第59話 休養
対抗戦の日程も残りは明日の閉会式のみ。
今日一日、一般客の居なくなったこの保養地では、対抗戦に出場した各校の生徒達の為だけに各施設が稼働している。
もちろんメディアや大会スタッフ等もまだ滞在しているけれど、基本的には選手達の為だけに用意された慰労の日だ。
昨日、各メディアからのインタビューという面倒事を避ける為、殲滅戦を終えた私はすぐにホテルへと引き返した。一夜明けた今日も、勝利インタビューの映像が繰り返し配信されているのを見るに、その選択は正しかったと言えるだろう。
会場へ戻る前に社が直接
対抗戦で日本が優勝するのは初めてということで、喜び騒ぐ気持ちも理解らないではない。ましてや今年は日本での開催ということもあって、その喜びも
それでも、一日空ければ熱狂も少しは収まると思っていた。
そう思っていたのだけれど。
「御覧下さい禊様、どのメディアも日本の優勝と禊様の話題でもちきりですよ」
社の言葉通り、どうやら一日程度では
「はぁ・・・」
「そう大きな溜息を吐かないで下さい。これまで全く情報の無かった禊様がついに姿を見せたのです。話題になるのは当然ですよ」
「・・・私は珍獣か何かなのかしら?」
「似たようなものですね。ちなみにネットニュースやSNS、掲示板等でも今は禊様の話題ばかりですよ。特にラブレットさんとの直接対決と、あとは容姿に関するものが多いですね」
「容姿?」
「えー・・・『鋭い目つきが最高』『下僕になって扱き使われたい』『罵倒されながら踏まれたい』等、その殆どが禊様の美しさを讃えるものです」
「・・・それは褒めていると言うのかしら?」
どちらかと言えば、特殊な性癖を吐露しているだけなのではないだろうか。
恐らくは社が面白がって、わざとそういったものを選んでいるだけなのだろうけれど。そんなに目つきが悪いかしら?
「あとは、禊様の事を『魔王』と呼ぶ者も散見されますね」
「・・・一応、聞いておきましょうか」
「ラブレットさんと禊様の戦いの様子が、まるで魔王に挑む勇者のようだったと話題になっています。勇者が魔王に敗北した稀有な例、としてですが」
誰が魔王だ。
そんな下らない話で盛り上がることが出来るのだから、どうやら世の中には随分と暇な者が多いらしい。顔も知らない誰かに何を言われたところで別に興味はないけれど、暫くの間は外を歩くだけでも面倒な事になりそうな点だけが気がかりだ。
「今日はホテルから出るのは止めておこうかしら。面倒事の予感しかしないわ」
「お言葉ですが、折角の休養日ですよ?」
「外に出たところで、これでは休養にならないわよ。純白も何処かへ出かけたようだし、部屋にいたほうが休まりそうだわ」
同室の純白は朝早くから何処かへと出かけていた。珍しく今日は純麗と別行動らしい。騒々しい大型犬が居ない今なら、部屋でも十分休養出来るだろう。
ちなみに純白曰く、純麗は縹千早の見舞いに行くそうだ。これまで冷遇されていたというのに随分と健気なことである。
私としては、これを機に兄妹仲が改善されれば、といったところだろうか。別にあの二人がどうなろうと私に関係は無いけれど、仲が悪いよりはよほど良いだろう。まぁ仮に兄妹仲が修復されたところで、あの子には家の問題もある。これで全てが解決するような、そんな簡単な話ではない。
ともあれ、一先ずは今日の方針を決めたところで、朝食を摂るために階下のレストランへ向かうことにした。部屋を出て、いくつものレストランが入っているフロアへとエレベーターで降りる。その間、ただ通路を歩いているだけで視線を感じた。
すれ違った学園の生徒達からのものだけれど、こればかりは仕方がない。聖の頼みに応えた時点で既に覚悟していたことだ。ではメディアの反応は覚悟していなかったのか、と聞かれれば痛いところだけれど。それに関しては覚悟していなかった訳ではなく、単にここまで騒がれるとは思っていなかっただけだ。見積もりが甘かったとも言える。
そんな視線を無視し、別に選んだという訳でもなくただ適当な店へと入った時だった。朝の喧騒というには少し異なる、けれど確かに聞こえる声。ざわざわと、店内が少し騒がしいような気がした。
