第12話 自分らしさ

 白雪聖と会話を交わした日から一週間ほど。

 聖から聞かされた至極面倒そうな話とは裏腹に、その間特に何も変わったことは無かった。杞憂だったと安堵するにはまだ早いけれど、入学早々に面倒事に巻き込まれるといった事態にはならずに済んでいた。


 ちなみにこの一週間は白雪家からの連絡もなく、天枷家でも境界鬼テルミナリアの出現を感知できなかった為に非常に退屈な日々だった。


「はぁ」


 何度目かのため息が漏れる。

 風花先生には申し訳ないけれど、ほとんど聞いてもいなかった授業の合間にため息が溢れてしまうのは如何ともし難い。開いた窓から感じる風や、春の草木の香りは嫌いではないのだけれど、私の鬱屈とした気分を晴らしてはくれない。


 すっかり定位置となった最後列の窓際。

 以前に風花先生から手痛い教育を受けたらしく、それが効いているのだろう。

 隣に座る純白と、その向こうに座る純麗も、真面目に授業を聞いている。


 私は試験の点数が保証されているから授業を聞いていない、というわけではなく、単純に以前自学で済ませていた内容だから聞いていないだけだ。

 純麗に関してはどうか分からないけれど、純白は将来、姉である聖の手伝いをしたいと言っていたのだから真面目に取り組むのは当然の事だろう。


 そんな退屈な一日の最後の授業、この学園では4限目のことだ。


「えー、今日から大体一月後の5月末に試験がありますぅ。試験内容は実技のみで、この試験は進級や成績には直接関係するものではないんですけどぉ、7月に開催される、皆さんご存知”対抗戦”の出場選手選抜に使われますぅ」


 間延びした風花先生の声が教室に響くと同時、静かだった教室は色めき立つ。

 高い志を持ってこの学園へと入学してきたであろうクラスメイト達は、やはり皆がこの”対抗戦”へと並々ならぬ思いを胸に秘めているらしい。


 聖から話を聞かされたあの日。

 純白や純麗から聞かされた話によれば、対抗戦の様子は世界中に中継される他、現地へと観戦に来る者も多いらしい。特に『軍』の人事などは、期待の新人を求めて総ての競技を熱心に見学し、その結果を記録して持ち戻ったりするのだとか。

 場合によってはその場で声をかけられることもあるらしい。たかが学生に期待しすぎだと思うのだけれど。


『軍』への入隊を目指す彼らは、ここで活躍することで各所の偉い方々に顔を売り、卒業後の進路を有利にしたいという思いもあるのだろう。

 そんな彼らが風花先生の話に興味を示し、興奮するのも無理はないのかもしれなかった。もちろん私は白雪聖にも伝えた通り出場するつもりなど毛頭ないし、興味もない。けれど隣の純白と純麗は、どうやら奮起しているらしかった。


「ついにわたくしの、栄光への第一歩が幕を開けますわ!絶対に選手に選ばれてみせますわ!」


「私も、その、頑張りたいです」


 純白はいつも通りといえばいつも通りだったけれど、純麗がこんな風にやる気を見せるのは珍しかった。とはいえ未だ一週間程度の短い付き合いなのだから、私が彼女の何を知っているのか、といった話ではあるのだけれど。


 私が今まで見てきた縹純麗は、どちらかといえば引っ込み思案で、一歩下がったところに立つ少女だった。今となってはすっかりペアとして周囲から認識されている、片割れの純白とは対照的である。ちなみにどちらも名前に”純”という文字が入っているせいか、お似合いだと周囲からも認識されている。恋人でもあるまいし、お似合いとは一体なんなのだろうか?


「ご存知かとは思いますが一応説明しますねぇ?対抗戦は個人戦二種目、団体戦三種目、合わせて全部で5種目ですぅ。1年生は2、3年と比べて選抜される選手が少なくなってますぅ。ちなみに1年生が少ない理由は、ある種新人戦のような位置づけだからですねぇ。ちなみに二種目までは同じ生徒が出場することができますよぉ」


 要するに、1年生からは上級生と比べて半分が選抜されるということだ。恐らくは優秀な成績の生徒が種目を掛け持ちするだろうから、実際の人数はもう少し減ることになるだろう。


「最終的に、各国の学園ごとに総合得点を競うことになるのでぇ、1年生とはいえ、勝利のためには皆さんの活躍が非常に重要なものになりますぅ。頑張りましょうねぇ」


 そう言って気合を入れるかのように両手の拳を握る風花先生。

 クラスメイト達も今から楽しみなのだろうか、皆一様に気合を見せていた。

 普段は私語に対して容赦なくチョークを御見舞している風花先生も、今回ばかりは微笑みながらも静観のようだ。

 風花先生にとっても、対抗戦には何か思うところがあるのだろうか。彼女は学園の出身ではなくスカウト組だったと記憶しているのだけれど。


「私達日本は昨年4位という結果に終わってしまいましたぁ。今年は皆さんの力で更に上を目指せるよう、これからの授業と試験に向けて、いっそうの努力を期待していますよぉ。打倒アメリカですぅ」


 どうやら昨年の優勝はアメリカであったらしい。

 それを話しているときの風花先生の表情に、一瞬だけ殺気のようなものが感じられた気がした。対抗戦そのものというよりも、アメリカに対してなにかあるのだろうか。


 周囲からは「昨年は惜しかった」だとか、「会長が三年になった今年は上を目指せる」などといった話が聞こえてくる。皆、単純に対抗戦のファンでもあるのだろう。入学以前から、スポーツ中継を眺めるような気持ちで見ていたのであろうことは彼らの台詞から察することができた。そんな憧れの舞台へ、今度は自分達が立てるかもしれないとなれば気合が入るのも想像できなくもない。理解はし難いけれど。


 その後の空き時間、私と純白、純麗の三人は食堂で先程の対抗戦についての話で盛り上がっていた。否、盛り上がっているのは私を除いた2人なのだけれど。


「わたくしは絶対に選ばれて見せますわ。そこで活躍してお姉様に自慢いたしますの」


「私は団体戦のどれかに出場できたらな、って思ってます」


 先程も思ったけれど、純麗は何故こんなにも意欲的なのだろうか。

 薄っすらとは予想がついているけれど。


「純白はともかく、純麗もやる気になっているのは意外ね」


「どうしてわたくしはともかくなんですの!」


 喧しいので無視だ。


「あはは、たしかに私らしくはないかもですね」


「理由は聞いてもいいのかしら?」


「・・・そうですね、お二人には知っておいて貰っても良いかもしれませんね」


「言いにくい話なら、無理にとは言わないわよ?」


「いえ、そういうわけではないですよ。それにそう大した話でもありませんから」


 そう言った純麗は確かに、それほど悲壮な顔をしているわけではなかった。

 十中八九、家の問題なのだろう。

 私の家も中々にややこしいと思っているけれど、私自身が家に対して然程も興味を持っていないせいもあって、その手の問題に煩わされた事はそれほどない。

 けれど彼女もまた六家の娘として生まれた以上は、様々なしがらみがついて回る筈だ。私と彼女では立場も違う以上、彼女の抱える悩みもまた私とは別種のものだろう。


「以前にも少しだけお話したかもしれませんが、私は家から期待されていないんです。理由は私の感応力リアクトが支援系な上、それほど力が強くないからです」


 彼女の語る話は大凡予想通り。

 天枷の先代、私の祖父母もそうであるように。

 当代である両親は幸いにもそういった考えではないけれど、六家とは血筋はもちろん、能力が全てだと考える者が多い。下らない、唾棄すべき凝り固まった思考だと私は思うけれど、全く理解が出来ないとまでは言えない。古くから続く家を護るためにはそういった考えもまぁ、必要ではあるのだろう。


「縹家の次期当主、私の兄が戦闘系で、その力も強かったために私にも同様のものが求められました。そして12歳になったとき、私にも感応力リアクトが発現しました。けど結果は先程も話した通りのものでした。ご存知かとは思いますが、感応力リアクトとは外部からの影響で成長するものでは無いと言われていますよね。だから私も、見切りを付けられるのが早かったんです。役に立たない上に成長の余地がないとなれば、私に構うことすら勿体なかったんでしょう」


