第61話 盤外共闘
「もう!二人が何時までも食べていた所為で遅くなりましたわ!もう誰も居ませんわよ!?」
店から出て商業エリアを走る純白は不満を零していた。
警報が鳴ってから既に20分程が経過しており、既に周囲はもぬけの殻状態であった。以前から来てみたかった日本に来て、食事を残すなどとんでもない。そう言って最後まで食べきった
「仕方ないヨ。次は何時来られるか分からないネ」
「・・・おいしかった」
「呑気ですわね!!」
純白の言葉通り、お腹を擦りながら走る二人は呑気な台詞を吐いている。
「純白は心配し過ぎネ。予報の時間まではまだ二時間近くあるヨ」
「・・・余裕」
そもそも、境界振警報が鳴るのは予報の二時間前あたりが多い。しかし実際にはそれよりも更に早い時間から感知は行われている。この時差は境界針の反応を精査し、情報の誤伝達を無くす為の猶予時間。
一方、禊やエリカが受け取った情報は、一般に知らされるものとは完全に別口のものであり、精査される前の情報だ。謂わば速度を重視した第一報であり、精度は若干落ちる。当然それは一般人が知ることの出来ない情報であり、彼女達が
境界振警報が発令されるタイミングというのは、国による大きな違いは無い。世界各国に存在する境界管理局から発令されるそれは、技術的に均一化が為されているからだ。つまりは中国でも日本と同じように、大凡二時間前には警報が発令されるようになっている。この『二時間』というのが、
境界針に反応があり、情報を管理局が精査して、そういう手順を踏んだ上できちんと二時間前に警報が発令されているのであれば、それは警報の確度が高いという証左だ。
もしも緊急、或いは情報の確度が低い場合。前者であれば警報は二時間よりも遅く発令され、後者であれば状況の変化に対応出来るよう余裕をもって二時間よりも前に発令される。そういう事情を理解しているからこそ、
対して純白が急いでいる理由。
それは偏に、『白雪家ではそう教わっているから』という理由からであった。彼女は純白を猫可愛がりしている斑雪や聖から、口を酸っぱくして言いつけられている。曰く、『所詮予報は予報。如何に確度が高かろうと、外れる可能性は常に在る』とのことである。故に純白は言いつけ通り、警報に従って速やかに避難しようとしているのだ。
どちらが正しいのかと言われれば、勿論純白の方が正しいだろう。しかし
マーフィーの法則というものがあるが、それに近い。トーストを落とした時、バターを塗った面が必ず下になってしまうように。傘を忘れた時に限って雨が降るように。失敗する余地があるのなら、それは失敗するのだ。普段は警戒しているのに、油断した時に限って事が起こってしまう。
漸く訪れることの出来た日本で、彼女達が羽目を外し油断してしまったことは誰にも責められないだろう。純白が胸中で『仕方ないですわね』などと考えていた事は、誰にも責められないだろう。
しかし、やはりというべきか。
不運は重なってしまった。
商業エリアを走る三人の眼前、森に面した茂みを踏み荒らして現れたのは、一体の『鬼』だった。2mを超える巨躯、丸太のように太い手足に、額には一本の角。暗く鈍い光りを放つ双眸は、既に三人を捉えていた。
「───えっ」
「────
「・・・最悪ネ。キーホルダー、どこが魔除けヨ」
予報は外れた。外れてしまった。
目を見開いて動揺を露わにする純白の耳には、どこかから悲鳴と戦闘音が聞こえてくる。恐らくはこの一体のみではなく、既に他の
逃走を選んだところで、この状況では何処に逃げても安全とは言い難い。最悪の場合は敵の数が増えるだけで終わる可能性もある。こうなっては腹を括って戦うしか無かった。最低でも、『軍』の
しかし、如何に彼女達が対抗戦で好成績を収めた優秀な学園生だとはいえど、それは飽くまでも学生の競技会の中での話だ。雰囲気も、緊張感も、恐怖も、実戦のそれとはまるで違う。
「・・・二人は実戦経験がありますの?」
「対人ならネ。対
「・・・無い」
眼前の
しかし
総じて、どうにかやれなくはない、といったところである。『実戦経験があるならば』という前提が付くが。
