第15話 願い
「ん・・・ここは・・・」
「おはよう、純麗。気分はどうかしら?」
「あ、おはようございます・・・え、あれ?禊さん・・・?」
目が覚めた純麗はぼんやりとした眼で周囲を見廻し、声をかけた私に気づき、取り敢えず挨拶を返し、そして先程までの自分の記憶との違いに混乱している様子だった。忙しい子ね。
「あれ?私、確か・・・っ!純白ちゃんは!?」
「そう心配しなくても、貴方の横で寝ているわよ」
「え!?あっ・・・よかった、無事だ・・・生きてる・・・っ」
真っ先に自分よりも純白の心配をするあたりが、純麗らしいといえばらしい。
あの時もそうだった。
自分よりも、身を挺して純白を守ろうとした。戦う能力が無いにも関わらず。
それは誰にでも出来ることではない。
彼女は自分が思っているよりも、ずっと強い。
そんなふうに思っている私の前で、純麗は未だ眼を覚まさない純白の肩を激しく揺すっていた。意識の無い人間の肩を揺するものではない、首が揺れに揺れて頭が大変なことになっている。
「純白が起きたら説明してあげるから、取り敢えず止めてあげなさい。今度こそ死んでしまうわよ?」
「純白ぢゃんよがっだよぉぉぉ」
そうしてその30分後、純麗によって揺すりに揺すられた純白がようやく眼を覚ました。
「ん、あら・・・?わたくし・・・っ、おろろろろろろろ」
彼女は起きて早々吐いていた。
あれだけ揺らされれば仕方ないとは思うけれど、掃除をする社の身にもなりなさい。
物理的には一切の攻撃を当てていない私よりも、純麗のほうが大きなダメージを与えているのではないかしら。
その後純白が落ち着きを取り戻すのに更に10分の時間が必要だった。
純麗と同じ様に混乱し、周囲を見回し「ここはどこですの」だの「夢ですの」だのと。かと思えば純麗と抱き合いながら再開を喜びあったり、泣きながら喚いたり。
喧しいことこの上無かった。
「どういうことですの禊さん!わたくし本当に、本当に怖かったんですのよ!?死ぬかと思いましたわ!というか気持ち的には一度死にましたわよ!」
「私もです!ちゃんと説明して下さい!どういうことなんですか!私達に特訓をしてくれると思っていたのに、どうしてあんな・・・」
当然こうなるのは解っていたけれど、いざこうして詰め寄られるととても鬱陶しい。
何より二人共先程まで泣きわめいていたせいで涙やら鼻水やらで汚い。
「近い、離れなさい。ちゃんと説明してあげるから、とりあえず顔を拭きなさい」
社から渡されたタオルで顔を拭き、純白はそのあと鼻までかんでいた。
人から借りたタオルで鼻をかむとは、本当にこの子はいいところのお嬢様なのかしら。あとそのタオルは気絶した2人を寝かせた時に、ついでに軽く汗と土や砂を落とすために社が身体を拭いたものだ。もちろん純白の粗相も、である。
「納得のいく説明をしてくれるまで、いくら禊さんでも許しませんわ!」
「近い、臭い、汚い。社、2人をお風呂へ放り込んできて頂戴」
「畏まりました」
ぎゃあぎゃあと喚きながら社に連行される2人を見送り、誰も居なくなった修練場を眺める。地面に大きな穴を開けたそこは、社がいなければ修繕に大きく時間がかかりそうで、どうみてもやり過ぎだった。手加減が苦手だと自覚しているし説明もしたけれど、やはり慣れない事はするものじゃない。
「はぁ」
私もシャワーを浴びてこようかしら。
* * *
そうしてたっぷり一時間後、広間のソファで私と向かい合う純麗と純白。
お風呂から出たばかりの純白は縦ロールが解除されている。
鼻息荒くこちらを見つめる姿は少し可笑しかった。
「さて、それじゃあ説明するけれど、その前に二人とも何か変わったところはないかしら?」
「変わったところ・・・ですか?」
「・・・一度死ぬ前と、特に何も変わっていませんわよ?」
「死んでないわよ。純麗、
「え、あ、はい」
何も変わっていないとばかりに自分の身体を見回し、次いでお互いの顔と身体を見つめる2人。誰が外見の話をしたのかしら。
純白と顔を合わせたまま、頷きあい不思議そうな顔で私に従う純麗。
「あれ・・・?気の所為かな?なんだか、いつもと違うような・・・」
「今使ったのは脚力強化ね?純白、軽く跳んでみなさい」
「一体なんなんですの?特になにも─────へぶっ」
そう言いながらジャンプをした純白が、広間の天井に突き刺さった。
お馬鹿。軽く、といったでしょうが。また社の仕事が増えてしまった。
ともあれ、結果は上々のようで一安心。慣れないことをした上に効果もありませんでしたとなれば、骨折り損もいいところだ。
慌てて純白を助けようと、ジャンプして突き刺さった純白の足にしがみつく純麗。
この広間の天井は当然ながら普通の家と比べて高い。
純白の足にしがみつき、ぶらぶらと揺れる純麗を一瞥する。
気づいているのかしら?以前の貴方達なら、天井にも脚にも、届かないのよ?
