エピローグ
最終話 エイリアンVS異世界
魔界
魔都 北部
イービル家第七王子ブラッド・イービルの住まいは、魔王城より小ぶりだが充分に豪奢な城だった。
魔王譲りの黒い髪に、灰色の肌、赤い目、角。年老いた魔族は、彼が「若い頃の魔王様にそっくり」と口を揃える。
彼は庭へ出ると、南に目を凝らした。肉眼では地平線の向こうまで見えないため、千里眼を使う。
「すげぇ音がしたと思ったら……ありゃなんだ?」
半壊した魔王城の上空に、何億個という金属のブロックが浮遊していた。
一つ一つが質量を維持したまま分裂し、鼠算的に増えていく。ブロックは増殖を続けながら連結し、何かを建造していた。
ブラッドは笑みを浮かべた。
「
猛烈な速さで組み上がったのは、魔王城を影で覆って余りある、とてつもなく巨大な船だった。
「なるほど」
ただの船ではない。あれは戦艦だと、歴戦の魔王候補は察した。
「えれぇモンを連れて来てくれたじゃねぇか」
空を飛ぶ船は魔界にもいくつかあるが、あれほど恐ろしく巨大な物はかつて見たことがない。外観も珍しい。見るからに硬そうな金属の外壁、ずらりと並ぶ艦砲。あの材質は、魔界には無い物だ。
「ロード、居るか?」
指を鳴らすと、ブラッドの影から髭面の大男がぬるりと出て来た。大男はブラッドの足元に跪いた。
「はい、ここに」
ブラッドの腹心にして実兄、元イービル家第五王子ロード・イービルだ。ブラッドは戦艦から目を離さずに命じた。
「腕利きの魔導士と魔女を集めて、千里眼でブレイドを捜させろ。見つけたらすぐ呼び戻せ。修行に出てる
「御意」
「あと禁庫から俺の魔剣を持ってこい」
「御意」
戦艦の外壁にある無数のハッチが開き、何かが出て来た。艦体に比べると虫のように小さいが、背丈は二メートルから三メートル。鋼鉄の翼を生やし、腕に砲身やブレードを装着している。全身が金属でできており、三つの赤い目がある。
ブラッドは笑顔のまま、眉間を寄せた。
「……ほう」
それが数千体。いや、もっと居る。次から次へと出て来る。
どうやら、敵は軍隊のようだった。ブラッドは吹き出した。
「ははは! 面白ぇ。なあロード! こいつぁ勇者と
称賛するように拍手を送り、ブラッドは大手を広げた。
「
魔都から東へ約四万キロメートル
通称
決して生者の立ち寄らぬ、瘴気に満ちた山。
イービル家第五十二王女ブレイド・イービル。
彼女には肌も、目も鼻も耳も、舌もあったが、それらに飾り以上の役割は無かった。彼女が持つ感覚とは、直感的に外界を理解する第六感だけだった。五感の空虚を現すかのように、彼女は全てが真っ白だった。
「……」
神の目、あるいは神の耳とも比喩される第六感は、夥しい亡者の気配に囲まれながらも、それを感じ取った。
「あら、たいへん。遊んでる場合じゃないわ」
埃を払い、ブレイドは下山し始めた。山道に這いずる亡者を踏み潰し、蹴散らしながら歩く。
「すごいわね。どこから来たのかしら?」
くすりと微笑み、彼女は西の方角を仰いだ。見えはしないが、感じる。
「ほら、亡者の皆さん。団体客よ」
鋼鉄の翼を持つ未知の大軍が飛来し、瘴気の山に空爆を始めた。
聖域ミズガルズ
顔に大きな創のある女が、墓標の前に跪き祈りを捧げていた。女は若く、まだ少女のあどけなさが残る歳だった。
墓標の名は、グァルマス・スルーズと刻まれている。
聖騎士団第二隊副隊長キャリス・スルーズは、先の魔王軍との激戦を生き延び、つい先日リハビリを終えたばかりだった。
父の墓参りに来たのは今日が初めてだった。彼女の父は前任の聖騎士団団長であり、魔王の娘レイド・イービルに敗れ、戦死した。
「ゆっくり休んでね、お父さん。勇者様が居なくても、私たちが魔王軍を倒すから」
キャリスは深々と刻まれた顔の創を撫で、唇を噛んだ。
「お父さんの仇……レイド・イービルも、絶対に討ち取るからね」
ロザリオにキスし、キャリスは暫く父との思い出に浸った。穏やかな時を邪魔したのは、慌ただしい足音と彼女を呼ぶ大声だった。
「スルーズ副隊長! こちらでしたか!」
目を開けると、彼女と同じ白い制服を着た男が息を巻いて走って来るのが見えた。彼は聖騎士団第二隊の隊員だ。一回り以上年上だが、キャリスの部下である。
小声で墓標に別れを告げ、キャリスは不満げな顔で立ち上がった。
「あの……墓地では静かにしていただけると……」
彼はキャリスの前に立ち止まり、ぴしっと姿勢を正した。
「も、申し訳ありません!」
「だから声を……」
「し、しかし緊急事態なのです! 全隊長及び副隊長に招集がかかっております、スルーズ副隊長を迎えに行くようにと、団長からの申しつけでして……」
