第60話 土産

「コレは一体何ヨ?」


 眉を顰め、怪訝そうな顔でそう呟いたのは愛琳アイリンだ。

 彼女は右手でキーホルダーを摘み上げ、まるで得体の知れないものでも見るかのような視線を向けている。それは西洋剣を象った鉄製のキーホルダーで、刀身部分に龍の装飾が巻き付いたデザインをしていた。


「・・・武器?」


 その隣には、愛琳アイリンと同じようにキーホルダーを摘み上げた麗華リーファの姿もあった。彼女が摘んでいるキーホルダーは愛琳アイリンの持っているそれとは違い、龍の代わりに骸骨があしらわれている。骸骨の額部分には赤い文字で『忍』という文字が書かれていた。


「それは日本の魔除けですわ!親しい友人にお土産として送ると、それはそれは大層喜ばれると耳にしたことがありますわ!」


 二人の疑問に応えたのは白雪純白。

 共闘の決勝戦で戦った彼女達はどうやら馬が合ったらしく、連絡先を交換していた。そして対抗戦が終わった今、こうして土産を選ぶ二人の案内を純白が買って出た、という訳である。尚、いつもならば純白と共にいるであろう純麗がこの場に居ないのは、彼女が兄の見舞いに行っているからだ。


「成程、八卦鏡はっけきょうのようなものネ」


「・・・強そう」


 八卦鏡とは、古代中国より伝わる『気』を用いた環境学、風水術で使用される鏡のことだ。正八角形の盤の中心に鏡を配置し、その周囲に先天図の八卦を記したものを八卦鏡と呼ぶ。中心部に配置された鏡の種類によって効果や使用法に若干の違いがあるが、主に邪の気を反射し拡散するために使われたり、吉の気を集中させる目的で使用される。


 そんな歴とした魔除けの道具と、彼女達がしげしげと眺めているキーホルダーとでは意味合いがまるで違う。そもそも後者は魔除けですら無い。


 とはいうものの、純白とて日本にやって来たのはつい最近のことである。幼い頃は日本に居たものの、物心つく頃には既にイギリスで生活していた。生まれ故郷の言葉ということもあって、日本語に関しては問題なく読み書き出来る純白だが、文化までは流石に完璧とは言えない。

 そんな彼女が日本の何処にでも売っている正体不明の土産物について詳しい筈もなく、しかし案内を買って出た手前『知らない』とも言い出せずに知ったかぶりをしている、というのが現在の状況である。そうでなくても、このキーホルダーについて説明できる者など恐らく存在しないのだが。


「じゃあコレを一つずつ、両方買うネ」


「・・・買う」


 何も知らないままに怪しげなアイテムの購入を決めてしまった愛琳アイリン麗華リーファを止める者などこの場にはおらず、麗華リーファに至っては余程気に入ったのか、その場で鞄に装着してしまう始末であった。


 三人はこうして、朝から順番に土産物屋を周っていた。

 行く先々で次から次へと土産を購入しているのは、意外にも麗華リーファだった。麗華リーファの持つ鞄からは木刀がはみ出しており、鞄の中には大量の無駄な土産物がぎゅうぎゅうに詰められている。


「漢字は大体理解るけど、平仮名と片仮名はさっぱりネ」


「・・・勉強不足」



 そう言った彼女達が手にしているのはカタカナが大きくプリントされたTシャツであった。愛琳アイリンが手にしているのは無地の白Tシャツで、胸元には黒文字で『スケベ』と書いてあった。


「コレは形にキレがあっていいヨ。どういう意味ネ?」


「それは妖艶という意味ですわ!大人の女性的な感じですわ!」


 一方、麗華リーファが手にしているシャツには黒い生地に白文字で『ウォシュレット』と書かれていた。


「・・・これは?」


「それはあれですわね、清潔?みたいな、そんな感じですわ!」


 如何に読み書きが出来る純白といえど、『助平』から派生した単語までは知らなかった。『Wash』に『Toilet』を組み合わせた和製英語までは対応出来なかった。知らないだけならばまだ良かったが、知ったかぶりモードに入っている純白が、なんとなく近しい意味を知っているのが逆に仇となっていた。

