第53話 舞台へ

 大勢の観客、学園生達が詰め掛ける第一会場。

 そこから実際に『殲滅戦』が行われる、屋外の試合場まで続く地下通路。リノリウムの床から打ちっぱなしのコンクリートへと変わり、コツリ、コツリと響く二つの足音。


「まさか私が、縹の代わりに出場することになるなんてね」


「一応大会規約にも記載されているからね」


 大会規約十八、選手の交代について。

 登録選手の負傷等により止むを得ず予備登録選手と交代する場合、登録選手よりも上位の学年の生徒と交代することは認められず、原則として本来の登録選手と同学年、又は下位の学年の者のみを認める。又、特別な勘案事項(不正により被害を被る等)が有る場合には、該当選手の所属する学園から運営委員会へ協議を求めることが出来る。


「もしかして、彼が怪我をする事が分かっていたのかしら?」


「まさか。彼のリタイアは私にとっても想定外の痛手だったよ。でもまぁ、君は規約を読んではいないだろうし、引っ張り出すならコレになるかな、とは思っていたよ」


「用意周到なことね」


「はっはっは!私もなりふり構ってなれないって事だね」


「はぁ・・・まぁいいわ。それよりも貴女、あんな事を言ってしまってよかったのかしら?」


「ん?あぁ、ミーティングの事?別に問題ないよ」


「・・・誰も私の事を知らないのに捩じ込んだり、急に作戦を変えたりすることが問題無いとは思えないのだけれど?」


「現に誰からも反対意見は出なかったでしょ?」


「あれは反対意見が出なかったのではなくて、封殺したと言うのよ」


「信頼と言って欲しいね。君となら出来ると思ったし、実際出来るでしょ?折角君が出てくれるのに普通に勝つんじゃあ、つまらないじゃないか。本陣の制圧と相手の全滅、同時に達成するなんて話題性抜群だよ」


「・・・別に隠れて居るわけではないけれど、だからといって進んで目立ちたいとは言っていないわよ?」


「あっはっは!それこそ今更だよ。これまで謎に包まれていた『緋』が出場するなら、何をどうしたって目立ってしまうよ。だったらいっそ派手にやったほうが気持ち良い。それに実は、神楽さんからも頼まれているんだよ」


「・・・何ですって?」


「開会式の前だったかな?神楽さんに呼び出されて、『もし家の子が出るなら、その時は派手にやって頂戴』ってね。あの方に頼まれたんじゃあ無視するわけにはいかないよね?」


「・・・はぁ。何を企んでいるのかしらね」


「さぁねぇ・・・それよりも見たかい?君のIDを見た受付の人の顔。何度もカードと君を見比べて、信じられないものでも見たって感じで。カードも取り落としそうになっていたし・・・ふふっ、思い出しただけで愉快だよ」


「人が悪いわね。そもそも、あんなカード一枚に一体どれほどの価値があるというのかしら。私も普段から社に預けていて殆ど見てなかったし、別に落とされたからといって怒ったりはしないのに」


「あ、もしかして知らない?『七色』用のIDカードは特別製で、一枚作るのに一般的な家屋が二つ三つ建つくらいは掛かっているって聞いたことがあるよ。私も見たのは初めてだったけど、そりゃあ係の人も慌てるよ」


「無駄な消費ね」


「はっはっは!君からしたらそうかもね!・・・ふふっ、今頃会場ではどんな紹介がされているんだろうね?真っ赤なIDが大きく浮かんで、機嫌悪そうにムスッと映る君の顔・・・くくっ、この目で見たかったなぁ!」


「・・・言わないで頂戴。最初は面倒だからという理由だったけれど、今となっては私が出場したくない理由の一番はそれなのよ」


「あははは!でもまぁ、きっとこれから慣れるよ。君が望むと望まざるとに拘わらず、ね」


「・・・憂鬱だわ」


「私としては『漸く』って感じだけどね。っと、そろそろ出口だね・・・天枷さん」


「・・・何かしら?」


「表舞台に立つ覚悟は良いかい?君を連れてきた私が言う事じゃあ無いかも知れないけど、ここから先は君とって、面倒ごとの連続になるかも知れない」


「・・・本当に、どの口が言っているのかしらね」


「大きな力には、それ相応の責任が伴うモノだ。それでもきっと君は、これからも君で有り続けるんだろう、私はそう思って居るけどね」


「勿論よ。私は私のしたいことをする。誰の指図も受けないし、誰にも文句は言わせないわ」


「あっはっは!うん、君はそうでなくっちゃね」


 

 そう言って聖が前を向く。

 地下道へと外から降り注ぐ、光の中へ。



「よし、それじゃあ─────行こうか」



「────ええ」




 * * *




 時間を遡ること少し。

 会場内は異様な熱気に包まれていた。


『さぁ、さぁ!遂に、遂にこの時がやってきました!世界感応力戦技競技会、通称"対抗戦"!!その最終試合、殲滅戦決勝、日本対アメリカがいよいよ始まろうとしています!!御覧ください!この超満員の会場を!割れんばかりの歓声が実況席まで届いております!耳がおかしくなりそうです!』