キャリスは眉間を寄せ、反射的に腰に帯びた剣に手を置いた。
「緊急招集? いったい何事ですか?」
「各地で何者かによる襲撃が相次いでいます。既にミズガルズにも被害が及んでいるとの情報も」
「まさか魔王軍が? あっちもまだ進軍できるほどの戦力は回復していないはずなのに……」
「いえ、それが……敵は魔王軍ではないようでして」
「え?」
「魔王軍の領地から現れたことは間違いないのですが……どうやら魔族側も攻撃を受けているようでして……見たこともない怪物が、人も魔族も無差別に襲っていると……」
「……敵は魔王軍ではないと?」
「はい……そのようです」
歯切れの悪さから、判断材料が足りないことは容易に汲み取れた。ここで彼を問い詰めても得るものは無いらしい。キャリスは頷くと、早足で歩き出した。
「わかりました、すぐに向かいましょう」
「外に私の
爆音がこだまし、地面が揺れた。
「!?」
キャリスは音のした方角を見た。数キロ先の町から、もくもくと煙が上がっている。事故で起きるような爆発の衝撃ではなかった。明白な攻撃の意図がある規模と威力の爆発だ。
望遠魔法で町を注視し、ふと空に目を上げてキャリスは戦慄した。
「あれは、いったい……?」
鋼鉄の翼で飛ぶ奇妙な生き物――いや、生き物かどうかもわからない。初見でも武器とわかる武器を身に付けた怪人。何百体ものそれが列を成して飛んで来る。
「もしかして、あれが例の敵ですか?」
「目撃情報と一致します、間違いありません!」
「……まずいですね」
キャリスは直感した。先程の爆破は威力偵察だ。あの町に反撃能力があるか否かを試した。そして大挙して現れた敵が、次にすることは一つしかない。
攻撃が始まり、赤い光線が降り注ぐ。無差別爆撃だった。家々が吹き飛び、人が燃える。町は瞬く間に炎に染まった。立ち昇る黒煙の中を、怪人たちは隊列を保って飛び回る。入念に、執拗なまでに、町にある命を燃やし尽くさんと乱射する。
「あなたは団長に報告を! 私はあれを食い止めます!」
キャリスは迷い無く剣を抜き、駆け出した。父の墓標の前を通り過ぎると、進路に魔法陣を張って飛び込んだ。
町の上空に
魔都 上空
巨大戦艦の広大な操舵室。一面のモニターには各兵士が撮影したこの世界の映像が映し出され、リアルタイムで分析が進められている。モニターの下では何百人もの乗員がボール型の操縦桿で各担当ジェットエンジンを操り、共同で艦を運航していた。
階下にある戦闘指揮所から上昇してきた椅子が、操舵室の中心に固定される。乗員は全て三つ目の金属生命体だったが、その椅子に座していた者だけは例外だった。
擬態用に作られた架空の少女の姿だった。ご丁寧に戸科下市立高校の制服まで再現されている。その顔と服はある種のトレードマークであり、あるいは、彼女が彼女であることを証明する最後の
彼女に――アサルト星人に本当の名は無い。
仮にコードネームである蜂尾景を名であるとするなら、アサルト星人とは、総てが蜂尾景だった。
アサルト星人という種は、彼女の代で完成していた。
群れを捨て、総てのアサルト星人の機能を一つの個体に集約させた存在。それが蜂尾だ。
操舵手、通信員、電測員、砲手……歩兵、水兵、砲兵、工兵も。総てが人格を共有する同一個体、蜂尾である。インセクト星人が追い求めた
個であり、軍隊。軍隊であり、個。たった一人で完結する完全無欠の
この艦体すらも、蜂尾の一人だ。総ての蜂尾は
惑星保護官から、
「
司令官の蜂尾が言うと、周囲の蜂尾が復唱した。
「攻撃目標……全ての生命と、この惑星」
蜂尾はモニターに映る広大な景色を眺めた。豊かな大自然と、そこに暮らす摩訶不思議な生物たち。魔法を操る人間、魔族。あらゆる銀河を渡り歩き、破壊して来た蜂尾でさえも、その世界は全く未知の領域だった。
「……」
最初に破壊した城の中から、一際巨大な個体が強烈な殺意の眼差しでこちらを見上げている。含有しているエネルギーの数値が半端ではない。おそらくあれがこの世界の最上位個体だろう。さながら魔王といったところか。
しかし、蜂尾が関心を寄せたのはその隣に居る個体だった。
白髪の少女。
モニター越しに少女を睨みつけ、蜂尾は呟いた。
「わかってるよ、監督官」
その言葉だけは、他の蜂尾は口にしなかった。
彼女だけのものだった。
「何を奪ってきたか……もうわかったよ、
だから、今度は違う。
本能に従うわけでも、偶然でも、気紛れでもない。
これは、私の意志だ。
「
奪われる前に。
エイリアンVS魔王軍――
エイリアンVS魔王軍 闘骨 @kuragetsu
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