第38話 偵察
開催地こそ変わるものの、対抗戦は毎年行われている催しだ。
故に、いつの間にか観戦する側にも『見方』というものがある。
試合は幾つもの会場で並行して行われていく。
例えば自分が注目している出場選手をひたすら追い続ける、といった見方をするものも居れば、人気の競技を観戦しつつ、気になる試合の配信を並行して見る者も居る。
選手の親などは前者だろう。逆に一般的な見方は後者だ。
要するに、対抗戦の楽しみ方は人それぞれということ。
しかしそんな多種多様な楽しみ方の中で、特定の職種の者達にのみ共通する見方があった。だからこそ、対抗戦初日は一学年の『決闘』と『共闘』に観客が集中する。裏では上級生の試合も行われており、質は当然そちらのほうが高いというのに。
特定の職種とはつまり、各国の軍、或いは管理局関係者だ。
彼等は将来の戦力を発掘するためにここへ来ているといっても過言ではない。そうして才気溢れる若者に目をつけては、声をかけておく。他国の選手であった場合には要注意選手として記録し、来年以降の対抗戦で情報を活かすのだ。
勧誘は直接的で無くともいい。
ただ相手に良い印象を与えておくことが彼等の一番の目的だった。
そもそも学園へと入学してくる生徒は、その殆どが軍か管理局へ入ることを目指している。つまりこの青田買いにも似た行為は、互いにメリットとなるというわけだ。
二年三年の実力は一年前にある程度把握している。無論決勝ともなれば会場まで足を運び直接観戦するが、予選まで見る必要性は低い。故に初日は一年を見ろ、というのが彼等の『見方』だった。
そんな彼等から今、最も注目されているのは純白と純麗の二人であった。あれ程息の合った連携はそう簡単に出来るものではない。入学して数ヶ月とは思えない練度に、一学年にしては優れた個人力。昨年のモニカ・ラブレット程ではないにせよ、彼女たちが注目されるのは当然と言えるだろう。
しかし彼女らを見た者達は皆、歯噛みをしていた。
日本以外の国の者達は単純に彼女達の実力を評価し、『共闘』に於いて自国が不利であると思わされたが故に。
日本の者達は、彼女達がどうあがいても自分達の陣営には引き込めそうにないと理解したが故に。
能力は申し分が無かったが、惜しむらくは彼女達は『六家』の関係者だった。
当然、彼女たちが軍や管理局に入ったとしてもその配属は『六家』の胸三寸。どれだけ勧誘したところで無駄である。
故に彼等は再び目を光らせる。他にも優秀な人材が現れることを祈って。
そんな彼等とはまた違った目的で、この一学年の『共闘』予選を見に来ていた者が居た。観客席の最上段、舞台から遠すぎるが故に最も人気が無く、席も疎らに空いている、そんな一角の更に上。
もはやただの通路でしかない場所から、一人の女性が舞台を眺めていた。
「強い。『共闘』に出場している1年生の中では頭一つ抜けているかもしれない」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、当然誰の耳にも入らない。
軍服をきっちりと着こなし、舞台上で喜ぶ二人の姿を、腕を組んだままじっと見つめる金髪金眼の美女。
ソフィア・レイン・エヴァンスは、今年の対抗戦は一年の活躍が鍵だと考えていた。
教え子のメルヴィンはモニカ・ラブレットにも引けを取らない。そう考えていることに嘘は無い。だが、やはりまだ少々分が悪い。
開会式の折にモニカをその目で見たソフィアの見立てでは4:6、もしかすると3:7で不利といった所だった。米国の天才はそれほどに手強い相手だ。アレは確実に成長し力を付けている。
三年には言わずもがな、白雪聖がいる。現在の英国校三年では彼女を抑えることは難しいだろう。つまり『決闘』はアメリカと日本に取られる可能性が高いということだ。
こうなると英国が優勝するには、配点の高い『殲滅』で勝つ必要がある。
米国戦ではモニカを、日本戦では白雪聖を、それぞれメルヴィンが抑えている内に、他を圧倒すれば十分に勝ちを狙えるだろう。モニカの成長が想定を越えていたおかげで非常に厳しい戦いとなるだろうし、メルヴィンの負担も相当なものとなるが、他に方法が無い以上はやるしか無い。
故に鍵となるのは一学年。
そういう理由で偵察、或いは情報収集のために彼女はここへ足を運んだのだ。
そこで彼女が試合を見た感想が、先の独り言であった。
「・・・厳しいな。まさか日本校がここまで厄介だとは思っていなかった。決闘の方にも優秀な一年が出ていると聞いているし・・・ああ、くそ」
ソフィアは頭を抱えそうになっていた。
当初は英国と米国で勝点を奪い合うことになると想定していた。しかし蓋を開けてみれば日本校を交えた三つ巴。それも英国が最も不利な三つ巴。
しかし彼女は考えることを辞めない。
直接試合に関与することの出来ない彼女にとって、それが唯一出来る事だから。
そうして観客席の隅で一人、観客の誰にも気づかれずにソフィアが頭を悩ませていた時だった。少し離れたところから彼女に声をかける者が居た。
「ソフィーア!」
思案に暮れるソフィアがその声に反応して視線を向けた時、彼女の視界は肌色で埋め尽くされていた。
「うぷっ」
「お久しぶりデース!元気してマシタ?」
