国際中央広場

「間に合ったー!」


 ついつい周りにも聞こえるようなデカい声で叫んでしまった。いや、周りは砂漠地帯でアイネとクラクチョウの飼い主しかいないのだが。


「おやおや、旅人さんかい? 間に合って良かったねぇーもうクラクチョウをしまう所だったよ」


 ふくよかな体型のチョビ髭おじさんが話しかけてきた。

 砂漠地帯で暑いのか、肩にかけられているタオルで顔の汗を拭っている。


「すみません、国際中央広場までお願い出来ますか?」

「それだと25kmだから大体銀貨10枚になるよ」


 僕は腕に付いてたポケットから袋を出して銀貨を探し始めた。一方アイネは初めてのクラクチョウに興味津々の様子でクラクチョウを触っていた。

 クラクチョウも人懐っこく、クゥクゥと鳴いてアイネに身を寄せている。


「可愛いわ! 初めて見た!」

「クラクチョウはダチョウの仲間とも言われていてね、好奇心旺盛だが臆病で、暴れることもない。2人用タクシーとしてよく使われているのさ」

「馬みたいなものですね」


 銀貨を飼い主に渡すと、飼い主はクラクチョウに付けていたメーターをいじり、数字を25にした。


「そのメーターは何なの?」

「ああこれかい? これは走る距離さ。25kmまで走ったらこの機械から引き返して来い!って音が鳴る。そしたらクラクチョウが寄り道しずココへ帰ってくるって仕組み」

「お利口さんなのね!」

「それなりに訓練はしていると思うぞ」

「さぁ! 乗った乗った!」


 飼い主がクラクチョウに合図を出すと、クラクチョウは長い足をすくめて地面に座り込んだ。

 前にアイネ、後ろはクロハという順で乗り込む。


「何だかワクワクするわね! 動物に乗るなんて!」

「お前、危ないからクラクチョウにしがみついてろよ」

「何よ。この前の紐持ってればいいんじゃないの?」

「クラクチョウは最大で120キロまで出して走るんだ。落ちでもしたら痛いじゃ済まないぞ。それに――」


「はい行けー!!!」


 飼い主が鞭でクラクチョウの尻を叩いた。驚いたクラクチョウはクロハが言い終わる前に走り出した!

 走り出しの時点で既に45キロのスピードが出ていた。


 あまりの速さにアイネは息が出来ず、窒息状態になっているのに気付き、すぐさまクラクチョウの体にくっ付いている酸素マスクを取り出してアイネに付けた。


 こうして休むことなく走り続けたクラクチョウ。

 25km地点に差し掛かったところでサイレンのような音がメーターから発信され、急停止した。

 国際中央広場の入口に着いたのだ。

 僕は酸素マスクを取って軽く頭を振ると、静かにため息をついた。


「あのおっさん……子供いるのに酸素の説明もしずに危ないなあ」


 一方アイネはぐったりしていて、完全に疲れ切っている状態だった。

 クラクチョウからアイネを抱っこして下ろすと、クラクチョウのお尻を2回軽く叩いた。

 そうしたらクラクチョウは、再び来た道へ戻って行った。


「おい、大丈夫か?」

「だ……大丈夫……じゃない」


 酷く息切れしているアイネを放置して入口に入る訳にもいかず、アイネが回復するまで入口で待機することにした。


「……あ、そういえばアイネ、荷造りしなくて良かったのか?」

「……あ、あんたが……急に走り出すから……荷造りする……暇……なかったんでしょうが……」

「それなら今夜の打ち合わせが終わったらまたクラクチョウで家に帰るか」

「もう嫌……あの鳥……二度と乗らない……」


 気持ちが悪くなったのか、アイネは口を押さえて吐くのを我慢している。

 仕方なしにリュックから布を取り出してアイネの口に当てる。


「クラクチョウなんかで酔ってたら旅なんかまともに出来ないぞ。やっぱり家に帰るか?」

「嫌よ……絶対嫌……」


 何て頑なな奴だ……もう諦めればいいのに。

 そう思いつつも、やはりあの森でアイネを1人置いていく訳にも行かず、涙を流して懇願されると断れるはずもなく……。

 アイネの休憩中、やることがなかった僕はリュックの中身を全て床にぶちまけてメモをしていた。


「何……してんの?」

「国際中央広場っていうのは5属性の人々が一斉に集まって交流ができる場所で、市場も大規模なんだよ。不足してる物はいつもここで買い足ししてるんだ。今だとライターや布や魔具が少し欲しくて……」

「魔具って何よ」

「……は?」


 そういえば、クラクチョウ知らないってことは、もしかして売り場への往復以外何も知らないのか……?

