第49話 冷熱

 きっとこの試合は、純白も見ているだろう。

 きっとこの試合は、彼女も見ているだろう。

 仮にも私は、彼女をこの場に引っ張り出した張本人だ。下手なところは見せられない。一時間程前に行われた、例の二年生の決勝も恐らく見ている筈だ。その後に見た私の試合で、落胆させる訳にはいかない。


 勝つことは疑っていない。

 それは私の使命でもあるし、そのために三年間自分を磨き続けてきた。全ては対抗戦で日本を優勝させるため。彼女を引っ張り出したのも、とどのつまりは優勝の為だ。だから、相手が誰であろうと関係ない。私は勝つ。


 問題は内容だ。過程に拘りたい。出来れば一瞬、派手であればあるほど良い。この試合を見ている、日本校生徒の士気を上げる為に。苦戦の末、なんて論外だ。圧倒的な勝利でなければ意味がない。


 手にした小太刀を握りしめる。試合前にレンタルしたもので、勿論刃は潰してある。本当はこんなもの無くたって別に構わない。私は普段から、戦う時に武器を振るわない。ならどうして小太刀を手にしているのかといえば、単に落ち着くから、というだけの理由。


 こう言うと青臭くて少し気恥ずかしいけど、感応力リアクトとは心の力だ。気持ちが揺らげば感応力リアクトも揺らぐ。だから『落ち着く』というのは結構馬鹿に出来ない。緊張しているなんてことはないけど、万が一にも負けられない私だ。出来ることはやっておこうと、そういう訳でこの小太刀を握っている。


 私は家の仕事で、実戦には何度も出たことがある。

 その際、父様に持たされた小太刀をいつも握っている。当然それは刃の研がれた、正真正銘の真剣だ。おかげで今では小太刀を握っていると心が落ち着くようになってしまった。字面だけ取ってみればとても危ないが、事実として心が落ち着くのだから仕様がない。こうして柄を握りしめるのは、ある意味私のルーティーンのようなものだ。


 対戦相手の顔が見える。

 緊張しているのか、或いは、勝利の渇望か。強張った顔には一筋の汗が流れ落ちる。まだ試合も始まっていないのに、そんなに力まなくたっていいだろうに。私はあのバケモノ達とは違う、所詮は同じ三年生に過ぎないのだから。


 周囲の歓声が聞こえる。

 大歓声だ。特に、同じ日本校三年の応援がよく聞こえる。どうでもいい観衆の声よりも、共に三年間学んできた彼等彼女等の声を、私の耳は選んだみたいだ。彼等も、今回の対抗戦が最後になる。私達の最後の対抗戦は、運良く日本が開催国に選ばれた。彼等の思いは私と同じ。尤も、いくつか思惑のある私とは違って、もっと純粋なものだろうけど。それでも勝ちたいという思いは同じな筈だ。


 ────いけないな。

 これは感傷だ。今は余計なことを考えている時じゃあない。私は、私達は、まだ何も成し遂げてなんて居ない。この試合に勝ったとしても、アメリカとの点差はまだある。明日からの『殲滅』もまだ残っている。情けないことに、二年三年の試合結果は想定よりも良くなかったけど。けど、それでも。1年生が思っていたよりもずっとずっと頑張ってくれたおかげで、『殲滅』の結果如何で十分に逆転可能な点差だ。


 試合開始のブザーが聞こえる。

 ブザーと同時に、相手選手がこちらへと向かって駆ける姿が見える。先手必勝のつもりだろうか。相手の彼は防御系だ。前面に展開した感応力リアクトで全ての攻撃を遮り、肩に担いだ大剣で、足りない攻撃力を補ってここまで勝ち進んできた。どちらかと言えば、大剣を使った戦いをベースに、それを感応力リアクトでカバーするような形。

 今回も彼はそのスタイルを貫いている。自分の最も信じている戦い方で、私にぶつかる。一見するとそれは悪いことではないように見える。慣れない事をするよりは、というやつだ。でも、戦いはそう甘いものじゃない。


 それが許されるのは。自分を貫くことが許されるのは。

 他者を圧倒することの出来る、それだけの力がある者だけだ。戦いに於いて、自分の好きなように振る舞う権利は、強者にしか許されない。

 だから相手の実力を見極めなければならない。相手が自分よりも強いのならば策を弄し、技術で差を埋めるしか無い。もともと技とは、弱者が強者に一矢報いる為に存在するものだ。ただ己が力だけで全てをねじ伏せる真の強者には、技なんて必要ないのだから。

