第41話 昼休憩

『七色』の2人と遭遇し、非常に面倒なやり取りがあった翌日。


「やー、負けた負けたー!もうちょっとだったんだけどなぁー」


 そう言って私達の座る席へとやって来たのは一ノ瀬怜悧。

 彼女は先程まで自らの出場する競技『追跡』のために別会場へ趣き、そして一回戦で負けてこちらの会場に戻ってきたところだ。


「配信で見ていたわよ。惜しかったわね」


「でしょー?ていうかもう四捨五入したらほぼ勝ちだったよね?」


 そう、私はここで配信を見ていた。別にそれほど興味があったわけではないし、知り合いの出ている種目がちょうど行われていて、且つ特に何もしてない空き時間だったからというだけの理由だ。


 一体何をどう四捨五入するのかはまるで理解らないけれど、ルールすらまともに知らない私から見ても、彼女のペアの試合は接戦だったと思う。


『追跡』とは、広い野外フィールドで行われる種目だ。

 視界の悪い森を一定範囲で区切り、そのエリア内で選手から離れるようプログラムされた球状の自律機械を追いかけ、先に確保したペアが勝利となる。


 説明すれば単純な競技だけれど、実際に見てみれば随分話と違っていた。

 相手選手への妨害行為が認められており、感応力リアクトによる攻撃、足止めから戦闘、或いは罠を張って待ち伏せたりもするみたいで。


 一ノ瀬さんのペアは、相手への妨害は最小限に留め、序盤からボールの確保を目指していた。一ノ瀬さんがボールを追いかけ、相方の男子生徒が索敵とルート選び、そして一ノ瀬さんへの指示を行う作戦だ。これは当然彼女達の感応力リアクト適正に合わせて考えられた作戦で、実際に序盤は上手くボールへ接近することが出来ていた。


 通常であれば走ることはおろか、ただ歩くことさえ難しいであろう森の中を、まるで野生の動物のように駆け回る一ノ瀬さんの姿はなかなかに勇ましかった。彼女の感応力リアクトに関係しているのだろう、ただの一度も躓くことなく、淀みなく駆け、時には樹上に上り。


 そうして相手チームよりも先にボールを目視することに成功したまでは良かった。けれど相方の男子生徒が、妨害に重きを置く作戦をとった相手の攻撃によって戦線離脱、一ノ瀬さんは孤立することになった。


 目視こそしてはいたもののボールは未だ距離は遠く、相方からの情報が途切れ孤立した一ノ瀬さんは一転して窮地に立たされた。ほんの少し目を離しただけで離れていくボールに気を使いながら、相手の妨害を躱し切ることはとても難しい。


 己の感覚のみが頼りとなってしまった一ノ瀬さんは、意地だけで目標に肉薄するところまで持ち込んで見せた。見上げた根性だと感心したけれど、目前で敵に捕捉され敢え無く撃破されてしまった。


『追跡』と『競走』は、単純な戦闘である『決闘』や『共闘』に比べて、より戦略が重要となる競技だ。故に入学後してから日が浅く、個々に合った戦略がまだ確立されていない1年生の『追跡』と『競争』は人気で言えば今ひとつらしい。


 この二種目は二年、三年と学年が上がるに連れて人気が高くなってゆく。選手の戦略と実力が折り合って初めて競技として完成されるとか。上級生の『追跡』『競走』ともなれば、その戦略による劣勢からの大逆転や大金星などが頻発するらしい。


 逆に、純粋な個々の実力と連携がものをいう『決闘』と『共闘』は1年生の試合も盛り上がるんだとか。軍関係者なんかがスカウトのために目を光らせていることもあって観客数も多くなる、というのが社の弁である。


 ともあれ、当初は期待していなかった私としては存外楽しめた。

 彼女の試合もそうだけれど、全体的にお互いの甘さとミスに救われている部分が多々見られ、試合そのものの完成度は確かに高いものではないかもしれない。


 けれどそういった部分を思考力で挽回出来るシステムになっている、というところは良い。たとえ一人になっても、それで即敗北に繋がるという訳ではなく、劣勢を覆すため自分なりに考えて行動することで活路を見出す、という部分には好感が持てる。


