11 出迎え前の邂逅
リノケロスがいくら友人とはいえ、勝手に来て勝手に遊んで帰ってくれというわけにもいかないのが貴族付き合いの面倒なところだ。個人的な連絡しかなかったのなら
つまり、リノケロスをエクスロス家からの正式な客人という扱いにせねばならない。
「めんどくさ……」
正直に言えば、戦後処理が山積みなのでそんなことに時間を割いている暇はない。エクスロス家は平和そうで実にいいことである――
そもそもデュナミスを訪れても楽しいところなどほとんどない。ただ岩山が
唯一見ていて楽しいかもしれない光景としては、
「ん……?」
手紙に記されていた日付にはまだ数日の余裕があった。招き入れる場所になる可能性が高い自身の別宅を片付けねばと思いながら街を歩いていると見慣れない石を見つけて、つい足を止める。
「なんだ、これ」
デュナミスの街では、時折鉱石が落ちている。山盛り運んでいる荷車の中から落ちたものであったり、加工した後の
カフシモが目に留めたのは、美しい
「何だ? 見ない石だな……?」
デュナミスには様々な鉱石が集まってくる。それは産出できるものだけではなく、宝飾品へと作り替えるための輸入品も含まれる。
そのため見慣れない宝石があることは特別不思議ではないが、扱いの難しい、あるいは珍しい宝石は大抵カフシモの所に回ってくる。そういう宝石を持ち込む客は大抵が貴族で、平民の技術者ではやりとりが
「誰がやったんだ?」
見慣れない鉱石がここに落ちているということは、誰かが持ち込み加工したということだ。だがそれは、カフシモではない。とすれば、一体手掛けたのは誰なのか。
珍しい宝石を持ち込むような相手と話ができるのは、カフシモの他にはピルとゼステノだけだ。ピルは寝込んでおり、明日をも知れぬ重症であるとか話もできないとかいうわけではないが、仕事の話をすることはもうほとんどない。
だから、残る可能性はゼステノのみだ。
手の中の宝石は、ただ静かにそこにある。物言わぬ石は誰の手によって小さくなったか語ることはない。
何となく、嫌な予感がした。
(リノケロスに聞いてみるか。)
オルキデ女王国は宝石の産地でもある。デュナミスでもかの国から持ち込まれた宝石を加工することも多くあった。ファラーシャであれば、この宝石が何でどこで取れるものなのか知っているかもしれない。
カフシモはぎゅっと手の中に石を
※ ※ ※
家の片付けや武器防具の修繕をこなす日々の中、半ば忘れかけていた頃にリノケロスらはやってきた。
一向に出迎えに行く気配のないカフシモに気づいたゼステノが遣いをやってどやしたので、ようやくカフシモは今日がその日だと気づいたのだった。
「ったく……じゃあお前で行けよ……」
愛馬を連れてぶつくさと
出くわしたところで出迎えということにすればいいかと
デュナミスの街アンティカトを出ると、絶え間なく響いていた
道に沿うように、あるいは岩山に張り付くように点在する村には先の戦争で働き手を失った家も多い。彼らへの補償もしなければならないが、果たしてゼステノは処理したのだろうか。間違いなく書類は渡しておいたのだが。
「あの……! 困ります、やめて、ください……」
かっぽかっぽとのどかな足音を立てていたカフシモの耳に、不意に泣きそうな声が届いた。
一見すると何も見えず聞き間違いかとも思ったが、道から少し外れた場所にある岩陰で何かが動くのが見えた。
「大人しくしてりゃ優しくしてやるよ」
「ほら暴れんなって」
恋人同士のあれやこれやであれば場所をわきまえろと思いはするが、勝手にさせておく。けれどこれは、どう
舌打ちして、護身用として常に身に着けている短剣を抜いた。常日頃から大きな剣を腰にぶら下げて居られるのはエクスロス家かディアノイア家ぐらいのものだ。
デュナミス領は決して治安がいいとは言えない。悪いとまで言うのは言い過ぎであるが、夜間の女性の一人歩きが
昼日中ではあれど、声からしてまだ若い少女相手だ。一人で歩いていたのだとしたら、絡まれることも珍しくはないだろう。
「おい、そこで何をしている」
わざと足音を立てて存在を
対して、絡んでいる男は三人。
少女はどうにも気が弱そうであるし、強く物も言えなさそうだ。先ほどの声は泣きそうに震えていたし、見た目通りということだろう。
「女一人に三人がかりか、嘆かわしいな」
「チッ! 逃げろ!」
カフシモが誰なのか知っていたらしい男たちは、あっという間に逃げていく。徒歩だというのに足の速いことだ。
手を離されたはいいが、力が抜けてしまっているのかすとんと少女がその場にしゃがみこんでしまう。カフシモは彼女にゆっくりと歩み寄り、
「おい、大丈夫か?」
見慣れない顔と服装をしていることから、少なくとも領地の民ではないことは
顔の半分を
自然な火傷にしては場所と焼け方が不自然だ。とは思うが女性の
見つけたハンカチは無地のもので、顔につけていてもさほど違和感はないだろう。
「よかったら使ってくれ……おい、本当に大丈夫か?」
「あ……え、えっと……あの、その……」
顔の
「え、おい、ちょっと待て、なんで泣く!」
ぐすぐすと鼻を鳴らし始めたあたりで、カフシモは心底慌てふためいた。これではまるで自分が泣かせているかのようではないか。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……気持ち悪くて、すみませ……な、
それでも彼女は泣き止まず、カフシモは名前も知らない少女をどうやって介抱したらよいのか、
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