第23話 一ノ瀬怜悧

 結局トラブルらしいトラブルといえば禊が居なかったことくらいであり、それも担任の風花幾世には通達済みであった。そのため定刻通りに出発することが出来た。


 バスによる会場への移動はほぼほぼ予定通りに進み、道中渋滞や事故に巻き込まれることもなかった。一学年の生徒は二つのバスに分かれて搭乗しており、純白と純麗は先の二人、旭姫彼方と冷泉氷柱と別のバスである。


 また、現地での観戦や応援を希望した非選手の生徒達は明日移動となる。これは到着するのが開会式前日であり、翌日は開会式のみ行われること、本番となる競技そのものは大会二日目からであるためだ。そのためこのバスの席にはちらほらと空きがあった。


 各々、景色を眺めたり睡眠をとったり、或いはトランプなど遊戯に興じている生徒も見られた。彼らは特に席が決まっているわけではないので、自由に仲の良い者達同士で集まっている。まさに修学旅行といった様相であるが、彼ら彼女らは十五~六の少年少女である。こういったイベント事ともなれば、その移動中もまた楽しみだったのだろう。


 そんな中、最後列に座る純白と純麗の横で、同じクラスの一人の少女が純白達と会話をしていた。


「ねね、さっき見てたよ。あの二人って一年の間でも有名な二人だよね?『六家』の関係者だっけ?やっぱ二人とも顔見知りなの?小さいころ家のパーティで会ったことがあるとか、そういうやつだったり?」


「きゅ、急になんですの一ノ瀬さん。わたくしはあの二人とはほとんど面識はありませんわよ?」


「えー、そうなんー・・・じゃあ純麗ちゃんは??冷泉さんと何か仲良さそうだったじゃん!」


「私は一応、氷柱ちゃんとは小さい頃からの知り合い・・・かな?旭姫君のほうは全然、会ったこともないんだけどね・・・それがどうかしたの?」


 興味津々、といった様子で二人に話しかけるのは一ノ瀬怜悧いちのせれいり。純白や純麗と同じクラスであり、比較的仲のよいクラスメイトであった。この場にいることからも分かるように成績は優秀であり、現在はクラス内では純白達二人に次ぐ実力と目されている。愛嬌もあり、明るくよく笑うノリの良い少女であった。本人は『怜悧』という名前とのギャップをよくネタにしている。


「やー、二人と違ってあたしは一般市民なもんで、なんかそういうオサレな上流階級的なものに憧れがあるといいますか。特に理由はないんだけど、何か気になんじゃん?ならんか」


「あの手の会食はそれほど楽しいものではありませんわよ?」


「えー、そうなん?なんでさ?」


「わたくしは立場があまりよくありませんでしたから、隅のほうの末席にただ座っているだけでしたわね。誰かとお話をするわけでもなく、ただただ退屈なだけですわ」


「はえー・・・純白ちゃんなんかは高笑いしながら下々を馬鹿にしてあちこち周ってそうなイメージなんだけどなぁ。縦ロール的に」


「どういう意味ですの!?」


 怜悧の中では縦ロールといえば高飛車お嬢様なのだろう。

 創作に出てくるようなステレオタイプの悪役令嬢など現代においては存在しない、と純白は否定したかったのだが、よくよく考えてみれば縦ロールという髪型自体が相当珍しい。そんな珍しい髪型を実際にしている純白には、そんなお嬢様は居ないと断言することが出来なかった。


「じゃー純麗ちゃんは?何かないの?楽しい思い出みたいなん」


「そうですね・・・私も、ああいったものはあまり好きな催しではありませんね・・・。私もあまり立場が良くなかったので隅で大人しくしていました。そのおかげで、人混み嫌いな氷柱ちゃんと知り合ったんですけどね」


「純麗ちゃんもかよ!まじかよ、二人も名家のお嬢様がいて、二人とも窓際族か」


「き、期待に添えなくてごめんなさい」


「いやいや、あやまんなくていーけど!でもそっかー、あんま華やかな感じじゃないんかー」


 純白と純麗、二人ともがあまり好きではなかったという事実に、期待外れだったせいか肩を落とす怜悧。無論、本気で落ち込んでいるわけではないだろうが、彼女の聞きたかったであろう華やかな話を聞かせられなかったことで、純白と純麗は何故か申し訳ない気持ちになってしまった。


「ま、まぁどちらかといえばわたくしたちが特殊な例だと思いますの。もっとガッチガチのお嬢様なら、ああいった催しも楽しめるのかも・・・しれませんわ?」


「疑問形じゃん!うーん・・・小市民の私からしたら、お嬢様度合いの違いなんて分かんないんだけど・・・ガチガチのお嬢様っていうと、二人がよく話してるあのコとか?」


 怜悧が何気なく出した『あのコ』という単語に、純白と純麗は一瞬心臓が跳ねた。あのコとは間違いなく禊のことであろう。そう言われて怒る禊を想像することは出来なかったが、さりとて純白と純麗には禊をあのコ呼ばわりする度胸などまるでなかった。知らないということは恐ろしいことである。