周囲を見てみれば、私と同じように朝食を摂りに来た生徒や、店のスタッフ達が皆一様にある一点へと視線を送っていた。その視線の先にあったのは一つのテーブル、そして一組の客だった。
変装のつもりなのか、申し訳程度にキャップを被っているその見覚えのある頭。少し赤みがかった金髪と、露出の多い派手な服装。その隣にはやはり見覚えのある、どこか居心地の悪そうな様子で座る金髪の女学生。そしてもう一人、管理局の制服を着た見覚えのない女性。
日本校のホテルにあって、違和感の塊と化した三人組が食事を摂っていた。
「・・・店を変えるわよ」
「・・・そうですね」
関わってしまえばどう考えても碌な事にならない。社と二人、彼女達に気づかれる前に急いで店を出ようとした、まさにその矢先だった。
「OH!ミソギ!待ってまし・・・奇遇デース!一緒に食事でも・・・何処へ行くんデスか!ヘイ!カモーン!」
無駄に目敏い。最悪だ。
店の変更を決断するまでの時間はほんの数秒、けれど直ぐに引き返そうとした私達を引き止める声は、当然周囲の眼を惹いた。こうなってしまってはもはやどうにもならない。無視をしても、同席しても。どちらを選んだとしても、あらぬ噂が流れることは避けられないだろう。
仲が良いと思われるのは非常に癪ではあるものの、仲が悪いと思われるのもそれはそれでよろしくない。否、個人的には世間にどう捉えられても全く構わないのだけれど。
「・・・はぁ」
「ご愁傷さまです」
卑怯にも、自分は関係ないとでも言いたげなポジションを瞬時にとる社。これから繰り広げられる面倒事を考えれば、彼女の恭しい態度がまた腹立たしかった。彼女達の元へと向かう足は、まるで自分のものではないかのように重い。
「・・・どうして貴女達がここにいるのかしら?」
「いきなりご挨拶デスね!もちろん朝食を食べに来たに決まってマース!」
嘘をつくな。だったら自分達のホテルでいいだろう。
以前会場の通路で一瞬だけ見せた、エリカの裏の一面が脳裏に過る。彼女は一見考え無しのように見えて、実際には頭がよく回る。恐らく、だけれど。
今こうして待ち伏せしていたこともそうだ。これが今朝の報道を見て思いついたことなのか、昨日の時点で考えていたことなのか。そして何故数あるレストランから此処を選んだのか。彼女の脳内、その仔細は理解らないけれど、不本意にも私が話題となってしまっている今、こうして人目に付く場所へ直接押しかければ私が逃げられないことを知っている。
「はぁ・・・もうそれでいいわ。そちらの彼女は?」
周囲の視線を気にし、気まずそうにこちらを窺う女生徒。モニカ・ラブレット嬢へと水を向ける。一夜明けて随分疲労は回復したのか、顔色は悪くない。『虚』の影響を受けた直後の彼女は、それはもう酷い有様だったのだけれど。
「お、おはようございます・・・?先日はどうも・・・?」
「どうして疑問形なのよ」
「いえ、私も自分がどうしてここにいるのか理解ってなくてですね・・・」
「ああ・・・そこの迷惑な女に振り回されているのね。ご愁傷さま」
ちらりと横を見れば、脳天気な顔で大口を開けてオムレツを頬張る阿呆。見られていることに気づいたのか、慌てて口の中の物を飲み込んでいる。どうやら口に物を入れて話すほど粗野ではないらしい。
「むぐ・・・彼女はワタシが連れて来ましタ!ミソギと話したい事があると言っていマシタからネ!」
「こ、こういう形でとは言ってません!?」
「HAHAHA!そんなこと言ってたらいつまで経っても会えまセーン!どうせミソギは今日、外に出るつもりが無いデス!つまりノーチャンス!これが最善デス!」
私の予定はこの阿呆にすっかり読まれていた。私の性格を知っていれば想像に難くないとは思うけれど、彼女とは旧知の仲ではない。ここ数日の僅かな時間で私の性格を大凡理解していたというのなら、やはりこの女は油断ならない。
モニカの聞きたいこと、という言葉にはまるで心当たりがないけれど、昨日の試合に関することだろうか?『虚』に関してならば、試合中に説明してあげたと思うのだけれど。ともあれ、彼女達と同席すると決めた以上時間はある。細かい用件は後回しだ。
