24.ジェラサローナの書状

 ジェラサローナがバシレイアへと送ろうとしている書状の写しが届いたのは、エヴェンが帰還して数日後のことである。エデルから送られてきたその書状の内容は想像してはいたものの、こうなると溜息ためいきが出てしまうのもまた事実だ。

 アヴレーク・イラ・アルワラの死について、その責を問う。

 これをバシレイアが呑んでしまえば、折角としているアヴレークの死は決定付けられてしまう。ジェラサローナ一人の策とも思えず、どうせ小賢しい誰かの策なのだろうという想像はついた。


「ルシェ、飯だぞ……どうした? 難しい顔だな」

「え? あ、ああ。すまない、考え事をしていたところだ」


 何もわざわざ当主がすることではないと思うのだが、ハイマが食事のプレートを持って隣室から続く扉のところに立っている。ルシェはまだエクスロス一族と同席して食事をすることはなく、この部屋でおとなしく与えられた食事をとっていた。

 当初は一日二回、決まった時間という食事に慣れなかったものだが、食べろとハイマに言われているうちにすっかり習慣づいたものである。


「食事の後に時間を貰えるか。相談がしたい」

「構わねぇよ。何なら俺もここで食べるか?」

「何の理由もなく部屋で食事をすれば疑われることになるだろう? リノケロス殿以外には露見していないことだ、いつも通りの方が良い。それに、そこまで緊急というわけでもないからな」

「そうか」


 優先順位は高いが、さすがに今すぐにというわけでもない。そもそも焦ったところでこの内容については擦り合わせも必要で、実際に戦争に関わった領地と方向性を揃えておく必要もある。つまり、どの道クレプトやデュナミスとも相談することになるだろう。

 もちろんハイマとルシェの間で共有して、ある程度の方向性は決めておかなければならない。ただそれは今すぐに食事の時間を惜しんでというものでもないだろう。


「じゃ、後でな」


 食事のプレートを机の上に置いてから、ハイマがルシェの頬に軽く口付けを落として去っていく。

 こういうものはどうにも慣れないのだが、バシレイアの文化はこういうものらしい。オルキデでも夫婦や恋人ならばままあることではあるが、こう事あるごとにというものでもないように思う。

 とはいえルシェも実際に目にしているのはリヴネリーアとアヴレークくらいのものであるので、そこまで詳しいわけでもない。

 最初こそ慌てふためいたものだが、今となっては少し恥ずかしいくらいのものだ。これにも慣れてしまったのだろうかとそんなことを考えてから、ゆるく頭を横に振る。

 行儀は悪いが、書状を確認しながら食事をすることにした。プレートの上には控えめな量の野菜料理と肉料理が並んでいる。食堂では大皿に盛って出されるらしいそれを、使用人がわざわざ別で取り分けてくれているらしかった。

 食べきれるだろうかといつも思うことを心配しながら、ルシェは料理に向き合うことにした。


  ※  ※  ※


 ルシェも食事を終えたところで、ハイマが部屋へと戻ってきた。食事のプレートはハイマが呼んだらしい年配の女性使用人が回収して、どこかへと持って行く。

 使用人たちがどこで何をして片付けているのか、エクスロスのことをルシェは知らない。シュティカの内部であれば知っていることも多いが、だからといって手伝うようなこともない。そもそもそれは使用人の仕事であり、身分が上の者がすることでもない。むしろそれに手を出そうものなら、使用人の仕事を奪うとして後ろ指を差されることだろう。


「これなんだが」

「見て良いのか?」

「むしろ見てもらわねば困る。一応経緯を説明しておくと、第二王女が女王陛下の目の前で死んだ。第一王女が女王陛下を糾弾し、陛下を幽閉した上で、自分が女王の代理となると発表している。その第一王女が一番最初にしようとしているのが、バシレイアへと書状を送ることだ」


 エデルはわざわざオルキデの文字とバシレイアの文字と、二通りで書状を書いていた。おそらくハイマが読むだろうことを想定してのことだろう。

 ハイマが書状を上から下まで眺めている間に、ルシェは再び口を開く。


「内容としては、オルキデ女王国宰相アヴレーク・イラ・アルワラ死亡の責を問う。死亡した場所が場所だ、一応陛下の命令で閣下と私は行方不明ということになってはいるが、そんなものバシレイア側の与り知らぬところだろう。これでバシレイアの王が知らぬ存ぜぬをしてくれるのならば話は早いが、おそらくそうはいかないだろう?」

「無理だろうな。その第一王女の近くにあのババアと通じているのがいれば尚更だ」


 ハイマの言うババアというのは、皇太后のことで間違いない。

 彼女が何を考えているのかは分からないが、ルシェが彼女の部屋から奪ってきた書状からしても通じていることは間違いない。

 ただその相手が、今もあの書状の相手かどうかは分からない。もしかすると奪ってきた書状の相手は開戦まで通じていただけで、その後は通じている相手が変わっている可能性もある。


「それについてだが、ファラーシャが報告を上げてきた。デュナミスでカフシモ殿が妙な石を拾ったというので調べたそうだが、それがロードクロサイトだった。しかも透明度の高い希少鉱石の一部」

「宝石か……」

「そうだ。希少鉱石の流通量がおかしいと報告は受けていた、それも武器に転用できるようなものではなく、装飾品に使うようなものが」


 それはシアルゥとラアナが報告をしてきたもので、アヴレークとも話をしていたものだ。軍事転用できるようなものではなく、宝石として使うものばかり。だからこそシアルゥたちが報告してくるまで露見しなかったというのもある。

