第11話 白雪聖

「相席させてもらってもいい?」


「ええ」


 そう私達に許可を求めた白雪聖は、空いていた席へと座る。

 彼女は両手にもったトレイに、サンドイッチとコーヒーだけを乗せていた。

 あれで足りるのかしら?

 感応する者リアクターは燃費が悪いものだと思っていたのだけれど、もしかすると私だけなのだろうか。


「それで、お姉様は一体どうしてこちらにいらしたんですの?」


 純白は何気なく尋ねただけなのだろうけれど、それは私も気にはなっていた。

 いかに食堂といえど、違う学年で、更には生徒会長という立場にある彼女が、わざわざ1年の元へと自ら出向く要件などあるだろうか?


「可愛い妹の顔を見に、というのが半分。残りは本当に、唯の挨拶よ。純白が昨晩あんなに話していた縹家の令嬢とも顔を合わせておきたかったし、なにより禊さんと話がしてみたかったの。本当よ」


 少し照れくさそうにそう語る聖。

 彼女とは初対面だけれど、私が曲がりなりにも天枷の長女である以上、彼女の話は色々と聞こえて来ている。


『白雪の至宝』だったかしら?

『鬼』だの『異常者』だのと言われている私とは随分と正反対。

 学生の身でありながらも、感応する者リアクターとしてのクラスはA級。戦闘技能の方は分からないけれど、少なくとも感応力リアクトの面だけで言えば今すぐに『軍』に身を置いたとしても問題なく通用するレベルだ。

 即戦力といっても過言ではないだろう。


 学園卒業時の一般的な目安がC級であることを考えれば破格であり、天才の名をほしいままにしているのも頷ける。

 実際、次期当主として既に白雪家の仕事をいくつも熟しているとも聞いている。


 加えてその整った容姿に、物腰の柔らかい性格。

 そのお陰か、耳に入る彼女についての話は大体が称賛。僅かに僻みが交じる程度だった。それも取るに足りないものだ。


「ふぅん・・・何か話す事があったかしら。昨夜の件なら、そちらの実家に聞いたほうが早いわよ?」


「そう邪険にされると寂しいわ。貴方に会いたかったのも、話してみたかったのも、尊敬しているというのも、全部本当なのに」


 別段邪険に扱ったつもりはなく、ただ思った事を話しただけのつもりだったのだけれど、彼女からすれば棘があるように聞こえてしまったらしい。積極的に人と関わってこなかった弊害が出ていた。


「そんなつもりで言ったわけじゃないわ。そう聞こえてしまったのならごめんなさい、他意はないの」


「ふふっ」


「・・・何かしら?」


「ごめんなさい。父から聞いていた通りだな、と思って」


 謝意を示す私をみて笑顔になる聖。一体何を聞かされているのやら。

 大方、無愛想だとか、扱いづらいとか、そういった類のような気はするけれど。


「何を聞かされていたのかは、聞かないでおくわ」


「大したことじゃないの。『一見難しいけど、根は優しい素直な娘』って聞いていたから、その通りだなとおもってつい、ね」


 白雪家の当主に次会う時が楽しみだ。

 白雪斑雪の、あのよく回る調子の良い口を縫い付けてやろうか。

 私が所謂、昔流行した"ツンデレ"だとでも言いたいのだろうか。断じて違う。


 ちなみにツンデレとは元々『最初はツンツンしているが徐々にデレる』という意味合いだったものが、いつの間にやら『普段はツンツンしているが二人になるとデレる』といった意味に取られるようになったものらしい。時間による変化から、状況による変化へと意味がすり替わったということだ。いつのまにか違った意味で使われるようになった例で似たような物だと『壁ドン』や『中二病』などがそうだろう。閑話休題。


「本当は今日話すつもりはなかったんだけど、せっかくだから、そんな素直な貴方に一つだけ聞いても良い?」


「・・・何かしら」


 すっかり素直な娘扱いされている私は、聖に先を促す。

 ただ暇を潰して食堂で休んでいるだけだし、とりあえず聞くだけ聞いても良いかと思ったから。


「毎年行われている"対抗戦"って知ってるよね?」


「聞き覚えのない言葉ね」


 聖の問いにそう答えた私の言葉に、いち早く反応を示したのは聖ではなく純白と純麗であった。


「ご存知ないんですの!?世界的に有名な催しですし、この学園の目玉行事ですの」


「主要各国にある感応力者養成学園、その学生達が集まって毎年7月に開催される、世界感応力戦技競技会。通称”対抗戦”ですね」


 そう二人が少し興奮気味に語る”対抗戦”とやらは、聞き覚えは無かったけれど、言われてみればテレビの中継を少しだけ見たことがあったような気がする。

 制服を来た様々な国の学生が、なにやら競技を行っていた記憶がある。

 その時はまるで意識せずにぼんやりと眺めていたけれど、つまりあれがそうだったのだろう。


「一応軽く説明するね。競技会と銘打ってはいるものの、実際に生徒達が戦闘を行う種目もあって、今となっては自国の威信をかけて各国が戦う、半ば代理戦争のような様相を呈しているわ。優れた成績を残した学園が所属する国は、自ずと発言力も強くなる。それが"対抗戦"。ちなみに昨年はアメリカで、今年はここ日本で開催されることになってるわ」


「ふぅん・・・流し見る程度には眼にしたことがあるわね。それで?」


「出て欲しいな、って」


「嫌よ」


 もちろんお断りだ。

 私が見たことがあるということは、間違いなくテレビ中継もされるのだろう。オリンピックの感応する者リアクターバージョン、といったところかしら?


