第21話 米国

 とあるビルの一室で、二人の男が会話をしている。

 窮屈そうに椅子に座り、執務机の上で肘をついて手を組んでいる筋骨隆々の大男と、その正面に姿勢を正して立つ線の細い中性的な顔立ちの優男。


 最初に口を開いたのは大男のほうだった。

 その肉体とは裏腹に、細身のメガネをかけているおかげか知的に見えなくもない。ぱつぱつに張ったスーツが全てを台無しにしていたが。


「さて、もうじき対抗戦が開催されるワケだが、我が合衆国は今年も勝てるのか、忌憚のない君の意見を聞きたい」


 姿勢を変えること無く、眼前の優男へと語りかける大男。

 彼こそがアメリカ境界管理局の長、ベンジャミン・ウォーカー。くすんだ金髪を撫でつけたオールバックと鍛え抜かれた肉体が特徴的な、元S級感応力者である。

 一目で解る脳筋一直線な肉体と、それに似合わない繊細な性格を持つ彼は、一部からは変態っぽい等と言われ部下からも度々イジられていた。


「そうですね。昨年の対抗戦を見た限りでは、今年も優勝出来ると考えていますよ。ここ数年、他国の特筆すべき生徒はそれほど多くない。一方我が校は優秀な生徒が多い上に、彼女も順当に力をつけていますので」


 ベンジャミンの問いに、そう応えるのはアメリカの感応力者養成学園の学園長であるジョシュア・ベル。くりくりとした瞳と柔和な笑みをその顔に貼り付け、一見して女性のようにも見える幼い外見に細身のスーツを着ている。こう見えて近接戦闘が得意なバリバリの戦闘系S級感応する者リアクターであり、今も現役である。数少ないS級能力者でありながらも30半ばという若さで学園長を務めていること考えれば、彼の優秀さが容易に伺い知れる。


「ラブレット嬢か。確かに、彼女の活躍なくして昨年の勝利はなかっただろう」


 話題に上がるのは一人の生徒。昨年の対抗戦で世界中へと名を知らしめた少女。

 感応力者であればもはや知らぬものなど居ない、アメリカの超新星モニカ・ラブレット。当時まだ1年生であった彼女は、出場した全ての競技で一位になった。その上、全学年から生徒を選抜して行われる最終競技にも出場し、他国の上級生を何人も倒して勝利に大きく貢献した。まさに次代の米国を担うエースである。


「彼女は現時点で、我が校で最も強い。感応力リアクトもさることながら、状況判断能力がずば抜けて高い。戦場においては最も重要な資質です。彼女に対抗出来る者など学生の中には存在しないでしょう。それにまだ2年ですからね。来年までは安泰でしょう」


 学生は卒業時点でC級となっていれば優秀な生徒だと言われる。しかしモニカは2年の現時点で既にA級、来年には間違いなくS級になっているだろうと言われていた。将来を期待される彼女は既に実戦も経験している。ジョシュアが自慢げに語るのも当然だった。


「同意見だな。私もこの目で見たが、彼女は本物だった。とはいえ油断していい理由にはなるまい。感応力リアクトだけならば、学生でありながらもA級にまで届く生徒は他にもいる」


「確かにそうです。ですがラブレット嬢は感応力リアクトが無くとも優秀です。感応力リアクトが強力なだけのそこらの生徒には負けません。彼女に土をつけられそうなのは、英国のメルヴィン・ペンフォード。それと日本の白雪嬢くらいでしょうか。あの二人は、感応力リアクト抜きにしてもラブレット嬢と同等か、それに準じた実力の持ち主だと思っています」


