討伐

とりあえず金貨が圧倒的にない……ということで、僕はとある知り合いに電話した。


「もしもし、リンベルさん? クロハです」

『あら~! クロハ! 久しぶりね! 最近調子はどう?』


 この世界には月からのオーラに影響されて、凶暴化して人を襲う動物が存在する。

 それは総称で「魔物」と呼ばれる生き物で、魔物の戦闘能力はD~A。S、SS、Rと階級が付けられ、分類されている。

 魔物の被害が相次いで発生し、魔物を処理することで報酬を得るというシステムが設置された。

 一般市民からお偉いさんまで、幅広い人々がお金を代償に協力を求めている。

 魔物討伐以外にも、家事や私用で依頼を出すことも可能とされている。


 リンベルさんはその総合掲示板の案内人だ。


「ボチボチです。それよりSS級の魔物で1番報酬が多い依頼って分かりますか?」

『今だとSS級で1番高いのはリベリオンの討伐くらいかしら? 報酬は金貨45枚。ソロだとハンデ報酬で金貨50枚だよ! でもかなり厳しい依頼だけど、いけそうなの? 応援呼べばいいのに』

「大丈夫です。1人で何とかします。周りの人にファステラなのバレたくないので」

『そう言うと思ったよ! それなら任せられるかな』

「はい、よろしくお願いします」


 リベリオンの討伐……。SS級の中じゃトップレベルと言われるほどの強さ。僕単体でいけるか?


「ねえ、何の話してたの?」


 アイネが布団を被りながら、不安げにこちらの様子を伺っている。


「どこかに行っちゃうの?」

「仕事だよ。すぐに戻ってくるから――」


 いや待てよ。討伐に何日かかるか分からない。

 アイネのご飯のことを全く考えてなかった。この状態では多分作れないだろうし、何日も討伐で帰って来れなかったら……。

 僕は再びリンベルさんへ電話した。


「すみませんリンベルさん。これは僕からの依頼なのですが――」


 ――それから数日後――


「すみませんリンベルさん。アイネをよろしくお願いします」

「ちょっとクロハ! こんなの聞いてないんだけど!」

「まあまあ任せて~私子供大好きなんだ~。クロハが帰ってくるまでは面倒見るからね」

「ちょっと!!」

「お前今精神不安定だから、リンベルさん家に預けるのがいいと思って。いい子にしてるんだぞ」

「そういうのは事前に言ってよ!」


 僕はそそくさとリンベル家を後にし、依頼されている場所へ向かった。


「リベリオンかぁー……戦ったことないからなー」


 正直少し不安だけど、周りにファステラとバレるよりは断然ソロ活動の方がお得なのだ。


 僕は指定された区域に入ると、指揮棒を手に持ち、森に侵入した。

 侵入者を確認したのか、リベリオンの雄叫びが聞こえる。耳がつんざくほどだ。

 急いで木陰へ隠れ、相手の様子を伺う。

 リベリオンは嗅覚じゃなく音で反応すると聞いたことがある。出来るだけ音を立てないようにしないと。


 視界に入る限り3匹か。そりゃソロではキツいわな。


「3匹だと正面では分が悪いな」


 そう囁いた時、音に反応した先頭のリベリオンがこちらへ突進してきた。


「翼鳥」


 そう言って指を鳴らすと、移動用の大きな鳥が現れ、僕はその鳥の足を掴んで空中で回避。

 と、同時に


「雷鳥」


 指を鳴らすと同時に雷を帯びた神々しい鳥が3匹出現。

 雷鳥は鳥の中で1番攻撃力の高い鳥で、最大で出せる数が3匹と法律で制限をかけられている程だ。

 名前を呼んで指を鳴らすことで、この世界へ一時的に招き入れることが出来る、僕の可愛い使い魔だ。


 上空へ飛んだのに気づいたリベリオンが空に向かって光線を浴びせるも、翼鳥は回避と移動に優れた鳥だ。綺麗にかわしてくれる。


 僕は翼鳥の足から手を離し、リベリオンの真上に飛んだ。


 すかさず1匹のリベリオンが僕に向かって飛び上がり、巨大な爪と牙をむき出しにし、塵にしようと口から光線を浴びせてくるが、3匹の雷鳥の攻撃により光線は相殺。爪と牙は指揮棒の火力で自身のスピードを調整し避けた。

 こんなのまともに食らったら内臓が裂ける。

 爪では無理と判断したのだろう。鋭い尻尾で一気にこちらを叩き潰そうと振り下ろしてきた。


 ヤバい、速い!これは間に合わない――!


