第34話 共闘第一試合

 社が張り切り過ぎた結果、当初の予定から随分と遅れてしまったけれど、どうにか時間までには到着することが出来た。会場前では私達の到着を待っていた純白達が、口を開いて呆けていた。そんな彼女達の隣では見知らぬ女生徒が一人、けらけらと笑い声を上げている。


「あー・・・面白かった。あ、知ってると思うけどあたしは一ノ瀬怜悧だよー」


 そう自己紹介した彼女の口ぶりから察するに、恐らくは同じクラスの生徒なのだろう。けれど残念ながら、私は純白と純麗以外の生徒を把握していなかった。

 クラスという括りから全校生徒まで広げたとしても、そこに白雪聖と縹千早が加わるくらい。私の学園内での交友関係など、数えようとすれば片手の指で足りる程度でしかない。縹千早に関しては交友関係とは言えないけれど。


「そう。一ノ瀬さんね、勿論知らないわ」


「あはははは!そうだと思ったけどさ!同じクラスになってもう三ヶ月くらい経ってるよ!普通もうちょっと気まずそうに言うもんじゃね?」


「嘘をつく理由が無いもの」


「わはははは!確かに!まぁ、良かったら仲良くしてよね!」


 よく笑う子だ。

 普通と言うのならば、彼女こそ少しは機嫌を悪くしてもいい筈だ。

 けれど彼女は、面と向かって『知らない』と言われても、まるで機嫌を損ねた様子もなく、楽しそうに笑っているだけ。

 私のことをそれなりに知っている純白と純麗が、彼女を連れてきた理由が少し理解った気がする。


「そんなことより!もう始まりますわ!」


 私は別に、顔も知らない選手達の試合なんて興味は無い。

 ここに来たのは純白と純麗の試合を観るためであって、それ以上でもそれ以下でもない。けれど、彼女達はそうではないらしい。


 確かに、まだまだ成長途上である彼女達にとっては、他国の試合を観ることで得られるものはあるかもしれない。それは新たな発想であったり、刺激であったり。

 人によって得るものは違うため一概には言えないけれど、得難い経験の一つには違いないだろう。それが良い経験ばかりとは限らないけれど。


 小走りで観客席に向かう純白達の背中を追うようにして、けれど走ることなく、のんびりと会場に入る私と社。一般用の通路から、途中で参加者用の通路へと入り関係者用の席へと向かう。

 前方から純白が急かしているけれど、私の歩調が変わることはない。というよりも、貴女も白雪家の人間なのだから忙しなく走るのを止めなさい。はしたないわね。


 通路を抜ければ、すぐに夏の陽光と歓声に包まれた。

 一般席を見ればすっかり満席で、観客の興奮がこちらにまで伝わってくるかのようだ。空調が無ければきっと大変なことになっていただろう。


 上を見ればVIP用の観戦ルームがいくつかあり、関係者用観戦席は丁度その下あたりに位置している。生徒達は他の競技に参加している者も多い為、関係者用の席は疎らだ。

 私を呼ぶ声のほうへ顔を向ければ、こちらへ手を振る純白達の姿。どうやら先行していた純白達が席を確保してくれたらしい。人混みを嫌う私を気遣ってか、舞台から少し遠い位置にある人気の無い席だった。正直に言って有り難かった。


 席に座れば、社が日傘をさしてくれる。

 空調があるとは言え、夏の日差しは肌に宜しく無い。傍から見れば随分と偉そうに見えるかも知れないけれど、他人からどう見られているかなんて些細なことだ。


 それに、そんな考えはそもそも杞憂だった。

 観客達は誰もが皆、会場の中央に設置された『共闘』の舞台に夢中だったから。

 

 対抗戦初日、『共闘』予選第1試合が今始まろうとしていた。




 * * *




「折角なので、実況も聞けるよう端末を用意しましたわ!」


「お、純白ちゃんナイスぅ!」


「あっ、いいですねそれ。実は私、星野さん結構好きなんですよ」


 そう言って純白が端末を操作すると、仮想スクリーンに配信映像が映し出された。

 先程までホテルの部屋で私と社が見ていたものと同じ、例の星野アナウンサーと白糸なにがしが進行を務めている配信だ。


 現地に居るのだから直接見れば良いのでは、なんて思わなくもないけれど、実況があるのとないのとではやはり雰囲気が違うのかも知れない。

 対抗戦とは、表面上だけを見ればある意味お祭りのようなものだ。スポーツ観戦と同じように、これも一つの楽しみ方と言えるだろう。


 それよりも、他学年の試合が他の会場でも行われている筈だというのに、そんな中からこの1学年予選の試合を配信しているという事に、なにやら作為的なものを感じる。

 一応、先の配信中に『1年生の活躍が重要』だと言っていたことを考えればそこまで不自然ではない・・・のだろうか?まさか公式の配信で身内贔屓しているわけではないでしょうね?


