第67話 信頼

「ぐっ・・・何の音だこれは・・・!?」


 管理局からの通信でCカテゴリーSSの境界鬼テルミナリアが現界したとの連絡を受け、ホテルから出て直ぐの所で、蘇芳樒が顔を顰めていた。

 正直に言えば、彼女は自分達の手に負える相手ではないと考えていた。当然彼女は、過去に『天魔』が現界した際の被害を知っている。管理局のデータベースには、各国の管理局に所属する感応する者リアクター達が何百、下手をすれば千人近く命を落としたと記録されている。


 無論、彼女には自分達が精鋭であるという自負がある。責任もある立場だと認識している。だがそれでも、無理なものは無理なのだ。

 しかしそれでも、この場に於いてメディア関係の民間人や学生達を放って逃げ出すことなど出来はしない。例え死ぬと理解っていても、彼女は部下達に『死ね』と命令を下さなければならない。その覚悟は常に持っているつもりだし、軍人であれば当然の義務だ。


 米国との共同任務だと聞いた時は、かの『橙』の手を借りられるのものだと思っていた。実際に先程、本局へ問い質しもした。

 しかし返ってきた答えは『否』。つまりエリカ・E・スプリングフィールドは動かない。ではどうしろというのか?例え自分達が死んだところで止められはしない。そう本局に問うてみれば、返ってきた指示は『待機』であった。


 樒にはその指示が理解出来なかった。

 この状況で『橙』の助力を得られないのならば、自分達に下される命令など『撤退』か『死ね』のどちらかである筈だ。にも関わらず『待機』とは一体どういうことか。樒が訝しみ、歯に物が挟まっているかのような煮えきらない気分を味わっていた時、その答えが音と衝撃を連れてやって来た。


 最初にやって来たのは音。大きな大きな爆発音。次いで揺れ。大地を震わせホテルを揺らす、しかし地震とは明らかに異なる振動だった。

 それからというもの、この静かな山間の保養地には轟音と振動が交互、或いは同時に襲いかかってきていた。


「誰かが戦っている・・・のか?いや、だがこれは・・・これではまるで───」


 災害ではないか。

 樒の脳裏にそんな言葉が過ぎった時、隊員から声がかかった。


「隊長!本局からの通信です!『緋』が『天魔』と交戦に入ったようです!」


「何?・・・そうか、彼女が・・・待て、ではこの音と振動は、彼女の戦いの余波だというのか?」


「恐らくは・・・我々は民間人及び学園関係者の護衛に当たるように、とのこと!」


「・・・くくっ、そうか。数ヶ月前に見た時の彼女は、まるで全力ではなかったということか・・・これほどか。『災禍』の全力は」


 自分達とは根本から違う。樒にはそう思えてならなかった。

 先の『橙』の範囲殲滅攻撃もそうだった。樒とてS級というほぼほぼ最高位である感応する者リアクターの一人だが、彼女達『七色』は文字通り桁が違う。自分達と比べることすら馬鹿馬鹿しく思える程の圧倒的な戦力。彼女達はたった一人所属しているだけで国家間のバランスを崩しかねない存在、否、実際に崩しているのだ。


 身をもってそれを体験した今、樒は心底からこう思った。


「・・・彼女と同じ国の感応する者リアクターで良かったよ」




 * * *




 一方ホテル内には、樒達よりも余程早い段階から禊が戦闘を行っていることに気づいた者が居た。彼女達は止まってしまっているエレベーターのドアに蹴りを入れた後、大急ぎで階段を駆け上がっていた。


「純麗さん!急いでくださいな!あと少しですわよ!!」


「はぁ・・・はぁ・・・純白ちゃん早ぁ・・・」


 二人は最初に轟音が鳴り響いた時から屋上の庭園を目指していた。安全のためにホテルから出ることが出来ない今、禊が全力で戦っている、その姿を見られる可能性があるのは屋上だけだった。そうと分かれば行動は早く、監督役の風花教諭には申し訳なかったが、二人は早々に抜け出した。