 咄嗟にガードしようと指揮棒を構えたが、目の前に何かが飛んできてそれがリベリオンの尻尾にぶち当たった。


「翼鳥!!!」


 翼鳥が僕を庇って飛び出し、尻尾に体当たりしたのだ!翼鳥は主に攻撃ではなく、移動用の使い魔なのに……!

 翼鳥は酷い怪我を負い、血を流して落下していく……。


「すまない! ありがとう! 必ず後で治療する!」


 僕が指を鳴らすと、翼鳥は静かに消えた。

 契約を解除して元の世界の方へ行くよう促したのだ。


 リベリオンは主に単体動物。ジャンプ力はあるが、翼がなく、鋭い爪と尻尾と牙が武器としている。

 輝く赤色と緑色の鱗は騎士の鎧としても重宝されているが、なかなか市場では出回らない。

 3匹いるが分が悪い空中戦で他の2匹が囲いに出ることはないだろう。


 僕の指揮棒の火力を頭にぶち当てる。

 翼鳥が僕を庇ってくれたこと。アイネが爆発を見て泣いていた頃をふと思い出す。僕が機械に触らせなければ良かったんだ。じゃないとあんな事故は起きなかった。


 全部全部、僕のせいだ。

 被爆者や周りの人々のつんざくような悲鳴も、脳から焼き付いて離れない。毎日夢のように出てきてうなされる。

 全ての罪の償いをする為には、その為にはどうしても金貨が必要なんだ!!


 火力を先に溜めすぎると杖にヒビが入るので、ヒビが入るギリギリのラインをキープし続ける。

 リベリオンの頭から胴体に向けて、全力の一撃を食らわせた。

 ものスゴい轟音と共に、リベリオンが悲鳴に近い雄叫びを上げた。

 リベリオンの頭は潰れてひしゃげ、胴体にはデカい穴が空き、周りの木は風圧でねじ折れ、地面には巨大なヒビが入った。


「ごめんな。俺、お金ないんだ。鱗も少しもらっていくよ。これは翼鳥の治療費として使わせてもらう」


 死体となったリベリオンに近付き、ナイフで数枚の鱗を切り取る。1枚1枚の鱗がはずっしりと手にのしかかる。ツヤがあり、鱗には僕の顔が反射して写っていて、命の重みを感じる。


「綺麗だな……そりゃ宝石としても使われる訳だ」


 たった一撃で絶命した仲間を見たリベリオンの2匹は、恐怖のあまり逃げ出した。

 キェェー!と、独特な声を荒らげている。これはリベリオンが仲間を呼ぶ時に使う声だ。

 僕に勝てないと理解したのか、子羊のように怯えている。


「逃げられちゃ困るんだよ。金貨もらえないからさ」


 2匹目のリベリオンは逃げ惑っていたが、光の鞭で拘束し、雷鳥3匹の最大火力をぶち当てる。

 弱々しくなったリベリオンに近付いた。雷鳥の電撃は5億ボルトをも優に超える。S級の魔物は雷鳥単体でも広範囲に渡り、感電死させる威力を持つ。


 あまりにも攻撃力が強い鳥の為、SS級以上の指揮使いでなければ雷鳥捕獲依頼は受けられない。

 返り討ちになって最悪死ぬ可能性があるからだ。


 そんなのが3匹もいたら、どんな魔物だろうと弱るだろうね。


「閃鳥」


 指を鳴らすと、およそ47匹程の白く輝く鳥がリベリオンを囲う。僕が使い魔を呼び出せるのは合計で50匹が限界だ。

 僕の合図と共に47匹の閃鳥が1匹のリベリオンを相手にレーザー光線を、3匹の雷鳥は電撃を無情に浴びせた。

 リベリオンは原型も留めぬほど無惨な姿に変わり果て、肉の焦げた匂いが辺りを包み込む。


「さて、最後のリベリオンはどこに行ったかな」


 辺りを見回して音を聞いてみるも、静まり返っている。デカイわりに逃げ足も速いようだ。


 閃鳥を47匹から10匹に減らし、雷鳥3匹も消した。

 この数の使い魔を使いこなすのは一苦労で、自身のオーラもかなり消費して燃費が悪いのだ。


「誘鳥」


 指を鳴らして使い魔に頼る。見た目はツーカンの様だが、お喋りが大好きで、1番視力の長けている鳥で、主に位置の分からない敵の行動検索や、初動で魔物の場所に探りを入れたりできる、僕には勿体ないくらいの優秀な鳥だ。