『さぁさぁ!ついに始まりました対抗戦!この配信では一学年の共闘予選の模様をお送りしますよ!他学年の試合をご覧になりたい方は別配信の方をご覧下さい!』


 どうやらちゃんと別の配信もあるらしい。

 白糸某がここの担当をしている事には、やはり怪しいものを感じずにはいられないけれど。


 端末から聞こえてくる実況に騒ぐ三人を横目に、私は舞台の方へと視線を向ける。

 第1試合は日本代表対ドイツ代表。純白達とは別の、日本代表1年生ペアが出場する。勿論私は顔も実力も知らない生徒だ。


 舞台上へと入場した四人の選手は、緊張しているのかすっかり動きが固くなっていた。

 無理もない。こんな大人数の観客を前にすることなんて、人生でそうそうあることじゃない。ましてや彼らはまだ十五~六の学生だ。緊張するなという方が酷というものだろう。


 そんな彼らの頭上、舞台の宙空には選手達のプロフィールが投影されている。名前と顔写真、所属、そして感応する者リアクターとしての階級。ドイツ代表の選手のプロフィールはドイツ語表記。スポーツの試合前などでもよくある、なんてことのない演出だ。けれどそれを見た私の胸には一抹の不安が過ぎった。


「ねぇ社」


「管理局のIDをそのまま投影しているようですね」


 どこか見覚えのある様式は、私の見間違いではなかった。

 つい先日、私はそれで恥ずかしい思いをしたばかりだ。ふざけるな。


「ああいうのちょっと恥ずかしいけど、でもカッコイイですよね」


 珍しく興奮した様子で話すのは純麗だ。

 彼女は実家を見返すためにこの対抗戦を目標にしていたのだから、気持ちが昂ぶるのは仕方ない。続く純麗の話によれば、入場前に本人確認も兼ねてIDカードをスキャンする決まりになっているそうだ。

 言っている意味は理解できる。その必要性も、まぁ理解るけれど。


「やー、あたしは恥ずかしいだけかなぁ。あたしみたいな一般市民の塩顔がデカデカと投影されるのはなんかこう、もにょる」


「わたくしたちは国を代表して出場しておりますもの!恥ずかしがることはありませんわ!堂々としていれば良いのですわ!」


 などと呑気に言っているけれど、私にとってはそれどころではない。

 ただでさえ、ああも大きく目立つようプロフィールが表示されることに嫌悪感すら覚えているというのに。

 私の、無駄にコストのかけられた紅々と輝くカードが表示されるなど、とても許容出来ない。


「・・・絶対に出ないわよ」


「出番が来ないと良いですね」


 白雪聖に出場を持ちかけられたあの時、軽々に請け負わなかった自分を褒めたい。

 もしも補欠でなければ、私は既に会場を後にしていたかもしれない。とにかく今は、純白と純麗が怪我なんてすることのないよう祈るばかりだ。


 そんな事を言っていると、いつの間にか試合が始まっていた。

 まだ緊張しているのか、日本代表のペアは相手の出方を窺うようにして積極的には動かない。一方でドイツの代表ペアもまた緊張しているのだろう、攻勢に出てはいるものの二人の息は合っていないように見える。


 私はこの競技の細かいルールやセオリーなんて知らない。

 けれどペアの連携が重要な競技であることくらい、普通に考えればすぐに理解る。

 そういう意味では日本代表の方がまだマシだけれど、こと戦いに於いて言えば初手から防御に回るのは悪手だ。


 得体の知れない境界鬼テルミナリアが相手ならともかく、人間相手、それも同じ年齢の学生を相手に様子見など、慎重を通り越して臆病とさえ言えるだろう。

 何か一つ、強力な感応力リアクトを一撃でも貰ってしまえばそれで決着することだってあり得るというのに。


 とはいえ、経験の少ない学生にそこまで求めるのは酷かもしれない。

 もしも純白と純麗が同じ様なことをすれば試合後に説教を垂れるくらいはするでしょうけれど、如何に国の代表選手といえど普通の学生ならば、まぁこの程度なのかしら。


「なんというか・・・焦れったいですわね」


「あ、純白ちゃんもそう思う?先に仕掛けたほうが絶対に有利だよね」


 一度私に基礎を叩き込まれた純白と純麗には、それがよく理解っているらしい。

 どうやら説教をする必要はなさそうだ。


「え、そうなの?なんでなんで?」


「戦いは先手必勝、最初から防御に回っている時点で勝ち筋を一つ失っているも同然ですわ」


「後手に回るってことは対応を迫られるってことですよね。余程防御に自信ない限り、全ての攻撃を捌くのは難しいんです。それでいて反撃の余力も残しておかないといけないから、戦術としては上級者向けです」


「はえー・・・」


 二人の解説に、一ノ瀬さんはすっかり感心した様子だった。

 防御というのは思っているよりもずっと難しい。純麗の言うように、防御を完璧にこなすのは相当な熟練度が必要になるだろう。少なくとも学生レベルでは難しい。


 防御というのは、攻撃に対応する手札を持っていなければ成立しない。

 もし私と戦うのならば攻撃される前に倒さなければならない。そうでなければ、私が感応力リアクトで触ってそれでお終い。つまりはそういうことだ。

 これは極端な例だし、一概に全てがそうだとは言えないけれど、基本的に戦いというものは相手を倒すことが目的なのだから。


 舞台を見れば案の定というべきか、危惧していた事態が起こっていた。

 相手の後衛が放った感応力リアクトによる火球を、日本の前衛選手は回避しきれずに受けてしまう。即座にダウンするようなことにはならなかったけれど、あれでは

 まともに動けはしないだろう。


 火を使った攻撃は思っているよりも殺傷力が低い。けれどその分範囲が広く持続性もある。回避が難しく、防いだとしても周囲に炎を撒き散らすせいで動きが制限される。この時点で殆ど一対二になってしまったと言っていい。


