第42話 試合直前

『さぁ!いよいよ本大会最初の決勝戦となります、第一学年共闘。いままさに試合が始まろうとしております!対戦カードは当初囁かれていた下馬評を見事覆し、日本対中国となりました!!」


『誰もがアメリカ対イギリスになると予想していたでしょうから、この試合はまさにダークホース同士の激突と言えますね』


『我らが日本代表は縹・白雪ペア。1年生とは思えない見事な連携と変幻自在なコンビネーションで、ここまで危なげなく勝ち進んで来ました。大きな、非常に大きな声援が実況席まで届いております!!勢いに乗ってこのまま優勝してくれるのか、期待したいところです!』


『ここで勝つことが出来れば、総合優勝への大きな援護射撃となりますからね』


『そうですね!そして対する中国はヘイ麗華リーファワン愛琳アイリンペア。この二人は見事な格闘技術で相手チームをなぎ倒してここまで勝ち進んでいます。白糸さん、ポイントはどのあたりになるでしょうか?』


『中国代表の二人は、共闘では珍しい両者前衛という極端な布陣でここまで来ていますからね、やはり───』



 純白の置いていった端末からはそんな実況が聞こえてくる。

 既に二人の姿はここにはなく、私と一ノ瀬さん、それに社の三人だけだ。


 休憩と昼食を済ませてしばらく。

 私達は配信を聞き流しながら、二人にとっての大一番が始まるのを待っていた。ホームということもあってか、実況の言うように会場の熱気は凄まじい。けれど日本ばかりではなく、中国を応援する声も多く聞こえている。

 割れんばかりの歓声が、四人の入場を待っていた。


「いやー、すっごい歓声!もうお祭りみたいだね」


「いくら何でも大袈裟じゃないかしら?」


「『共闘』の一年の部で日本が優勝したことは、過去一度もありませんからね。それだけに二人への期待も大きいのでしょう」


「ふぅん・・・」


 それは日本のレベルが低いのか、はたまた他国のレベルが高いのか。

 確かに、『共闘』で優勝するには、二人の優れた選手が必要だ。入学して半年にも満たない新入生から二人、それも連携のとれる者達となるとかなり厳しいかもしれない。そう考えれば、この盛り上がりようもある意味当然と言えるだろうか。


 けれど盛り上がっている分、もしも二人が負けた時に彼等が受けるショックは比例して大きくなるだろう。まさか野次が飛ぶなんてことはないだろうけれど、ともすればお通夜のような空気になるんじゃないだろうか。一周回って少し見てみたい気もする。


 私は試合を全くと言っていいほど見ていない為、相手チームのことなんてさっぱり理解らない。今の純白と純麗ならばそうそう負けることはないとは思うけれど、勝負に絶対なんて無い以上はお通夜の可能性も十分に秘めている。


 そうしている間にID情報が舞台上へと投影され、相手チームの選手達が入場していた。観客に手を振りながら、堂々とした態度でゆっくりと歩くその姿からは余裕が感じられる。場馴れしているのだろうか、中国代表の二人は笑顔すら浮かべていた。


「あたしは二人と一緒に他の試合も観戦してたから分かるけど、あの二人すっごい強かったんだよ!なんかこう、カンフー映画的な?」


 大袈裟に飛んだり回ったり、場合によっては空まで飛ぶのだろうか。

 カンフー映画とやらを観たことがない私にとって、カンフーとはそんなイメージしか無かった。


「中国拳法ということかしら?」


「そうそれ!」


 中国拳法は勿論空を飛んだりはしないけれど、『気』という独特な考え方がある。こういう言い方をすればとても胡散臭いというか、怪しい言葉に聞こえるかもしれないけれど、『気』とは別に魔法のような力の事を言うのではない。


『気』や『勁』とはざっくりと言えば、要するに『力』のこと、或いはその流れの事だ。合気道なんかでも度々出てくる概念だけれど、要するに言葉が違うだけだと思えば良い。勿論人によって解釈は変わるし、厳密に言えば色々とあるのだけれど。


 以前純麗に教えた『彼岸花』も、この『勁』と深く関わりがある。曲がりなりにも使えるようになった純麗ならば、相手が『勁』を使ったとしても戸惑うことはないだろう。


「あぁああ!あたしまで緊張してきたぁ!ヤバいヤバいどうしよう。二人共、勝てるよね?」


「どうかしらね。仮に負けたとしても、いい経験になるんじゃないかしら?」


「そ、そんなぁ!安心させてよぉ!」


「私は自分で責任の取れない発言はしないのよ」


「めっちゃドライ!」


 そんな益体の無いやりとりをしている内に、純白達の入場となった。先程と同じようにIDが表示され、二人が姿を見せる。

 純白は随分と機嫌良さそうに歩いている。中国代表の二人のように、手を振りながら観客へと笑顔を振りまく余裕さえあった。英国にいた頃から今日まで、猫可愛がりされていた彼女のことだ。大勢の前に出ることには比較的慣れているのだろう。