「早いなぁ。少しくらいは考慮してくれても良いのに」


「私も見たいですわ!!禊さんが出場すれば優勝間違いなしですわ!」


「そうですね。むしろ他国からすれば反則と言いたくなるかも・・・」


 何故私がそんなものに出場しなければいけないのかしら。

 そもそも私は、純白の面倒を見てくれと頼まれてこの学園に入学した。

 卒業して『軍』に入るだとか、戦い方を学ぶだとか。そういった普通の学生達とは違う理由でここに居る。

 間違っても"対抗戦"とやらで目立つために来たのではない。


「どうしても駄目?日本は昨年4位で、お世辞にも良いとはいえない順位だった。『白』が医療系ということもあって、日本は戦技のレベルが低く見られがちなの。他国の圧力に強く反発出来ない立場になりつつあるわ。けどそんな時に現れた『緋』は戦闘系、しかも学生で"対抗戦"にも出場出来る。これは巻き返しを図る千載一遇の好機なのよ」


「お断りね。貴方にとっては白雪家次期当主だから深刻な問題かも知れないけれど、私にとっては煩わしい以外の何物でもないわ。醜悪な権力争いに首を突っ込む程のメリットが何も無いもの」


 少し突き放すような言い方になってしまったけれど、こういう事は変に期待をもたせるよりもはっきりと断るほうがいい。そのほうがお互いの為だ。

 私の拒絶を前に、純白と純麗はすっかり俯いてしまう。けれど聖は、その整った容貌かんばせを曇らせることもなく、何か考えを巡らせているようだった。


「うーん・・・」


「この話はお終いにしましょう。それで、要件はこれで終わりかしら?」


 粘られても面倒なのでさっさと話を切り替えてしまうことにする。

 少し強引かもしれないけれど、恐らくは未だに諦めては居ないであろう聖も、無駄に私の機嫌を損ねたくはないだろう事を考えれば乗ってくるに違いない。


「ふふっ、本題はそう。でも疑り深い貴方に、一つだけ忠告───というと大げさね。余計なお世話かもしれないけど、ちょっとした話を耳に入れておこうかな?」


 そういって席を立った聖はトーンを落とし、声を潜めて語り始める。

 ご丁寧に、回りには聞こえないように手を添えて私の耳へと。


「貴方の名前は学園の名簿には載っていないし、貴方が天枷家の長女で『緋』だということを知っているのは極一部。それこそ白雪家の関係者と学園長、それに担任の風花教諭。あとはそこの二人くらいね。でもこの学園には他の『六家』の人間も多いわ。彼らに貴方の正体が知られれば、きっと面倒なことに巻き込まれる。特に桂華と縹、旭姫の当主には気をつけてね。大丈夫だとは思うけど、そっちの純麗さんにも釘を刺しておくことをお勧めするわ」


 聖の語った話は、本当に面倒な話だった。

 私は天枷以外の『六家』では、白雪本家の人間としか面識がない。

 だから如何に『六家』といえど、私の名前は知っていても顔は知らないはず。

 けれど白雪聖がわざわざ直接出向いて忠告するということは、各家もある程度の調べはついているのかも知れない。

 私にはまるで興味のない、下らない権力争いの延長。

 頭の痛くなる話だった。

 それに彼女の言うことが事実ならば、この話は目立ちなくない私が対抗戦への出場を拒否することへと繋がる。

 恐らくは聖もそうと分かっている筈で、それでも教えてくれたのは彼女なりの誠意なのだろうか。


「はぁ・・・忠告は受け取っておくわ。降り掛かった火の粉は払ってもいいのかしら?」


「死人を出す前に私に相談してね、力になれると思う」


 要件が全て済んだのか、そのまま立ち去ろうとする白雪聖。

 背を向け、肩越しにひらひらと手を振る姿すら様になる。

 そんな彼女の背に小さく声をかける。


「・・・そこまではしないわよ」


 多分。




 * * *




 白雪聖は、先程の天枷禊とのやり取りを思い返していた。


(メリットが無い。逆に考えればメリットを用意できれば出場してくれるのかな?)


 彼女は言った。メリットがないから出ないと。


(父様との契約の件もそう。彼女は純白の面倒を見るという仕事の対価として、境界鬼テルミナリアの情報を欲して、そしてそれを白雪が用意することで合意した)


 彼女の立場を考えれば、本来ならば引き受けては貰えない筈の仕事だ。

 それでも彼女は引き受けた。それも聖が聞き及んでいる限りでは、存外すんなり引き受けてくれたと、父から聞いていた。


(付き合いの浅い私ではまだ、彼女の言う『メリット』の定義が分からないけど・・・望みはまだ有りそうに思えた)


 額面通りに受け取れば、随分と利己的な言葉にも聞こえる。

 けど恐らくそうではない。少し会話しただけで、彼女がただ冷たいだけの人間ではないことは伺い知れた。

 彼女なりの譲れない何か、或いは、譲っても良いという一線。

 それさえ掴むことが出来れば、光明が見えるような予感が聖にはあった。


(今年は私にとって最後の対抗戦。最後のチャンス。彼女には私達に足りなかったものを補って余りあるだけの圧倒的な戦闘能力がある。私が卒業した後の学園の事を考えても、白雪家次期当主の立場から見ても。何としても彼女には出場してもらいたい)


 考えをまとめた聖は、人目に付かない中庭の端に到着するやいなや、スマートフォンを取り出して電話をかけ始める。


「もしもし、忙しいのにごめんね、父様。・・・うん、そう。例の件なんだけど───」

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