第14話 勘違い
まさか禊さんとの試合が出来るなんて、やっぱり着いてきて正解でした。
格上との戦いは望む所。
私は普段からお姉様とよく組手をしていますし、筋が良いと褒めて頂いております。勿論、いつも結果は私の負けですけど。
私が何をしてもあっさりと躱されてしまいますし、何をしても直ぐに地面へと転がされてしまいます。
そんなお姉様は、私の師匠とも呼べる存在です。
白雪家の誇る才女、白雪聖お姉様。
在学中でありながら既に『軍』へと進路が決まっており、将来は立派にお父様の跡を次いで白雪家の当主となられることでしょう。
必然、現時点で既に多忙となっております。
学業に励む傍ら、お父様の代わりに白雪の仕事へと赴くこともありますし、稀に
そんな多忙な中でも、毎日必ず私のために時間を作って稽古をつけてくださるお姉様。妾腹の私にも隔たりなく接して下さって、お姉様には感謝と親愛、尊敬の念を抑えられません。
大好きなお姉様。
そんなお姉様との稽古は毎日が挑戦です。私が全力を尽くせばどうにか越えられる、といった絶妙な塩梅で、お姉様は課題を用意して下さるのです。
苦戦する私を優しく導き、越えられた時は共に喜び。
そのおかげで、今では私の格闘術も中々のものだと自負しております。
そして将来、お姉様の補佐をし、今度は私が護って差し上げたいのです。それが私の恩返し。
ですから、例え相手がお姉様よりも格上だったとしても、私は逃げるわけにはいきません。もとより、D級なんて下から数えたほうが早いのです。
私は常に挑戦者、負けた所で能力が下がるわけでもなし、胸を借りるつもりで当たって砕けても、損はいたしません。それがあの『七色』ならなおさらです。
私にとってお姉様が『目標』だとすれば、禊さんは『憧れ』。
これは憧れへと挑戦する、またとない
「純麗さん。わたくし達は禊さんに見限られない程度には、力を示さねばなりませんわ」
「は、はい!頑張りましょう!」
純麗さんは随分と肩に力が入っているように見えました。
私は、『適度な緊張感は大事だけど、必要以上に緊張しちゃ駄目。力むと実力が出せないから』とお姉様から教えられています。
今の純麗さんは、どう見ても力みすぎています。これではきっと、納得の行く結果は出せないでしょう。
「純麗さん、リラックスですわ。緊張はいいですけれど、力んではいけませんの。普段通り、授業の時のようにやれば大丈夫ですわ」
「・・・はいっ!」
いいお返事です。
私の相棒ですもの、こんなところで立ち止まってもらっては困ります。
「もう何度か授業でペアを組んでいますから、今更連携の確認は不要ですわよね?」
「はい、いつもの通り、私が後方から
「勿論ですわ。話が速くて助かりますの」
私の
簡単に言えば、身体の好きな箇所を固く強固にするものです。
シンプルですが、攻撃すれば当然その威力は増しますし、防御すれば堅牢そのものになります。そこに純麗さんの支援をもらって、純麗さんの考えた作戦と指示に従って戦う。純麗さんが狙われれば私が守り、私がピンチになれば純麗さんが適宜支援をしてくれます。
これが入学以降、私達2人が実技授業で編み出した定石。
単純な作戦故に破られにくく、今のところはクラス内でも良い成績を残せております。
禊さんは入学してから今まで、実技の授業には一度も出席されていません。
私達の戦い方は知らないはずですし、もしかすると即席のペア故に連携すら危ういと勘違いをしてくれているかもしれません。禊さんが油断をしているかもしれない、最初が勝負です。
「準備は出来たかしら?初手くらいは見てて上げる。いつでも来なさい」
そういった禊さんは腕を組んだまま、構えもせずに立っているだけでした。
いくら実力に差があるとはいえ、私達だって今まで遊んでいたわけではありません。
目に物見せてやりますわ!
私は勿論、純麗さんも。
禊さんの
ですが様子見していては、禊さんの油断に付け込むことが出来ません。
これは賭けですが、格下の私達が一矢報いるには覚悟を決めて賭けに勝つしかありません。
走り出した私の脚が軽くなります。
純麗さんが
速度を上げた私が眼前まで迫っても、禊さんは微動だにしませんでした。
「純白ちゃん、今!!」
純麗さんの合図と同時に両腕へと力が湧いてきます。支援を受け、更に
これは目眩まし。
どの程度効果があるかは分かりませんが、それでもさすがの禊さんといえど一瞬くらいは私を見失う筈です。
その一瞬の隙に側面へと回り込み、飛び上がった状態から腰の捻りで足を加速させて放つ上段回し蹴り。それも視覚から。
白雪家に伝わる蹴り技の一つ、『
けれど、私の足は、禊さんへと届いてはいませんでした。
手応えをまるで感じることなく空を切った私の足はそのまま地面へと着地。
目測を誤ったなどということは無いはずですが、そこには禊さんの姿はありませんでした。
「あっ」
私の後方、間の抜けたような純麗さんの声が聞こえてきます。
振り向けば、純麗さんへと近づく禊さんの姿が見えました。腕を組んだままで走ることもなく、ただ優雅に、まるで散歩でもしているかのように歩く禊さん。
(いつの間にですの!?)
砂煙で目眩ましをしてから私が蹴りを放つまで、僅か数秒の出来事だったはずです。
その間に、私を完全に無視して純麗さんの元へ向かったというのでしょうか。
(読まれていた?いえ、今は純麗さんを!)
純麗さんは戦闘技能を持ちません。
つまり私が助けに向かわなければ純麗さんはあっさり脱落。私と禊さんの一騎打ちとなってしまいます。そうなれば完全な詰み。2対1である私達の強みは消え、勝ち筋は無くなってしまいます。
禊さんから感じる凄まじいまでの威圧感のせいか、純麗さんは尻もちをついて座り込んでしまいます。攻撃を避けることなど望むべくもありません。
そんな純麗さんへと、ゆっくり足を振り上げる禊さん。あれはまさかの
(間に合え!)
まだ純麗さんにもらった支援の残る両足を必死に動かして飛び込み、純麗さんを抱いて横っ飛びで禊さんから距離を離すことに成功。
その直後のことでした。
赤黒い光が輝いたかと思えば、次いで耳をつんざくような高音が鳴り響き、それと同時に禊さんの蹴りが先程まで純麗さんの居た地面へと叩きつけられます。
「─────ぇ」
鼓膜が破れるかと思うほどの轟音の跡には、ぽっかりと大きな穴が空いた訓練場の地面が見えました。先程私が殴りつけた地面とはまるで違う、明確な殺意の証明。
それは、あまりにも高すぎる威力でした。
もしも私が間に合っていなければ。
もしも蹴りが直撃していれば。
間違いなく、純麗さんは即死していたと断言できます。
え、死・・・?
「あら、何を不思議そうな顔をしているのかしら?」
きっと私達は2人揃って馬鹿みたいな顔で呆けていたのでしょう。
私達を一瞥し、まるで意味が分からないとでも言いたそうな禊さんの声色は平静そのもの。今しがた、人を一人殺そうとした人の出すものとは思えない声でした。
「ぇ・・・だって、今の、は・・・」
「最初に言ったじゃない。死ぬかも、って。もしかして冗談だと思っていたのかしら?」
私達は、何か勘違いをしていたのでしょうか。
でも、だって、これは訓練で。いつものお姉様の稽古はもっと優しくて。
ゆっくりとこちらへと歩み寄る禊さんの姿に、足が震えて動かせませんでした。
「たった一撃で折れてしまったのかしら?貴方達が生き残るには、私に勝つしかないの。そうでなければ死ぬ。
死を自覚してしまった瞬間から、眼の前に迫る禊さんの姿が別の何かに見えました。
隣から純麗さんの歯がカチカチと鳴る音が聞こえます。顔は見えないけれど、きっと怖くて泣いているのでしょう。
「泣いても喚いても止めない、とも言ったわね」
死ぬ。
何故?どうして?
私達は友人で、クラスメイトで。
いつの間にか私の眼からも涙が流れていたようでした。
視界がぼやけて、禊さんがどんな顔で私達を見ているかもよく分かりません。
内腿を温かいものが伝っていくのを感じます。
ああ、私達は勘違いをしていました。
負けても、反省会が始まるだけだと思っていたのです。
少し注意されて、駄目な所を指摘されて。そういうものだと思っていました。
でもこれは、『実戦』でした。
必死に逃げようとしても、子鹿のように震えた足は全く動きません。
そんな私の前に、同じく震えた足で立ちふさがる純麗さんの後ろ姿が見えました。
戦えない、支援専門のはずの純麗さんが、私を護るように立つ背中。
「ッ・・・うぅ・・・純白、ぢゃん・・・逃げてくだざい」
情けない。
私が護らないといけないのに。戦うのは、私の役目なのに。
そうだ、私が護るんだ。日本で初めて出来た友人を、護るんだ。
足の震えは止まらない。
けれど両手で殴りつけ、無理矢理動かして。
眼の前に立つ『死』へ立ち向かう。大切な人を護るために。
「あ”あ”あ”あ”あ”ああああッ!!」
技も、型も、バランスも。
何もかもが無茶苦茶で、今まで培ってきた技術なんて何も関係なくて。
そんな形振り構わない、最期の悪あがき。
届いたでしょうか。私は護れたでしょうか。
涙で濡れた瞳ではもはや何もわからないけれど。
「・・・重畳ね。とりあえず今は、お休みなさいな」
暗転する視界の中、優しげな声だけが私の耳に残っていた。
* * *
「はぁ・・・後味が悪いわね」
社の手を借り、気絶した2人を訓練場の脇へと寝かせる。
泣きながら純白を庇う純麗も、純麗を護るために必死で私へと立ち向かう純白も。
必要なことだと分かっていても、そんな2人の姿を見ていて楽しめるほど私は歪んでは居ない。
「お疲れ様でした、禊様」
「本当に疲れたわ。慣れないことはするものじゃないわね」
「上手くいったのですか?」
「どうかしら。悪くない反応だったと思うけれど・・・あとはあの子達次第ね」
ここからが始まり。
あの子達が折れてしまうか、それとも前を向けるか。
けれどきっと、あの2人なら。
何故か分からないけれど、そう思えた。
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