 二人の問いに対して純白が妙にハキハキと答える所為もあって、彼女の回答が妙な説得力を持ってしまっていた。


「私にピッタリな言葉ネ。これも買うヨ」


「・・・買う」


 こうした悲劇は朝から続いており、今や愛琳アイリン麗華リーファ、二人の荷物は怪しげなグッズで溢れかえっていた。

 そうして三人は買い物を続け、荷物が重くなってきたところで一旦昼食をとることにした。ホテルに戻って無料のレストランで食事をとるのも悪くはなかったが、今は折角の対抗戦期間だ。観光気分を味わうためにも、近くの和食店へ入ることとなった。

 対抗戦の観戦に来た一般客をメインターゲットとしたその店は、一般客が退場した今、純白達と同じように敷地内を観光している学生たちが数人居るのみだ。

 窓際の席へと案内された三人は、各々食ベたい物を適当に注文する。愛琳アイリン麗華リーファはそれぞれ蕎麦ととんかつを。昼食と言えるかは甚だ疑問ではあるが、純白は抹茶パフェを注文した。


「そうそう、殲滅戦見たヨ。私達も出場してたから一回戦は見れなかったけどネ。純白達の活躍も見事だったけど、一番はやっぱり決勝のあれネ」


「・・・驚いた」


 料理が来るまでの間話題に上がったのは、やはりというべきか先日の殲滅戦決勝の話であった。世界中の多くの者、特に感応する者リアクター達に与えた、もはや事件と呼んでも差し支えないほどの衝撃。

『災禍の緋』。これまで表に出ることのなかったその容姿と実力に驚愕したのは、愛琳アイリン麗華リーファの二人も例外ではなかった。


「禊さんのことですの?ふっふっふ!実はわたくし、あの方に師事していましてよ!」


「本当カ!?道理で強かったワケよ。正直、私達は同年代には負けるつもりが無かったヨ。総合優勝は無理だと思っていたけど、一年の部でくらいは優勝するつもりでいたヨ」


「・・・痛恨」


「まぁ、以前に少し手ほどきを受けた程度ですけど」


 純白の言う『以前』とは、純麗と藍の模擬戦の時のことだ。純麗を鍛えるついで、自分も一緒に見てもらおうと純白が天枷の家にまで押しかけた。たった一週間という短い時間ではあったものの、純白が普段白雪で行っていた修練よりも余程濃厚な時間を過ごした。

 無論、白雪家で行っている修練が楽なものだという事ではなく、単純に禊のスパルタ特訓が厳しすぎたというだけだ。その結果、思い出したくもない程の恐怖体験はしたものの、感応力リアクトは一段階成長し、戦術面に於いても一段上へと登ることが出来た。


「一時期とはいえ『七色』から指南を受けられたのは十分凄いことヨ。羨ましいネ」


「・・・ずるい」


 愛琳アイリン麗華リーファの母国、中国にも『断絶の黒』と呼ばれる『七色』が居る。しかし当然のことながら二人との接点は無い。仮に接点があったとしても、指南を受けることなど叶わないだろう。そんな二人からすれば、純白の境遇は羨望を抱くのに十分過ぎた。


「私達が滞在してるホテルでも彼女の話題で持ちきりヨ。ニュースやネットも『災禍の緋』の話題一色、凄い人気ネ。モニカ・ラブレットとの戦いの所為で『魔王』と呼ばれていたのには少し笑ったヨ」


「・・・会ってみたい」


「禊さんの連絡先なら知っていますわよ?」


「本当カ!?呼んだら来るカ!?」


「・・・是非」


 興奮した様子で身を乗り出す愛琳アイリンと、ふすふすと鼻息荒く純白に詰め寄る麗華リーファ。彼女達もまた感応する者リアクターだ。『七色』と知り合いになれるかもしれないとくれば、興奮するのも無理は無かった。

 そんな二人の懇願に、純白は脳内でシミュレーションしてみることにした。当然、禊を誘ってみた場合のシミュレーションである。


 ───禊さん、今食事中なんですけど、ご一緒にいかがですの!?