 何もかも……?


「……お前って自分の属性分かる?」

「属性って何よ」

「指揮棒使ったことある?」

「何それ?」


 ダメだ。コイツ……何にも知らない!!

 何にも知らないのにいきなり外に飛び出てきたのか!


「……悪いんだけど、金はやるから今からでもクラクチョウに乗って家帰って――」

「何でよ! 知ればいいんでしょ知れば! 今から知るわよ!!」


 先が思いやられる……。

 こんなんで本当に大丈夫なのだろうか……。


「……とりあえずお前何歳だ」

「そんなの知らないわ!」

「歳も知らないのか……まあいいや。まあ風だろうから指揮棒選ぶぞ」


 指揮棒の使用許可は5歳からだが……まあ6歳に見えなくもない。とりあえずアイネは6歳ということにしておこう。

 数分様子を見て、回復したアイネを連れてまず向かったのは道具屋。


「ここには属性に合う指揮棒からそれを補助してくれる魔具まで沢山あるんだ」

「魔具って何よ」

「……要はサポートアイテムだよ」


 俺は光だから白い指揮棒だけど、アイネはどんな属性なのか自身でも把握出来てないからなあ……。

 直感的に風じゃないかとは思ったが。


「お前、風だと思うんだけどなあー……これ、持ってみてくれ」


 子供用の小さな杖をアイネに手渡した。

 その瞬間、アイネの手の中で杖が砕け散った。杖の破片が小さな手からこぼれ落ちる。


「……え?」

「お前何した?」

「え、何もしてないわ! 杖を受け取っただけよ!」


 分かってる。僕目線でもそうだった。

 アイネの手に触れた瞬間、子供用の杖が粉々に砕けた。

 一体どういうことだ?理解できない。


 杖が壊れる条件は2つある。

 1つ目は杖の持つ属性と自身の属性が合わなかった時。

 2つ目は体内にあるオーラが杖の容量を上回る時だ。


 指揮棒は主に使い手の体内にあるオーラを杖に集中させ、体外に放つという道具だ。

 ハンドガンに大砲の弾を入れるみたいな形だと、そりゃ弾なんて入る訳ないしハンドガンがぶっ壊れる。

 しかしアイネはどう見ても子供だ。子供用指揮棒で容量を超えることなどまずないだろう。


 ではやはり、属性が風ではなかったのか?

 足が速いのは風属性の大きな特徴だ。

 あの時だって僕はアイネに足で追いつける気がしなかった。

 絶対に風だと思っていたのに……。


「……とりあえず別の杖でも試してみよう。杖が壊れるのはよくある事なんだ」

「あら、そうなの?良かったー」

「良くないけどな。弁償しなくちゃいけないし」


 それからというもの、光、水、闇、炎の指揮棒と、全てを試してアイネに持たせてみた。


 そしたら全部、アイネの手の中で砕けた。


「何で持とうとすると壊れちゃうのかしら?」

「……それは俺が知りたいよ」

「お客さん! うちの商品どんだけ壊してくの!? もう出ていってくれ!」


 道具屋の店主に謝罪と全ての杖の弁償を済ませ、広場のベンチに座り込む。

 何で?こんなこと今までなかったのに。

 もしかしてアイネには属性がないのか?

 え?じゃあ、あの走りって素なの?そんな訳……。

 ていうか属性ない人なんて俺、見たことないし。

 風じゃないなら一体この子は――


「ねえクロハ」


 アイネの呼びかけで現実に戻る。

 アイネの全体をまじまじと見つめる。どう見ても子供だ。言葉遣いもすぐ泣くのも子供同然。


「そんな悩まなくたっていいじゃない。杖なんかなくても戦わなければいいんでしょ? 身を守る為にあるんだから」

「旅をしているとそういう訳にもいかないぞ。自分の身は自分で守れるようにしなくちゃ死ぬ。俺ばっかり頼りにされるのも困る」

「えー」


 アイネが拗ねたように口を尖らせ、足をバタバタさせる。属性が風だとしたら……じゃあ容量の問題か?