 そう、きっとこの試合をむっつりと眺めているであろう彼女のように。彼女はそれでいて技術も超一流なのだから悪質なのだけれど。


 まるで他人事のように、相手が駆け寄るのをぼんやりと見つめる。

 戦いの最中にあって、常に冷静さを失うな。それは父様から何度も言われた言葉だ。例え敵が自分より強大でも。例え味方が境界鬼テルミナリアに食われようとも。焦り、考えることを放棄した者から死んでゆく。

 だから私は、敵がどこまで進んでこようと焦ったりはしない。ただ自らのやるべきことに、全てを。


 感応力リアクトを発動する。

 舞台上が瞬時に凍りつく。私の感応力リアクトの射程は半径50メートル程。この舞台程度であれば、その全てを効果範囲内に収めることが出来る。

 たったそれだけで、相手は足を止めてしまった。自らを貫く力も無く、自らの感応力リアクトに殉じる意志もない。自らが防ぐ事の出来る、前面からの攻撃ではなかった。ただそれだけで戸惑い、狼狽えてしまう。


 次いで、霜が降りる。舞台上を靄が包み込む。

 とはいえ、これは攻撃じゃあない。派手に終わらせると決めたのだから、これが攻撃である筈もない。精々視認性が多少低下し、滑って動きにくくなる程度だ。


 夏だというのに、日差しの中を季節外れの雪が白く彩る。勿論自然現象なんかじゃない。空から振っている訳でもなければ、日差しで溶ける訳でもない。

 ほら、足を止めてる場合じゃないよ。わたしに困惑を見せてはいけない。それでは私に余裕を与えてしまうだけだ。こうなった以上、君は相打ち覚悟でその大剣を私へと届けなければならない。どうせ考えたって相手わたし感応力リアクトの正体なんて理解らないだろ?


 徐々に雪は勢いを増してゆく。

 しんしんと静かに降る雪は、雪から吹雪へ。激しい横薙ぎに変わったそれは、舞台上だけを白く染め上げる。効果範囲を舞台上に限定しているおかげで、随分異様な光景になっていることだろう。きっともう観客席からは、ここで何が起きているかなんて理解らない。


『寒さ』というのは、思っているよりも残酷だ。普段感じている『寒い』という感覚は、まだまだ入口に過ぎない。

 人間は一定以上体温が低下した時、皮膚が熱の放散を防ごうとする。そして体内で熱を生み出し、温めようと活動し始める。そうして体感温度と体内温度に差が生まれた時、人は極寒の中にありながらも『暑い』と錯覚する。

 凍死した人間が服を脱いだ状態で見つかった事例は、世界中でも多い。それは『寒さ』が見せる、最も残酷な顔。

 

 付け加えれば、私の感応力リアクトで生み出された雪は、触れた者の温度を必要以上に奪う。私の作り出した吹雪に晒された時、引き起こされる体温の低下は自然界でのそれ以上だ。


 ───『煉獄』


 凍えるような寒さと、燃えるような熱。二つの矛盾を内包した、私が境界鬼テルミナリアと戦う際に使用する技の一つ。彼等が寒暖を感じているかどうかは知らないけど、少なくともこれで境界鬼テルミナリアを倒すことが出来るのは理解っている。

 勿論、彼を殺すつもりなんて毛頭ない。これ以上続ければ故意の危険行為ととられかねない。意識を奪うだけならば、その遥か手前で十分過ぎるのだから。


 私が感応力リアクトを解除した時、靄の晴れたそこに現れたのは、髪や衣服等、所々が凍りつき、意識を失って倒れ伏した対戦相手の姿。そしてそれを見つめる私だけ。

 私の名前が勝者として宣言され、割れんばかりの歓声が会場を埋め尽くす。中々派手にやったとは思うけど、どうだっただろう。気になってしまった私が、そっと関係者用の席へと顔を向ければ、その最上段、一番うしろの席で騒ぐ一団の姿が見えた。何やら興奮して大変な顔になっている純白を、純麗ちゃんが羽交い締めにして引き止めている。

 そしてその背後には、脚と腕を組んでいる彼女が居た。


 貴女を表舞台へと引きずり出した私の戦いは、満足頂けただろうか?

 私はゆっくりと彼女達へ手を振り、舞台上を後にした。

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