第51話 不意

『殲滅戦』とは、各学年から5人ずつ選手を選抜し、合わせた15人で戦う集団戦だ。


 勝敗条件は単純で、『本陣』を制圧するか、相手選手を全員離脱リタイアさせるかの二つ。本陣は耐久力を持ち、感応力リアクトによる攻撃で耐久が1ポイント減少、本陣の耐久を15ポイント削れば制圧と見做される。耐久の減少は1秒間に1ポイントしか発生せず、本陣を制圧するには最低でも15秒が必要だ。


 15秒と聞くと短いように聞こえるかも知れない。

 しかし敵がまだ残っている状態で、敵陣最奥に15秒間居続けることは非常に難しい。本陣の耐久が減った際にはアナウンスが流れるようになっており、付近の敵がすぐに飛んでくるからだ。そういう理由で、『殲滅戦』での勝利といえば専ら、全滅勝利の事を差すことが多い。


 また、チーム内で一人だけ『指揮官』に指名することが出来る。

 指揮官となった選手は全ての味方選手と通信を行うことが可能で、チーム全体へと指示を出し、チームの全員を操る、文字通り指揮官となるわけだ。

 各選手には役割ロールなどは無いものの、それぞれが指揮官とのみ連絡を取ることが出来る。どう攻めるか、どう守るか、指揮官の指示がチーム全体の命運を左右することになる。


 逆を言えば、指揮官がリタイアした時点で圧倒的に不利な状況へと追い込まれる。指示を出すものも居ない集団等、烏合の衆でしか無い。

 指揮官は指示を出すことに専念するのか、或いは、全員で指揮官を守るのか。指揮官も攻撃に参加するのか、それとも隠れるのか。そういった駆け引きや戦術もまた、『殲滅戦』の見どころであった。


 試合は会場から少し離れた屋外で行われ、会場には試合場の各所に設置されたカメラから送られてきた映像が投影される。追跡型や飛行型のカメラも使用されており、どこで戦闘が起ころうとも、速やかかつ詳細に会場へと伝えられる。

 広くエリア分けされた森の中は、視界が開けておらず高低差もあるため、偶発的な戦闘が起こり易い。そんなエリアの中を駆けながら戦い、勝利を目指す。

 それが『殲滅戦』である。


『会長、こちらF地点。相手選手を二人撃破しました。こちらの離脱は一名です』


「うん、いいね。それじゃあ一人向かわせるから、君はそのまま待機。合流したら手筈通りに動いて」


『承知しました』


 日本校の本陣前で、聖が各所へと指示を伝えていた。

 耳に装着したイヤホンを二度ほど叩いて通信を終えると、そのまま聖は思索に耽る。彼女の脳内には交戦エリアの全体図と、離脱していない味方の人数と現在地、そして敵の配置予想が広げられていた。


(想定よりもこちらの損害が少ない・・・順調と言えば順調なんだけど・・・)


 日本校の作戦は、まずはメルヴィン以外の選手から倒していく、というものだった。

 本当であれば、聖がメルヴィンを抑えている間に他の選手を倒してしまいたい。だがチーム全体の能力で考えた時に、それでは確実性に欠けると考えたのだ。現在三位とはいえ、英国の総合力は高い。局所で確実に勝ってくれると断言出来るのは、縹千早くらいのものだろう。


 こちらにも純白や純麗、彼方といった実力ある一年生が居るが、彼等はこういった視認性の低い場所での戦闘経験が足りない。不意の遭遇戦となった時、勝てるかどうかは未知数だった。聖はメルヴィンと戦っても勝つ自信があるが、勝負に絶対はない。よしんば勝ったとしても、粘られて時間がかかってしまう可能性があった。


 恐らく英国側はメルヴィンを聖にぶつけたいと考えている筈。そして日本側も当然そうするだろうと読んでくる。聖はそう考えていた。故に、それを逆手に取ることにしたのだ。

 つまり、本来最も警戒しなければならないメルヴィンを、敢えて無視してしまおうと考えた訳である。日本側も当然そうすると、英国チームが勝手に考えているのならば、メルヴィンを中央に置いて前進させる筈だ。