 ───嫌よ。純麗と行けばいいでしょう?


 普通に誘った場合、先ず間違いなくこうなるだろう。

 では頼み込んで情に訴えかけた場合はどうだろうか。


 ───わたくしは禊さんと一緒に食事がしたいんですの!お願いしますわ!


 ───嫌よ。面倒だもの。


 まぁ、恐らくこうなるだろう。

 顔色一つ変えずに、なんとなればこちらへ視線すら向けることなく、そう言われて終わるような予感しかしない。

 では強引に連れ出そうとしてみればどうだろうか。


 ───禊さん!食事に行きますわよ!ホラ!急いで下さいな!!


 ───嫌よ。一人で行きなさい。


 間違いなくこうなる。

 否、むしろこうであればまだマシな方だ。最悪の場合は猛烈に痛いデコピンが待っている。なんだかんだと付き合ってくれる場合もある禊だが、それは偶々彼女の気が向いた時に限る。彼女は塩対応がデフォルトなのだ。


「・・・無理ですわね。絶対に来ませんわ」


「・・・それは残念ヨ。でもまぁ、当然と言えば当然ネ。『七色』は皆忙しいと聞くヨ」


「・・・多忙」


 学園生とはいえ彼女は『七色』の一人である。そう事情を察して肩を落とす愛琳アイリン麗華リーファであったが、純白が『絶対に来ない』と判断したのはそういう理由ではない。純白は知っている事だが、禊は『軍』の所属でも、管理局の所属でもない。愛琳アイリンの言うように任務で忙しいという事は無い筈なのだ。では何故禊が度々授業を欠席して姿を消すのか、その理由までは純白も知らなかった。それ以前に、呼んだところで禊が来ないと純白が考えた理由は、単純に『興味』の有無という話なのだが。


その後、やってきた食事を食べながら、各々が観戦した試合の感想を話し合っていた時だった。全員のスマートフォンから警報が鳴り響いた。純白達だけでなく、店内にいた他の学生や店員の物までも。


「お?一体何ネ?」


「これは・・・境界振警報ですわ!」


「・・・此処で?」


三人ともがそれぞれ自分のスマートフォンの画面へと視線を落とす。画面を見てみれば、そこには確かに境界振の予報と避難勧告が表示されていた。

それと同時に、敷地内に設置されたスピーカーからも警報とアナウンスが流れ出す。


『現在、敷地内にて境界振が検知されました。大会スタッフ、ならびに各店舗のスタッフは案内に従って直ちに避難して下さい。各学園の生徒は所属しているホテルまで速やかに戻り、学園側の指示に従って下さい』


「・・・最悪ネ。折角の観光が」


「・・・間が悪い」


「言ってる場合ですの!?ここへはまた何時でも来られますわ!今は急いで戻りますわよ!」


「そう慌てなくても、ここには腕利きの感応する者リアクターが沢山配備されてるネ。そうそう問題にはならないヨ」


「・・・『七色』も」


「それでも、ですわ!行きますわよ!」


「理解った、理解ったヨ。でもあと一口だけ待つヨ。・・・純白は元気ネ」


「・・・むぐむぐ」


アナウンスに従い、急いで戻ろうと二人を急かす純白。

そんな純白とは裏腹に、愛琳アイリン麗華リーファは酷く落ち着いた様子であった。呑気に蕎麦を啜る愛琳アイリンと、とんかつを口にいっぱいに頬張る麗華リーファ

そんな呑気な二人を引きずるように店を出た純白は、自分達のホテルがある宿泊施設エリアへと急ぎ戻っていった。

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