 総じて、一ノ瀬さんには来年に期待、といったところだろうか。


「来年はきっと勝てるわよ」


「やー、来年も選ばれればいいけどねー」


 口ではそう言う一ノ瀬さんだけれど、その瞳の奥には悔しさが見える気がした。これは実戦ではない。負けたからと言って終わりではない。

 敗北を悔しいと思えるのならば、彼女はきっとまだまだ伸びるでしょう。


「で、そこの2人はどしたの?」


 私が脳内で勝手に、彼女の試合を綺麗にまとめ終わったのと同時。席を一つ空けて私の隣に座る二人へと、一ノ瀬さんが視線を向ける。


「はぁ・・・二人とも、まだ拗ねているの?」


「つーん」


「つーん」


 わざとらしくそっぽを向き、謎の擬音を口に出す二人。

 私がこの会場へ着いたときからずっとこうだ。


「あ、拗ねてるんだ、コレ」


 彼女たちは昨日、予選を無事に勝ち抜いていた。

 そして今日、午前中に行われた準決勝もしっかりと勝ち残り、無事決勝戦へと駒を進めることが出来たのだ。

 問題は私がそれを見ていなかったこと。それが二人のこの態度の理由であるらしい。


 昨夜、ホテルの自室へと戻った私と社は、例の『七色』の二人について調べ、対策を話していた。あの二人との邂逅は、私にとって面倒事以外の何物でもない。出来るだけ関わり合いにならないためにも、まずは相手のことを識るべき、という理由からだ。ちなみにその時、同室の純白は選手全体ミーティングに出席していた。


 結果から言えば、大した成果は得られなかった。

『七色』ともなれば個々の性格や過去の言動などはそれなりに知られている。けれどその能力に関しては曖昧でしかない。理解った事といえば戦果から推測される大まかな系統だとか、その程度だ。


 エリカ・E・スプリングフィールドの念動力は思うよりもずっと厄介だ。

 目に見えない力というだけで、それは対人戦において大きなアドバンテージになる。昨日は『どこを掴まれているのか』が簡単に理解ったが故にあっさり壊すことが出来たけれど、そうでなければあれほど容易にはいかなかっただろう。


 念動力というだけならば、そう珍しい感応力リアクトではない。

 けれど彼女ほど精密に、そしてハッキリと感じられるほど精巧に力を操れる者は聞いたことがない。恐らくは出力のほうも他とは比べ物にもならないだろう。


 そしてソフィア・レイン・エヴァンス。

 彼女の感応力リアクトに関しては、恐らく支援系の最上位だろう、ということしか理解らなかった。とはいえ彼女はエリカに比べれば随分と理性的で常識もある。進んで迷惑をかけるようなことはしてこないだろう。エリカの方も、本人にそういうつもりは無かったのだろうけれど。閑話休題。


 ともかく、そういった諸々の調べ物をしていたおかげで、入浴や髪の手入れ諸々が遅れ、結果就寝も遅くなってしまったのだ。私が全てを終えた頃には、隣のベッドでは既に純白が阿呆のような顔で寝ていた。


 ならば睡眠時間を削ればいいのでは、と言われそうだけれど、それは社が許してはくれない。私の体調や肌、その他美容関係は全て社が面倒を見てくれている。というよりも強制的に見られている。

 そういう理由でたっぷりと睡眠を取らされた私が、今朝起床したのが9時半頃。


 そうでなくとも元々決勝戦以外は見るつもりのなかった私は、のんびりとレストランで遅めの朝食を摂り、例のごとく社の強制ツーリングを消化してからこの会場へとやって来た。時間は12時に差し掛かろうかという頃だった。


 当然、午前中の準決勝など全く見ておらず、休憩時間になってようやく観客席へとやって来たときには、既に二人はこの様子だった。

 そんな事情を、かいつまんで社が一ノ瀬さんへと説明する。もちろん『七色』のことなどは伏せて、だ。


「成程ねぇ・・・天枷さん、有罪!!」


 私が悪いらしい。

 あれだけ試合を見てくれと言われていた手前、確かに少し申し訳ないとは思っているけれど。退屈なんだから仕方ないじゃない。


「はぁ・・・わかったわよ。じゃあ何かお願いを一つだけ聞いてあげるわ」


 このままへそを曲げられていても面倒だ。別にそれでも構わないといえば構わないのだけれど、私もそこまで人を辞めているつもりはない。流石にそれはどうなんだ、と思うくらいの感情は持ち合わせている。


 そうして私が、ほんの軽い気持ちで口にした言葉に、純白と純麗の二人が凄まじい勢いで反応した。先程まではそっぽを向いていたくせに、一瞬でこちらへ向き直り私へと詰め寄ってくる。


