第17話 縹千早

 純麗と純白に訓練を施すようになってから一月と少しが経った。


 純白は素地があったことも手伝って順当に実力を伸ばした様に思う。

 私がやったことといえば、成長した感応力リアクトを使った戦い方へと、以前の戦い方から少し調整をしただけ。

 彼女には白雪家で学んだ格闘術があるのだから、今更私が何か教えたところで余計なことにしかならないだろう。


 純白よりも変化が大きかったのは純麗だ。

 以前は支援することだけで精一杯だった純麗は、今ではすっかり見違えた。

 純白へと感応力リアクトを使いつつ、自己強化も行って戦うようになった。

 純白の隙を埋めるように自らフォローをすることで、本当の意味で支援が出来るようになったと言うべきだろうか。後方の心配をする必要が無くなったせいか、純白も随分と自由に動けているように見える。


 これは私が教えたことじゃない。

 私は誰かと肩を並べて連携する、なんてことをしたことがない。自分に出来ないことを教えられる筈もなく、従ってこれは彼女が自発的に考えた答えだ。


 初めての特訓、あの時に見せた純麗の本質。

 守るために身を挺する覚悟。


 一目で分かる、後方から能力を使っていただけの以前とはまるで違った戦い方。

 成長した感応力リアクトも相まって、個々の力は未だ半人前には違いないけれど、二人一緒ならばそこらの感応する者リアクターには負けないだろう。

 それこそ、学園の一年の中ではトップクラスのペアだと言って良いのではないだろうか。


 そんな彼女達が、一年代表として対抗戦の選手に選ばれたのは当然と言えるだろう。

 どの競技に割り振られるのかはまだ分からないけれど、恐らくは二人セットで団体競技に参加することになるんじゃないだろうか。


 もしも選考に漏れるようなことがあればどうしてやろうかと考えていたけれど杞憂で済んで良かった。別に見返りを求めて彼女たちに手を差し伸べたわけじゃないけれど、私がわざわざ時間をとって手を貸したのに、これで結果が出なかったとなればそれはそれで、やはり気に入らないものなのだ。


「やりましたわ!先ずは第一目標達成ですわ!」


「良かった・・・嬉しいです・・・私が、まさか本当に・・・」


 入学式の時と同じく、正面広場にて掲示されている全学年分の試験結果。

 そこに自分達の名前を見つけて喜びを見せる二人。他のメンバーの名前を見ても私には分からないけれど、周囲を見れば二人と同じ様に喜ぶ者や、悔しそうにする者達ばかりだった。


 ちなみに私の名前も補欠枠に掲示されている。

 この学園で私の名前がこうしてしっかりと書かれているのは恐らく今回が初めてだろう。これはもう承知していた、というよりも諦めていた事だ。

 純白達に手を貸し、聖に対して条件付きで出場を認めた時から、これは避けられない事だった。


 一般生徒は私の名前を見たところで然程気にならないだろう。全校生徒の名前を覚えているような奇特な人間が居なければ。

 けれど六家の関係者達は違う。


 こうして名前が出た以上、面倒事は増えるだろう。

 現時点でも既に、見覚えのない私の名前を見てか、それとも私の名前を知っていてか。周囲からはちらほらと私の名前が聞こえている。

 ああ、面倒臭い。

 この貸しはたっぷりと利子を付けて返して貰わなければ。


 そんな風に思案していると、純白と純麗の前方からこちらへ歩いてくる男子生徒の姿が見えた。背後に従者と思しき少女を引き連れた男は、その制服を見れば三年であることが分かる。早速面倒事がやってきた。

 怜悧な顔立ち、切れ長の瞳。


「誰かと思えば・・・恥晒しの愚妹ではないか」


「ッ・・・兄、さん・・・」


 声をかけられた純麗の動揺した声。それだけで相手の素性は知れた。

 成程、この男が縹の次期当主か。

 男は横目でちらりと掲示板を一瞥し、冷たい声で純麗への言葉を続ける。


「貴様がこの学園に入学していた事は勿論知っていた。だがこれはどういう事だ。一体何を間違えれば、貴様が一年の代表選手に選ばれるなどという事になる。なあ?」


「っ・・・」


「答えろ。無能で矮小な貴様が、どんな手を使って選ばれた?」


 実の妹に対して随分な言葉だ。

 私も姉妹関係は悪いと自負しているけれど、ここまで劣悪ではない。と思いたい。

 怯える様にうつむく純麗に対し、容赦なく詰める兄。

 見ていて楽しいものではないけれど、私は何も言わずにそばで見ているだけに留める。これは純麗の問題だし、あの日彼女が語った心の内、決意が真実ならば、これは純麗自身が乗り越えなければならない問題だから。


 けれど、隣から我慢できないとばかりに声を上げる少女がいた。

 すっかり怒り心頭といった様子であったけれど、彼女にしては我慢したほうだろうか。


「さっきから聞いていれば一体何ですの貴方は。それ以上私の友人に非道な言葉をかけるのなら誰であろうと許しませんわよ」


 そんな純白に対し、先程まで純麗へと向けていた、見下すような瞳を向ける男。


「貴様は」


「わたくしは純麗さんの友人の白雪純白と申しますわ。聞いていた限り、貴方は純麗さんの兄のようですわね?それが兄が妹へかける言葉ですの?品性を疑う言葉の数々、聞くに堪えませんわ」


「純白ちゃん・・・」


「成程。貴様が報告にあった白雪家の娘か。聞いていた通り、浅慮な女だな。これは縹家の問題だ、口を挟むな。愚妹、貴様もだ。他家の人間に庇われるなど言語道断。恥を知れ」


 純白に罵られようとも顔色一つ変えない男。

 こういった手合は純白にとっては分が悪い。別に考え無しに行動するわけではない純白だけれど、基本的には感情的だ。彼女の言葉は届かないだろう。


「見ないうちに少しは変わったかと思ったが相変わらず、貴様は昔から何も成長していないな。仮にも縹の血が流れていながら、情けない」


「ちょっと貴方!いい加減に───」


「黙れ」


「───なッ!?」


「黙れ、と言った。俺は己よりも弱い人間の言葉を聞いてやるほど優しくは無い。俺は貴様の姉の実力は認めているが、それはあの女個人に対してだ。例え白雪家の娘だろうと、ましてや何の力も持たぬ貴様などに発言を認めた覚えはない」


 他家の人間である純白に対してもこの言い草だ。

 以前に純麗の話していた通り実力至上主義というか、まぁ随分と狭量なことだ。

 そして本人の言葉通りならば、彼はどうやら聖に実力で劣っているらしい。

 初対面である純白に対して必要以上に厳しいような気がするのは、そういった部分もあるのかもしれない。


「全世界に縹の恥を晒すつもりか。貴様が出場する等、天地が返ったところで到底認められん。愚妹。さっさと出場を辞退してこい」


「わ・・・私は・・・っ」


 一貫して非常な態度でそう言い放つ男。

 ここが純麗にとっての分水嶺だろう。

 今までと同じ様に、言いなりとなって後ろに下がるのか。

 それとも、前に進むのか。

 さて、僅かな時間、付け焼き刃同然とはいえ、私が育てた彼女はもうその程度で引き下がる事はない筈だけれど。


「私は出ますっ!ちゃんと、実力で選んで貰ったんです!も、もう兄さんの言いなりにはなりませんっ!」


「・・・ほう?」


 そうよ。それでいい。

 もう、以前の貴方とは違うのだから。


「私は以前の私とは違うんですっ!誰になんと言われても、最後まで力を尽くして戦います!それが例え兄さんだとしてもですっ!」


「そうですわ!よくぞ言ってくれましたわ!」


 純麗と純白は既に一年でも名が知られている上に、恐らくこの縹家の跡取りもまた有名な生徒だろう。だからなのか、すっかり周囲には騒ぎに気づいた人が集まってしまっていた。

 けれどそんなことは関係ないとばかりに、純麗の宣言は広場へと響き渡る。

 初めて出会った時、あのびくびくして俯いていた彼女は、確かに変わった。


「力を尽くすだと?貴様が?寝言は寝て言え。黙って俺の言う通りに出場を辞退しろ。貴様程度が力を尽くして何になる?俺は力もない癖に虚勢を張る者を最も嫌悪する。忘れたわけでは無い筈だが」


「私はちゃんと戦えます。対抗戦で、それを見せて上げます。もう、兄さんに唯唯諾諾と従っていた弱い私ではないんです!」


 そんな純麗に対し、言葉を返したのは意外にも男の背後に控えていた従者であった。服装を見れば、彼女もこの学園に通う生徒であることが分かる。


「貴様ッ、先程から黙っていれば・・・縹家の次期当主であらせられる千早様に向かってその口の聞き方、万死に値する!縹家を追い出された出涸らしの分際で図に乗るなッ!」


 余程腹に据えかねたのか、随分な言葉であった。

 主───縹千早にそれほど心酔しているのだろうか。

 激昂した様子で純麗へと怒鳴る彼女だが、どうみてもそれは悪手だ。


「なんですの貴方」


「黙れ!余所者が口を出すな!」


 純麗だけでは飽き足らず、純白にすら噛みつく始末だ。

 狂犬もとい、ただの馬鹿だ。ここまで来ると流石に何かの冗談ではないかと思ってしまう。


あい、下がっていろ」


「ですが千早様!奴らの無礼、到底許せません!」


 縹千早が従者を諫めるも、なおも牙を見せる藍と呼ばれた少女。

 状況の見えていない彼女のせいか、ほんの一瞬空気が冷える。

 口を挟むならば今だろう。多少目立つのはもう諦めた。

 純麗が意思を示し、そして何やら喧しい少女が吠えている今、いい加減に帰りたい私が落とし所を用意することにしよう。


「貴方達、いい加減に回りを気にしたらどうかしら?恥を晒しているのは一体誰なのかしらね」


 棘のある言い方、けれど今こうすれば次の展開はほぼ確実。


「なんだと!?誰だ貴様はッ!今何と言ったッ!」


 勿論今度は私に噛みつくわよね?

 案外、この娘は扱い易くて便利かもしれない。

 そんな彼女を無視して、その主へと話しかける。


「貴方、従者は選んだほうがいいわね。無礼だ何だと喚いておきながら、従者の分際で他家の娘に噛みつくなんて。自分の立場を理解せず、目上の者へ噛みつくのは馬鹿を通り越して病気よ。そこらの犬だってもう少し弁えているわ」


「なッ───」


 怒りのせいか、はたまた本当に現状を理解していないのか。

 二の句が継げない様子で私を睨みつける少女を無視して前へ出る。

 私が口を挟んだことが意外だったようで、純麗と純白も目を見開いていた。

 一方で、縹千早は私の正体に推測が立っている様子。


「・・・貴様はまさか」


「少なくとも、私が誰だかまるで見当もつかない様では従者としても失格ね。まぁいいわ。私が誰かなんて今はどうだっていいのよ。今重要なのは、私が早く帰りたいということだけ。だから私が落とし所を用意してあげる」


「何?」


「純麗はやれると言っているわ。けれど貴方はそれが信じられない。それなら実際にその目で純麗の今の実力を確認すればいいのよ。丁度、そこに血気盛んな犬ころが居ることだし」


 今にも飛びかかってきそうな少女を一瞥する。

 馬鹿にされたことを理解したのか、していないのか。歯を剥いて私へと吠えようとする彼女。けれど今は黙っていてもらわなければ話が進まない。


「貴様ッ、今何と───」


「跪きなさい」


「なッ───」


「───跪け」


 眼を合わせてそう告げるだけで、つい先程まで喚き散らしていた少女の体から力が抜ける。

 ぺたりと地面に尻を落とし、阿呆のように口を開いて私を見上げる少女。


「初めからそうしなさい。そこの駄犬、藍といったかしら?あれと純麗で試合をしたらどうかしら?お馬鹿といえど、わざわざ連れ回しているのだからそれなりに実力はあるのでしょう?純麗が勝てば、以降は純麗に関する全てに文句を言わず、黙っていなさい」


「やはり貴様は・・・だが何故・・・」


「判断が遅いわ。どうするのかしら?」


 何故か縹千早までもが少し苦しそうにしていた。

 まさか先の犬への威圧が彼にまで効いているわけでもあるまいし。


「っ・・・いいだろう。だが条件がある」


「あら、そんなことが言える立場かしら。純麗の出場は学園が正式に認めた事よ。本来なら貴方の許しなんて必要ないのよ?・・・まぁいいわ、聞くだけ聞いてあげる」


「・・・藍が勝った時は、貴様が俺と試合をしろ。こちらの勝敗には何も賭けなくていい」


 どういうことだろうか。

 純麗と駄犬が試合をして、純麗が勝てば今後一切口を出さない。

 駄犬が勝てば、私と縹千早が試合をする?

 彼の出した条件に一体何の意味があるのか、まるで分からなかった。


「ふぅん。矛盾しているわね。貴方は純麗に、恥を晒す前に出場を取り辞めろ、と要求していなかったかしら。それなのに貴方は恥を晒すことを望むの?弱い者いじめは、趣味じゃないのだけれど」


「っ・・・それはやってみなければ、分からないだろう。どうなんだ」


「分かるわよ、やらなくても。まぁいいわ、決まりね」


 未だ彼にどんなメリットがあるのかは分からない。

 けれど本人が良いと言うのだから、構わないのだろう。

 仮に純麗が負けるようなことがあったとしても、雑事が一つ増えるだけだ。

 それに純白とペアでなくたって、そう簡単に負けるような鍛え方はしていない筈だもの。


「日時は追ってこちらから純麗へと連絡しよう」


「結構。それじゃあ私は帰るわ。二人とも、行くわよ」


 話が纏まったのならばこんな目立つ場所にいつまでも居る必要はない。

 まさかこんなにも早く面倒事がやってくるとは思ってもみなかった。これからこういったことが増えるのだろうかと考えると、気持ちが沈んでしまいそうだった。

 そうして純麗と純白を連れてその場を後にしようとした時、背後から声がかかった。


「・・・待て、貴様は何故・・・」


「何かしら?」


「・・・いや、何でも無い」


「そ」


 結局、その時彼が何を言おうとしたのかは分からなかった。

 ついでに興味もなかった私は、すぐに彼の言葉を頭から追い出し、その場を後にした。



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