『この最終戦は毎年超満員になりますが、日本の初優勝がかかっていることもあってか、今年は特に凄いですね』


 興奮を隠しきれない星野小晴ほしのこはれと、冷静に所感を述べる白糸冠しらいとかむり。最終試合ということもあり、配信はこの二人の行っている一つだけとなっている。なんだかんだとメインの配信なこともあって、今大会中で二人はすっかり人気の実況解説となっていた。


『そうなんです!!我らが日本校は現在総合二位、対するアメリカは一位!ですがこの試合に勝てば逆転出来る点差です!まさに雌雄を決する戦いなんです!』


『悲願ですからねぇ、この熱狂ぶりも仕方ないでしょう』


『白糸さん、率直に言ってどうなんでしょうか!?日本は勝てますよね!?』


『近い、近いです』


『縹選手の離脱という、日本にとっては大きな大きな痛手も有りました!相手はあのモニカ・ラブレット選手を擁する強豪アメリカ!しかし!しかしっ!勝ってくれると私は信じておりますがそこのところどうなんですか解説の白糸さぁーん!!』


『ウザいですね・・・』


 心底鬱陶しそうに星野アナウンサーを押しのける白糸冠。

 会場の席に座りつつも、実況解説を聞くために配信を流していた観客達から笑いが起きる。


『さて、星野さん。私が開会式の時に言った言葉を覚えて居ますか?』


『え、勿論覚えて居ますよ!どれのことですかね?』


『・・・個人的に気になる選手がいる、と言ったと思うんですが』


『ああ!!ぶっちゃけ、勿体つけずに言えよ!と思っていましたから、良く覚えていますよ!!』


『・・・』


 またしても笑いが起こる。

 開会式の時は二人とも他人行儀というか、ビジネスライクな会話をしていた二人。しかしこの数日の間に随分と遠慮が無くなったようで、まるで漫才の様な掛け合いを披露するようになっていた。天真爛漫で万人受けしそうな可愛らしい星野アナウンサーと、顔は良いのに塩対応の白糸冠。凸凹のようで意外と相性のいい二人の掛け合いが、この配信の人気、その一助となっていた。


『では、白糸さんが今その話をわざわざしたということは・・・?』


『ええ、負傷した縹選手の代わりに、その選手が出場するようです』


『なんと!ここまで白雪聖選手と共にエースとして日本を引っ張ってくれた縹選手、その代わりを務めるということは!期待しても良いのでしょうか?・・・あれ?でも補欠の選手なんですよね?』


『そうですね。もっといえば一年生ですね』


『え、大丈夫なんでしょうか?いえ、補欠とはいえ代表に選ばれている訳ですし、実力を疑っている訳ではないのですが・・・』


 そう。それは星野だけではなく、配信を聞いていた全員が気になった事だ。

 縹千早のここまでの活躍を見ていた者はなおさらである。選手交代は仕方がない事とはいえ、一年生に彼の代わりが務まるとは到底思えなかった。

 そうは思いつつも、実況としてはあまり偏った言葉を吐く訳にも行かない小晴が、微妙に言葉を濁しながらもにょもにょと口ごもる。その時点で彼女がどう考えているかなど明白であったが、それだけこの試合に感情移入しているということだろう。


『まぁ星野さんと、それからこの配信を見ている皆さんの気持ちも分かりますけど・・・心配要りませんよ』


『と言いますと・・・?』


『むしろ今日この試合を見ている貴方達は酷く運が良い。私も、彼女が見たくてこの仕事を受けたというのが大きいですから』


『だから勿体つけずに早く言えよ!!』


 星野小晴が、白糸冠の大きく開いた胸ぐらを引っ掴み前後に揺さぶる。アナウンサーとして暴挙も暴挙、とんでもない行動である。ちなみにこの場面は後に切り抜きとして動画投稿サイトにアップされ、中々の再生数を叩き出したらしい。閑話休題。


 そうして実況解説が揉めているうちに、最後のアメリカ代表選手が入場、選手の情報が会場に表示される。


『あ・・・えー、最後に入場となりました彼女こそが、アメリカの最終兵器。今や誰もがその名を知る天才少女、モニカ・ラブレット選手です。彼女を如何にして攻略するか、それが日本の大きな課題となるでしょう』


『げほっ、ごほっ・・・そうですね。決闘の様子は我々も見ていましたが、あのメルヴィン選手を一撃の下に降してしまった実力はまさに一流。学園生、それもまだ二年生であるというのに、既にA+級感応する者リアクターだというのだから驚きです』


