第22話 出発
純麗と藍の模擬戦から一週間。
学園は対抗戦に向けて盛り上がりを見せている。
授業は勿論のこと、代表として選ばれた生徒達は居残りで訓練場を使い特訓を行っている。教師も指導役として随分と遅くまで訓練をしているようだ。
また選手として選ばれなかった生徒達も、裏方として当日に向けての作業に追われている。対抗戦開催中の一週間は休講となるため、現地へ応援に向かう者も多いらしい。
現地に向かったところで当日は観客席から応援するだけになるのだけれど、訓練の相手やカメラを使った補助等、今はそれぞれが出来ることを行っている。それだけここの生徒達にとって対抗戦が特別な催しなのだろう。
当然、選手として選ばれた純白と純麗も毎日遅くまで訓練をしている。
二人とも今は天枷家には滞在していない。
純白は聖と共に暮す白雪の別邸へと戻ったし、純麗も一人で暮らしている家に戻っている。けれど学園でも未だに私のところへやってきては助言を求めるせいで、何やらすっかり師弟関係のようになってしまった。
私は私で、風花先生に釘を刺されてからは出来る限り授業に出席するようにしている。おかげで、純白と純麗の二人に教室で捕まり、近頃話題の二人に助言をするあの女は何者なんだ、というような雰囲気になりつつある。
例の選手発表とその後に起きた縹千早とのやりとりもあって、今となっては正体が知れたところでどうでも良くはなってきているものの、だからといって『私は実は七色の一人なんです』などと吹聴するつもりは有るはずも無い。
何が言いたいのかといえば、要するに対抗戦があろうと無かろうと私のやることは変わらないということ。
とはいえこの一週間。というよりも一月ほど前からだろうか。
白雪からの新たな
* * *
対抗戦前日。
学園の生徒達は前乗りのためにこの日から現地へと移動する。
学園内の総生徒数の大凡半分近くである。
これだけの人数に加え教員や技術者、さらには機材各種も持ち込むのだからやはり随分と大掛かりな移動となる。とはいえそちらに関しては選手達が心配するようなことは無い。国も対抗戦に力を入れているせいか、選手達は試合に集中出来るようにと可能な限りのケアが行われているためだ。
そんな万全の姿勢で臨む対抗戦、その移動用バスに乗り込む直前のこと。
生徒達の間でもすっかり注目選手となった白雪純白が騒いでいた。
「禊さんが居ませんわぁー!!」
渋々とはいえ補欠で出場することを承諾した天枷禊が、未だ集合場所に現れないのである。もちろん禊が居なくとも、純白は自分に出来る精一杯を出し切るつもりで臨んでいる。とはいえ、覚悟を決めていたとしても人間というものは
「どうしたんでしょうか。あの禊さんに限って寝坊、なんてことはないと思うんですけど」
純白と同じく注目を浴びるようになった純麗も、心当たりは無いらしい。
比較的親密であると言える純白と純麗の二人だが、そもそも普段から好き勝手している禊なのでその行動を把握など出来はしない。禊も禊で、自分の予定をいちいち誰かに伝えるなどという習慣を持ってはいないのだ。
その結果、理由は全く分からないが集合時刻の5分前となっても姿を見せていない、という状況が生まれた訳である。
「折角、移動中に禊さんとやろうと思って色々持ち込みましたのに!」
「うん、いや、それはこの際いいんだけどね。もう集合時刻になっちゃうよ」
既に一年用バスへの乗り込みは始まっており、未だ搭乗口前で待っているのは純白と純麗の二人に、男子生徒が一人と女子生徒が一人だけである。その他の生徒達は既に乗り込みを済ませており、そのうち何人かは一体何事かと窓から様子を伺っている。
そんな中、純白達と共にバスの前で待っていた男子生徒が話し始めた。
「困ったね。一体どうしたんだろう。今日こそ挨拶出来ると思っていたんだけどな」
始めに困惑、次いで落胆。
心底残念そうに語る、襟足をヘアゴムで纏めた黒髪の男子生徒はどうやら禊に用があったらしい。だが隣で聞いていた純白からすれば随分と胡散臭く感じたようで、純白はすぐさま彼に噛み付いた。
「白々しいですわ!旭姫家の次期当主である貴方が禊さんに挨拶だなんて、そんな殊勝な家では無かった筈ですわ。
「酷いなぁ。以前にも言ったけど、僕を
「ふんっ。どうせ牽制と情報収集がてら、ネチネチと嫌味でも言うに決まってますわ。いいですの?わたくしの目が黒いうちはあなた方の好きにはさせませんわよ!」
「ネチネチ・・・本心なんだけどなぁ。それに情報収集なんてわざわざ自分でやらないよ・・・それこそ
「ほぉらご覧なさいな!」
弁明する旭姫彼方にやいのやいのと喧しく純白が噛みつき続ける。
難民である純白にとって、彼方は禊に纏わりつく悪い虫以外の何物でもないのだ。禊を煩わせる必要など無い、自分が追い払わねばと純白は妙な使命感に燃えていた。
