幕間 密会

 対抗戦が終わり、学園が夏季休暇にはいった頃。

 白雪純白しらゆきましろが屋敷へと縹純麗はなだすみれを招待し、怪しげな計画を立てていた。


 屋敷と言っても白雪家の本家は京都にあり、今彼女達が居るのは学園から少し離れた別荘だ。純白とひじりが本家を離れ、学園へと通うために使用しているそこは、しかし別荘とは思えない程の広大な敷地を有している。広い応接間の中央、ソファに座るのは純白と純麗。その向かいには聖と、何故か蘇芳社の姿があった。

 本来であれば他家の、それも使用人の立場である彼女がここに同席することなどありえない。しかし、良くも悪くも、そういったことには頓着しない純白だ。また姉であり次期当主の聖もそれを許しているようで、連絡を受けた社が屋敷の門を叩いてみれば、あれよあれよと言う間にこの状況が生まれていた。


「さて、それでは作戦会議をはじめますわ」


 神妙な面持ちでそう告げ、純白がずいと身を乗り出す。その視線は社へと向けられ、眼差しは真剣そのものであった。仔細を聞かされていない社は、一体何事かと身構える。如何に馬鹿っぽく見えるとはいえ、純白はあの白雪家の令嬢なのだ。純白自身がどう思っていようが、失礼があってはならない。


「本日の議題は、どうやって禊さんを遊びに連れていくか、ですわ!」


 そうして純白の放った言葉は、酷く下らないものであった。

 態度を表に出すことはないが、社は内心で溜息を吐く。成程、自分を呼び出した理由には得心がいった。しかしそれが、そんな真剣な表情で言うことだろうか。


「学園が夏季休暇に入ったこのチャンスに、禊さんを白雪のリゾート地へと招待したいんですの。あと折角の学園生活ですし、普通に遊びたいですわ。けど普通に誘っても断られそうなので、今回はアドバイザーとして、禊さんをよく知る方に来ていただきましたの」


「無理ですね」


「では早速アドバイスを────早ッ!!諦めるのが早すぎますわ!何のために社さんに来ていただいたと思っていますの!?」


「そう言われましても……」


 そう。無理なのだ。

 如何に社が普段から禊と接しているとしても。

 如何に禊が、社に対しては幾分か心を開いているとしても。

 前提がそもそも間違っている。禊は自分が興味あること、つまりは何かしらを破壊すること以外には基本的に興味を示さない。その前提があって初めて、社は禊の行動を多少なり操作することが出来るのだ。もしも社が『遊びに行こう』などと提案したところで、面倒臭そうに溜息を吐いて『行くわけないでしょう』等と言うに違い無い。その光景が簡単に思い浮かんでしまう。


 斯く言う社も、これまでに何度もツーリングに誘った事があるのだ。しかしその答えは常に『ノー』であった。ついでに『行ってらっしゃい』とも。つまり純白の言う作戦は、社に言わせれば企画の段階で既に頓挫しているのだ。


「社さんから頼んで貰っても、駄目なんですか?」


 おずおずと、純麗が社に問いかける。

 そこで社が、実際に自分が禊を誘った際の話を聞かせた。社でも駄目というよりは、誰が言っても望み薄であるのだと。彼女の父親である凪が言っても無駄だろう。一番可能性が高いのは神楽の言葉だろうが、神楽が嫌がる禊を連れ出すことなど絶対に無い。つまり結局のところ、可能性は絶無である。


「というわけで、私も断られ続けて居ますので」


「あぁ、終わった!!」


 がっくりと肩を落として見せる純麗。

 そんな意気消沈する純白と純麗を見ていた聖が、作戦会議とやらが始まってから初めて口を開いた。


「社さん。貴女が禊さんを最後に誘ったのは、何時のことかな?」


 その問いに、社は自らの記憶を遡る。

 そうして思い返せば、禊が学園に入ったこともあり、今年に入ってからはまだ一度も誘って居なかったような気がした。今年は学園で授業を受けているか────授業内容など聞いては居ないが────或いは境界鬼テルミナリアの情報を得て国内を飛び回っているか、そのどちらかであった。


