第17話 すぐそこにある危機
ビエレス湖でのドラゴンの出現に、ベアルンの街はすぐさま大騒ぎとなった。
「――――で、逃げてきたと……」
そんな中、俺たちはまたしても騎士団の本部にいた。
さすがに今回は留置所ではなく、応接室だった。
「概ね彼らの証言と同じね」
「彼ら?」
「君の助けた冒険者たちのこと。てかアイツらのこと、よく助ける気になったね」
エマはどうやらゼクスたちのパーティを知っているらしかった。
「お兄ちゃんをバカにするアイツ、餌にでもして来た方が良かった」
「でもアンナの食べても絶対マズイよ。むしろ怒らせちゃったりして」
エマの冗談が、まったくもって冗談に聞こえなかった。
「あのドラゴンと湖とに関係はあるんですか?」
騎士団が調査と周辺の住民の避難誘導に向かったという話は聞いたが、それ以上は知らない。
「素晴らしい着眼点だね」
そう言うとエマは応接室の本棚から本を一冊取り出した。
「この部屋にいる限りはこの本の閲覧は許可されてるよ。あ、でもこの部屋の本から得た情報は他言無用に願うよ?」
「そうなのか?だとしたら俺たちに見せるのはマズイんじゃないか?」
そう尋ねるとエマは、ニコッと微笑んで俺たちに背を向けた。
「私は仕事もあるからもう行っちゃうけど、部屋の使用許可は取っておくからね」
気になるなら読めというわけか。
「分かった。わざわざありがとう」
それからしばらくの間、俺とヘレナは読書に耽った。
「―――――とんでもない湖だったな」
本に書かれていた内容はとんでもないものだった。
何しろあのドラゴンは湖の中で三百五十年もの間、ずっと眠っていたのだから。
◆❖◇◇❖◆
「はぁはぁ……」
剣を片手に杖代わりにしながら、一人の騎士は辛うじて立っていた。
彼が黙って睨みつける先にいるのは、瀕死の傷を負ったドラゴンだった。
「貴様だけは……命にかえてでもッ!!」
騎士は死力を振り絞って魔剣の柄を握りしめた。
彼の持つ神話級の魔剣『ティルヴィング』は、どんなものでも切断するという効果を持った剣だったが、ドラゴンの鱗を切り裂きその先の肉を断ち切るのは一苦労だった。
「Grrrraaa」
口から赤黒い血を吐きつつ吼えたドラゴンはしかし、その目に光を失ってはいない。
ドラゴンもまた己の命と引き換えに眼前の敵を屠ろうと力を全身からかき集めていた。
「いざっ、参る!!」
騎士は地を蹴ると、そのままドラゴンへと肉薄。
それをドラゴンは、鋭い鉤爪の付いた脚で踏み潰そうとするが剣の極地にまで辿り着いた騎士は縮地をもってそれを
「これでくたばれぇぇぇぇッ!!」
騎士が死に際に繰り出した『ティルヴィング』の一突きは、ドラゴンの鱗を突き破り肉を断った。
これまでの激闘で多量の出血をしていたドラゴンが、その突きを避けれるほどに機敏な動きを出来るはずもなく、もろに突きを食らって噴水のように血潮を噴き出した。
それを見と届けて満足したのか騎士は、『ティルヴィング』を抜くこともせずその場に倒れ込んだ。
一方のドラゴンもまた出血量が限界を超え、生体機能を停止しその場で頭をもたげ物言わぬ屍となった。
これが騎士ラエティアの最後の戦いにまつわる記録だった。
その後、当時の魔法技術ではドラゴンの屍を破壊することは出来ず仕方なくその場所に封印するに至ったのだと書かれている。
それから数十年後、地殻変動でドラゴンの骸のある場所が沈降し湖になったというのだが、誰もが怪しがるようにそれは自然現象的な地殻変動ではなくドラゴンが何らかの形で地殻変動を引き起こさせたのだろう。
「思ってる以上にヤバいかもしれないな……」
本の記述にはドラゴンの正体が
本来、
環境に適応するためにごく稀に起こりうることではあるのだが、変異個体というのは元の姿よりも強いことが多い。
『開闢の剣』の面々を救出したときに感じたあのヤバさは今思えば到底、
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんとの平穏な生活が大事。でも……出来ることならこの街に住まう人達を救いたい」
「ヘレナ……」
ヘレナの意志が固いことはその目を見れば疑うまでもない。
「ダメ……?」
「いや、ヘレナのいう言葉はきっと正しい。でも俺たちよりも適任がいる。ヴォルガルの言いなりになってようで気は進まないが、それでもやるしかない」
俺たちに出来るのは今までのように戦うことだけだ。
いつものようにお膳立てをして、勇者の輝かしい活躍に新たな一ページを添える。
それでいいんだ―――――。
影の英雄譚〜勇者よりも強い兄妹は今日も人知れず無双する〜 ふぃるめる @aterie3
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