「言質!」


「とりましたわー!!」


 もしかしなくても、嵌められたのかもしれない。

 迂闊な言葉を悔やんだ所で時すでに遅し、後悔先に立たず、後の祭り。

 爛々と瞳を輝かせた二人の前では、もはや撤回などとてもではないが言い出せなくなってしまった。


「・・・勿論、場合によっては拒否するわよ」


「そんな無茶は言いません!」


「そうですわ!お手柔らかに行きますわよ!」


 自分の発言には責任を持つものだ。そう言い聞かせることで自らを渋々納得させ、二人の要求を待つことにする。二人は『無茶は言わない』なんて言うけれど、ランプを擦る権利は一度だけとなれば、どんな無理難題が飛び出すことやら理解ったものではない。


「私は連絡先の交換を要求します!!」


 そんな私の想定とは裏腹に、純麗の要求はひどく小さなものだった。別にこんな機会で無くたってそのくらいの要求は出来るでしょうに。というより、まだ私は二人と連絡先を交換していなかったかしら?


「・・・そんなものでいいの?私はてっきり、決勝戦に必ず勝てる秘策を寄越せ、なんて言われるんじゃないかと思っていたのだけれど」


「それは二人の実力で勝ち取るから意味があるんです!そんなことよりも、微妙に期間が空いてしまったせいで聞くに聞けなくなっていたこっちのほうが重要です!」


 ということらしい。確かに、今更過ぎて聞けないということは往々にしてあるものだ。私なんかはすっかり忘れていたくらいだ。どちらかと言えば引っ込み思案な、彼女らしい要求と言える。初戦のときはアドバイスがどうのと言っていた気がするけれど。


「そ。貴女がそれで良いなら構わないわ。社」


 社から私用のスマートフォンを受け取り、純麗と連絡先を交換する。純麗個人の要求だと思っていたけれど、どさくさに紛れて純白と一ノ瀬さんとも交換することになった。連絡先のカテゴリに少し悩み、結局全て社に丸投げした。


「実はわたくしも同じ事をお願いしようとしていましたの。困りましたわ・・・」


「無いなら無いでいいのよ?面倒だし」


「そういう訳には行きませんわ!コレは好機ですの!」


 純白の要求は何かと思えば、どうやら純麗と同様のものだったらしい。無理に考えなくても良いのだけれど、純白は何やら腕組をしてうんうんと唸っている。


「そうですわ!わたくし、禊さんと遊びたいですわ!特訓とか抜きにしてですの!」


 ようやく思いついたかと思えば、まるで小学生のような事を言いだした純白。これもある意味肩透かしだけれど、場合によっては最悪の要求になる可能性も秘めている。非常に危険な要求だと言えるだろう。


「・・・具体的には?何処かへ行きたいのかしら?こう見えてそれなりに忙しいから、あまり時間は取れないわよ?」


 主に境界鬼テルミナリア討伐の所為だけれど、時間があまり取れないことには変わりないので嘘は言っていないだろう。一週間ほど旅行に行きたい、なんて言い出したら、家族で行けと言ってやろうかしら。


「問題ありませんわ!そんな禊さんでも一緒に遊べるモノがありますの!」


 そう言って純白は自らのスマートフォンを忙しく操作し、私の方へと画面を突き出して来た。近すぎて見えない。


「コレですわ!」


「・・・何かしら?『クラウンブルーモンスター』・・・?」


 純白のスマートフォンには、何やら美少年と美少女、二人のキャラクターを中心に、なんともセンシティブな格好をしたキャラクター達が描かれた画面が表示されていた。


「所謂ソシャゲですわ」


「ああ、ゲームなのね、コレ。何か卑猥な画像でも見せられたのかと思ったわ」


「わたくしと純麗さん、それに一ノ瀬さんも最近始めたんですの!これなら何処に居ても出来ますし、ワンプレイも比較的短時間ですわ」


「貴女良いところのお嬢様なのに、こういうのやるのね・・・」


 私はあまり、というより、全くと言っていいほどゲームというものをしたことがない。幼い頃に何かやったことがあるような気はするけれど、さっさと壊してしまった気がする。


「・・・で、これを私がやるのかしら?それが貴女のお願い?」


「そうですわ!ゲームと思って侮るなかれ、意外と奥が深くて楽しいんですの。皆さんでやればもっと楽しい筈ですわー!」


 正直に言えば、あまり気乗りはしない。そもそも長続きする気が全くしない。けれど一度お願いを聞いてあげると言った手前、そう無下に断る事も出来ない。言葉には責任が伴う。その責任を放棄した時から、言葉は説得力を失う。ノーと言えない人間のイエスに価値はない、だったかしら?