そうして私は残る一人、見慣れない管理局員へと視線を向ける。今まで通りならばそこには保護者としてソフィアが座っていそうなものだけれど、生憎と今日は不在のようだ。彼女がソフィアに代わって、エリカの面倒を見てくれるといいのだけれど。
そんな私の視線に気づいたのか、先程から黙って硬直していた管理局員の彼女が慌てて喋りだした。
「あわわ!お、お会いできて光栄であります!じ、自分は米国境界管理局所属の、フィオナ・グレンであります!」
「そ。エリカの目付役かしら?今日はソフィアではないのね」
「ああ!もちろんソフィアも誘いましたガ、今日は仕事があるそうデース!残念ですネ!」
勿論とは。どうして二人セットで私のところへ来るのが当然のような、そんな口ぶりになっているのかまるで理解出来ない。彼女達を喜んで迎え入れた記憶は、この対抗戦の間で一度も無い気がするのだけれど。
「自分はエリカさんの副官、のようなものであります!」
「ノー。フィオナはワタシの荷物持ちデス。近くの基地に置いてきた筈なのに、昨日の試合の後いつの間にかコッチに来ていましタ。余程ミソギに会いたかったようデース」
「ち、違・・・うこともないですが!自分は本局の指示で来ています!歴とした仕事であります!」
そんなフィオナとエリカのやり取りを見ていて気づいたことがあった。どうやら彼女にエリカの制止役は期待出来そうにない。この僅かな時間ですら、エリカに好き放題振り回されているようにしか見えないのだから。
フィオナの自己紹介が終わったところで、全てを諦めて席に着いた私は社に食事の手配を頼む。こうして同じテーブルに着いたことで一応の義理、というか体裁は取り繕った筈だ。暫く時間を潰してから適当に理由をつけて部屋に戻ることにしよう。
モニカはエリカに師事している訳では無い。しかしアメリカにとっては期待の星、将来アメリカを担うであろう人材だ。全くの知らぬ存ぜぬというわけにもいかないらしく、エリカとしては酷く面倒らしいのだけれど多少は目をかけているようだ。
そんなモニカが何やら私と話したい事があるということで、それならばとエリカが一肌脱いだとのこと。約束を取り付けるわけでもなく、ただこうして待ち伏せしていたことが一肌脱いだことになるのかどうかは怪しいけれど、ともあれ彼女達の目論見は成功していた。
その後の会話は拍子抜けするようなものだった。
モニカの話とは、昨日の試合を通しての率直な意見、所感を聞きたいとの事だった。彼女が『七色』を目指しているというのはどうやら本気らしく、強さへの貪欲なまでの意志を感じた。
私が多少なり彼女を気に入ったのは、試合を見ただけで理解るこの直向きな姿勢と瞳だ。純白や純麗と共通する部分でもある、目的へと真っ直ぐ向かってゆく姿。自ら思考することを止めず、人からの意見も聞き入れる柔軟さ。学校の授業が終わった後、職員室へと質問のために押しかける勤勉な生徒のようなものだろうか。
聞きたいことがあるなどと言って態々訪ねてくる程だ。余程のことがあるのだろうと身構えていた私はすっかり肩透かしを食らった気分である。とはいえ私は、別になりたくて『七色』になったわけではない。自分のやりたいことをただ好きにやっていただけ。ある意味では目的に真っ直ぐ、と言えなくも無いかも知れないけれど、そんな高尚な考えでやってきた事ではない。そんな私に、モニカへかけられる言葉など何もなかった。
一先ず、先の試合で感じた彼女の長所や欠点、これからの方針などを私なりに纏めて伝えてみれば、モニカは感心するようにふんふん頷いていた。自分でも柄ではないことをしているという自覚はあるけれど、どうせ彼女とはこの対抗戦が終われば会うこともないのだから、この程度のサービスはしてもいいだろう。
そうして遅めの朝食を終え、適当な理由をつけて部屋を戻ろうとした時だった。社に預けていた私のスマートフォン、その着信音が鞄の中で鳴り響いた。無機質なコールの音、それと同時に私の胸元、内ポケットでも振動を感じる。そこには白雪家と連絡をとるための、もう一つのスマートフォンしか入っていないのだけれど。