 故に、二人一組のペアを7つ作り、それを二つに分けて東西から回り込ませる。メルヴィン以外の敵を削りつつ、一人本陣に残った聖が頃合いを見て前進する。そうして包囲しつつ、最終的にエリア中央にて残りの敵とメルヴィンを、残った全員で袋叩きにしてしまおうという作戦である。


 日本側のリタイアは現時点で5人。残りは10人。

 対する英国側はリタイアが8人。残り7人。

 現状、数の上では優位に立っているが、しかしそれは決定的と言うほどの差では無い。このまま推移すれば問題なく勝てる筈だが、展開次第でいくらでも逆転があり得る、そんな微妙な差だった。


(上手く行き過ぎて、少し怖いな。例の彼もまだ現れて居ないし、油断はまだまだ禁物だね。このまま何事も無ければいいんだけど)


 聖は時計を見つめながら、前進するその時を待っていた。


 一方、前線では純白と純麗、そして相方がリタイアしてしまい一人になった彼方が、慎重に歩みを進めていた。


「いやぁ、君達が近くに居てよかったよ。このまま後退なんて言われたら消化不良になるところだった」


「後退すればいいんですわ。どうしてわたくしが貴方と一緒に進まなければいけませんの!?」


「ま、純白ちゃん、静かに・・・」


 森の中の、道と呼べるかどうかも怪しいような細い道を、三人の一年生が進んでゆく。奇しくも集まった三人の『六家』関係者は、作戦中とは思えないなんとも微妙な空気を醸し出していた。

 なお、純麗は今回模造の薙刀を手にしている。

『共闘』のような少数戦ならいざしらず、多数の敵と戦う可能性のある『殲滅戦』では、流石に付け焼き刃の徒手空拳では通用しないと考えたからであった。


「ははは、まぁそう邪険にしないでよ。うちの家はともかく、僕個人は他家に対して敵意なんて無いっていったろ?」


「その笑顔が胡散臭いんですのよ!!」


「ま、純白ちゃぁん・・・」


 純白と純麗の二人は、これまでに相手選手を一人リタイアさせていた。恐らくは上級生であろう相手だったが、先の試合でも見せた見事な連携で難なく撃退せしめている。そうして勢いと調子に乗っていた所で、聖から合流の指示が飛んできたというわけだ。敬愛する姉からの指示を無視するわけにもいかず、移動することしばし。彼方と渋々合流を果たしたまでは良かったが、それからというもの、純白は常にきゃんきゃんと吠え立てていた。


 そんな三人の右前方で、生い茂る茂みが僅かに揺れた。

 先程までは呑気に騒いでいた三人───純麗は完全にとばっちりだが───であったが、その小さな音を聞いた途端に目つきを鋭いものへと変え、小さく腰を落として身構えた。

 一切の無言となった三人が見つめる先、茂みの奥から現れたのは、一人の男であった。


「───ん?貴様等は・・・」


 鋭い眼差しを湛えた聡明な顔つき。こんな森の中だというのに一切の汚れが無い、ぴしりと整った制服。意外なものでも発見したかのように三人を見つめるのは、縹千早であった。


「に、兄さん・・・?」


「げぇ・・・」


「おや?副会長でしたか」


 兄の登場に動揺する純麗。先の模擬戦以降一度も顔を合わせて居なかったこともあり、純麗からすればこの状況は非常に気まずい。純白に至っては露骨に嫌そうな顔をしていたが、彼方はまるで気にした様子も無かった。


「随分と喧しい奴等が居ると思えば、成程。貴様等だったか。」


「あ、えっと・・・はい・・・」


「・・・ふん。貴様も日本を代表する生徒ならば、少しは堂々としろ」


「───ぇ?」


 千早の言葉は、彼をよく知る純麗からすれば酷く意外なものであった。丸くなった───ようにはとても見えなかったが、少なくとも、あの模擬戦よりも前の千早であれば、純麗に対してもっと辛辣な言葉が浴びせた筈である。