「リベリオンを探してる。どっちにいるか分かる?」

「ンー、ンー、アー、。オ久! オ久! 全然呼ンデクレナイ! オコテル! オコテル!」

「ごめんな。最近は討伐の依頼、あまり受けられてなかったから。これ終わったら羽の手入れと水遊びしてやるから手伝ってほしいんだ」

「ワカタ! ワカタ! 手伝ウ!」


 誘鳥は僕の腕から離れて飛んで行った。

 30秒くらいしただろうか。また僕の手元へ戻ってきた。

 クチバシで南の方向を示す。


「アッチ! アッチ!」

「分かった、ありがとう」

「水遊ビ!」

「分かってるさ。終わったら遊ぼうな」


 誘鳥を消すと、一目散に南へ走り出した。

 音もしないってことはかなりの距離を逃げられている。本当は翼鳥を使って飛んで行くのが早いのだが、僕を庇って負傷した為、出す訳にもいかない。


 しばらく走ると、何やら木の枝で編まれたような物体が見えた。リベリオンの巣だ。

 閃鳥には遠くから観察するように促し、足音を立てぬよう静かに忍び寄る。

 何やら騒がしい。雛鳥の声がする。逃げていったリベリオンはメスか。そっと上から巨大な巣を覗き込む。


「……は」


 そこには人間の死体を食らう雛鳥達と、それを包むように手を広げて見守るリベリオンのメス。

 コイツ……殺した人間を食っているんだ……!


 ふつふつと怒りが込み上げてくる。食物連鎖としてはしょうがないのかもしれない。リベリオンは生きていく為に、自分の子供を生かせたいが為にこうしているのかもしれない。だけれど……。


 君が同胞を目の前で殺されて逃げたように、僕も人間を殺されて、腹が立っているんだよ。


「……やれ」


 僕が言うと同時に、10匹の閃鳥が後方からリベリオン親子に向けて放たれた。最後のリベリオンは僕達の存在に気付かなかった様子だが、子を守る為か、抱え込むようにして閃鳥のレーザーを受けた。