「アイネ、あそこにあるオーラ容量計算機に手を当ててみてくれ」

「何それ?」

「体内にあるオーラの容量を測定する装置だよ。容量が原因かもしれないから」

「いいわよ」


 アイネが機械に近付き、手を機械に当てた瞬間。

 機械のメーターは上限を遥かに超え、ガタガタと凄まじい音を立て始めた。


「え?」

「危ない!!!」


 僕がアイネを後ろに引っ張るのと同時に、機械が爆発を起こし、歩いていた周りの人々を巻き込んだ。

 爆風で吹き飛ばされた僕はアイネを抱えて真後ろのベンチに頭を強く打ち、一瞬意識が飛びかけた。


「キャアアアアア!!!」

「何!?何!?」

「テロか!?」

「離れて!!!」


 周りの人々が大パニックになっているのは声ですぐに分かった。

 ヤバい……何が起きた!?


「アイネ!大丈夫か!!」

「え、あ……」

「他の人は大丈夫ですか!!」


 煙で何も見えない。一体どうなっている……!

 どうにかして辺りの様子を見ようと目を凝らす。


「皆さん大丈夫で――っ」


 そこには目を疑うような残酷な光景が広がっていた。

 爆発で血を流して倒れている女性。

 目を抉られ出血している男性。

 足に機械の破片が刺さり動けなくなった高齢者。


「テロだ!!爆発した!!」

「皆離れてえ!!!!」

「早く救急隊を!!!」


 僕はすぐさま携帯を手に取って救急隊を呼び、重傷者の応急手当へ向かった。

 まずは1番重傷と思われる女性の元へ。息はあった。とりあえず命は大丈夫みたいだ。

 怪我の手当をしていると、後ろから知らない女性がいきなり僕の腕を掴んできた。


「子供は離れて!ここは危ない!」

「えっ、いやあの僕は子供じゃ――」

「ここは大人がやるから大丈夫!」


 無理やり突き飛ばされて逃げるよう促された。

 やっぱり背が小さいと結構不便なものだ。成人しているのに子供扱いされる。

 とりあえず状況がよく飲み込めていない。高い場所に移動がしたい。


「アイネ走るぞ!」

「いだい!!」


 アイネを掴んで走り出そうとしたらアイネが蹲った。

 よく見ると、彼女も足から血を流していた。

 深く切ったのか、出血量が多い。

 すぐにアイネから手を離して腕ポケットにある包帯を取り出し、彼女の足に巻き付けた。


「雑だけどごめん! 治療系は苦手なんだよ」


 僕自身も頭をぶつけて血が出ている。今はアドレナリンのせいか、痛みを感じないが一応病院に行った方がいいだろう。


「アイネ大丈夫か?」

「うぅ……」


 彼女は手で顔を隠すようにして泣いていた。

 そりゃそうだ。目の前であんな爆発が起きて、周りの人が血まみれになってちゃトラウマにもなる。


 僕は救急隊が来るまで爆破の被害にあった人々に出来る限りの処置を施し、僕とアイネも救急隊によって病院へ運ばれた。


 ――――


 僕とアイネの怪我は完治するのにそう時間はかからなかった。アイネは歩行に問題が出ていたが、今はすっかり普通に歩けるようになった。

 僕は頭を打ったことで記憶障害や意識混濁が心配されたが、それも問題なかった。

 あれからアイネは、元気がない。


「いやぁーしかし酷い目にあったな。警察は爆破の調査をしているみたいだけど」

「……私が、あたしが、機械触ったから?」

「普通機械触ったぐらいであんな爆破は起きない。多分機械の後ろ側にでも、爆発物が取り付けられていたんだろう」

「でも爆破の原因ってあたしじゃないの?」


 アイネはずっと俯いて、小さな声で答える。

 ずっとずっと、あの事を気にしているのか……。


「お前のせいじゃないよ」


 僕にはこの言葉しか、励ましの言葉が見つからなかった。

 あれっきりアイネは宿屋に閉じこもるようになってしまった。

 外に連れ出そうとしても


「あたしが外に出たら皆が傷つくから」


 と、ずっと根に持っていた。

 警察も木っ端微塵になった物の調査をするのは困難なのだろう、今でも爆発の詳細は何も明かされていないままだ。

 明後日には国際中央広場から出ようと思っていたのだが、アイネのメンタルケアの為、1週間広場へ居座ることになった。


 あの爆発を自分のせいだと思っているのならば、せめて被爆者を全員完治してその姿を見れば元に戻るのだろうか?

