第80話 移動中
社が運転する車両の中、ぐっと背伸びをして身体を解す。社の運転に問題があるわけじゃない。彼女の運転技術は確かなもので、今も山道を走っているというのに、不自然なほどに揺れを感じない。
「はぁ……まさかこの距離を車で移動することになるとはね」
僅かに覚えるこの倦怠感は、単純に移動時間が長かった所為だ。北海道に赴いた
新幹線で移動するという手もあったけれど、今回はこちらも駄目だ。何しろ刃物を大量に持ち込んでいるのだ。多少の無理なら天枷の力で押し通せるけれど───今回私達が持ち込んだのは、多少というには些か無理のある量と大きさだった。
「申し訳ありません。『忌火』や『
「ごめんなさい。別に社に文句を言っている訳では無いのよ。むしろこれはお父様に対する不満だわ」
私の専用武器、大太刀『忌火』。天魔との戦いで破損した後、改めて打ち直した謂わば二代目だ。初代と同じく全長2mを超えるそれは、個人が携行するには酷く不便な大きさだ。今回のように、公共の交通機関はまず使えない。それに加え、今回は『
只でさえ内部分裂で混乱しているというのに、加えて今は他家との抗争中なのだ。従者部隊は半分近くが残っているけれど、彼ら彼女らは既に各地へ派遣されている。桂華家への攻撃部隊然り、本家の護りも然り、周囲への根回し然り、だ。要するに、輸送を担当する人員が確保出来なかったということ。最悪自分で輸送することが出来るそれらに人員を割くよりも、他に優先するべき事があるということ。
だから仕方ないと言えば仕方ない。それは理解している。けれど納得出来るかといえば話は別で。それをどうにか調整するのがお父様の役目でしょうに。色々と忙しいふりをしていたけれど、これはあの人の職務怠慢だと言わざるを得ない。そもそもの話、私にとって忌火は必要不可欠なものという訳でもないのだけれど。
「ね、姉さん……その、あまりお父様を責めないであげて下さい。あのように振る舞ってはいましたが、どうやら今回は本当に忙しいみたいです」
そんな風に、私があの胡散臭い実父へと恨み言を飛ばしていると。私の向かいに座っていた妹から、恐る恐るといった様子で声がかけられた。そう、今回はいつもと違って、私と社の二人旅というわけではない。
別に私も本気で恨み言を零している訳ではないのだけれど。どうやら祓には、私が本当に怒っているように見えたらしい。この辺りのニュアンスが伝わらないのは、やはり長い間疎遠だった影響かしら。『今回は本当に』なんて言っているあたり、この子が普段、お父様をどう見ているのかが窺えてしまうのだけれど。ともあれ私の知らないところでも、親子関係は良好だったようで結構なことだ。
「分かっているわよ。ところで祓、あなた本当について来るつもりなのかしら?」
そう。お父様の怠慢など今はどうだっていい。それよりも、今この場にこの子が居ることのほうが気になる。確かに先日『黙って後ろをついてこい』みたいなことは言ったけれど、あれは別に戦場についてこいだとかそういう意味じゃない。あれはそう、祓の覚悟を問うたのだから、私も一応の覚悟は示さなければならないと思っただけのこと。『仕方がないから当主を代わってあげる』という旨の、ただの比喩表現のつもりだったのに。
この子の専用装備である『
「あ……あの時の言葉は嘘じゃありませんから! 私だって戦えます!」
ぐっと拳を握りしめ、眉を逆ハの字に吊り上げ、鼻息荒くそう宣言してみせる祓。どうやらこの子なりに、一応の覚悟は決めてきているらしい。意気込みは良し───と言いたいところだけれど。
「……顔硬すぎ。声上擦りすぎ。肩に力入り過ぎ。
「お任せ下さい」
誰がどう見たって力み過ぎている妹の世話を、もう一人の同行者へと押し付ける。普段はお母様の専属である
「現地ではお母様の指示を仰ぎなさい。悪いけれど、私は団体行動が得意じゃないの。好きにさせてもらうから、危なくなった時だけ呼びなさい。まぁ
「は、はいっ!」
「はぁ……だから、力み過ぎよ」
私にもこんな頃があっただろうか。そもそも、私の初陣はいつだっただろうか。
「禊様。我々の相手は桂華家の者なのでしょうか?」
そんな風に祓の緊張を解していると、
「どういう意味かしら?」
「いえ、実はご当主様から言付かっておりまして。凪様曰く、『相手は桂華の人間とは限らない』と。その当時は元天枷の、先代派の者達を指している言葉だと考えたのですが……」
「違うのかしら?」
「分かりません。ですが……恐らくは禊様も聞いておられるのではありませんか? 桂華家には───」
「人為的に境界振を起こすことの出来る
「はい」
「つまり貴女は、
「直截に言えばそうです」
成程。確かに人間と
「……さて、どうかしらね」
今ここで考えたところで答えは出ない。祓の緊張を解す意味で、気休めや願望を口にすることは出来るけれど、予想が外れたときのことを考えれば却って悪手だ。覚悟していた相手と違った敵が出てきた時、半ば素人である祓の経験を伴っていない覚悟なんて、簡単に揺らいでしまうだろうから。
私にとっては相手が人であろうと
「別にどっちでもいいじゃない、敵が人間だろうと化け物だろうと。そういう時は、両方出てきたらラッキーくらいに思っておきなさい。私はそう思っているわよ?」
そんな私の脳筋思考に、祓と
「ね、姉さん……」
「成程。それは……前衛的ですね」
少し前までは私の事を恐れていたくせに、随分とまぁ調子に乗って弄ってくれるじゃない。そんな会話に、また運転席で社がニヤついているのが容易に想像が出来てしまう。だけど不思議と、そんなに嫌な気分にはならなかった。どうやら私も、以前に比べて随分と丸くなったらしい。
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