 一方で、純白の後に続く純麗は表情が大変な事になっていた。

 縹家という『六家』の一員、その長女でありながら冷遇されてきた彼女は、人前に出ることなどこれまで無かっただろう。予選の時はまだどうにか耐えられていたようだけれど、決勝の熱気と歓声を前にしてついに限界を迎えたらしい。


「・・・あの子、白目になっているわよ?」


「あははははは!顔面が放送禁止レベルに崩壊してるんだけど!真っ白で草」


「何と申しますか。元が良いだけに落差が凄まじいですね」


 純麗は生まれたての子鹿のように足を震わせ、舞台へ上がる階段で躓いていた。観客からは『頑張れ』などという応援の声が飛んでいることだけが、せめてもの救いだろうか。


 適度な緊張感は必要だと思うけれど、いくら何でも緊張し過ぎだ。あれでは実力なんて、とてもではないけれど発揮出来ないだろう。

 舞台に上がり、相手選手と対峙してもなお口から魂を飛ばしている純麗。これは駄目だろうか?そう私が思った時、純麗の横に立っていた純白が動いた。


 純麗の正面に向かい合うようにして立ち、両の手で思いきり純麗の頬を挟む純白。今の今まで放心していた純麗は、一体何が起こったのかと目をぱちくりとさせている。

 そうして次の瞬間、純白が純麗に頭突きをした。


 まるで観客席まで音が届きそうな勢いで放たれた純白の頭突きは、どうやら純麗の魂を引き戻すことに成功したらしい。数瞬後、額を真っ赤にしながら笑い合う二人の表情には、もう緊張は見当たらなかった。




 * * *




「目は覚めまして?」


「ん、ごめん純白ちゃん。もう大丈夫」


 そんな二人のやり取りを間近で見ていたヘイワンは、目の前の二人が強敵であることを再認識した。

 無論二人は、純白と純麗の試合を予選から観戦している。息の合った二人の連携は、チームワークが重要な『共闘』に於いて非常に厄介だと感じていた。


 そして今目の前で行われた頭突きで、それは確信に変わる。

 相手はただ馴れ合っているだけの、仲良しグループではないのだと。こうした大舞台では、自分だけではなく相手も気遣うという事が意外と難しい。それが出来る時点で、純白と純麗は自分達がこれまでに倒してきたチームとは一味違うようだ、と。


 王が二人へと静かに歩み寄り、右手を差し出して握手を求める。

 それに気づいた純白が、少しも躊躇うことなく握手に応じる。


 王と黒の二人は、感応する者リアクターとして覚醒する前から武術を学んで来た。それこそ二人がまだ幼い子供の頃からだ。

 そうして厳しい修行を熟しながら、様々なことを師から教わってきた。特に厳しく教えられた事が、何事にも敬意と感謝を持って接するということだった。


 故に彼女たちは対戦相手に対して敬意を持って接することが出来る。強者を尊敬することは、王と黒にとってはごく当たり前の事だった。

 純白と固く握手を交わした王はにんまりと笑い、純白の瞳を真っ直ぐに見つめて告げる。


「いい試合にするヨ」


「ええ、こちらこそ宜しくお願いしま───あら?日本語?」


 王が話したのは日本語だった。

 少し発音は怪しいが、しっかりと意味が聞き取れる程度には習熟している。


「実はワタシ前から日本に来たかったヨ。だから修行の合間に練習したヨ。どう?ちゃんと通じてるカ?」


「ええ、お上手だと思いますわ」


「フフ、良かっタ。麗華はまだ少し下手だから、通じなかったらどうしようかと思ったヨ。この後観光に行くつもりだったからネ」


「あら、では怪我をしないように手加減してさしあげますわ」


「おや。随分余裕ネ?」


 そんな会話をしていると、審判から開始位置につくよう指示が出る。

 もともと人懐っこい純白は、短い会話ではあったが王に対して好感を抱いていた。試合前に挨拶をしてきたことも、握手を求めてきたことも、どれも純白にとっては嬉しい出来事だ。


 いけ好かない相手だったらこっぴどく倒すつもりだった純白だが、どうやらそれは杞憂だったらしい。


「手加減要らないヨ。真剣勝負、頑張るヨ」


「ええ、望むところですわ」


 相手にとって不足無し、といったところだろうか。

 不敵に笑う純白と王は、全力勝負を約束して所定の位置へと移動した。


 大歓声の中にあって、舞台上の四人に聞こえるのは試合開始までのカウントダウンの音のみ。勝っても負けても、きっと清々しい気持ちで終わることが出来るだろう。そんな予感が、四人全員にあった。


 直後、会場内にブザーが鳴り響く。

 こうして『共闘』一年の部、決勝戦が幕を開けた。

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