 他人から見れば以前と変わらず厳しい態度であるが、しかしその小さな変化を純麗は敏感に感じ取っていた。


「なんですの!?相変わらず態度悪いですわね!!欧米ですわ!」


「貴様も相変わらず喧しいな。試合中くらい少しは静かに出来んのか?」


「あと白雪さん、欧米じゃなくて横柄だよ」


「うるさいのが増えましたわぁぁぁ!!」


 もはや隠密行動など有って無いようなものだった。

 それでも千早があまり本気で純白を黙らせようとしなかったのには理由があった。千早はここに来るために少し後退している。先程千早が戦闘を行ってからここまで、敵の気配は一切感じられなかった。そして彼は、ここより少し離れた位置から純白の騒ぐ声を聞いている。もしも周囲に敵が居たのならば、自分よりも先に敵に見つかっている筈だ。つまり現時点では、この周囲には敵が居ないということになる。


「兄さん・・・その、一人ですか?」


「藍は先程の戦闘でリタイアした。おかげで貴様等と合流する羽目になったわけだが」


「藍・・・ああ、あの縹の分家の」


「いけ好かないメス猫ですわ」


 彼方は藍を知っているようであったが、それほど興味はないらしい。普段であれば胡散臭い笑顔で話題を膨らませようとする彼方であるが、藍に関しては心底興味なさそうに聴き流していた。


「無駄話は終わりだ。いい加減に移動を───」


 三人の下級生、そのお守りをする羽目になった千早が、うんざりとした様子で移動を促そうとしたその時だった。

 四人の左後方、つまりは千早がやって来たのとは逆方向から、樹々と葉の揺れる音、小枝を踏み折る音が聞こえた。急いでいるのか、次いで聞こえてきたのはほとんど全力疾走のような足音であった。


「またですの?今度は誰ですの?」


「有り得ないけど、次は会長だったりしてね」


「馬鹿共が、少しは黙って───」


 先程の千早の登場で気が緩んでいるのか、軽口を叩いてみせる純白と彼方。

 確信は無いまでも、二人もまた千早と同じように、この周囲には敵が居ないことを感じていたのだろう。

 しかしそんな二人の予想は大きく裏切られることとなった。二人に対する千早の警告を遮り、樹々の隙間から突風を引き連れて躍り出たのは、予想だにしていなかった人物だった。


「───チッ!?」


 経験の為せる業か、千早が素早く身構え戦闘態勢に入る。

 しかし三人の一年生はそうはいかなかった。三人は突然の遭遇に呆気にとられ、口を開いてぼんやりと眺めているだけだった。


「えっ!?」


「あっ」


 茂みを飛び越えたまま風に乗り、空中を滑るようにして四人の前に現れたのは、英国で最も警戒しなければならない相手だった。




 * * *




 メルヴィン・ペンフォードは焦っていた。

 常から冷静沈着、どんなことがあっても微笑みを絶やさない。そんな彼が、本当に珍しく焦っていたのだ。


『チッ、また一人やられた!これでこっちはあと5人しかいねぇぞ!』


 装着したイヤホンから聞こえてくるのは、状況が悪化したことに悪態をつく指揮官の声。先程までは7人居た味方も、この数分で5人にまで減らされていた。10対7なら、まだ勝ち目は有った。だが、10対5は致命的だ。


(くそッ!まんまと引っかかったッ!!)