『かわいいですよねー。顔も実力もスタイルも一流なんて、同じ女性としてはちょっと妬けちゃいます』


 その後は日本選手の紹介へと映り、出場選手が入場と共にカメラで抜かれながら順に紹介されてゆく。森の中だというのに、しっかりと一人一人の選手の顔を映すところから、試合場に配置されたカメラの多さと精度が窺える。ちなみに当然、腰から下の位置には設置されていない。


『続いては白雪純白選手です!日本校リーダーの白糸聖選手の妹であり、縹純麗選手とペアを組んで戦った共闘では見事に優勝を勝ち取った、素晴らしい選手ですね!なんでも白糸さんの知り合いだとか?』


『そうですね。まぁ親戚のようなものです』


『あんな可愛い親戚がいるとは羨ましいですね・・・さて、続きまして縹純麗選手。白雪純白選手と共に共闘を戦い抜いた、実力十分な一年生です。支援を行いながら自らも前に出るという、まるで一年生とは思えないほど洗練された動きでした』


『この二人の試合は良かったですね。来年以降も活躍してくれるだろうと期待させてくれる戦いぶりでした』


『そして旭姫彼方選手!甘いマスクと柔和な微笑みで、非常に人気のある選手です!決闘では惜しくも準優勝となってしまいましたが、その実力は上級生にも引けを取らない確かな物であります!』


『小耳に挟んだ情報では、何やらファンクラブ設立の動きもあるとか』


 これまでの試合結果や内容を交えつつ、順調に進んでゆく選手の紹介。中には星野小晴の主観で語られる、試合とは関係のない無駄な情報もあったが、視聴者からは概ね好評であった。

 そうして遂に、日本を応援する全員が待ちわびていた選手が紹介された。カメラに向かって微笑み、手まで振ってみせるサービスぶりである。


『そして!倒した相手は数知れず、ここ三年間全ての対抗戦で日本を支え続けた、まさに日本のエースオブエース!白雪聖選手の入場です!お聞き下さいこの大歓声!日本中が彼女の登場を待ち望んでいました!カメラに向かって振りまく笑顔が眩しいですね!』


『ウチの・・・ゴホン。日本の将来を担う感応する者リアクター。それを語る上で、彼女はもはや欠かせない人物となりましたね。ファンクラブも存在していますので、まだの方は是非どうぞ』


 白雪聖の人気はもはやアイドルもかくや、といった程であった。カメラから送られてくる映像のみならず、会場内に表示された彼女のIDに対しても、多くの観客が手を振り、多くの歓声を投げかけていた。

 白糸冠に至っては私情に塗れまくった補足をする始末である。なんとなれば『ウチのお嬢様』などと口走りそうになった程だ。知られて困るような事ではないにしろ、余計な事は言わない方が得策であるが故に、既の所で言葉を飲み込んでいた。

 そして選手紹介は、遂に終わりを迎える。


『さぁ次が十五人目、最後の選手です!先にも話しました、縹選手との交代で出場することになった予備登録の選手ですね!えっと───────え?』


 瞬間。

 会場の空気が凍りついていた。

 驚愕、困惑、動揺、懐疑。様々な感情に支配され、先程までは喧しい程に会場を埋め尽くしていた歓声が、まるで海面が引いていくかのように静まり返る。静寂は徐々にどよめきへと変わり、会場内を伝播する。


『え、あ・・・あれ?えっと・・・えぇ・・・?』


『星野さん?何か喋らないと、ホラ。放送事故ですよ?』


『え、あ、すみません───じゃなくって!いやいや!・・・え、なん・・・?どういうこと・・・?』


『先程言ったじゃないですか。私が見たかった選手が出る、と』


『いやっ・・・言ってましたけど、え、嘘・・・あ、いやっ、本物・・・?』


 上手く言葉が出ない星野小晴、その様子は会場に詰めかけた観客達の代弁だった。

 彼女が見つめるのは、まるで静脈から吹き出した血のように黒ずんだ赤色。緋色と呼ぶには些か禍々しいような、それでいて一点の曇りもない真っ赤なID。今は投影されていない裏面と同じように、その中央には金で装飾された管理局の紋章がうっすらと浮かぶ。


 直接観たことがあるものは殆ど居ない。しかし、彼等のIDが特別製だということは多くの者が知っている。一体どういったものなのか、それは感応する者リアクターのみならず、一般人ですらも耳にしたことがある者が多い。それほどまでに『七色』は特別だった。


 実況アナウンサーとしては失格かもしれない。想像だにしていなかった状況に脳が混乱し、喉から言葉が出てこない星野小晴。そんな彼女に代わり、白糸冠が選手の紹介を行った。


『日本校一年、”七色”が一、”災禍の緋”、天枷禊選手です』



 長い沈黙は終わり、会場は歓声と絶叫、嬌声と歓呼の声で埋め尽くされた。

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