 そうして屋上へと続く扉を開いた時、どこか土臭いような匂いが鼻を突いた。微妙に埃っぽいのは、恐らく戦場で上がった土煙が風に乗って此処まで届いている所為だろう。

 純白が屋上の外側へと駆け寄ったとき、そこにはどう見ても日本人ではない、それどころか学園の関係者ですらなさそうな、見慣れぬ二人の女性の姿があった。どうやら既に先客が居たらしい。


「おや?君達も観戦に来たのかな?見る眼があるね」


「オゥ!ジャパニーズスクールガールデース!」


 流暢な日本語と、方や胡散臭すぎる怪しげな日本語。

 純白には、彼女達が何故此処に居るのかは分からないが、その正体だけは一目で分かった。


「ソ、ソソソ!?エ、え!?」


「はぁ・・・はぁ・・・待ってよ純白ちゃぁん・・・あれ?誰か居る?」


 予想外の遭遇に、純白の口からは意味のある言葉が出てこなかった。息も絶え絶えな様子の純麗は、未だに先客の正体に気づいては居なかった。というよりも、息を整えるのに必死でそんな余裕が無かった。


「はっはっは、落ち着きなよ。何を言っているのかさっぱりだよ」


「ンー・・・?おや?アナタ達、共闘で優勝した一年生デスネ?」


 意外にも、純白と純麗の二人はエリカの記憶にもしっかりと残っていたようである。


「な、ななななんでこんなところに『七色』のお二人がいるんですの!?」


「わ、ホントだ。凄い!」


 純白の言葉で漸く二人の正体に気づいた純麗であったが、しかし彼女は純白のように気が動転したり、しどろもどろになったりはしなかった。このあたりが頭脳担当と実働担当の差だろうか。


「もちろんミソギの戦いを観戦しに来たんデース!アメリカ校のホテルからではよく見えないのデース!」


「私はエリカが『玩具箱パンドラ』を使ったと聞いて、アメリカ校のホテルに様子を見に行ったんだけどね。そこを捕まってここまで連れてこられたというわけさ」


「ソフィアも見たいと言っていたではないデスカ!」


「確かにそうだけど、移動方法が最悪だ。屋上から屋上へと飛ばされる私の身にもなって欲しいね」


 どうやら彼女達はホテルとホテルの間を、エリカの感応力リアクトによって移動してきたらしい。正面から来れば間違いなく騒ぎになることを考えれば、それは理に適ってはいる。だが非常識である。何より地上までの高さを考えれば、とてもではないが真似したいとは思えなかった。そんな移動中の絵面を想像した純白と純麗は肝を冷やした。


「君達も彼女の戦いを見に来たんだろう?ほら、あそこだよ───言わなくても一目で理解るか」


「HAHAHA!あの一帯はもう森が無くなってマース!」


「うわ・・・ホントだ・・・」


「・・・これが、禊さんの、全力、ですの・・・?」


 四人が見据える方、凡そ2~3km先の森の中───もはやそこは森とは呼べなかったが───では土煙が上がり、ここからでも樹々や岩などが舞っているのがよく見えた。当然禊の姿までをも肉眼でハッキリと捉えられる距離ではないが、それでも戦いの激しさは有り有りと伝わってくる。


 戦場となっているそこは、一体何をどうしたらこうなるのか、と聞きたくなるような惨状だった。開発するにしろ植樹するにしろ、恐らくは年単位でかかるだろう。そんな荒れ果てた破壊の跡に、禊らしき姿と相対する一体の境界鬼テルミナリアの姿が見える。


「あれが、『天魔』ですの・・・?」


「そう、あれが過去数回しか確認されていない、人間にとって最悪の敵だよ。私も実際に視るのは初めてだけどね」


 その腕の一振りで樹々が吹き飛び、その一足で大地が割れる。身体からは煙を上げ、信じられないような動きで宙を舞う。遠目に見ても、敵の恐ろしさや圧力が伝わってくる程だった。そんな敵の姿を見た純麗が、恐る恐るというような声色でソフィアとエリカへ問いかける。