「二人ともこの音は聞こえていますわよね?逃げても同じ、むしろ状況は悪化するかもしれませんわ」
「残念ながら同意見ヨ」
「・・・やるしかない」
腹を括った三人が身構える。
普段から先手を取って攻めることを得意とする彼女達であったが、しかし今回は用心深く敵の出方を窺った。緊張か、それとも恐れか。実戦という経験したことのない特殊な環境が、彼女達の足を縛り付けていた。
最初に動いたのは
しかしその力押しが人間にとっては驚異的なのだ。
その太い腕から繰り出される拳は、如何に防御系の
雄叫びを上げながら三人に向かって突進してくる
しかしそんな状況に於いて、純白だけが対応することが出来た。
純白は禊に感謝した。今彼女が動けるのは、禊との特訓があったからに他ならない。あの恐ろしい殺意を前に生き延びた自負と、よもや本気で殺しに来ているのではと思いたくなるような特訓の日々。禊の殺意と比べれば、目の前の
二人を庇うようにして前に飛び出した純白と
純白自身も気づいていない事だったが、彼女の
そうとは知らず、自らの
普段は身体を覆っている結界を、まるで盾のようにして左腕の側面に展開する。それを高速で迫る敵の拳の側面に差し込み、力の向きを変えること無く、横方向に力を加えることでそっと軌道をずらす。
身体の頑強さを全面に押し出し、力技に頼ることの多かった純白が見せたのは、芸術的なまでの受け流しだった。それでもなお腕に残る衝撃が、
「づッ────くっ!!」
苦痛に顔を歪ませながらも初撃を凌いでみせた純白。勇敢に過ぎるその姿に感化された
「ははは!やっぱり凄いネ!流石ヨ!」
「・・・負けてられない」
腕を抑える純白の背後から、彼女をカバーするかのように二人が飛び出す。震えの止まった
予期せぬダメージに悶え苦しむ
「見えてるヨ!」
乱雑であるが故に威力はそれほどでもないその腕を、
その一撃は地面を砕き、大小様々な欠片となって飛来する。
対象も方向も関係なく、ただ無差別に迫る飛礫が三人を襲った。
「なッ!?────がふッ」
「しまッ!────ぐうッ!!」
気づいたところで既に遅い。この距離で無数の石片を躱す手段など存在しない。咄嗟に腕で急所を守ったのは流石というべきだろうか。しかし二人は衝撃によって吹き飛ばされ、決して小さくないダメージを受けてしまった。
受け身を取り直ぐに立ち上がる事こそ出来たものの、腕や足から訴えてくる痛みは無視出来るものではなかった。
そんな二人が顔を歪ませながら見つめる先には、大地を殴りつけた事で頭部を下げた
彼女は理解っていた。未熟な自分達が
渾身の力を込めて地面を破壊した所為で、敵は未だ純白の接近には気づいていなかった。疾走の勢いを利用して飛び上がった純白は、空中で回転しつつ敵の頭部へと踵を振り抜く。全てのエネルギーを集中させた踵は、地面に蹲ったままの敵の後頭部を捉え、そのまま地面へと叩きつけた。
『忘れ雪』。白雪家に伝わる格闘術、純白が現在習得している技の中でも最も隙が多く、最も破壊力の高い足技である。
べしゃり、というまるでトマトを叩きつけたかのような水っぽい音と共に、地面に血の華が咲いた。
「はぁっ・・・はぁっ・・・ざまぁ、みやがれ、ですわ・・・痛ッ!」
息を切らせながら、額を流れる血を拭うことも忘れた純白がそう言い放つ。格上の相手を倒したことで身体が安堵したのだろうか。純白の全身には徐々に痛みが込み上げていた。
「どうですの・・・やってやりましたわよ・・・」
「はは、やっぱり凄いネ。勝てない訳ヨ」
「・・・ゴリラ」
痛む身体を抱きながら、ゆっくりと戻ってくる純白を呆れるように見つめる
そんな時、ふと気づけば純白の背後から地の底から響くような唸り声が聞こえてきた。それも一つではなく、三つ同時だった。
「・・・は?」
「冗談キツいネ・・・流石にもう動けないヨ」
「・・・詰み」
三人からの距離はおよそ40m程。
先程の個体とは別の場所から、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます