第2話 年賀状


お正月が嫌だ。

34歳のユイは東京で一人暮らしをしていた。

実家には訳あって帰れず、毎年正月は1人で過ごす。1月1日には友人たちから年賀状が届く。


みんな既婚者で幸せそうな家族写真が載っているものばかりだ。


今年こそは返事を返さないと、と思いつつ、ここ数年年賀状の返事は返せていない。


1人身で特に書くこともないし、返信用のはがきを買いはするのだが、結局面倒になって返さない。


なのに、次の年になるとみんな、律儀に年賀状を送ってくる。


厚い友情に感謝せねば、と思いつつ、若干嫌味なのか?と思う時もある。




「コロセ、コロセ、コロセ、、」


時刻は午前2時。

なんか変な男の声が聞こえて、ユイは目を覚ました。


そこには美形の男の人が1人、黒いスーツを着て立っていた。


「あの、どなたですか?」


ユイが寝ぼけ眼で問いかけると、男は


「僕ですか?」


と聞き返してくる。

お前しかいない。


「僕は、悪魔です。」


あくま?

よく見ると、頭に羊みたいなツノが生えている。

髪の毛はウェーブがかかっていて、金髪。

見た感じ20代だが。悪魔だから何歳だか分から

ない。


「あ、、、どうも。」


ユイは条件反射的に、そう返していた。

目を開けたら、いきなり見知らぬ男がいるという恐怖に、固まりそうになるが、こちらが平常心を無くしたら、何をしてくるか分からない。


それに悪魔とか言っちゃって、あんなツノまで生やして、妄想癖が行きすぎたヤバい強盗かもしれない。


と、そんなユイをみて、「悪魔」が言う。


「妄想癖が行きすぎた、強盗、ではないですよ。」


たった今考えたことを口に出されて、ユイはもう恐怖を抑えられなかった。


「きゃーーーーーーーー!!!」


大きな声を出す。

これは夢だ!醒めろさめろ!と思うが一向に悪魔は消えていなくならない。


錯乱状態のユイに、悪魔はふぅ、とため息をついた。そっとユイに近づき、人差し指でユイのオデコをツンっとつく。


「そんなに騒いだら近所迷惑です。」


すると、ユイは精神安定剤でも飲んだかのように落ち着きを取り戻した。

そして、悪魔、という概念もスッと頭に入ってくるではないか。


「人間との初対面はいつもこうです。本当に面倒くさい。」


「ほ、本当に悪魔なんですね?」


「そうです。僕は悪魔です。」


「はじめて会ったのでびっくりしました。」


「そうでしょう。しかし、僕はあなたよりも年下ですよ。だからそんなに怖がらないでくださいね。」


「え?とし、した?」


「はい。僕は27歳です。」


「え?27!?それは桁がおかしいんじゃないですか?」


「桁?」


「27万歳とか、270億歳とか、それぐらい歳とってるはずでしょう、悪魔って!」


「それは偏見です。僕は27歳、あなたは34歳、独身。その上、年下の男と体だけの関係を結んでいる哀れな女です。」


「ぐ。。。」


なんでそんな事まで知っているんだ、こいつは。やっぱり悪魔だからなのか?

悪魔ぐらい、年上でいて欲しかった。


「僕は悪意を感じるところに来るのが好きです。僕たち悪魔は人間の悪意を吸って大きくなっていくのです。」


「悪意?なんで私に悪意があると?」


「僕は12歳の時に親元から離れて、人間界で悪意を吸って生きるようになりました。苦節15年を経て、人間の女の悪意、恨みつらみが強まる時期、というのを僕は発見してしまったのです。」


「女の悪意がつよまる時期?」


「はい。それは婚期です。」


「、、、、」


「人によって婚期に多少のズレはあれど、周りが結婚してきて、ソワソワしている時期、本人も結婚したくてうずうずしている時期に、なかなかうまくいかない。そんな中、結婚した友達にはもう子供なんかもいて、会えば旦那の愚痴か、幸せそうな子供の話ばかり!」


「はぁ。」


「こっちが送ってないのに毎年送られてくる年賀状にも、幸せそうな家族写真がのってくる。」


「はぁ。」


「どうですか?人の幸せを妬みませんか?周り友達を自分と同じように不幸にしたいと思いませんか?!」


「思いません。ていうか、人を勝手に不幸扱いしないでもらえますか?」


「くくく。でたでた。」


「何がですか?」


「ざ、いい子ちゃんですよ。」


「いい子ちゃん?」


「あなたのように、人一倍気を使って、人の悪口なんか言っちゃダメなんて思っているタイプ、こそが溜めまくるんですよ、悪意を。」


なんだろう、コイツこそ殺してやりたい。


「おおっと、僕はあなたには殺せませんよ。」


「別に本気で殺せるとは思っていません。殺したいと思っているだけです。」


思うだけでも伝わってしまうので、こうなったら腹の中を全部しゃべってやることにした。


「そうですか。」


悪魔はふふん、と機嫌良さげに笑い、スーツの胸ポケットから、なにやら白い封筒を差し出してきた。


「そんないい子ちゃんなあなたに、こちらをさしあげましょう」


悪魔が差し出してきた、真っ白い封筒を受け取る。

裏表ひっくり返してみたが、なんの柄も文字も書かれていない。真っ白だ。


「これは?」


「こちらはかの有名な『不幸の手紙』です。」


「えっ、不幸の手紙!?古っ!」


ユイが思わず顔をしかめると、悪魔は目を見開いて怒った。


「古いとはなんですか!これは古から伝わる強力な魔力が備わった手紙ですよ。」


「あぁ、そうなんですね。私が小学校とかの時に確かすこーし流行った覚えがあったもので。懐かしいなあーなんて思っちゃいました。」


するとそれを聞いた悪魔が、本当におかしそうに笑う。


「そんな人間の子供が描いた不幸の手紙もどきと一緒にしないでいただきたい。」


「、、、と、申しますと?」


「これは悪魔の私が丹精込めて魔力を封じ込めた正真正銘の不幸の手紙です。」


「この手紙の差出人はあなた。

 宛先はあなたが不幸にしたいと思う人なら誰でもかまいません。

 そして、この便箋には、その憎い相手をどのように不幸にするか、の内容をあなたが決めて書くのです。そして、私はその内容を実行します。」


「おすすめの不幸の内容は、ズバリ死デス。」


悪魔は欲望を丸出しの笑顔でにんまり笑うので気味が悪かった。


しかしユイの心は動かなかった。


「お返しします。私は自分の境遇は自分で招いたものだし、友人は関係ないと思ってますから。大体、友人が不幸になったからって、私が幸せになれるなんてこともないし、わざわざ不幸な人口増やそうとも思わないので。」


ユイが悪魔に封筒を突き返したが、悪魔はそれを受け取らなかった。

代わりに意味ありげに、笑う。

薄気味悪かった。


「とにかく持っていてください。

 きっとそのうち、必要になりますから。」


そう言って悪魔はスゥと消えた。

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