一体何事かと訝しみながらも、とりあえずは社に預けている私用のスマートフォンから対応することにした。
「禊様」
「ええ。少し失礼するわ」
「OH...なんだかお嬢様っぽいデース」
何やら訳の分からない感想を述べているエリカを無視して画面を見てみれば、そこには『お父様』の文字。用件は分からないけれど、ともかく出ないわけにもいかない。
「何の用ですか?」
『あ、禊ちゃーん!昨日の試合見たよー!控えめに言って最高だったよ!僕もう嬉しくて嬉しくて、斑雪くんにも自慢しまくったよー!!』
「・・・切りますよ?」
『わあああ!待って待って!本題に入るから!我が娘ながら、相変わらず塩対応だよねぇ。えーっと、じゃあ本題だけど・・・例の約束覚えてる?』
「約束・・・?どれのことでしょう」
『ほら!禊ちゃんが対抗戦に出るなら何かご褒美用意するよ、ってやつだよ!』
はて?そんな約束をしただろうか。
一瞬そう考えたものの、そういえばと思い直す。恐らくは白雪聖が天枷家にやってきて、私に直接出場の依頼をしてきたときの話だろう。すっかり忘れていた、というか冗談だと思っていたのだけれど、確かにそんな話をしたような気がする。
『いやぁまぁ別にそれとは関係ないといえば無いんだけどね。こっちで色々動いてた成果とも言えるね。丁度良いから禊ちゃんへのご褒美ってことにしちゃおうかなって。まぁとにかくそういうわけで、多分そっちに凄いでっかいカブトムシが行くからさ。お願いしていい?』
「・・・話が見えませんが」
『あっはっは!だろうねぇ!多分白雪からも連絡来てるでしょ?ちなみに神楽さんは別件で動けないから!まぁそういうわけだから、後は宜しくね!あ、何か必要な装備があったら後で送っておいて!それじゃ!』
などと言って、お父様からの通話は切れてしまった。
未だに何の話をしていたのかはまるで理解らない。とりあえず白雪からの連絡を確認してみることにした私は、そのスマートフォンの画面を見て口角が上がるのを堪えきれなかった。
『現時刻より推定205分後、長野、世界感応力戦技競技会開催地域内にて境界振の予兆有。推定震度8以上。
「────ふふ」
「ミソギ?どうしましタ?何か良いことデモ────おや?」
対面に座るエリカ、彼女が私の様子を気にしたその時、言葉を遮るようにしてエリカのポケットからも着信音が鳴り響く。そうしてエリカが画面を見つめ、刹那、眼を細めた。その後に私の顔をへと視線を移し、何かに気づいたかのように息を吐いた。
「OH・・・成程、ミソギの嬉しそうな顔はコレが理由でしたカ。一般客が退場した後で良かったデース」
「ふふ。そうね、周りを気にする必要がないもの」
「イエス!ミソギ程ではないデスが、ワタシも加減が苦手デスからネ!」
「一緒にしないで頂戴。私は加減が苦手なのではなく、加減するつもりがないだけよ」
そんな私達の会話は、当然残りの三人には理解出来ないだろう。
否、管理局員であり自称エリカの補佐であるフィオナはどうやら察しているらしい。どこか緊張したような面持ちでエリカを見つめていた。
「・・・二人は一体何の話を?先程の電話が何か関係しているのでしょうか?」
何も知らないモニカが、私達へと素直に疑問を投げかける。
そんな彼女へとエリカは満面の笑みを浮かべ、私もまた彼女の問いに応えることにした。
「イエス!今日のモニカはラッキーデース!」
「幸運かどうかは分からないけど、そうね・・・楽しい狩りの始まり、といったところかしら?」
「・・・?」
言葉を濁した私達に怪訝そうな顔を向けるモニカ。
そんな彼女をエリカ達に任せ、私は席を立つ。現界までにはまだ三時間近くある。今回は予測範囲が広範な事もあって、事前の準備が必要になるだろう。
「それじゃあ、また後で」
「ええ、また会いまショウ」
そうして社を引き連れてレストランを後にする。
部屋に戻るまでの間、破顔しそうになる自分を抑えるのに随分と苦労した。
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