 硬い鱗だ。やはり10匹では威力が足りない。


 メスのリベリオンは僕を見るや否や怒り狂った目でこちらを睨みつけ、ヨダレを垂らし、口を開けて襲いかかってきた。

 風で髪が揺れる。長い前髪で隠していた僕の目がリベリオンの瞳にうつる。


 その瞬間、リベリオンは一瞬躊躇した。

 魔物でも知っている。

 それは格の違い。立場の違い。強さの違い。



 圧倒的格差で人類の頂点に君臨する者を。



 僕は躊躇ったリベリオンの大きな口に、容赦なく指揮棒を振るい、攻撃を放った。

 指揮棒から放たれた巨大な閃光は、リベリオンの胴体から尻尾まで全てを貫き、貫通した光線はそれだけでは留まらず、巣の上部が塵となって粉々に消えた。


 リベリオンのメスは倒れると、最後の力を振り絞ってか、雛鳥の方へ振り向く。母親としての最後の任務。

 巣は上部が無くなったものの、雛鳥達は無事だ。

 僕は血にまみれた最期のリベリオンに歩み寄り、頭を優しく撫でた。


 リベリオンは僕を見て唸りをあげた。でも僕に攻撃する余力はもう残っていないだろう。いや、出来ない。

 何せ、リベリオンが攻撃する部分は全て僕の光線で抹消されたのだから。


「雛鳥は殺さない。保護施設に預ける。子供に罪はない」


 リベリオンは目を動かして僕を見上げた。

 魔物にも言葉が通じるのだろうか?それは分からなかったが、安心したように、リベリオンはゆっくりと目を閉じた。


 リベリオンが完全に死んだのを確認し、雛鳥達の方へ歩み寄った。

 雛は5匹。状況が理解出来ていないのか、ヒヨコのように鳴いて僕に餌をせがんでくる。

 僕は君達の母親を殺したんだぞ。


「まだ卵の状態だったら売り飛ばしてたんだけどなあ……」


 仕方なく足のポケットから布袋を取り出し、一匹ずつ雛を優しく掴んで布に入れる。

 最後の一匹を掴もうとした時、指をかじられた。


「痛っ」


 慌てて雛から手を離す。

 何だ?この雛だけ鳴いていない。僕に餌を求めない。

 僕が触ったのは胴体だから、餌と間違えるはずもない。


「……この雛だけ、僕を敵と認識しているのか」


 最後の雛は一部の羽が黒くなっている。多分コイツが1番成長の早い雛なのだろう。

 僕をじっと見据えて、視線を外すこともない。完全に威嚇の体勢を取られている。


「お前気に入ったよ」


 抵抗する雛鳥を無理矢理布袋に詰め、リベリオンを討伐し終えた僕は巣を後にした。


 ――――――


「リベリオンの雛、と言っても街中に持って歩くのは危険だ。鱗の売却は後回し。まずは雛をセンターに届けるか」


 僕は人気のない通路を歩いて、魔物保護施設へと足を運んだ。

 客が入ってきたことに気付いた事務の女性は、こちらを見るなりすぐに席へと誘導してくれた。

 そして雛が入った布袋を手渡した。


「この中には5匹のリベリオンの雛鳥がいます。保護してあげてください」

「ご協力をありがとうございます!こちらで大切に育てていきますゆえ、ご安心ください」

「あと使い魔にする為のテープをください。一匹は僕の使い魔にします」

「え!?」


 周りがどよめく。そりゃそうだ。魔物を使い魔にするだなんてもってのほか。しかもリベリオンの雛だ。


「ほ、他のならともかく、リベリオンの雛ですよ!?育てている間に凶暴化して逆に殺されたらどうするんですか!」

「リベリオンは細長い尻尾や牙からよく獣と間違われるのですが、鳥と獣のミックスがリベリオンです。調べてみたら、メスには翼がありませんが、オスは翼があるそうで。鳥ならば光属性の僕も使い魔に出来るし、育てていたら基本親に懐くので、殺されることはないでしょう」

