10 いい趣味を見付けたらしいな
やれやれまったく、とリノケロスは大きく息を
彼女が
「はあ……」
リノケロスにしては珍しく、重い
バシレイアでは各家ごとに、大まかな性格の傾向がある。遺伝なのかあるいは生活環境がそうさせるものかはわからないが、なぜか似たような性格の人間が育ちやすい。
エクスロス家は大概血の気の多い人間が多かった。それぞれ
ラグディナはそういったエクスロス一族のあまり
どうにも
父親にすらどうしようもできなかったものを、今の当主であるハイマが制御できるはずもない。結果、彼女は野放しだ。
そんなラグディナを、規律を重んじて礼儀に厳しいファラーシャは到底見過ごせなかったのだろう。
(さて、どうするか。)
他人のことでそうも真剣に感情を荒げられる精神は、リノケロスにはない。そういう点についてだけは、ラグディナに感心してすらいる。
ただ、
「兄さん」
隣に立つラグディナがむっすりとした顔でリノケロスを見上げている。ほんの少しばつの悪そうな顔をしていはいるが、これは決してファラーシャを怒らせたからではない。彼女はただ、リノケロスの手を
リノケロスが真実
「ファルは俺の妻で、お前よりも序列は上だ。勝手は許さんぞ」
「しかし……」
貴族というのは家族の中であろうとも序列が決まっている。当然ながら当主が一番上で、そして二番目からは男女問わず年功序列だ。つまりエクスロス家で言うならば、ハイマ、リノケロス、ラグディナ、末弟のフローガ、更に従妹のスキラ、と続いていく。
リノケロスの妻であるファラーシャは、リノケロスの次席、つまりラグディナの一つ上の序列となる。
エクスロスは伝統的にそこまで家の中の階級を重んじる家ではないが、無礼は無礼だ。尚も言い募ろうとするラグディナを、リノケロスはひと
「いいか。現状、俺の意に沿わないのはお前だけだ。二度目はないぞ」
突き放すような口調は
足早に去って行くラグディナの姿が廊下の曲がり角に消えるのを見届けてから、リノケロスは息を
(いっそのこと、もう一度家から離すか……?)
リノケロスが戦争から戻り、そしてファラーシャがやってきてエクスロスに馴染むまでの間、リノケロスはハイマと相談してラグディナを遠方への仕事に出していた。ただでさえ異国の地で、そこにああいった面倒な手合いがいてはファラーシャの気も休まらないだろうと話し合ってのことである。
案の定ラグディナは兄の結婚を聞いて荒れ狂ったので、そんな彼女の頭を冷やすための期間でもあったのだが。
ラグディナからファラーシャへの当たりが強くなるのは予想していたが、その延長として彼女の母国まで
そもそも国よりも各領地ごとの意識が強いバシレイアでは、王を
ラグディナがどれほど
ある意味ではオルキデよりも身分の貴賤に対する意識が低いのかもしれない。
(だが、なるほどな。ファルはそういう風に受け止めるのか。)
残った片方の腕で
※ ※ ※
ファラーシャの言いつけ通りにリノケロスが一人大広間で食事をとっていると、もの言いたげなハイマの視線が突き刺さった。だがそれについては綺麗に黙殺する。
ラグディナはと言えば何食わぬ顔で食事の席に座っていたので、本当に
おそらく、望みは薄い。
「ハイマ、後で話がある。部屋に行くから、片付けておけよ」
「わかった」
さっさと食事を終えて席を立つハイマに声をかける。彼は
彼が部屋の中に宝物を隠していることをリノケロスは知っている。だが、知らないふりをしてやっている。知らないままでいてやるからせめて隠しておけと、そういうことだ。
ファラーシャが隣にいなければ、リノケロスもまた食べ終わるのは早い。ハイマが片付けたであろう頃を見計らって席を立つ。
先ほどからちらちらと見てくる視線が
彼はエクスロス家にしては珍しく、武人ではない男児だ。年が離れているせいでリノケロスはほとんどフローガと関わった記憶がない。だが、彼が幼い頃は父がよく
武器を扱う適性がないと判断されたのがいつ頃なのかは定かでないが、いつからかフローガは一日のほとんどを執務室で過ごし、書類整理や内政を主に手掛けるようになった。
決してリノケロスは彼が嫌いではない。彼の存在そのものを嫌う理由もない。ただ時折向けてくる
声をかけてこないのならば用はないと判断して、リノケロスはさっさと大広間を出た。
宣言通りにハイマの私室へと向かえば、そこはいつか見た通りにハイマ一人が使っている部屋のままだった。ふん、と鼻を鳴らす。
「ラグディナをどこか遠いとこに出せ」
できれば嫁に出すのが一番だがと付け加えると、ハイマがとても嫌そうな顔をした。
「相手がいねぇよ」
「いないものを作り上げるのが貴族だろ」
「兄さん、泥から人間は生まれねぇんだぜ?」
「どっかの誰かならやれるだろうさ」
「じゃあそっちに頼んでくれよ……」
実に頭が痛そうな顔をしているハイマに、もう一度鼻を鳴らす。
何が起こったのか知っているのか、ハイマは詳しいことを尋ねてこない。聞かれれば話すつもりでいたが、聞かれないのに話そうとは思わない。
結局言いたいことだけを言って、リノケロスはさっさとハイマの部屋を後にした。これからファラーシャともう一度話をしなければならない。
足の悪いファラーシャのために部屋を一階へと移したが、最上階のハイマの部屋からは少し遠い。階段をいくつも降りなければならなかったが、武人にとっては大した運動でもなかった。
(ファルは機嫌を直しているか……?)
目下、リノケロスの最大の
万が一まだファラーシャが気分を損ねていた場合は、今夜は別室で過ごさねばならないが、果たして。
彼にしては珍しくほんの少しだけ緊張しながら自室の扉を開くと、そこにいたのは意外な人物だった。
「何をしている、フローガ」
こちらを向いて椅子に腰掛けているファラーシャの目の前に、末弟のフローガが
ほとんど無意識に、腰に下げている剣に手が伸びた。かちゃりと金属音が鳴って、初めて自分が剣を抜きかけていることに気づく。
「旦那様、フローガ様は手当をしてくださっていただけですわ」
フローガが飛び退くように振り向いて、ファラーシャから離れる。
声をあげてリノケロスを制したファラーシャをじっと見つめれば、彼女は視線を逸らさず見つめてきた。その瞳の中に嘘がないことを確信して、リノケロスは手を剣の柄から離す。
「申し訳ありません……」
そそくさと部屋を出ようとしながら、フローガがリノケロスに頭を下げる。その表情に
いくら
「知らん間にいい趣味を見つけたらしいな」
かっとフローガの耳に
それを見送ることなく、リノケロスは部屋へ入って扉を閉めた。にこりと
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