ようやく純白を引き抜いた純麗が一緒に落ちてくる。あの子達は人の家で何をしているのかしら。その後すぐさま修復する社を横目に、2人をソファへと座らせて説明の続きを始める。
「今身を持って体感したでしょうけれど、取り敢えずは一定の効果が出たみたいね」
「は、はい・・・さっきまでは全然、違いなんて感じてなかったんですけど・・・」
「ど、どどどどういうことですの!?死ぬと
恐らくは純白の方もちゃんと効果が出ているだろう。
防衛本能だろうか、無意識に発動されたと思われる
意識せずとも
これ以上家を壊されるわけにはいかないので取り敢えず試すのは止めさせるけれど。
「はいはい、分かったから座りなさい。取り敢えずは訓練の意図とこれからのことを話すから、試すなら後にして頂戴」
早く試したくてうずうずしているのだろう。
2人は素早くソファへと座り直し、姿勢を正してこちらを見つめる。
「さて。先ずはさっきの話からしましょうか。ちなみにこれは私の持論、というよりも個人的な見解よ。誰にでも当てはまるかどうかは知らないから、そのつもりで聞きなさい」
2人は黙って、何度も頷く。
最初からそうしなさいよ。
「身の危険を感じた時、或いは死に直面した時。そういった時に人は、本質或いはその根本を見せるわ。簡単に言えば・・・そうね、災害が起きた時なんかに恋人を見捨てて我先に逃げる、とかそういうやつよ」
「あ、確かに、よく聞きますね。というよりもドラマとか映画でよくあるシーンですよね」
「そうね。そして
「なるほど・・・?」
「無理に理解しなくても、なんとなくでいいわよ。要するに、死にそうになったとき、自分の奥底に眠る無意識下での望みや願いが強く表に出るって話よ。ここまでは良いかしら?」
「大丈夫ですわ」
「
「それは・・・その、必死であんまり覚えてなくて・・・」
無理もない。
人は極限状態に陥った時、当たり前だけれど冷静では居られない。人によっては冷静なままでいられる人も居るのかもしれないけれど、大半はそうではない。
けれど今重要なのはそこではない。
極限状態に陥った時、何を願って、何を為したかが大事なのだ。
「二人とも逃げなかったわ。貴方達はお互いを守るために私という危機に立ち向かった。純麗は身を挺して、純白は危機を排除しようとして。方法は違うけれど、その根本は同じ。そしてそのために貴方達は前に進んだ。望みを叶えるために一歩前へと進む。心が成長するというのはそういうことよ」
私の話を聞いていた2人の顔が紅潮する。
お互いが守り合おうとした事が相手に知れるのが照れくさいのだろうけれど、私だってこんな青臭いことを言うのは恥ずかしいのだから、貴方達が照れるのは止めなさい。
「『軍』では
「で、でもそれなら、最初からそうだと教えてくださってもよかったではありませんの!」
「そうしたら貴方達は、心のどこかで『これは訓練だ、失敗しても死なない』だなんて考えていたでしょう。それでは駄目なのよ。言ったでしょう、生命の危機を感じた時に成長すると。純白が聖や家から何も教えられていなかった理由が恐らくこれね。将来いつか来る、実戦を繰り返す中での自発的な成長を待っていたのでしょう」
「あ・・・」
心当たりがあるのか、純白と純麗がどきりとした表情へ変わる。
大方、私にあしらわれて反省点を大量に押し付けられる程度だと思っていたのだろう。
「私が貴方達に行ったこの訓練は、はっきり言えば邪道も邪道よ。まず条件が難しいわ。訓練を受ける側が実戦を経験したことのない低位の
「・・・私は禊さんと仲良くなったつもりだったんですけど」
「そういうことじゃないのよ、信頼というのはね。とにかく貴方達が知っておくべき事は、この方法はただの私の勝手な持論に基いて行った訓練であって、一般的な
「!!」
「貴方達の根源は見えたでしょう?その方向性も。
2人の根源は似ている。
支えたいと願うこと、守りたいと願うこと。
きっと2人はいいペアになるでしょうね。純白が、どちらかといえば攻撃的だったことは意外だったけれど。
「
長く話したせいで随分と疲れてしまった。
少し乾いた唇と喉をお茶で潤した私はそう言って話を締めくくった。
そんな私の対面、ソファに座っていた2人が勢いよく立ち上がる。
少し驚いて眼を開いた私の眼前で、深く礼をして大きな声で一言。
「「有難うございましたっ!」」
そういって足早に去ってゆく純麗と純白。
恐らくは早速自分達の成長を試してみたいのだろう。
そんな彼女達の背中は、少し眩しい。
「はぁ、これじゃ私が枯れた年寄みたいじゃない」
そんな私の呟きに、後ろに控えていた社が反応する。
「おや、お二人は禊さまにも変化を与えたみたいですね。お二人を指導することで、新しく興味が湧きましたか?」
興味、か。
「・・・どうかしら。ただ、そうね・・・」
壊すことが私の全て、それは変わらないけれど。
私らしくはない、慣れない事をしているとは思うけれど。
「悪くは、ないわね」
2人の成長を見るのは、嫌いではなかった。
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