第35話 二人の初戦

「・・・退屈ね」


 純白達の出番を待つ間、私はぼうっと舞台を眺めていた。

 何処の国の、何という名前かも分からない選手たちが試合をしているその光景は、直截に言って酷く退屈だった。


 お互いのミスや甘えに助けられながら、どうにか試合の体を保っている。

 勿論私だって、ミスを挙げればきりが無いことは理解っているし、彼らが未熟であることも承知している。けれど───


 そこでふと気づく。

 彼らがどんな戦いをしようと、勝敗がどうなろうと、以前の私ならば興味なんて無かった筈だ。外から他人を評するなど、私は一体何時からそんな偉そうな立場になったのか。そもそも私は、彼らの師でもなければ知り合いですらないというのに。


 純白や純麗の面倒を少し見た事で、いつの間にか影響を受けていたのだろうか。だとすれば、我ながら随分とほだされたものだ。

 そう自嘲するけれど、眼前に広がる光景は変わらない。見ていて退屈なのは事実で、どうしようもないことだった。


「えー?あたしは結構楽しいよー?ぶっちゃけ内容はよくわかんないけど。あれだ、全然ルール知らないスポーツの試合を観戦してる感じ?天枷さんはそういうのあんま無い感じ?」


 隣に座る一ノ瀬さんが、そう言いながら私へと顔を向ける。

 純白達が席を立ってからこれまで、少し彼女と話して分かった事がある。彼女はきっと、全ての物事を全力で楽しむことが出来る子だ。


 自身も感応する者リアクターとして学園に通っている以上、そう珍しい光景では無い筈なのに。まるで初めて魔法を目にした少女のように、両チームの攻撃が飛び交う度に瞳をきらきらと輝かせている。


 良くも悪くも純粋。その裏表のない性格は、穿った物の見方しか出来ない私とは正反対。どう考えても合わない筈なのに、けれど嫌な感じは全くしない。


 今だってそうだ。

 つい溢れてしまった私の『退屈』だという発言にもまるで気にした様子はない。楽しく観戦している横でそんな水を差すような事を言われれば、普通は嫌な顔の一つもしたくなると思うのだけれど。


 名前以外には何も知らない彼女だけれど、この短時間でも理解る程の才能。

 人の懐に入り込む力。私には無い、得難い才能だ。

 発言を控えている社を除けば私と一ノ瀬さんしか居ないこの微妙な空間を、曲がりなりにも維持出来ているのは偏に彼女の才能のおかげといえるだろう。

 私の事を『ミソミソ』などと呼んだ時は流石に止めさせたけれど。


「そうね。そういうのはあまり観ないわ。面白味のない話で申し訳ないけれど」


「あはは、いやいや十分面白いけど!そうかー、観ないかー。あ、じゃあ試合の解説してよ!配信だけだと、当たり障りないことしか言わないじゃん?全然わからん!」


「・・・構わないけれど」


「よっしゃー!!解説ゲットだぜ!」


 不思議な子だ。

 私はいつも通りのつもりだけれど、いつの間にか彼女のペースに飲まれている。

 何か微笑ましいものでも見るように、先程からにやにやとしている社を除けば、そう悪くはない空気だった。


 それから二試合ほどを観戦し、会場の雰囲気もすっかり温まった頃。

 私達がわざわざ会場まで足を運んだ理由でもある、純白と純麗の出番がようやくやって来た。


「あ、次が二人の試合じゃない?よしよし、気合入れて応援するぜぇ」


 一ノ瀬さんが袖を捲くり、気合を表すように腕を回している。そんな彼女に同調するかのように、周囲の歓声も一際大きなものとなった。

 各国から観客が来日しているとはいえ、やはり開催国である日本の観客が一番多い。日本代表の出番ともなれば、皆応援のために声を張り上げる。先の一組目が敗退してしまっただけに、純白たちへの期待は尚更大きいのだろう。


「うおぉ!うっせぇ!これあたしたちの声届かないじゃん!草生える」


「・・・草?大丈夫よ、きっと貴女の声は彼女達に届いているわ」


 私にはあまり関わりのない話だけれど、一般論としては、顔も知らない誰かの声よりも、家族や友人の声のほうが何倍も価値があるものだろう。草の意味はまるで理解らないけれど。


「・・・天枷さんってさ」


「何かしら?」


「急に深いこと言うよね。普段ツンツンしてる分、なんか沁みるわぁ」


「二言余計よ」


「二言しか言ってないのに!?じゃあもう全部余計じゃん!」


「・・・いいから前を見なさい。もう始まるわよ」


 彼女達の入場は終わり、既に二人は準備万端といった様子。

 相手は前年優勝国のアメリカ代表だ。恐らくは選手の質も高いだろう。

 けれど開始の合図を待つ純白と純麗のその顔には、ほどよい緊張感とどこか自信が伺える。気負わず、けれど緩まず。私から見た二人は、万全の状態と言えるだろう。


「お手並み拝見ね」


 大歓声の中、試合開始のブザーが鳴り響いた。




 * * *




 純白ちゃんがブザーと共に駆けてゆく。

 基本方針は変わらない。いつも通り、まずは攻撃。さっき言っていた通りだ。

 禊さんは『私の言うことなんて気にする必要はない』なんて言っていたけど、やっぱり私達の基礎は禊さんに叩き込まれた時のものだ。


 それに私達には、まだまだ敵の攻撃を捌き切るだけの技術は無い。

 その分いかに素早く敵を制圧するか、そこに重点をおいてここまでやって来た。


 駆ける純白ちゃんの脚へ筋力支援を行う。

 私の感応力リアクトは対象をきちんと認識していないと使えない。誰かを支えたいという私の願いは、『誰か』なんて曖昧なものよりも、私が選んだ一人を好むみたい。


 同時に支援出来るのは自分を含めて一人まで。

 だから状況に応じて支援する相手を切り替えなければならない。

 私はこの数週間、純白ちゃんと二人で戦うためにひたすら状況把握能力と判断力を鍛えてきた。つまり、私のミスは二人の負けに直結する。


 禊さんは普通にやっていれば勝てる、なんて簡単そうに言っていたけど。

 相手だって国を代表する選手達だ。油断なんて出来るはずもない。


 純白ちゃんにお願いしたのは相手の出方を窺うための軽い攻撃。防御に周った時の反応が見たかった。一組目の失敗はきっとここだ。


 相手の様子を見るにしても、攻撃して反応を見るのと、相手に先手を譲るのとでは大きく差が出る。後者を採用したとして、もし仮に防御に成功したとしても、それは今私達がやっていることをそのままやられているだけだ。


 つまり、防御一つ見せるだけで相手に情報を与えることになる。

 攻撃に対して回避を選ぶのか、それとも受けようとするのか。どの程度で危険だと感じるのか。或いは感じないのか。そういった傾向が、たった一つの行動で浮き彫りになることだってある。


 きっと私達に合わせて選んでくれた禊さんの教えは、何も考えず、唯がむしゃらに目の前の敵へ向かっていた私達にとっては目から鱗だった。

 だから、禊さんの言うことを気にしないなんて私達には出来ない。私達の戦術の根幹は、あの時の教えで出来ている。


 けれど思考停止しているわけじゃない。必要に応じて、戦術は切り替るものだ。自分達で考える事をやめない。

 禊さんの言うことを全て鵜呑みにするわけじゃなくて、禊さんの教えを選択肢の一つにする。今回はまさに、その通りだと判断したというだけの事だ。


 支援がかかった際の急な身体能力の変化にだって対応出来るよう、私達はしっかりと訓練してきた。今では声をかけなくたって、純白ちゃんは私の支援に合わせてくれる。


 急激に速度を増した純白ちゃんの攻撃は、見事に敵の意表を突いたらしい。

 けれど流石、強豪アメリカ代表というべきか。驚きもそこそこに、相手はしっかりと純白ちゃんの攻撃を受けてみせた。もともと小手調べだったこともあって大したダメージは与えられないけど、ああいった場面では足を止めて受けに回る、ということが分かっただけでも十分だ。


「純白ちゃん!!」


 相手の後衛が感応力リアクトを発動しようとしているのが見える。足が止まった純白ちゃんを狙っているのだろう。でも射線上には味方の選手が居る。側面か、上空か、或いは地中からの攻撃だろうか。


 私の声に反応した純白ちゃんが軽く地面を蹴れば、その体を大きく後方へと連れ去ってしまう。直後、純白ちゃんが居た地面が大きく隆起して壁を作った。地殻操作、念動力の類だろうか。純白ちゃんを直下から吹き飛ばそうと目論んだのだろうけれど、既に純白ちゃんは数メートル後退している。


 ついでに言えばそれは悪手だ。前衛の選手の視界を塞いでしまう。

 純白ちゃんと入れ替わるようにして前へ出る。もともと初撃で倒すつもりなんて無かった私は、いつでも出られるよう準備をしていた。


 支援は純白ちゃんから自分へと切り替えて、即座に間合いを詰める。支援を受けた純白ちゃんほどじゃないけど、私だってそれなりにスピードは出せるようになっていた。私が支援専門だと思っていただろう相手からすれば、予想外でしかないだろう。


