」
亜美の提案に従い、4人でキャラを選んで残機無限の対戦に取りかかる。歯切れの良いカウントダウンで試合が始まった。
最初は皆様子見を決めていたが、暫くすると徐々に小競り合いが起き始めた。
「……ぅ………ぁ………ぉ………」
集中しているのだろうか、美里の口から小さく声が漏れている。
俺はというと、複数人対戦のコツとも言える"ヘイトを買わずに動き回る"ことを意識しつつも、様子を伺う。上手いこと亜美の攻撃をいなしながらも、何かと気になる美里のキャラの動きを追う。
相手をしているのは杏奈のキャラクター。杏奈が優勢のようだが、美里もポンコツながらも上手く粘っている。
とてもいい塩梅の戦い。一方的になることも無く、いい具合に張り合えていて2人も楽しそうで───
「うわっ!」
杏奈の声とほぼ同時に耳に響いたのはこのゲーム固有の撃墜音二つ。
それは亜美が杏奈と美里を瞬殺したが故のもの。俺への攻撃を止め、2人に絡みに行ったのだ。
………いや、マジか。
まぁ、手加減の具合を間違えてしまったのかもしれない。
「亜美ちゃん強すぎ〜」
「一瞬で殺されちゃった」
2人も驚きを含みつつ反応する。そこにまだ不満の色は無さそうだ。
亜美は少し微笑む程度に反応を留めて、俺のキャラに体を向ける。杏奈と里美がスポーン待ちをしているほんの少しの間、この戦場は俺と亜美のタイマン。俺は亜美の攻撃に備えて───
………。
攻めてこない。
俺への警戒故に攻めあぐねているような様子でもない。単純にこちらへ攻撃する気概が1ミリも見られない。
……まさか。
里美と杏奈のスポーンが行われる。その瞬間亜美は睨み合いの続いていた俺との対面を放棄し、広いステージを颯爽に移動して、2人──いや、杏奈のキャラクターを捉える。
杏奈はリスポーン直後にコンボを決められてこちら側へ吹っ飛んできた。
……なるほどな。そういう感じね。
きっも先程のソファの件で杏奈に思う所があるのだろう。それにしてもやり方が亜美にしては珍しく子供染みている気がしないでもないが。
ともかく。
俺は杏奈に追撃を与えようと移動してきた亜美に格闘攻撃を試みる。
亜美も向かってくる敵には当然対処せねばならず、俺に意識を向けるが、俺が打った適当なコンボに対処しきれず被弾する。
「亜美〜?こんなもんかー?」
「……っ!」
亜美が杏奈を狙うならば、俺が彼女を守ろうじゃないか。
========
「先輩、相変わらず弱いですね」
「……うるさい」
「私を煽ってきた割には何も出来てなかったですね」
「何も言うな」
結局、途中に別のパーティーゲームを挟んだりしつつも、結構な時間をデスマッチに割いて亜美に絡んだが、見るも無惨にボコボコにされた。
「ちょっとウチらも可哀想になるぐらいにボコられてたね」
「でも、私から見れば聡太くんもすっごく強かった!」
「……美里だけだ、俺の理解者は」
それは初心者の杏奈と美里に同情されるレベルだったらしい。2人の言葉が胸に沁みた。
「……もう18時30分か」
時計を見て言葉を漏らす。横目で外を確認すると、"夜"が少しずつ空を蝕んでいた。
「わっ!ウチら集中しすぎでしょ!」
「あんまり居座るとご迷惑になっちゃうし、そろそろお暇しよっか」
美里の言葉で、各々が帰りの準備を始める。
「先輩、このゲーム機をお父さんの部屋に戻すの、手伝ってもらえますか?」
「りょうかーい」
亜美と機材を分担して亜美のお父さんの部屋に戻していく。他人の、まして恋人の父親の部屋に、その人自身の許可無しに入るのには少し抵抗もあったが、あまり時間も使っていられないので、パッパと片付ける。パパだけに。
「よし、こんなもんか」
ゲーム機を亜美の指示通りに片付けた後、俺も帰りの準備をしようとリビングに戻ろうとすると、後ろからキツく抱きしめられる。
「先輩、杏奈さんを守るのに随分必死でしたね」
凍りつくような冷たい声。さっきまでの余所行きのほんわりとした声色からは想像もつかないモノ。
……やばい。キレてる。
「……いや、それは亜美が手加減もせずに杏奈を攻撃するからで──」
「うるさい。言い訳は要りません」
理不尽以外の何者でもないが、このような場合に理論立てて言い争うのは愚策だと流石の俺も分かっている。
「……悪かったよ」
「謝罪のちゅー」
「仰せのままに」
結局、杏奈と美里に怪しまれないだろうギリギリの時間まで、2人で深く口を合わせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます