第20話 試合後

「あら、完璧に入ったわね?」


 観戦していた私の予想では、足を潰された時点で純麗は負けると思っていた。

 けれどそんな予想に反して、あの子は頭突きで攻撃を受け止めて無理矢理当ててしまった。如何に感応力リアクトが成長しているとはいえ流石にあれは痛いだろう。根性あるわね。


『彼岸花』はお母様がまだ感応力リアクトに目覚めて居なかった頃、それでも天枷の実働担当として境界鬼テルミナリアと戦うために編み出した技だ。

 この技は所謂、中国武術における浸透勁しんとうけいに近い。鎧や盾の向こう側、敵の内部へとダメージを与えるのが浸透勁。境界鬼テルミナリアの防殻を感応力リアクト無しで抜くためにお母様が苦心して作り上げた、破壊力だけを追求した技。


 結局、『彼岸花』を持ってしても境界鬼テルミナリアの防殻を貫くことは出来なかったらしいけれど、その威力は折り紙付き。そもそも人体に向けて放つものではないのだから当然といえば当然なのだけれど。勿論、純麗のものは未完成だ。一週間ほどで極められる技ではないため程度は良いだろうと、今回の切り札としてどうにか形になるよう教え込んだ。


 あの技の問題は一つ、当てるのが難しいということだ。

 相手の身体、あるいは盾や防御。とにかく相手の一部に触れ、そして力を通すために2~3秒ほどその状態を保たなければならない。戦闘中に相手が3秒間も止まることなんてまず無いのだから、それがどれだけ難しいことかは言うに及ばず。

 私としては攻撃力の足りない純麗が、相手に止めを刺すための手段として考えていた。


「禊さん!なんですのあれは!相手が飛んでいきましたわ!」


「そうね。まぁ、如何に未完成とはいえあれだけ綺麗に入れば流石に動けないでしょう。というよりも早く治療しないと死んでしまうわ」


「死!?そんな物騒なものを純麗さんに仕込んだんですの!?」


「あの子は敵を倒す手段が少なすぎるのよ。仕方ないでしょ?ほら、取り敢えず下りるわよ」


 騒ぐ純白を連れて観客席を下りてゆく。

 死ぬ等とはいったけれど、もちろん直ぐにそうなるというわけではない。

 けれど内蔵へとダメージを与える技なのだから、あれを受けた彼女は今、猛烈にお腹が痛い筈。臓器へのダメージはただの外傷と比べると厄介だ。放置しようものなら当然死に至ることもあるだろう。この世に治癒能力という感応力リアクトがなければ私だって教えては居ない。

 ちなみにもしもあれを使ったのが私だったら、藍という少女は下手をすれば爆発四散していたかもしれない。人に向けて使ったことがないから分からないのだけど。


 観客席を下りるころには既に風花教諭によって勝敗が言い渡され、気を失っているであろう藍は担架に乗せられていた。一方純麗はといえば、未だ床に座りこんで信じられないとでもいうように自分の両手を見つめていた。


「お疲れ様、純麗」


「あ、禊さん・・・私、勝った・・・んですか?」


「ええ。悪くなかったわよ」


「・・・えへへ」


「取り敢えず、貴方も治療してもらってきなさい」


「そ、そうですね。あ、意識するとだんだん痛くなってきたかも・・・」


「わたくしも付き添いますわ!」


 そういって、小走りで医務室へと向かってゆく純麗と純白を見送る。

 けれど私まで付いていく訳にはいかない。

 そう思い、近づいてきている男へと視線を写す。勝って終わり、というわけにもいかないのだから。


「さて、それじゃあ約束通り、今後はあの子への一切の口出しをやめてもらうわよ?」


「・・・ああ。仕方あるまい。あの妹が藍を相手にしてここまで戦えるとは思って居なかった。正直に言って驚いた」


「あら、随分聞き分けがいいのね」


「勝負に負けたのだから当然だ。ゴネて結果を曲げるほど、俺は子供ではないつもりだ」


 何かしら言い訳をするなり、勝負を無効にするなり、見苦しく足掻くものかと私は思っていたのだけれど、どうやらそういうつもりはないらしい。面倒がなくて大変結構だった。


「そ。重畳ね」


「一つだけ聞かせてくれ。貴様はどうやってあいつを・・・いや、これは今更だな。済まない、忘れてくれ」


 心なしか言動が丸くなったような気がする縹千早は、悔しそうにするでもなく、かといって怒りを覚えているわけでもなく。ただ少し、その顔に陰を落として私へと何かを問いかけようとして、そして止めた。何か思うところでもあるのだろう。けれど彼の事を何も知らない私が、その言葉の先を推し量ることは出来ない。


「そ。それじゃあもう用もないでしょうし、私も行くわよ?」


 縹千早は勝負に勝てば私と戦いたい、などと言っていた。

 人によっては、『勝負はこういう結果になったけど、戦ってあげようか』なんて言うのかもしれない。けれど私はファンにサービスしてあげるスポーツ選手ではない。勝負に負けても施しをくれるなんて、そんな面倒なことはしない。彼が私と戦いたい理由も判然としないし、何よりも興味がなかった。


 そういって背を向け、この場を預かってくれた風花教諭に挨拶でもしようかと考えていた私に、縹千早から声がかけられた。


「待て。最後に一つだけ、純麗に言伝を頼みたい。見事だった、と」


「・・・そういうことは自分で伝えなさいよ」


「それは、いや・・・俺の言葉など、素直に聞きはしないだろう」


「私から伝えたところで、言葉の主が貴方なのは変わらないでしょう?同じことよ」


「・・・そうか」


 何だろうか。彼の態度を見ていると、どうにも違和感を感じる。

 初めて見たあの時と今とでは、随分と印象が違う。あの時は不出来な妹へと辛辣な言葉を浴びせる兄、といった感じだったけれど。

 これがどういうことなのかは私には分からない。

 本当はそれほど嫌っているわけでもないのか、それとも家の事情があるのか。

 あの時と違うことといえば、藍という少女の目が今は無いというころだろうか。


「・・・まぁいいわ、一応伝えておいてあげる」


「・・・感謝する」


 そう言って今度こそ私は彼に背を向ける。

 彼もまた、それ以上私に何か声をかけることはしなかった。

 同じ『六家』である以上はきっとまたどこかで顔を合わせることもあるのだろうけれど、少なくともこの場で話すことなど、もう無かった。


 そうして私は、試合後の設備点検を行っていた風花教諭の元へと足を運んだ。

 生徒同士の試合は学校から推奨されていることでもあるし、その監督も仕事のうちではあるのだろうけれど、それでも一応筋は通しておくべきだろう。


「風花先生、今日は有難うございました」


 そういうと、彼女は点検の手を止めて私へと向き直る。

 作業をしながらでも別に構わなかったのだけれど。


「ああ、天枷さん。いえいえ、構いませんよぉ、これも仕事ですからねぇ」


「そう言ってもらえれば気が楽になりますね。感想を頂いても?」


 現役である彼女の所感を聞いてみたかった。

 私は所詮、個人で勝手に境界鬼テルミナリアを壊し周っているだけなのだ。勿論家の仕事といえばそうなのだけれど、あれは何方かといえば後付された理由だ。私がふらふらと出向いて倒した境界鬼テルミナリアを、後から天枷が処理したという扱いにしている。つまりは真っ当ではない。『軍』に所属していない私は、その”真っ当”な観点からの評価が出来ないのだ。


「とても素晴らしかったですよぉ?正直に言って驚きましたぁ。最近の実技もそうですがぁ、彼女と、純白さんの成長はハッキリ言って異常ですねぇ。どんな手を使ったんですかぁ?」


 どうやら彼女は、私があの二人に何かしら手ほどきをしたと思っているらしい。

 まだ確信は得ていない、予想の段階なのだろうけれど。

 あの二人の成長速度を見て、何かがあったとすれば原因は私だろうと当たりをつけていた、という所だろうか。私を知っている風花教諭であればそれにたどり着くのはそう難しいことではない、か。


「秘密です」


「うーん、意地悪ですねぇ」


「ともあれ、現役である風花教諭からお墨付きを貰えたのであれば一安心といったところでしょうか。私では彼女達の成長を正しく判断できませんから」


「そんな事無いと思いますけどねぇ。私から見ても、あの二人の成長は目を見張るものがありますぅ。既に1年生の中ではトップクラスと言っても良いですよぉ。対抗戦が楽しみですねぇ。あ、これは本人たちには言わないで下さいねぇ、調子に乗られても困りますからぁ」


「ええ、承知してます」


 彼女は中々に愉快な人だ。

 実際に、既に生徒の間でも人気だと小耳に挟んでいる。

 そんな彼女に別れを告げ早々に帰路につくことにする。勝負の結果は帰ってから連絡すれば事足りるのだけれど、せっかくなので労うついで、帰りに医務室にでもよって二人の様子を見ていこうか。


「ああ、それはそうと天枷さん」


 そんな私は、またしても背後から風花教諭に声をかけられる。

 今日は背後から話しかけられることが多い日だ。


「なんでしょう?」


「免除されているとはいえ、もうちょっとでいいので授業にも出て下さいねぇ?」


「・・・善処します」


 耳の痛い話であった。

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