全体的にすっきりとしたシルエットのソフィアとは対象的に、モッサリとしたボリュームの赤みがかったポニーテール。片言の日本語を話しながらソフィアの顔に飛びつき、その豊満な胸で彼女を捕らえて離さない一人の女性。
すぐさまソフィアに引っ剥がされた女性はステップを踏んでくるりと回り、まるで悪びれた様子もなくニコニコと快活な笑みを浮かべていた。
「いきなり抱きつくなと言っただろう。お前の胸は殆ど凶器なんだ」
「そう怒ってはいけまセン!折角の美人が台無しデース!」
「誰の所為だと・・・ふぅ、まあいい。それで?一体何の用だ、エリカ」
ホットパンツにパーカー、申し訳程度の変装のつもりかキャップを被り、パーカーの下にはビキニのみといった、非常に肌面積の多い格好をしたエリカは、何が嬉しいのか随分と機嫌が良さそうにしてソフィアの周りをぐるぐると回っている。
「観戦していたらアナタの姿が見えたので、会いに来たのデース!来ているなら来ていると教えて欲しかったデス!」
「私は一応仕事で来ているんだぞ?」
「それはワタシもデース!」
「なら何故ここに居るんだ?仕事をしろ、仕事を」
「今は丁度サボりの時間というやつデスネ」
親しげに冗談を口にするエリカは、ソフィアを前にしても緊張した様子など微塵も見せない。ソフィアもまた、言葉とは裏腹に、嫌そうな様子は全く見せない。ソフィアとエリカは旧知の仲なのだろう。
「前に会ったのはいつだったカ・・・ソウ!思い出しマシタ!半年前の会議の時以来デース!」
「違う。それは一年前だ。半年前はお前が唐突に『旅行に来たからイギリスを案内しろ』等と言って私の家に押しかけて来たやつだ」
「オゥ・・・まぁ細かい事はどうでもいいデス。そんなことより、こんな
そう言いながらエリカは、まるで猫の様な身軽さで観客席と通路を隔てる柵の上へと飛び乗った。自分から話を振ってきたくせに、次の瞬間には話題が変わっている。そんな自由気ままな振る舞いは彼女の常であった。
以前からそれなりに付き合いのあるソフィアは、エリカのそんな一面をよく知っている。故に呆れこそすれど、怒るような事にはならないのだろう。
「見ての通り観戦、もとい偵察だよ。お前と同じだ」
「オゥ!そうでしたカ!ではさっきの試合は見てましたカ?あの二人はなかなか良かったデス!」
「ああ、見ていたとも。おかげで悩みが増えたところさ」
「それはいけまセン!悩みはハゲの素と聞いたことがありマス・・・」
「ならお前のところもその原因の一つだ。もし本当にハゲたら責任を取ってもらうからな」
そう言われたエリカは、少し何かを考えるような素振りを見せた。
数秒後には何か思い当たる事があったのか、ぽん、と両手を打ち鳴らしてソフィアの方へと向き直る。
「ああ!モニカの事デスね?会いましたカ?あのコもなかなか成長していたデショウ?」
「遠目で見ただけだよ。メルヴィンで抑えられると思っていたけど、どうも見通しが甘かったらしい」
「まだまだデスけどネ。まぁワタシが面倒を見ているワケでも無いから、そう詳しくは知らないんですケド」
「ああ、そうなのか?私はてっきりお前が教えているのかと思っていたよ」
「まさカ!確かに度々アドバイスを求められたりしマスが、そんな面倒な仕事はゴメン被りマス」
意外そうにするソフィアの横で、エリカが肩を竦めて見せる。
どこか芝居がかったようなわざとらしい動作だったが、不思議と違和感は感じられなかった。
「ワタシが観戦に来たのはモニカとは関係がありまセン・・・いや、あったカモ?来る前に局長がナニか言っていたような気がしマスガ・・・まぁともかく、実はワタシの本命は別にありマス」
そういってエリカは口角をあげ、もったいぶるように言葉を濁した。
日本と関係の深い米国でさえ、情報を事前に入手出来たのは偶然に近かった。故に、目の前の友人は恐らくまだ知らないだろう、と。
しかし、そんなエリカの思惑は外れる事となった。
「へぇ・・・それはもしかして『緋』のことか?」
「ワッツ!?」
「やはりそうか。面倒臭がりなお前がわざわざ現地にまで足を運ぶということは、それなりの理由があると思ったよ。大方、管理局からその目で確認してこいとでも言われたのだろう?」
「概ねその通りデース・・・って、そんな事はどうでもいいデス!何故アナタが知っているのデスカ!?」
器用にも、柵の上からひょいと飛び降り、そのままの勢いでソフィアへと詰め寄ったエリカに対して、今度はソフィアが口角をあげて見せる番だった。
「本人に会ったからね」
「正気ですカ!?どうでしたカ!?」
「誰の頭がイカレてるだと?失礼過ぎるだろう。そこは『本当ですか』だ」
「細かいコトはどうでもいいデス!ソフィアだけズルいデスヨ!」
先程の得意げな様子から一転して、ソフィアの肩を掴み前後にぶんぶんと揺するエリカ。教えてやろうと考えていた情報を既にソフィアが持っていた事に対する落胆か、或いは先を越された悔しさからか。エリカの瞳は涙目になっていた。
「はっはっは。『七色』ともあろうものが、そう簡単に泣くものではないよ?」
「ファ◯ク!!その余裕が腹立たしいデース!!早く質問に答えてくだサイ!!」
人気のない観客席の最上段で、騒がしく駄々をこねながらソフィアを揺すっているエリカ。彼女こそがアメリカに所属する『七色』の一、『
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