 結局そのまま身動きが取れなくなった日本の前衛選手は、遠距離からの攻撃を受けてダウン。その後、それほど間を置かずに後衛選手も敢え無くダウンしてしまった。審判からドイツの勝利が告げられ、日本の選手達は副審から水をかけられていた。


 折角相手が焦って連携を崩していたというのに、それを見抜けなかったことも敗因の一つだ。私が見た限り両チームの実力差は殆ど無かったし、付け入る隙はいくらでもあった。試合が始まった段階で、勝利の形がイメージ出来なかったが故の敗北だ。


 とはいえこれも経験の一つ。

 これで悔しいと思えるのならば、きっと彼らはまだまだ成長出来るだろう。


『いやー惜しかったですね!残念ながら敗退となってしまいましたが、見応えのある試合でした!白糸さん、今の試合はどこが勝敗を分けるポイントだったんでしょう』


『見たところドイツの選手も動きが硬かったですから、出来れば先に仕掛けたかったですねぇ。とはいえ、不利な状況に追い込まれても諦めずに闘志を見せてくれた彼らなら、きっと来年リベンジしてくれるでしょう』


 純白の持つ端末からは、あの怪しい格好の解説が意外にも真面目なコメントをしているのが聞こえてきた。似たような感想になったのは不服だけれど。


「今の試合、わたくしでしたらさっさと殴って倒してましたわ!」


「二人で前に出て、一人をすぐに落としてしまってもいいかも知れないね」


「あははは!実は二人とも結構脳筋なんだよなぁ!」


 などと感想を言い合う三人には、日本の敗北に気を落とすような様子は見られない。

 もしも自分達の試合を前に気落ちしているようならお尻を叩いてあげようかと思っていたけれど、その心配はないらしい。


 この後は15分間のインターバルのあと次の試合となる。

 純白達の試合まではまだ時間があるけれど、二人は早めに移動して最終調整をするとのことだ。


「さて!それじゃあ純麗さん、わたくしたちも移動しますわよ!」


「うん、二人とも見てて。絶対勝ってきますから」


「おーぅ!応援してるよー!!負けても泣くなよ!」


 一ノ瀬さんからのエールを受け、純白と純麗が控室へと向かうため立ち上がる。

 と、そこで純白がなにか言いたげに、微妙に腹立たしい表情でこちらを見つめていた。


「・・・なにかしら?」


「教え子が戦場に向かうというのに、何かアドバイスとかもらえませんの!?」


「今更何を言えというのよ。心配しなくても、あの程度なら今の貴女達より強い相手なんてそうそう居ないわよ」


「仮にそうだとしてもですわ!勝負に絶対はありませんの!・・・というわけで、何か秘策とかはありませんの?」


 今言ったように、二人とも問題なく勝てると思うけれど。

 彼女達もまた、大勢の観客の前で戦うことなど初めてだからだろう。然しもの純白も不安なのか、どうやら背中を押して欲しいらしい。


「私は連携のことなんてさっぱりよ。対抗戦のことだって殆ど知らないし、ここ最近の貴女達のことも見ていないわ」


「それは、そうかもしれませんけど・・・」


「───だから、私の言うことを気にするのは止めなさい。ここまで二人で積み上げてきたものを信じて精一杯やりなさい。秘策なんていらないわ。貴女達が、貴女達の思うようにやればいいのよ。そうすればちゃんと勝てるわ。それでも不安なら、あの時の私を思い出しなさい。そうすればそこらの学生なんて、怖くないでしょう?以上よ。分かったら黙って勝ってきなさい」


 誰かに発破をかけるなんてしたことも無いし、柄ではないと思うけれど。

 一度は指導した二人が、目の前でみっともなく負ける姿を見せられるのも面白くない。上手く出来たか分からないけれど、二人の様子を見る限り、どうやらそれなりに効果はあったようだ。


「任せろですわぁー!!」


「有難うございます!行ってきます!」


 そう言って去ってゆく二人の背中には、もう不安はないように見えた。

 慣れないことをしたおかげか、どっと疲れが押し寄せてきた。ため息を吐きながら椅子に背中を預ける私を、なにか意外なものでも見たかのような表情で一ノ瀬怜悧が見つめていた。


「・・・なにかしら?」


「いやぁ、二人が言ってた通りだなぁと思ってさ」


「へぇ。何を聞かされていたのかしら?」


「口を揃えて『ああ見えて意外と面倒見が良い』って言ってたよ。あたしは今ので納得したね」


 成程。

 勝とうが負けようが、いずれにしてもあの二人には説教が必要なようだ。

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