第50話 檄

「さて、皆集まったかな?」


 各々が食事を済ませた夜。

 ホテル内の一室、大会議室と銘打たれたその部屋で、白雪聖が手を打って皆の注目を集める。『出来る限り集まって欲しい』という聖の呼び掛けで集められたのは、今回の対抗戦に出場したほぼ全ての生徒達だった。


「皆わざわざ集まって貰ってゴメンね。いよいよ今年の対抗戦も終盤。『殲滅戦』の前に、一度皆にお礼を言っておきたかったんだ」


 理由も知らぬままに招集された生徒達が、皆一様に目を丸くする。

 一体何が始まるのかと思って来てみれば、どうやらこれはミーティング、或いは最終戦を前にした壮行会、というところであるらしい。


「皆、今日まで本当に有難う。みんなのおかげで、優勝に手が届く位置まで来られた」


 集められた生徒達の、姿勢を正して話を聞くその姿からは、聖の生徒会長としての人望が窺える。まだ入学したばかりの一年生ですら、不思議と背筋が伸びている。

 対抗戦の優勝は、聖だけではなく、日本校全員の悲願とも言える。この対抗戦で優勝するためだけに、学園に入学したものも少なくない。対抗戦とは、彼等にとってそれだけ特別なものなのだ。


「特に一年生。まだ入学して月日も経っていないというのに、『決闘』準優勝、『共闘』優勝、『競走』準優勝。これだけの結果を残してくれたことに、とても感謝している。本当にありがとう」


 聖から見て一番奥、会議室で一番手前の席に座る純白が、胸を張ってふんぞり返っていた。純麗は恥ずかしそうに縮こまり、旭姫彼方が気まずそうに苦笑い。氷柱は無表情のままであった。


「二年生は辛い展開が続いてしまったね。でも、どうか気にしないで欲しい。例のあの二人を相手に、よく耐えてくれた。今、私達日本校が優勝を狙える位置にいるのは、間違いなく二年生達が踏ん張ってくれたおかげだ。ありがとう」


 一年が労われている間、悔しそうに拳を握りしめていた二年生達。しかしそんな彼等も、聖の言葉で救われていた。

 聖が言った通り、彼等は今ひとつ成績が振るわなかった。モニカとメルヴィンという二人の規格外が在籍する第二学年は、優勝と準優勝を悉く奪われていた。しかし、足を引っ張るわけには行かないと、二年生一丸となって、意地でどうにか食らいついた。上位こそ奪われたものの、彼等は五位や六位といった、決して悪くはない成績を幾つも収めている。


「そして三年生。ふふ、皆気合の入り方が凄かったね。最後の対抗戦だからかな?『共闘』での優勝と、恥ずかしながら私も『決闘』で優勝することが出来た。これは皆の応援があってこそ成し遂げられたことだと思う。ありがとう」


『決闘』で優勝したのは言わずもがな、白雪聖本人だ。

 そして『共闘』で優勝したのは、縹千早と露草藍のペアである。壇上でマイクを握る聖の傍らに控える千早は、己の成績を特に誇るでもなく、当然だとでもいいたげな表情で、静かに聖の話を聞いていた。


「まだ総合優勝が決まったわけでもないのに、気が早いかも知れない。けど、優勝を目前にした状態で最終戦に臨むことが出来るのは、紛れもなく皆のおかげ。だからどうしてもお礼を言いたかった」


 そういって壇上から微笑む聖。


「皆も知っていると思うけど、現在我々は二位。未だ一位はアメリカだけど、その差は僅か。三位のイギリスと私達も僅差だ。謂わば三つ巴の状態だね。『殲滅戦』で優勝した国が、総合優勝することになる」


『殲滅戦』は全六試合。最終日に全ての試合を行い、昨年一位と二位だったアメリカとイギリスがシードだ。つまり日本は三試合に勝てば優勝となる。初戦の相手は既に決まっており、第一試合は中国対フランス。日本は第二試合、ドイツと行う事になっている。


「決勝には確実にアメリカが上がってくる。その前に私達は、イギリスに勝たなければいけない。ふふ、大変だ・・・でも負けない、そうだよね?」


 聖の問いかけに、黙して話を聞いていた生徒たちが気合の声を上げる。

 会議室内は大きな声で溢れかえり、彼等の咆哮はホテルのフロントにまで聞こえるほどだった。もしも彼等の他に宿泊客が居れば、大変な騒ぎとクレームの嵐になっていただろう。


「私達はいよいよ明日、負けられない戦いに挑むことになる。出場する生徒も、控えの生徒も関係ない。勝つためには生徒全員の力が必要不可欠、私はそう思っている。大丈夫、私達は勝つよ。だから見ていて欲しい。応援して欲しい。みんなの力をどうか、私に貸して欲しい」


 生徒たち全員の興奮が最高潮に達する中、にっこりと微笑みながら、満足したかのように静かに壇上を降りる聖。手にしたマイクを千早へと手渡し、後を任せて席に座る。


「さて諸君、そういうわけだ。皆食事は済ませたと思うが、会長から皆に贈り物が用意されている。まぁ一種の引き出物のようなものだ。ありがたく受け取り給え。明日、浮かれて寝坊することのないように。では、解散」


 聖の後を引き継いだ副会長の千早が、解散を宣言する。

 大騒ぎしながら会議室を後にする生徒たちを横目に、千早はそのまま聖の隣へと腰掛けた。


「お疲れ」


「お疲れ、ではない。最後まで自分でやれ」


「君の出番を残してあげたんだよ。この対抗戦が終われば任期も終わり、こんな風にマイクを握るのもこれが最後だからね」


「いらん世話だ」


「はっはっは、素直じゃないなぁ。色々と」


「黙れ。俺はもう戻る」


「はいはい、明日も宜しくね」


 聖の言葉に、千早は答えなかった。

 白雪家と縹家という、決して親密な間柄ではない家の次期当主同士。それでいて仕事を共にする会長と副会長。なんとも奇妙な関係だった。

 去ってゆく千早の背中をぼんやりと眺めながら、聖は誰に言うでもなく呟いた。


「・・・本当に、素直じゃないなぁ」




 * * *




 その翌日。

 日本校は見事に初戦のドイツ戦を勝利した。

 続く二回戦のイギリスは強敵だが、この勢いに乗ってそのまま勝てるのではないかと誰もが予感する、そんな内容だった。


 しかしそのイギリス戦で、問題は起こった。

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