「ひどいですわ!感応力リアクトが全てでは、断じてありませんわ!」


「あはは、純白ちゃんありがとう。でも縹の家ではそうはいかなかったんです。感応力リアクトとはその人の根源だと言われていますよね。だから当然といえば当然かもしれないんですけど、私は誰かの役に立つのが好きで、喜んでもらえると嬉しくて。だから私は自分の感応力リアクトが好きです。私らしいなって、思えるんです」


「そうですわ!純麗さんは胸を張るべきですの!」


「そう出来れば良かったんですけど、家での風当たりは強くなる一方で。そんな時、ある女の子の話を聞いたんです。その子は私と同い年なのに、とても強くて、格好良くて、自分の道を自信を持って歩いていて。憧れました。尊敬しました。けれどその子は、縹家では目の上のたんこぶのように言われていた家の子だったんです。両親からは、当然のように比較されました。どうしてお前は、って。そうしていよいよ家を追い出されてしまって、それからは一人で暮らしています。一応家やお金のことは面倒をみてくれていますけど、家族と会ったのはもう随分前になります」


「・・・」


「最初は諦めていたんです。頑張ったって能力が強くなるわけじゃないですし。でも少し前に、その憧れていた子に会えたんです。直接会って、話して。やっぱり自分らしく堂々としていたその子を見て、私も思ったんです。家に帰りたいとかそういうことじゃなくて、ただ私だって、私らしくやれるんだってところを見せつけて、見返してやりたい、って。それが私が対抗戦に出たいと思った理由です。・・・えへへ、大した理由じゃなくてごめんなさい」


「・・・そう」


「はい!だから私は禊さんに感謝してるんです。前からファンでしたけど、今はもっと好きになってしまいました・・・純白さん?」


「うぅ・・・可哀想ですわぁ!健気ですわぁ!応援致しますわぁ!ぐすっ、わたくしと共に、絶対に見返してやりますのぉ!!ずびっ」


「鼻水!鼻水がつきますわ!」


 純麗の話はそれなりに重めの話だったの思うのだけれど、令嬢とは思えない純白の顔と、口調が感染った純麗のおかげですっかり空気は元通りとなってしまった。


 私が何をしたわけでもなければ、どうすることも出来ない事ではあるけれど、それでも間接的に、私は彼女の現状に関わっているらしい。

 普段ならば、以前ならば。

 私には関係ない、興味がない、知ったことかと斬って捨てていた話だろうけれど、彼女と知り合ってしまった今となっては、私にも思う所があった。


「純麗、一つだけ聞いてもいいかしら?」


「はい、なんでもどうぞ!」


「対抗戦に出て、活躍して。貴方を追い出した家を見返して。それで終わりなのかしら?それで満足なのかしら?」


「・・・見返したいというのはただの手段です。あの人たちに私の活躍を見せつけることで、私は自分に胸を張りたいんです。私らしく生きたいんです。禊さんみたいに!」


「・・・そう」


 私は、誰かに目標とされるほど立派な人間ではないと思っている。

 純麗は随分と私の事を買いかぶっているような気がするけれど。

 でも不思議と、嫌な気分ではなかった。


「貴方はさっき、『頑張っても強くはなれない』と言ったわね」


「はい・・・」


「それは違うわ。感応力リアクトを強くすることは可能よ。感応力リアクトとは貴方の根源、貴方そのもの。貴方が変われば、力も変わる」


「それは・・・でも・・・」


 私らしくないけれど。

 まだ短い付き合いではあるけれど。


「貴方が望むなら、私が貴方を変えてあげる。試験とやらにちゃんと間に合うように」


「禊さんが、私を・・・ですか?私なんかのために?」


「やるの?やらないの?私はどちらでも構わないの」


「・・・やります!ぜひ、お願いします!」


「そう。それは重畳」


 私は、自分を貫くための努力と、それに邁進する者が好きだから。



「わたぐしもいっじょにやりまずわぁあ"あ"あ"あ"あ"」


 喧しいわね。






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