「リベリオンが成長して他人の命を奪ったらどう責任取るんですか! SS級の魔物ですよ!?」

「SS級の鳥ならば、雷鳥も同じです。人の命を奪うような行動を取れば、即座に僕が殺して処分します」

「暴走したリベリオンを殺すなんて、人を巻き込んでやるんですか!?」

「人は巻き込みません。僕一人で大丈夫です」

「そんなのどうやって――」

「シアン君!」


 後ろから様子を見ていた部長が立ち上がり、こちらへ歩み寄る。受付の女性はシアンという名前なのだろう。

 即座に呼びかけられた方へ振り向いた。


「部長……」

「この方は特別だ。数匹ならともかく、1匹なら大丈夫だろう」

「こんな子供に一体何が!」

「彼は子供じゃないし、ファイブ・ステラだ」


 その瞬間、一気に場が凍りついた。

 パソコンで作業をしていた事務の人々が皆僕を見つめ、驚きの表情を隠せないでいる。

 それもそうだろうな。こんなのがファステラだなんて。

 僕はファステラの証拠とされる自身の目を、前髪をかき分けて見せた。

 途端にシアンさんは怖気付く。


「すっすみません……! そんな……ファステラとは思っていなくて!あのっ、前髪で目が隠れて見えなかったから」

「いいんですよ。これ、わざと前髪で目を隠しているんです。周りには言いふらさないでもらいたいのですが……」

「も、勿論でございます!!」


 シアンさんは、深々とこちらへ頭を下げる。


「どうか、リベリオン1匹の雛を使い魔に育て上げることを、許してもらえないでしょうか?」

「勿論でございます! はい! よろしくお願致します!」


 お互いに頭を下げ合うという、訳の分からない状態。

 受付のシアンさんからは握手を求められたり、褒められたりしたが、僕はそんなに強くないですよと軽く笑って返した。


 次は鱗の売却だ。

 服屋に行って鱗を売り、金貨をもらった。

 これでやっと傷ついた翼鳥の治療代が払える。


「何だかんだで、いつもカツカツだなー、僕」


 これでニクの言っていた魔具を買えば、また金なしになる。

 今回の討伐は運が良かっただけだ。下手したら死んでいた。

 リベリオンはSS級、つまり上位ランクに指定された魔物。複数人での戦闘が必須条件だが、ファステラである僕は特権として、単独での討伐が許可されている。


 最高ランクのR指定された魔物とはこれまでに一度も出会ったことがなく、もはや伝説とされている。

 Rランクの魔物が出るとすれば、流石に僕でもソロでは無理だろう。他のファステラの協力を仰いで討伐するしかない。


 リベリオンを育てて使い魔にするのも初めてだ。

 元々凶暴な性格をしているから、世話は少し骨が折れるかもしれない。


「余計な娘もいるし、こりゃこの先が思いやられるな」



 ―――――――



 一方その頃、クロハの帰りを待つアイネは、玄関の前で座り込み、じっと待っていた。

 リンベルがお菓子をご馳走しても、アニメを見させてもアイネは無表情で、何も変わらなかった。

 流石のリンベルも心配になり


「クロハならすぐに帰ってくるよ! あの子、強いんだもん!」


 と励ますも、アイネの表情は変わらない。


「あんなのが強いなんて思えない。それに、普通複数人で出発する依頼をソロだなんて。無謀すぎる。あの人が死んじゃったら……私、どうしよう」

「大丈夫だよ! 彼、めちゃくちゃ強いんだよ?」

「その証拠はあるの?」

「え?聞いてない? だって彼は――」


 その時、玄関のチャイムがなった。

 アイネが慌てて玄関を開けると、そこにはいつものクロハが立っていた。


「こんにちは。討伐終わらせてきました」

「えっもう!? 怪我とかは?!」

「え?いや……僕は無傷ですが、使い魔がやられました。今は使い魔病院に預けて治療を行っていますよ」


 クロハが淡々と話していると、アイネが飛び出してクロハに抱きついた。


「……心配した」

「お前も随分甘えん坊になったな。リンベルさんの影響?」

「私は何もしていませんよ~」

「あ、討伐したので、戦闘データ送りますね。報酬頂けると助かります」

「勿論! はい! 今回の分の報酬だよ! お疲れ様!」

「あ、いや、まだデータは転送中で……確認してから報酬の受け取りでは」

「私はクロハ不正なんかしないって自信あるから! もう渡しても大丈夫だよ! それに急ぎなんでしょ?」

「何でそれを――」

「ほら! 早く行っちゃいな! またよろしくねー!」


 追い出されるように背中を押され、ろくにお礼も出来ずにドアを閉められた。まあ今度、お礼言うか……。

 リンベルさんに言われたのを思い出し、すぐにニクへ連絡を取った。

 ニクも丁度広場で売り込みをしていたらしく、すぐ近くにいるとのこと。


「ねえ、その大金で一体何を買うの?」

「回復薬だよ。被爆者用の。全員完治させればお前も元に戻るんじゃないかと思って」

「……ありがとう。でもリベリオンって魔物、強いんでしょ?そんなの相手にどうして無傷で――」

「じゃあお前にだけ特別に教えてやるけど……これ、誰にも言うんじゃないぞ」


 僕は長い前髪を手で上に上げて、勲章をもらった目をアイネに見せた。


「変な目をしているのね」

「これはファイブ・ステラって言われている証。世界の一番偉い教皇って人からもらったんだ。まあ、僕の場合は恥ずかしくて前髪を長くして目を見られないよう隠しているんだが」