「確かに、禊さんくらいになればもしかしたら楽しい・・・のかも・・・?」


「いいえ、禊さんは絶対に面倒がって出席しませんわ。下手をすれば一度も参席したことが無いまでありますわ」


 自分で話しているうちに、禊がパーティを楽しんでいる姿が純麗にはまるで想像が出来なかった。純白の言うように、興味なさげに『行かないわよ』等と言っている姿は容易に想像できたのだが。


「そうそう、その禊ちゃんよ。てかあのコ、結局何者なの?ほとんど授業出てないし、やっぱどっかのお嬢様だったりする?てかヤバい綺麗だよね。人形みたいっていうの?眼とかスっとしてて、可愛いっていうより美人って感じがぴったりだし。あとなんかちょっと怖いっていうか、オーラが凄いっていうか。話しかけてみたいんだけど、近づき難いんよねー」


 禊の名前が出た途端に、またもや興味津々な様子で矢継ぎ早に語る怜悧。

 恐らく彼女はこれが最も気になっていた話題なのだろう。

 隠すことはやめたとはいえ、『六家』に関わりのある一部の者を除けば未だに認知度が低い禊である。最近はマシにはなったといえど、基本的に授業に居ない上にそもそも学園に来ていない事すらあるのだ。名簿に載っていないのも未だ変わっておらず、それも相まって謎が謎を呼んだ結果、一部の生徒からは七不思議扱いされていたりする。本人の知る由も無いことだが。


「禊さんは・・・うーん、どう説明すればいいんでしょう?」


「私達よりもずっと凄い、超絶お嬢様ですわ」


「なにそれ雑ぅー。結局全然わかんないじゃん。もしかしてアレ?超絶お嬢様だから情報が漏れないように口止めされてるとか?或いは、実はどんでもない重要人物とか?・・・ヤバ、なんかワクワクしてきた」


「・・・まぁ似たようなものですわ・・・はぁ」


 一人で勝手にテンションを上げ続ける怜悧の姿に、純白が溜息をひとつこぼしながら同意する。だがそれは疲れて出た溜息だけでなく、妙に感の鋭い怜悧に対する呆れと感心の混じった溜息であった。



 * * *



 予定通りに移動を終え、現地に到着した学園の選手達は、そのまま滞在するホテルへと移動する。一般生徒達からすればまるで見たことのないような、ともすればいち学生に過ぎない彼ら彼女らが一生経験することもないような高級ホテルである。

 各部屋にそれぞれ浴室があることはもちろん、フロントへの電話一つであらゆるサービスを受けられる。各種娯楽設備やマッサージにエステ。ありとあらゆるサービスが用意されており、無論既に全ての料金を支払っているために滞在期間中はすべて無料である。


 選手とは言え、ただの学生達の宿泊先としては破格も破格、これだけでも対抗戦への力の入れ具合が推し量れるというものであろう。期間中にこのホテルを使用するのは日本校のみであり、他国はまた別のホテルへと滞在する。どのホテルも同水準の高級ホテルであり、どこかが優遇されるといったことはない。


 2、3学年の生徒達とも合流し、ホテルへと荷物を預け、まずは食事をとるべく食堂へ向かう。食事の間に各部屋へ荷物を届けて貰えるというわけだ。いわずもがな、食事もまた様々な豪華なものが用意されており、好きなものを好きなだけ食べる事が出来る。その後は各学年に別れ、教師陣から今後の予定と説明を受けた後に本日は解散、自由行動となる。なお生徒会のメンバーはこの後も打ち合わせである。


「それじゃあ、後で迎えに行きますの」


「はい、わかりました。それじゃあまた後でね、純白ちゃん」


「ういすー、またねー」


 そう言って純白が後にしたのは純麗と怜悧の部屋だ。

 食事と会議を終えた後、各々部屋に戻ってきたところである。折角の自由時間であるので、後ほど皆で周囲を散策ついでに歩こう、という話になっていた。

 二人は同室であり、純白の部屋とは隣同士になる。そんな純白は一応禊と同室なのだが、そもそも本人が居ないために実質一人部屋であった。


 準備のまえに先ずはシャワーでも浴びようか。

 そんな風に考えながら純白が自室の扉へとカードキーを通すと、何故か部屋の鍵が閉まった。


「・・・?どういうことですの?」


 鍵が閉まるということは、もともと空いていたということである。

 荷物を届けに来たホテル側の従業員が締め忘れたのだろうか?或いは───。

 そう考え、再度カードキーを通した純白が慎重にゆっくりと扉を開ける。

 すると物音は聞こえないが、しかし確かにそこには人の気配があった。


 隠密行動など出来ない純白は、感応力リアクトを発動し、意を決して勢いよく部屋へと飛び込んだ。

 そこには、バスローブを纏ってソファでくつろぐ女が一人と、その女を甲斐甲斐しく世話する侍女の姿があった。ソファでくつろいでいた女が純白へと目をやり、優雅に足を組み変え、ゆっくりと紅茶を一口含んだ後にようやく言葉を発した。


「あら、随分遅かったじゃない」


 純白は目をぱちくりさせた後、気が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。


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