 どちみち、このままじゃあ旅に支障が出る。

 あの状態のアイネを1人家に送り返せば……何をするかも分からない。


 やっぱり打ち合わせしたアイツに頼るしかないか。

 僕は携帯を手に取るとアイツに電話をかけた。


「もしもし?案件だよ、協力してくれ。場所は打ち合わせだった広場前の居酒屋Honeyで」


 ―――――


 20時55分。集合は21時。

 僕は居酒屋に入って彼と待ち合わせする。

 どこに行っても子供だと勘違いされるので、成人証明書は常に持ち歩いている。

 これを見せても「誰かに借りたんじゃないの?」と疑う人もいるが、もうしょうがないことだ。


 20時58分。

 客が入ったことを知らせるベルが鳴ると共に、聞きなれた声が場を一瞬支配する。


「おいーーっす。クロハっちはいるっすか?」

「そんな叫ばなくていいよ。いつも手前の席って決まってるし」

「相変わらず冷たいっすねぇー」

「俺が目立ちたくないの、ニクが1番知ってるだろ……」


 彼の名前はニク。

 僕の友達で、情報屋と魔具販売(違法)を行っている。

 属性の関係上、艶のある黒髪が腰前ぐらいまであるが、中身は普通に男。身長は大体クロハと同じくらい。

 独特の口調で喋り、金が全ての男。

 男と言っても喉仏がなく、声も高い為、女性と間違われやすいらしい……。


「んで、案件って何なんすか?」

「回復系の魔具を売って欲しいんだ。出来るだけ効果の早い物を」

「いや、あんたがそんな大怪我する所、見たことないんすけどw」

「使うのは俺じゃない。実は――」


 ニクは誰よりも信頼出来るダチなので、基本何でも話せる。


「へぇー。連れのお嬢ちゃんにって感じっすか。あるっちゃあるんすけど値段はそれなりに張るっすよ?」

「いくらだ」

「んーと合計で金貨50枚くらいっすかねー」

「高すぎだろ」

「だから言ったじゃないっすかー。これ、結構苦労して手に入れたんだからそれなりの金は払ってもらうっすよ」

「人の足元見やがって……金ないって言ってんだろ」

「いやいや、クロハっちなら魔物討伐掲示板で余裕に稼げるっしょ。何弱っちいことを言っているんすか」

「そういう問題じゃない」

「案件破棄するっすかー? んならもう他の奴に売り飛ばしてやるっす」

「あああもう! 分かったよ払うから。保留にしといてくれ」

「そうこなくっちゃ!ちなみに金貨は――」

「前払いだろ知ってるよ」


 ニクは満足したような笑みを浮かべると、いきなり立ち上がって他の客にも聞こえるよう大声で言った。


「流石っすー! 流石『ファステラ』のクロハっち!!」

「おまっ―――!」


 途端に周りがざわつき始めた。

 そりゃそうだ。ファステラがここにいるなんてバレたら。


「えっ?」

「ファステラ? 誰が?」

「ファイブ・ステラがいんの!?」


 全員の視線は叫んだニクとその隣にいる僕に視線が集まる。

 僕はレジへ金貨を叩きつけるように置くと、店を飛び出した。ヤバいヤバい。

 後から店を出たニクも追ってきた。


「そんな逃げなくたっていいじゃないっすかー」

「お前はつくづく俺の嫌がることをするなぁ……」

「でもバレる訳ないじゃないっすかー。ファイブ・ステラである勲章の目を全部長い前髪で隠しちゃってるんだから」

「そういう問題じゃない。いいから俺のことをファステラだって周りにバラすのは止めてくれ。心臓に悪い」

「はいーはいっとー。まあ、おまけして金貨30枚にまけてやるっすよー」


 ニクは呑気に口笛を吹いて居酒屋に戻るが、僕はもう居酒屋には居られなくなった。

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