 ジョシュアは自分の生徒に誇りを持っていながらも、決して慢心してはいない。

 学園長として、当然敵の情報も頭に入れているし、対策も万全整えている。故に慢心ではなく自信。彼にとって、国を背負って戦う以上は油断などあり得ない。

 慎重なベンジャミンを安心させるように、ジョシュアが言葉を続ける。


「とはいえ、白雪嬢は三年です。万が一、よしんば今年負けることがあったとしても、来年は確実に我々が優勝しますよ。もちろん今年もそのつもりですが」


「成程。いや、無論私も同じ思いだし、そう信じているがね。しかし、しかしだ」


 機嫌良さそうに語るジョシュアに対して、ベンジャミンの表情はどこか暗いままであった。勿体をつけるように語る彼の様子に、ジョシュアは違和感を覚えた。何か自分の話に疑義を抱くような所があっただろうか。英国にしても日本にしても、どちらも殆ど一人だけのワンマンチームと言って良い。しかし米国にはモニカ以外にも多くの優秀な生徒がいる。仮にモニカとメルヴィン、白雪が共倒れになったとしても、総合力で大きく勝っているのだ。可能性としては常に0%ではない、そんなイレギュラーが起きなければ何も問題など無いはずである。

 そう疑問に思っていたジョシュアであったが、しかし続くベンジャミンの言葉に頭を抱えることになった。


「とある情報が入ってね。ところで君は例の『緋』が何歳だったか覚えているかね?」


「噂の『災禍』ですか?確か十六、いや十五でしたか?どちらにせよ随分若かったと・・・いやいや、冗談にしてはたちが悪いのではないですか?」


「冗談なら良かったがね。私は日本の境界管理局にも行ったことがあるが、この話を聞いた時は記憶の中の彼らのビルが、そびえ立つクソの塊に見えたよ」


 そう肩をすくめて自嘲気味に話すベンジャミン。

 一方でジョシュアは頭は抱えた。0%ではないと思いながらも、内心では5%もあるかどうかといった程度にしか考えていなかったイレギュラーが起こってしまった。

 そもそもその5%だって、モニカの体調不良だとかそういったものを辛うじて想定していたのだ。ここに来てまさかの『天災』である。


 ジョシュアとて、学園長という立場を抜きにしたとしても国内でも有数の実力者である。実戦経験も豊富だし、死線を何度も潜ってきた自負がある。だがそれでも、『七色』はなのだ。


 自国が誇る『智慧の金』、ジョシュアは彼に出会ったときのことを思い出す。彼らは感応する者リアクターでありながら、自分たちと同じ感応する者リアクターではない。一種の化け物だ。そんな化け物のうちの一人に数えられる者が学生同士の戦いに参戦するなど悪夢でしかなかった。それに『白』や『翠』ならまだしも、よりにもよって『緋』である。あのイカれた討伐数を誇る『災禍』だ。


 ジョシュアは苦虫を噛み潰したような顔で、何度か顔を合わせたことのある日本の学園長を思い出す。彼女には真面目で融通の効かなさそうなイメージを勝手に抱いていたのだが、よもやこのような鬼札を容易していたとは。

 しかし続くベンジャミンの言葉を聞いて、ジョシュアは僅かながらも胸をなでおろした。


「だが安心してくれ。細かい事情は不明だが、どうやら彼女は補欠らしい。つまりは基本的には競技に出場してこない、ということだ」


「・・・本当ですか?信じますよ?如何に我が校に優秀な生徒が多いとはいえ『七色』の前では等しく無力。優秀な者は彼女を避けて競技に出す必要があります。つまり作戦が根底から覆る」


「気持ちは痛いほど理解できるが詳細は不明、だ。残念ながらね。日本が何を考えているのかまるで分からん。私であれば全種目に出すがね」


「同感です。ともあれ、彼女が補欠というのであれば我々のなすべきことは一つです。つまりは愛娘か恋人を抱くように、日本の生徒が欠場せねばならぬほどの怪我を与えないようにすること」


「そういうことだ。日本に欠員が出た時点で我々は敗北に大きく近づくことになる。ハッキリ言ってまるで意味の分からん状況だが、やるしかあるまい」


 情報の共有を終えた二人が大きな溜息を一つ吐き出して、再度対策と作戦を練り直してゆく。学生同士の競技とはいえ、国を背負って戦う以上全力で勝ちにいかなければならないのだ。それがたとえ『七色』というイレギュラーが相手だったとしても。

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