 軍事転用できるものについては厳密に扱うようになっているが、装飾品にするようなものはそうではない。ただ希少価値があるというだけであり、値段が高くなるだけのものだ。


賄賂わいろだな?」

「おそらくは。そして宝石ともなれば渡す先は女性だろう。それがなぜデュナミスにあったかは……デュナミスで加工をしたと考えるべきか。その辺りは私は興味がないからな、貴殿らが調べたいのならば勝手にしてくれ。ファラーシャならば調べ上げているかもしれないが」


 大方デュナミスの後継者争いの一環なのだろうが、そこはルシェが介入するような部分ではない。デュナミスについては問わねばならないことは別口であるものの、それはハイマを問い質すようなものでもない。


「で、だ。このロードクロサイトが問題なんだ。色からしてもアレはオルキデでも採取できる場所が限られている。ただその採取場所があるからといって、その家ばかりも疑えない。その家に嫌疑をかけるために誰かがわざと混ぜ込んだ可能性もある」


 希少鉱石が採取できる場所は限られている。ましてロードクロサイトとなれば、透明度や色合いでどこの鉱脈から採取されたかが分かるものだ。

 これが採取できるのはガドール公爵領にある鉱脈だったとルシェは記憶しているが、果たして本当にそうなのか。実際にはラベトゥルが通じていて、ガドールに嫌疑を向けるために混ぜたという可能性も否定できない。


「これを手にできる人間は限られているからな……まあつまり何が言いたいかというと、おそらくこれは皇太后への賄賂わいろであり、鉱石の状態で運ばれてきた。それをデュナミスで加工したのだろうが、こうして破片が出ているところを見るとあまり加工技術は高くない人間の所業しょぎょうだな。そしてその賄賂わいろを渡した人間はおそらく第一王女の近くにいて、閣下が死んでいることも伝わっている」


 どれだけオルキデ国内で伏せたところで、バシレイアの、あの講和の場にいた人間は誰もがアヴレークの死を知っている。ましてあれはおそらく皇太后が命じたことなのだから、伏せるも何もない。

 もしも手が打てるのならばその件については報復をしたいところではあるが、ルシェが勝手な手出しをするものではないだろう。

 どうせいつか、報いは受ける。シャムスアダーラとカムラクァッダが見ている以上、人間は己の行いについて報いを受けるものなのだから。


「先ほど貴殿の言った通り、皇太后と通じている人間がいるのならば、確実に皇太后に閣下の死を認めさせることだろう。ならばそこを回避するのではなく、この書状の通りにする場合にどの方向性に持って行くかをこちらの思惑通りにするのが重要だ」

「リノケロス・エクスロスの首を落として再度戦争をするか、オルキデに人質を差し出すか、か。兄さんの首を落とせとはまた、物騒だな?」

「そこはな。リノケロス殿とファラーシャの婚姻関係が続く限りは停戦となっているだろう。さすがの第一王女もファラーシャを殺せとは書けなかったらしい」


 実際のところは名指しされているわけではないが、エクスロス家の誰かとオルキデの臣民という条項であることに変わりはない。その婚姻を解消する方法は、どちらかが死ぬか、あるいはエクスロス家の上位者とオルキデの王族両方が合意することだ。

 ハイマはまず首を縦に振らないだろう。リノケロスがもっとファラーシャを放置しているのならばできなくもないだろうが、現実そうではないのだから無理な話でしかない。


「現実的なのは人質だろう。ならばその選定をしてしまい、その人物になるように仕向けるのが一番楽だ。いや、楽かどうかは私が言うことでもないか……貴殿ら当主が集まって決めることになるだろうからな」


 再戦に対する抑止力のつもりなのだろうか。けれどジェラサローナがその人質をどう使うつもりか、それはルシェでも見当がつく。

 人質が死ねば、再戦には一歩近づくのだ。ジェラサローナにとってはクルタラージュを引きずり落とす意味でも、自分が継承権争いで抜きんでるためにも、戦争は必要なのかもしれない。


「人質か。フローガを出しても良いが」

「貴殿の同腹の弟か? 自分の身を自分で守ることになるが。おそらく命は狙われるぞ」

「あー……それくらいはできる、んじゃねぇかなあ」


 ハイマの返答はどうにも歯切れが悪い。

 間違いなく人質は命を狙われる。人質を殺そうとするのは、何もジェラサローナだけではない。クルタラージュの陣営も、おそらくは刺客を向けてくる。

 エヴェンをつけるわけにはいかない以上、人質の護衛はエデルにでも頼むことになるだろう。彼女ならば一人くらいは守れるだろうが、やはり自分の身は自分で守れる程度でなければ困るのだ。


「それについては、クレプトとデュナミスにも聞いてみねぇとな」

「そうだな……その際にはさすがに同席したい。姿を見せても?」

「まあ、大丈夫だろ。根回しもじきに終わる」


 それにしても、どうにも短絡的というか、ジェラサローナの書状は罠を疑ってしまうほどに単純だ。けれどもう一度上から下まで見たところで、書かれている内容が変わるわけでもない。

 どうせならもっと有用なものを引っ張り出せばいいものをと思いはするが、ルシェはそこについて口を噤んでおくことにした。どうせ、言ったところで意味はない。

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