一方で、旭姫彼方は参ったと言いたげに眉根を寄せて頭を掻いていた。
旭姫家は古くより武器の製造、流通を取り仕切ってきた名家である。現在は兵器開発や感応力者用の装備類の製造を主に手掛けており、その影響力はやはり『六家』の名に恥じないものである。
そして純白の言うように、昔から権力争いには進んで首を突っ込む家である。それは現在も変わらず、少なくとも現当主が各家を警戒・牽制しているのは事実であった。それ故、旭姫家の次期当主である彼方へと純白が猫のように牙を向いているのだが、当の彼方の言を信じるのであれば彼にそんな意図はないようである。
一方、そんな純白と彼方のやり取りを横目に純麗ともう一人の女子生徒もまた会話をしていた。既に誕生日を迎え16歳になったとは思えぬ華奢な身体に低い背丈。どう見ても小学生か、よく言っても中学1年程度にしか見えない外見の少女だった。
「純麗、本当に何も知らない?」
「うん、昨日は禊さんと会っていないし、何も聞いてないかなぁ」
「友人ではない?」
「ゔっ・・・いや、私はそのつもり・・・なんだけど・・・」
「連絡先」
「・・・知りません」
「信頼されてない。哀れ?」
「ぐうッ!ち、違うもん!そもそも禊さんは自分の予定とかいちいち言わないタイプだからっ」
幼い少女は表情を変えること無く淡々と純麗を追い詰めてゆく。
彼女はただ事実の確認をしているつもりなのだろうが、しかし他意と容赦のない言葉の純粋な暴力に純麗の精神力はガリガリと削られていた。
だがその会話の端々からは、二人が既知の仲であることが伺い知れる。
「よしよし」
「いや無理だから!
精一杯背伸びをして純麗の頭を撫でようとする少女だったが、届かない。
純麗の身長は平均的で高くも無ければ低くもないのだが、単純に氷柱と呼ばれた少女の身長が低すぎて届かないのである。
「無念」
「・・・氷柱ちゃんは昔から変わらないね。小さい頃に会った時そのまま。ほんとに・・・中身もサイズも」
「失敬な。これでも少し伸びた」
「あ、そうなんだ・・・」
表情が変わらないために怒っているのかどうなのかもいまいちよく分からなかったが、よく見ればほんのりと憤慨しているように見えなくもない。とはいえ、眠そうな瞳が何となくつり上がったような気がする、程度のものであるが。
国内最大の医院と製薬会社を経営する冷泉家。その長女が彼女、冷泉氷柱である。先の純麗の言にあるように、二人は顔見知りである。
医療関係の大家であるが故か、元々冷泉家は『六家』の中でも穏健派である。全ての『六家』と交流がありながらもどこにも与しない、立場的には白雪や天枷に近い家である。故に縹家とも交流があり、純麗と面識があったのだ。ちなみに白雪家とも当然交流があったが、近年まで海外にいた純白とは面識がない。
そうして出発時刻と天枷禊を待ちながら四人が会話をしていた時、風花幾世がゆっくりと歩いてくる姿が見えた。
「あらぁ?『六家』の皆さんがおそろいでぇ、一体何をなさってるんですかぁ?早くバスに乗って下さいねぇ」
一人足りないことを知ってか知らずか、いつものように間延びした声で風花幾世が四人に乗車を促す。しかしここに居ない禊は仮にも風花幾世の担当するクラスの生徒である。生徒が一人足りないことを知っていればもっと慌てて居なければおかしいだろう。
「風花教諭、貴方のクラスの生徒が一人まだ来ていないそうなのですが」
「ん」
旭姫彼方の言葉に冷泉氷柱が同意するように頷く。
純白と純麗もまた、このままでは出発出来ないとばかりに風花幾世へと詰め寄った。
「先生!禊さんが!いませんの!一大事ですの!」
「先生は何か知りませんか?私達はその・・・えっと・・・連絡先知らないんですけど」
喧しく騒ぐ純白と、徐々に尻すぼみになってゆきしょんぼりと気落ちする純麗。
そんな詰め寄る二人を押しなだめながら、風花幾世は四人へと何事もないかのようにあっさりと告げた。
「ああ、禊さんなら所用で昨日から北海道にいるそうでぇ、そちらから直接現地に向かうそうですよぉ?」
幾世の言葉を聞いた四人は無言で目を丸くしていた。否、氷柱の表情は一見して特に変わっていなかったが。
連絡先を知らず、いちいち報告してこない禊のことだ。純白達の知る由もないことであったが、現在禊は北海道で取るに足りない
つまりここでギリギリまで禊を心配して待っていた時間は全くの無駄であった、ということである。
「なんですのそれー!」
「ははは、いやはや何とも自由な人だね」
それぞれの反応を示し、すごすごとバスへ乗り込む純白とそれに続く彼方。
そして氷柱が慰めるように純麗の肩を叩いていた。
「ん、撤収」
「今度あったら絶対連絡先教えてもらうもん・・・」
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