「そ、そのっ!私なんかが意見して良いことじゃないのは理解ってるんですけどっ!え、援護とかは、しなくても大丈夫なんでしょうか・・・?」


「それは出来まセーン!・・・と、いうよりも意味がありまセン」


「そ、それはどういう・・・?」


「ワタシもソフィアも、対多数に特化しているからデース。強力な個を相手にするのは苦手デス。見たトコロ『玩具箱』での攻撃モ、『天魔』相手では当たりすらしないでショウ」


 そんな純麗の問いかけへの答えは『否』であった。


「もっと言えば、私は多数対多数の戦いで真価を発揮するタイプ。エリカは先手を取っての一撃離脱、或いは拠点防衛で真価を発揮するタイプの感応する者リアクターなんだよ。ハッキリと言えば、あの場に行っても多分、彼女の邪魔になるだけだよ」


「ココにミソギが居て良かったですネ!もし彼女が居なけれバ、皆仲良くサヨナラしてましたヨ!HAHAHA!」


「笑い事じゃあないけどね」


 大笑いするエリカの態度とは裏腹に、その口から出た言葉は純白と純麗の背筋を凍らせるのに十分な内容であった。『七色』が二人、口を揃えてこう言うのだ。『自分達ではアレの相手は出来ない』と。

 純白と純麗、二人が言葉を発することが出来ない中で、ソフィアがそっと戦場を指差す。


「ふふ、理解るかい?彼女の異常性が。数は力なんていうけど、圧倒的な個の暴力の前では無力な時がある。彼女はそれを体現しているよ。恐らくだけど、個としての能力は『七色』の中で最強と言っていいかもしれない」


「個に特化しているクセに、討伐数が抜きん出ているのもミソギの恐ろしい所デース。まるで計算が合いまセン。ミソギの歳を考えれば、本当に絶えず戦っていなければそうはなりまセン」


 エリカの言葉に、純白には思い当たる節があった。

 禊は度々学園を休んでいる。午前は居たのに午後には居ない、なんてことも頻繁にあった。それらを普段の禊の態度と照らし合わせ、純白は禊が『面倒だから』という理由でサボっているのだと思っていた。座学も実技も、禊が既に十分な能力を持っていることは知っていたが故に、辻褄は合っていた。禊が『こんな授業受ける必要がない』と考えていたとしても、特に不思議ではなかった。


 だがそうではなかった。

 恐らく禊は、授業の合間にも境界鬼テルミナリアを討伐していたのだろう。そしてそれは、学園に入る前からずっとそうしてきたのだろう。純白は今の話を聞いてそう推測した。そしてその推測は正しいのだ。


「・・・禊さんは、勝てるでしょうか?」


「・・・どうだろうね。そもそも『天魔』と単騎で渡り合っているだけでも信じられないことだ。『彼女なら』・・・そう思う反面、やはり難しいんじゃないかとも思う」


 純麗の不安そうな言葉。ソフィアの冷静な意見。

 しかし純白の意見は違った。

 今禊が、どのような思いで、どのような感情であの場に居るのか、純白には分からない。しかしただ、禊の負けるところなど想像が出来なかった。

 先程の推測が正しければ。先程の推測が正しくなかったとしても。

 来る日も来る日も戦場を駆け抜けて来たであろう彼女が、の相手に負けるだろうか。


 答えは、否。


「心配要りませんわ!当然勝つに決まっていますわ!!だってあそこにいるのは、あの『災禍の緋』ですもの!!」


 自分のことではないというのに、そう自信満々に宣言して見せる純白。それはこの数ヶ月で純白が見てきた、天枷禊という少女への信頼だった。

 純麗とソフィアが面食らったように眼を丸くして純白を見つめる中、エリカだけが静かに、にんまりと笑って純白を見つめていた。


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