第48話 第三会場へ
メルヴィン・ペンフォードとモニカ・ラブレットの試合を見終えた私達は、迷惑な二人と別れて観客席から出ようとしていた。
この後は別の会場にて、白雪聖が出場する三年の『決闘』、その決勝戦がある。周囲の評判を聞いても、十中八九彼女が勝つのだろう。けれど私をここへと引っ張り出した張本人の試合は、一応見ておくつもりだった。故に会場を移動しようとした訳だ。
例のごとくエリカに付き纏われそうになったものの、隣に居たソフィアを無言で睨み、彼女に全てを押し付けた。ソフィアはどこか恨めしそうな顔をしてはいたものの、押しかけた自覚もあってか、渋々といった様子でエリカのリードを握ってくれた。
そうして冷泉氷柱と社を引き連れ、通路を歩いている時の事、新たな賑やかし三人衆と出会ってしまった。
「あら?禊さんですわ!」
「ホントだ。それと・・・氷柱ちゃん?珍しい組み合わせですね。知り合いだったんですか?」
「なんだよー、見に来るなら言ってくれればよかったのにー!」
きっと居るだろう、とは思っていたけれど。
恐らくは三人も私と同じように、白雪聖の試合が行われる第三会場へと移動をする途中だろう。彼女の試合も、今大会屈指の注目度だと聞いているし、何よりあの純白が姉の試合を見ないはずがない。どうでもいいけれど、一応は白雪家の娘なのだから飲み物を口にしながら歩くのは止めなさい。はしたない。
そんな三人を見て、私には気になることがあった。
純麗は兄の試合を観に行かなくてもよいのだろうか。
不仲、というよりは純麗が一方的に疎まれているという話だったけれど、以前の模擬戦後に話した限りでは、縹千早は純麗のことをそう嫌ってはいないような印象を受けた。
純麗がそのことに気づいているかどうかは理解らないけれど、私から見た純麗もまた、兄のことをそう嫌っているようには見えない。縹千早の心情を、僅かなりとも目にした私だからこそ感じる、そんな小さな違和感なのかもしれないけれど。ともかくこの兄妹は、微妙にすれ違っている気がするのだ。
とはいえ、そんなことは私も口には出さない。
これは彼女達の問題だ。対人関係に若干の不安がある私が、余計な口を挟むなんて。そう考えた私は、降って湧いた思考を頭の隅に追いやった。極論、彼ら彼女らの問題は、私には関係がないのだから。
「私は一人で見るつもりだったのよ。この子は偶々出会っただけで、知り合いではないわ」
「あ、そうなんですか───って、氷柱ちゃん大丈夫?なんかげっそりしてない?」
「きっと禊さんの圧に耐えかねて萎れてしまったんですわ」
ちら、と後ろを見てみれば、心ここにあらずといった様子で佇む冷泉氷柱の姿があった。緊張の糸が切れたのか、確かに、元々小柄な氷柱が、心なしか一回り縮んでいる気がする。
「違う。違わないけど、違う」
「・・・どっちですの?」
「私はさっきまで地獄にいた。ある意味天国だけど、どちらかと言えば地獄」
「どっちだろう・・・」
支離滅裂な氷柱の言葉に、訝しげな目を向ける純白と純麗。一ノ瀬さんはそんな氷柱の様子が面白いのかけらけらと笑っている。確かに、口数も少なく感情も余り表に出さない氷柱が、こんな訳の分からないこと口走っている姿はなかなかにシュールだ。
「見たほうが早い・・・はい」
そういって氷柱が胸の内ポケットから自らのスマートフォンを取り出し、何度か画面を操作してから純白達の方へと向ける。面倒なことになるのが目に見えているので私は止めて欲しかったけれど。
画面に表示されていたのは、身体を小さくして、無表情でありながらも顔を引き攣らせた氷柱。カメラに向かって溢れんばかりの笑顔を咲かせるエリカ・E・スプリングフィールド。そんなエリカを頬を腕で押しのけながらも、カメラに微笑むソフィア・レイン・エヴァンス。そして腕を組んだまま、自分でも分かるほどムスっとした私。顔が半分見切れた社。
氷柱のスマートフォンに映る一枚の写真。それを見た三人の反応は劇的だった。
「───ブフッ!!ゲホッ、ゴホッ!」
「え、嘘!?本物!?凄い!!え、何?氷柱ちゃんどういうこと!?」
「ヤバ!この人達知ってる!すっご!あれでしょ?世界一の人達だ?」
白雪家のご令嬢は、鼻から口から大忙しである。縹家のご令嬢が一番まともな反応だろう。一ノ瀬さんは言葉が不自由過ぎる。どうやら彼女たちにとっても、例の迷惑な二人組は特別な存在らしい。純白が氷柱の手からスマートフォンを取り上げ、目を大きく開きながら画面を凝視する。手は拭いたのかしら?