「じゃあ目を見られた瞬間ファイブステラだってバレるのね」

「そういうこと」

「どんな人がその勲章をもらえるの?」

「……まあ簡単に言うと、世界で1番強い光属性の人間だっていう証拠だよ」

「へえー。ヒョロいのに強いのね」

「でも自慢は嫌だからね。そういう話は控えているんだ」


 また前髪で目を隠すように覆うと、辺りを見回した。

 誰かしらに見られていないか警戒しているんだ。


「なんか……まるでスパイみたいね」

「そんなもんだよ。人には内緒にしてくれよ」

「何でわざわざ隠すのよ。結構照れ屋なのね」


 この時、久しぶりにアイネの笑顔が見れた。それが1番嬉しかった。

 彼女にはもっと、笑っていて欲しかったから。


「おーーい! 何だーここにいたんすか」


 声が聞こえて振り返ると、ニクがこっちに手を振って近付いてきていた。


「あれ、この子がクロハっちの言ってた連れの女の子っすか?」

「クロハこの人誰?」

「この人はニクって言って金ほしがりの卑しん坊」

「そんな紹介ないじゃないっすかー」

「ニク、こっちは連れのチビだ」

「チビじゃないわよ!!」

「んで、金貨は持ってきたんすか?」


 僕は手にしていた袋をそのまんまニクに渡した。ニクは袋の中身を確認した瞬間凍りついていた。


「えぇ……凄いっすね。もうこんなに稼げるんすか……」

「リベリオン討伐をソロで稼いだんだよ」

「リベリオンをソロ!? これがトップ……」

「多めに稼いだから40枚引いていいぞ。結構手に入れるのに手間かけたんだろう。回復魔具」

「流石! 太っ腹っすねー」


 ニクは金貨を40枚受け取ると、例の回復魔具を差し出してきた。黄金の器に黒色の卵のような形をした物が入っていて、真ん中にはピンク色の不思議な模様が描かれている。


「これは風属性の秘宝とも言われている回復魔具の王様っす。これを怪我している人の近くに置くだけであっという間に怪我を完治させる物っす。でもこれあたしの商売道具なので3回使ったら返して欲しいんすよ」

「3回もあれば十分だよ。ありがとう」

「そんな物どうやって手に入れたのよ」

「そりゃーー盗んだんすよ」

「盗んだ!?」


 魔具を受け取ると、傷つけないように柔らかいダンボールで包み、リュックにしまった。

 ニクはそのまんま広場で商売を続けていた。


「ねえ、それ誰に使うの? 出来ることなら――」

「だから爆破で怪我をした人に使うんだよ」

「……その為に、わざわざ?」


 アイネの目からは涙が静かにこぼれ落ちた。


「全員完治させたらいいんだろ?負傷者は3名。丁度いいな」

「クロハ」


 アイネが僕の腕を強く掴む。


「あ、ありがとう」

「ほら行くぞ。いつまでも落ち込むなよ」


 僕はアイネの小さな頭を優しく撫で、被爆者が入院している病院へと向かった。

 アイネはまだ顔を合わせる顔がないと言って、被爆者に会いたがらないので、僕一人で行うことにした。


 ―――――


 病院について、まずは血を流して倒れていた女性の元へ行ったが、事態が急変していた。

 沢山の看護師に囲まれており、管が山ほど繋がれ、心電図も異常を検知している。

 一刻を争う事態なのだろう。爆破当時、息はあったものの、内臓ははみ出て腸が飛び出していたのだから無理もない。


 僕は素早く看護師さんの間をくぐり抜け


「すみません! お見舞いに来ました! これ、お守りです!」


 と言って、無理やり棚に置いて出てきた。

 ニクが言うのだから効果はあるはずだ。

 早く良くなってくれ……!


 数十分後……。


「意識が戻りました! 奇跡です!」

「早く先生を!!」

「信じられない……! この状態で回復するなんて!」


 病室内からは看護師の喜びで溢れていて、僕も心の底からホッとした。命が助かって本当に良かった。

 もし亡くなられたら、アイネのメンタルがもたないだろうに。

 3日間魔具を置き続け、何と意識不明の重体から杖で歩けるようになるまで回復した!