「……今年は恐らく、まだ誘っていなかったかと」


「おや。それは勿体ない」


 聖が紅茶に口をつけ、意外そうな瞳で社を見つめた。


「常に彼女の傍に控えている貴女には、言うまでも無いと思うけど。今の彼女は、以前までの彼女と少し違うんじゃないかい?」


 その言葉を聞いて、社ははっとした。

 何故思い当たらなかったのだろうか。禊の変化、それは社自身も感じていたことだった。入学してからこちら、禊は随分と変わった。純白と純麗の二人を天枷家へと招き、自ら稽古をつけたこともそう。北海道でも、鼎一佐達と出会い、社の言葉に何かを感じた様子だった。そして対抗戦と、自身以外の『七色』との出会い、天魔との戦い。それらを経た今の禊は、聖の言うように以前とは違う。


「確かに……今の禊様ならば、やりようによっては、或いは……?」


「本当ですかっ!?」


「本当ですのっ!?」


 ソファから腰を浮かし、テーブルに手をついて社に迫る純白と純麗。二人してぐいぐいと近づいてくるもので、顔が随分と近い。暑苦しい二人の姿に、押し退けてしまいたくなる気持ちをグッと堪え、社は言葉ではなく両手で、やんわりと二人に落ち着くよう促す。


「落ち着いて下さい。もしかしたら以前よりは望みがあるかも、といった程度のお話ですので」


「流石社さんですわ!」


「買った水着が無駄にならなくて良かったぁ……」


「いえ、あの。ですから……」


 話を聞いているのか、いないのか。

 ただ以前よりは可能性があるかもしれないというだけで、実際にはやはりまだまだ望み薄の部類だろう。しかし既に禊を連れ出すことが約束されているかのような二人の口ぶりを前に、社は強く否定することが出来なかった。


「あはは。随分と期待されてしまったみたいだね。けど私も、如何に彼女に変化があったとしても、彼女を説き伏せるのは貴女にしか出来ない事だと思う」


「それは……」


 社にとって、そう言われて悪い気分は確かにしなかった。

 しかし、しかしだ。禊が以前とは変わったからといって、説得が楽になったのかといえば別にそういう訳では無い。機嫌のいい時を狙って、禊の甘い部分を突けばどうにか可能性があるか、といった程度だろう。

 ここに呼ばれた時点で、禊の説得役に選ばれたということは理解していた。しかしこうして白雪家に呼び出された以上、社の立場では『やっぱり駄目でした』とは言いづらい。


 別に、禊に対して誘いをかけるのは構わない。自分も何度も行ったことがあるし、禊もいちいちこの程度で機嫌を悪くしたりはしないからだ。

 しかし今目の前で遊びの予定を立てている二人に対し、『失敗しました』などと報告することになれば、彼女達は一体どれほど落胆するのだろうか。

 それを思えば、これはもはや失敗出来ないミッションと言っても過言ではないだろう。随分と気楽に言ってくれるものだ。新手のパワハラだろうか?

 社の胸中はそんな思いで一杯になっていた。


 しかしこれは、恐らく社にしか出来ないミッションであるのもまた事実。それに、禊にとっても良い経験となるだろう。社は、禊が自由に振る舞っている姿が好きだが、それはそれとして、普通の女の子らしい楽しみも経験して欲しいと思っていた。この点は母親である神楽とも意見が一致している。

 であるならば、社に断る選択肢は無かった。


「……分かりました。微力ながら、全力を尽くしましょう」


「やったー!」


「やりましたわー!!」


「あはは。申し訳ないね。でもなんとかお願いするよ」


「ですが成功の暁には、報酬を期待しておりますので」


 こうして、社は重大な役目を背負うことになった。

 そうして暫くの後、結果として社は禊を連れ出すことに成功し、成功報酬を手にすることになった。なおその成功報酬というのが非常に下らないものであり、禊に見つかった際には壊されそうになるのだが、それはまた別の話である。

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