 メルヴィンに与えられた指示は一つ、白雪聖の足止めであった。

 その為に脇目も振らず中央を突破した。唯の一人すら敵を見なかったことに違和感を覚えてはいたが、自分は自分のやるべきことをやるだけだ。他は先輩達が上手くやってくれると、そう思ってただまっすぐ進んだ。

 そうして進み続けてしばらく、指揮官から戻るよう指示された。そこで漸く敵に裏をかかれた事に気づいた。


 そこから今まで、イヤホンに届く声はその全てが指揮官の悪態と愚痴に変わっていた。既に随分と進んでしまっていたメルヴィンは、敵から隠れる等ということは一切せずに、感応力リアクトを使用して全速力で戻った。


 その間も届くリタイアの声。多少は相手も倒してはいる様子だったが、しかし誰がどう聞いた所で、状況は英国側が不利だった。

 何も出来ぬまま状況が悪化してゆくことに歯噛みしつつ、とにかく敵を減らさねばならないと、ただただ試合場を駆けた。


 そうして今、彼の前には四人の日本校選手が立ち塞がっていた。


(ッ!!待ち伏せ!?四人も!?)


 一対一であれば、負けるつもりなど無い。

 一対二でも、勝って見せる。

 一対三までなら、やり方次第で勝てる筈だ。


 しかし今、眼下に見える敵は四人。

 しかもそのうちの一人は、昨夜のミーティングでも要注意とされていた縹千早であった。猛スピードで駆け抜けているというのに、メルヴィンの瞳に映る景色は酷くゆっくりに感じられた。


 メルヴィンは悔やんでいた。

 先の『決闘』、その決勝戦で不甲斐ない試合をしてしまったことを。師匠ソフィアからの教えを何も活かせず、緊迫した空気に負けてしまったあの時の事を。

 故に彼は、この『殲滅戦』の決勝で再びモニカと戦い、そして次こそ勝ってみせると誓った。そうしなければ、忙しい中時間を割いてくれた優しい師匠に顔向けが出来ない。


 だが今、見事に敵の罠に嵌ってしまっていた。直截に言って、詰みだった。

 ただの一対四ですら絶望的だというのに、縹千早まで居るとなっては勝ち目がない。よくよく見てみれば、残る三人も好成績を収めた一年生だった。


(負ける───ここで終わり?)


 まだ何も為していないのに。


(彼女に、ただの一撃すら入れていないのに?)


 縹千早が戦闘体勢に入っているのが見える。


(流石・・・悔しいけど、これはもう諦めるしか───)


 試合前、師匠にかけてもらった言葉が脳裏を過る。


 ────私の教え子はまだまだこんなもんじゃないと、私はそう思っているよ。


(・・・そうだ)


 ────力を出しきれなくて、一番悔しいのは君の筈だ。だから今度こそ、全力でやっておいで。


(諦める?馬鹿を言うな!僕はまだ全力でやれてない!!)


 これに勝てば、彼等に勝てば。

 決勝に行けば、今度こそ彼女と全力で。


(勝ちたい)


 師匠に誇ってもらえる弟子でありたい。


(勝ちたいッ!!)


 だから、勝ちたい。


(勝ちたいッ────違う、勝つんだ!!今、ここで!!)


 そう願ったメルヴィンの胸の奥底で、何かが燃えるような熱を放った。心の臓で生まれた熱は全身を駆け巡り、頭の先から足の爪先まで、彼の身体を侵食する。生まれ変わったといっても過言ではないような、まるで自分の全てが、自分の思うがままに操れるような、そんな感覚。


 メルヴィンはこの感覚を以前にも経験したことがあった。

 それは初めての実戦で境界鬼テルミナリアと戦った時。所詮はC級だと心の何処かで侮り、境界鬼テルミナリアの蹴りを腹部に食らって吹き飛ばされた時のことだ。感応する者リアクターにとっての壁、それを一つ破った時に感じる、強い力。


 メルヴィンが眼下の四人へと手を翳す。今ならば、この四人にだって負ける気がしなかった。


 翳した右手から放たれたのは彼の感応力リアクト

 圧縮された空気が、今までのメルヴィンの感応力リアクトとは比べ物にもならないほどの爆風となって四人へと襲いかかる。


(しまッ───!?)


 空気といえど、その威力は決して低くなど無い。

 圧縮されて放たれた空気は、金属でさえ容易く貫くことが出来る。それは当然、人を殺すのに十分過ぎるほどの威力を持っているということだ。

 こうして放たれた彼の《リアクト》は、人に向けて使うには明らかに過剰な威力だった。





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