 私が逡巡していると、何やらにこやかな笑顔で社が私のスマートフォンを手渡して来た。嫌な予感がする。まだ心の準備が出来ていない。


「こんなこともあろうかと、既にインストール済みです。どうぞ」


 この女は何を言っているのだろうか。

 一体どんな未来を想定していたのか、出来る女は言われずとも先を行っていた。


「はぁ・・・わかったわ。やればいいんでしょう?言っておくけれど、私こういうの全然知らないわよ?あと、続くかは知らないわよ」


「構いませんわ!無理に続けても仕方ありませんもの!最初はわたくし達が教えてさしあげますわ!まずは名前を決めてチュートリアルですの」


 もう好きにして欲しい。

 純白に言われるがままスマートフォンを操作する。チュートリアルとやらは直ぐに終わったけれど、正直にいって何が何やら分からない。もう全部社にやらせようかしら。


「チュートリアルが終わったら、次は召喚ですわ!キャラクターと装備が手に入りますの。なんと初心者は無料で10回出来ますわ!」


「ああ、これでキャラクターを増やすのね。なんというか、よく考えるわねこういうの。人の射幸心に付け込むというか」


「そうですの。当然強いキャラクターほど出現率が低いですわ。平均して3%くらいですわね。ちなみに今一番強いと言われているキャラクターの出現率は0.005%ですの。勿論わたくしも持ってませんし、プレイヤー全体でも所持している方は1%未満ですの」


「馬鹿なのかしら?それはゼロではないというだけで、ほぼゼロじゃない」


「なんか、禊さんなら一回で引いちゃいそうですよね。『持ってる』っていうか・・・」


「ちなみに無料じゃないと3000円取られるよ。あたしみたいな一般人には辛いんだよぉ!」


 そう聞けば別に値段は高くもないと思えるけれど、確率を聞けばそう簡単な話ではない事は容易に想像出来る。考えても仕方ないのでとりあえずタップして画面を進めてみることにした。別に結果はどうだっていいけれど、とにかくこの状況から抜け出したかった。


「あっ」


「あっ」


「あっ」


 異口同音、私のスマートフォンを覗き込んでいた三人からは喘ぎ声にも似た声、或いは音が出た。出来れば言葉を喋って欲しい。


「最低保証ですわー!やりましたわー!」


「あぁ・・・禊さんって、運は良くないんですね・・・」


「っしゃー!仲間だー!」


 恐らく良くない結果だったのだろう。何故か喜ぶ二人と、憐れむ純麗。私が悪い訳でもないのに、そんな目で見つめないで欲しいのだけれど。

 そもそも『運』という要素に関して言えば、私は最低値に限りなく近いと思っている。細かい事例を挙げればキリがないけれど、純麗の言葉を借りるならば『持っていない』側だろう。


 そんな家に生まれて、そんな力を手にして運が悪いなんてことはないだろう、なんて言われるかも知れないけれど、家の敷地内にある別邸で、家族とは別に一人暮らすのはそれほど羨ましいことだろうか?私は別にどうとも感じては居ないけれど、それは人それぞれの捕らえ方、感性の問題だ。


 生憎と、感応力リアクトに関しては『運』ではない。

 これは私が私であるために、私自身で望んだ能力だ。羨まれる筋合いなんてない。


 こうして私の運の無さが露呈したところで、何か胸の奥から生まれる不思議な感覚に気づいた。純麗の視線と、飛び跳ねる純白。そして純白とハイタッチを躱す一ノ瀬怜悧。


 気づいたときには、私は画面上部をタップしていた。

 0.005%の確率で得られるものを、ほぼ確実に手に入れる。

 100%が有り得ない以上は99%だ。必要な回数は92,102回。一回300円ということは必要な金額は───


「27,630,600円ね」


「え゛」


 純麗の汚い声を無視。召喚とやらに必要なアイテムを購入しようとすると、エラーが出る。一度で入金できる限度を越えているのだろう。ならばと数回に分けて購入。そのまま社へとスマートフォンを渡す。


「あとは任せるわ。足りなければ適当に追加していおいて頂戴」


「畏まりました」


 理由は分からないけれど、先程まで渦巻いていた不思議な感覚はいつの間にか晴れ晴れとした気持ちに変わっていた。目の前で固まる三人を無視して、先程まで口にしていたサンドイッチを再び食べ始める。レストランの厨房を借りて社が作ってくれた、いつものサンドイッチだ。


「なかなかどうして、たまにはこういうのも悪くないものね」


 あとは午後から行われる純白達の決勝、その時間をのんびりと待つだけだった。

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