 先生の話を盗み聞きすると


「このままいけば1週間くらいで退院出来そうです」


 との嬉しい話し声が聞こえた。

 これでもう大丈夫だろうと、彼女が眠っている時に魔具を回収し、次は目を負傷した男性の元へ走った。

 男性は爆破で右目を失明したらしく、顔面の火傷も酷いみたいで、顔は包帯まみれだった。


 僕はノックをしてその男性の元へ訪ねた。

 最初は「どこの宗教ですか?」と、気味悪がられたが、「傷が治る」という言葉を信じたかったのだろう、彼の隣の棚に魔具を置かせてもらうことになった。


 数日後……彼の顔の火傷跡は綺麗さっぱりなくなり、焦げて無くなってしまった右目はいつの間にか復元されており、何と右目も被曝前同様自由に見えるようになったとのこと。

 魔具を回収しに来た時、彼からは物凄く感謝をされ、抱きしめられた。

 この時の音声はアイネにも聞かせるべく、ズボンのポケットに入った録音機に収録した。


 次は爆破で機械の破片が足に刺さって倒れていた高齢者の元へ駆け込んだ。

 高齢のおばあちゃんは足に後遺症が残り、杖がないと上手く歩行が出来ないとのことだった。


 僕はおばあさんに近付いて「これは杖無しでも歩けるようになれる魔具です。傍に置いてあげてください」と頼んだ。


 おばあさんは僕の言うことを信じてくれて、枕元に魔具を置いてくれていたそうだ。

 2日後……なんとおばあさんの足が急速に回復し、杖無しでも元気に歩けるようになったそう。

 趣味もウォーキングになったそうで「貴方は神様だ」と、これまた深く感謝をされた。


 用が済んだのでニクと合流して魔具を返却し、アイネには録音した被爆者が語っていた感謝の言葉を聞かせた。

 アイネは最初、何とも言えない顔をしていたが、物凄く安心したようで、翌日にはすごく元気になっていた。


 アイネは元気になった日から、何を思ったのか、僕のことを「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。

 どうしてお兄ちゃんと呼ぶのか? と尋ねたら


「もう私のお兄ちゃんでいて欲しいから!」


 と、純粋な笑顔で言われた。

 僕には兄弟がいないが、兄と慕われるのも悪くないと思う。


「とりあえず、電話が来て使い魔の治療が済んだみたいだから、迎えに行く」

「使い魔って誰でも飼えるのかしら?」

「使い魔ショップで普通に売っていたり、依頼で捕獲したりと様々。まあお前にもいつしか使い魔を持つ日が来るだろう。それに討伐で、新しい使い魔を貰い受けたんだ」


 僕らは使い魔総合病院へと足を運び、翼鳥を手渡された。包帯も取れ、すっかり元気になったようだ。

 使い魔が大好きな獣医には「乱暴に扱い過ぎないこと!」と、深く叱られた。


 翼鳥を消して、噴水のある広場を通りがかった時、ある事を忘れていることに気が付いた。


 僕は「誘鳥」と呟いて指を鳴らした。

 腕に誘鳥が重くのしかかる。


「オソイ! オソイ!」

「ごめんごめん。ほら、ここの水で好きなだけ水遊びしていいぞ」

「オゴッタ! オゴッタ!」


 そう言いながらも、誘鳥は気持ちよさそうに羽をバタつかせ、水遊びを始めた。


「鳥が喋るなんて!」

「誘鳥はお喋りがメインだからな」

「他にも使い魔は出せるの?」

「使い魔は見世物じゃないし、呼び出す時に自分のオーラを極端に消費するからダメだ」

「えー、他の使い魔もみたいわ」

「使い魔ショップで見れるだろう」


 そんなこんなで時間が過ぎ、水遊びに飽きた誘鳥が僕の太ももへのしかかる。


「ナデロ! ナデロ!」

「はいはい」


 羽のケアをしてやると同時に、戦闘に参加したので一応怪我のチェックもする。無傷のようで安心した。

 しばらく羽のケアをしていると、満足したのか誘鳥が自ら消えていった。


 アイネが元気を取り戻した所で、僕らは荷造りをして広場を出た。

 アイネが閉じこもっている間に必要な物は全て買い揃えたので、ここにいてもしょうがないのだ。


「お兄ちゃん、次はどこへ向かうの?」

「砂漠地帯にあるバステロという街に寄って、そこに名医がいるからお前を見てもらうんだ」

「え? あたしが医者にかかるっていうの?」

「そりゃ全属性の指揮棒を破壊するなんて異常だからな。詳しい検査をしてもらうんだよ」

「えー、嫌だわ! そんなの!」

「仕方ないだろ。何かの病気かもしれないんだから」

「うーむ……」


 爆破の時、オーラ容量計算機が上限を上回っていた。

 それは恐らく爆弾のせいではなく、事実なのだろう。

 だとしたら早くアイネを医者に見せないと命に関わる可能性がある。


「ほら行くぞ」

「今回はクラクチョウ、乗らないでしょうね」

「バステロは歩いて6kmの距離にあるんだ。徒歩で向かうぞ」

「なかなか遠いわねー……」

「暑いから帽子被れよ。焼け死ぬかもだから」


 予め買っておいた帽子と覆う布を無理矢理アイネに着せた。


「この布暑っついわ!!」

「でもこれ被らないと皮膚火傷するぞ?それでもいいのか」

「うぅ……」


 アイネは渋々帽子と布を被り直し、次の目的地、バステロへ足を進めた。

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月の使徒 ゆきみや @Yukimiya0108

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