 変形した舞台で作られた壁は、私の接近を隠してくれる。相手の後衛選手が何か叫んでいるけど、どうみたって対応が一拍遅い。

 純白ちゃんの初撃からここまで五秒くらい。我ながらいい動きが出来ていると思う。


 壁の側面から飛び出した私を、相手の前衛は驚いた顔で見つめていた。思っていたよりもいい反応速度。でも───


「はぁッ!」


 両脚から右腕へと支援を切り替えて、全力で拳を放つ。

 そう、貴方は受けようとするよね。


 拳が相手の体勢を崩すと同時、支援を純白ちゃんへと切り替える。

 私の対角線上、相手の前衛選手を私と挟む形で、後方から現れた純白ちゃんの両脚を強化する。


 私達にポジションは無い。私が前に出ることもあるし、純白ちゃんが前に出ることだってある。状況に応じて動きを変えるように、とは禊さんの教えの一つだ。前衛しか出来ない者と後衛しか出来ないものでは、片方が潰れた時点で詰みになるから。


「おやすみなさいですわぁー!!」


 純白ちゃんの得意技、『八日吹ようかぶき』。

 禊さんにはあっさり躱されてしまった鋭い飛び回し蹴りは、相手選手の意識を容易に刈り取ってしまった。後方からの攻撃、ましてやバランスを崩した状態ではとても耐えられるものではない。


 初撃からここまで10秒弱。

 きっと相手選手は何が起こったのかも理解らなかったんじゃないだろうか。それと同時に、私達の戦いは世界の強豪が相手でもちゃんと通用するんだと、少しは自信もついた気がする。


 残りは後衛の一人だけ。

 純白ちゃんが高笑いしているけれど、最後まで油断せずに行こう。あとから禊さんにお説教されるのだけは避けたいもんね。




 * * *




「うわ。すっご・・・」


 目の前で起こった僅か数十秒の出来事は、あの一ノ瀬さんをも絶句させていた。

 観客達も同じだ。まさかこんなにも一方的になるとは思っていなかったのだろう。静まり返った場内には、純白の高笑いだけが響いていた。


『なんと!なんとなんと!試合開始から僅か18秒!白雪純白選手の攻撃によってアメリカ代表、ドルフ・ウッド選手からダウンを奪いました!』


『素晴らしい連携でしたね。さすがおじょ───白雪選手。現役の私から見ても惚れ惚れするような、見事な一撃で決めてくれましたね』


 実況解説も大盛り上がりだ。

 遅れるようにして、ようやく理解が追いついたのか、割れんばかりの歓声が会場を飲み込んでゆく。


 私の家で稽古を付けていたときから見せていた二人の入れ替わりスイッチ

 前衛と後衛を自在に切り替えることで的を絞らせず、動揺を誘い、波状攻撃で相手を揺さぶる。


 一撃で相手を倒すことが出来たのは少し出来過ぎだけれど、動き自体は悪くない。よりスムーズに、より間断なく。あの頃よりも確実に進歩しているその連携は、二人の努力を伺い知れるものだった。


「ねぇねぇ!今のも天枷さんが教えた作戦なの?」


「教えたのは触りだけよ。それだけで満足せずに、ちゃんと自分達で考えた結果ね」


「はぇー。なんかこう、あの二人は動きが他と違うね!あたしには分かる」


「そうね。あの様子なら、そうそう負けはしなさそうだわ」


 舞台に目を向ければ丁度、純麗の攻撃によって残った相手の後衛選手がダウンするところだった。審判による勝利者コールの後、大歓声に包まれながら観客に向けて純白がアピールをしていた。


 こういう場面では、初戦が最も緊張するというけれど。

 いまの彼女をみればすっかり肩の荷が降りたかのような顔をしている。まだ初戦を抜けただけだと言うことを理解っているのかいないのか。


「これで調子に乗らなければいいのだけれど」


 純麗が居るのだから大丈夫だとは思うけれど、あの子達が戻って来たら、気を引き締めるためにも重箱の角をつつくくらいの事はしてやろうかしら?


 ともあれまずは一勝だ。

 嬉しそうに舞台を下りてゆく二人を眺めつつ、何故か私まで肩の荷が下りたような気持ちになっていた。そんな自分に気づいたのは、何とも腹立たしい社の笑顔に気づいてからだった。

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