10 「灰」の異母兄弟
もうもうと立ち上る
岩山に囲まれるような形で作られた街は音はとてもよく反響し、慣れない人間は耳鳴りのような音が続いて気分を悪くすることもある。生まれた時からこの街で育っているカフシモなどは反対に他の街へ行くと静かすぎて落ち着かないのだけれども。
デュナミス領には大きな街が二つある。アンティカトとプトリスモスと名付けられた街は、はそれぞれが一つの岩山のようになっている。互いにつり橋でつながっているおり、遠くから見れば街の屋根がゴツゴツとした岩山に同化して見えるせいでそこに街があるとは
言い伝えによると、かつてはこの地はドラゴンの
デュナミス領で多く産出する鉄や銅などの鉱石はドラゴンが残した遺物であり、彼らの
そんなことをふと、思い出した。何とも信じがたい話である。
「ほんとかどうか知らないけどな」
ついそれを口にして、カフシモは苦笑いしながら赤く焼けた鉄を冷却水に
だが、そうだと思うと途端に触れるのが
「よし、こんなもんだろ」
カフシモが現在手掛けているのは、戦争で
デュナミス領の収入源の八割を占めるのがこれらの
「カフシモ様、おられますか?」
ふう、と一つ息を吐き出して続きの作業に取り掛かろうとしたカフシモの耳に小さな音が届いた。カフシモが使っているこの部屋は扉が分厚く、窓も最低限の採光のための小さなものしかついていない。
いや、もしかしたらこれが何度目かの呼びかけだったのかもしれない。
「どうした?」
悪いことをしたかと思いながら、返事をしつつ扉を開ける。
長い時間
「ゼステノ様がお呼びです」
扉の外に立っていた使用人は、手短に用件を伝えるとさっさと去っていった。面倒ごとの気配がして、カフシモは
同年の異母兄弟であるゼステノとは全くと言っていいほど気が合わない。お互いに向いていることも得意なことも真逆であり、ともに何かをするという経験に
「チッ……」
馬術も下手、用兵もできない、そして
だからといってゼステノを殺せば全て丸く収まるのかというとまたそれも違う。彼を支持する一派もやはりいて、彼らが暴動を起こしかねない。デュナミスを真っ二つにしてまで争いたいかと言われればカフシモはそこまでの欲はなかった。ないからこそ、
いっそのことピルがはっきり決めてくれれば話は早いのだが、彼はとにかく妻たちに弱い。気の強い妻を二人も別の領地から
「……病気の一因、心労じゃね?」
カフシモは常々、そう思っている。
※ ※ ※
「よお。用事だって?」
カフシモにはわざわざ扉を叩いてやるような優しさはないので、ゼステノの執務室を足で
体の厚みがカフシモの三分の二ぐらいしかないようなこの男が、ゼステノ・デュナミスだった。
「……礼儀を知らないのか野蛮人」
「来てやっただけありがたく思えクソモヤシ」
わざと低められた声は早口で、相変わらず聞き取りにくい。椅子をすすめられるようなことはないと知っているので、備え付けてある応接用のソファに勝手に座る。
ゼステノは物言いたげな様子を見せたが何も言わず、代わりに一枚の紙を
「それが用事だ」
「落ちたぞ。拾えよ」
「は? お前が拾えば?」
ひらりと舞う紙がまっすぐ飛ぶわけもなく、ゆらりと空中を
だがゼステノは机の上の紙を示して忙しいことを示してきた。硬直した室内の空気は、しばらくの間そのままになる。
「……チッ」
カフシモが動かないでいると、ややあってゼステノが舌打ちをした。そういう時の仕草ばかり似ている気がするのは大変
「リノケロス・エクスロスがやってくるんだそうだ。お前、適当に相手しておけよ」
「は? リノケロスが?」
お互いに拾う気がないと悟ったゼステノが、口頭で用件を伝えてきた。最初からそうすればいいのにと思うが、余計な口を挟むと口論が長引くので何も言わないことにする。
だが、内容が不思議だ。
リノケロスは確かにカフシモとは親しいが、ゼステノが親書を受け取っているということはエクスロス家からの正式な知らせだ。つまり、個人的に会いに来るなどといった内容ではない。
「新婚旅行だと。あの
「へえ……」
鼻で笑ったゼステノより何より、新婚旅行という響きがリノケロスに似合わなさ過ぎてカフシモは笑いを
政略結婚にしては割と気に入っているような言動をリノケロスがしていたので、ああいう女性が好みなのかと、何となく納得したことをよく覚えている。
(いや、だからってなんでここに?)
それはそれとして、デュナミスを訪れる理由はよくわからない。
エクスロスも同じだが、岩場の多いデュナミス領は足の悪い彼女にとってはあまり過ごしやすい場所とは言えないはずだ。
「まあいいや。わかった」
要件はそれだけとみたカフシモは立ち上がる。笑いの発作は何とか腹の奥に飲み下した。
ゼステノに使われるのは腹立たしいが、彼に全て任せてリノケロスの
ゼステノなどあっという間に首を
(……ん?)
落ちた手紙をせっかく立ち上がったのだから拾ってやろうとゼステノの机の前で
ゼステノがつけるにしては、甘すぎる。この香りは女性用の香水だろうか。
「おい。ぼーっと突っ立ってないでどけよ。そこに立たれると邪魔なんだよ」
「は? 何の邪魔になってんだ言ってみろよ」
どこかで
そのままさっさと出ていくと、大した強さで蹴っていないはずだが、ゼステノの悲鳴と紙が落ちる音が追いかけてきた。
「馬鹿じゃねーの」
ぎゃんぎゃんと吠える声を
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