「なんですのコレぇー!!羨ましいですわァー!!」
「氷柱ちゃんいいなぁ!え、何、この二人と一緒に居たの!?写真取ってくれたんだ!?ていうかこの写真凄い!『七色』が三人一緒に映ってる!!」
「あはははは!純白ちゃん汚ぇ!・・・え?三人?・・・あ、そういえば天枷さんもそうだって言ってた気がする!あははは!忘れてたわ!ウケる!」
あっという間に、この喧しさだ。
ここ最近の内に耳に入ってきた話で、『七色』という存在が一体どう思われているのか、私なりに少しは理解したつもりではいる。きっとこれが、あの二人を見た時の一般的な反応なのだろうけれど、そこに私も含まれていることを考えると中々に複雑な気分だった。今後ろを振り向けば、腹の立つ顔をした侍女がこちらを生暖かい目で見ていることだろう。
「何かお話はしたんですの!?」
「何か喋った気はするけど、緊張で、何を話したか覚えてない」
「いやいやいや!仕方ないよ!うわぁ!私も会いたかったなぁ!ねぇねぇ!どんな人達だった!?」
「気さく」
「いや端的過ぎるって!!あははは!」
どうでもいいけれど、こんな誰でも通りかかるような通路で騒ぎ過ぎだ。当然のように、道行く生徒や選手、スタッフ達までもが、一体何事かとこちらを見ていて非常に恥ずかしい。それに何時までもこんなところで油を売っていては、肝心の白雪聖の試合に間に合わないのではないだろうか。そう考え、私は騒ぐ三人を急かす事にした。
「はいはい。いいから、続きは移動しながらにしなさい。迷惑だし、聖の試合に間に合わないわよ」
ぱん、と手を叩いて移動を促す。気分はまるで、羊追いに勤しむ牧羊犬だ。
この後の試合観戦を、ここに居る全員で行う事が当然のようになっているのが誠に遺憾だけれど、それはもう諦めていた。
社は二輪があるので先に行かせ、私達は会場同士を結ぶ道を徒歩でゆく。その間も氷柱は他の三人から、ひっきりなしに質問を投げかけられていた。
「わたくしも会いたいですわぁぁぁ!」
「禊さん!私も是非会いたいです!」
「おなしゃす!」
何故私に言うのだろうか。
やいのやいのと騒ぐ三人には申し訳ないけれど、私は会いたくなど無い。そもそも私は一方的に付き纏われているだけで、別に知り合いでも、まして友人でも何でも無い。私にそう言われたところで、出来ることなんて何もない。それなのに、黙っていても勝手に寄ってくるのだからタチが悪かった。
「氷柱さんだけずるいですわ!ずるいですわぁぁ!」
「ぶい」
「あぁぁぁぁ!憎たらしいですわぁぁぁぁ!!」
写真を見ても分かる通り、あの時は借りてきた猫のように、ただ縮まっていることしか出来なかった氷柱は、いつの間やら落ち着いたようで。先程までの緊張し切った様子は何処へやら、今では無い胸を張りながら純白を煽っている。
社を先に行かせてしまったけれど、今からでもホテルに帰ろうか。私はそう後悔しながらも、騒ぐ四人を引き連れて第三会場まで移動したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます