14 そういうことだ
「ここまででいい」
出迎えてくれたオルキデ軍の兵士に、ハイマは軽く手をあげて別れを告げる。オルキデ軍の陣地もほとんど解体が終わっていて、
詳しく聞いたことはないが、ルシェはオルキデ国内でもそれなりの立場だろう。部下も持っている。となれば当然ハイマとの打ち合わせにだけ時間を使えるわけではなく、それ以外で行わなければならない仕事もあるはずだ。
てっきりハイマは天幕にいる別の誰かをそういう用件の相手だと思ったのだ。だからこそ足を
約束の時間になっているのだからとずかずか踏み込んでも良かったのかもしれないが、どれほど気を許していても他国の人間に聞かれるとまずい話もあるだろう。だからこそ、ハイマはあえて足を止めた。ハイマが来るとわかっていて声も聞こえやすいこんな場所で重要な話をするほど、ルシェは
「……ん?」
だが風に乗って耳を澄ませずとも聞こえてくる声が、思っていたものと
首を傾げて、数歩近づき耳をそば立てる。万が一聞かれてはならない話であれば、後から記憶を消去する
「お前は俺の物だろう、ルシェルリーオ!」
聞こえた声はどう控えめに聞いても怒声であり、言葉だけならば相手を口説いているとも受け取れなくない。だがその声が
「痛い、離せ!」
ルシェの悲鳴が聞こえた、ちょうどその時にハイマは天幕の入り口を跳ね上げた。太陽を背負ったハイマは一体彼らにどう見えているのだろう。
今まで出会ってきたオルキデ人と比べるとかなり大きな体格をした男が、地面にルシェを押し付けている。もう少しハイマの到着が遅れているか割って入るのを
その時には、ルシェは。
そこまで考えが及んでハイマは
「取り込み中か、ルシェ?」
わかっていたが深刻な顔をするのもルシェに気を
「はあ……すまない」
「……大丈夫か」
ハイマとしては襲われかけていた相手に対するごくごく一般的な問いかけだった。だが、なぜだかルシェは目を見開いている。そんなに驚かせるようなことを言っただろうかと、ハイマは内心首を
ひょっとすると講和の会議をするはずだった場所で何をしている、などと怒ると思っていたのかもしれない。もしこれが真実ルシェとこの名前も知らない男が恋人同士で相引きしていたのだとしたら、ハイマとて怒っただろう。だがどう
「一芝居打つ、不快なら後で
ハイマがぼんやりとルシェの不可解な反応について自分なりの
男が斬りかかってきそうならともかく、そんな
特に何も考えず、キスをするときの作法として腕をルシェの腰に回す。どうやら自分たち二人がそういう関係だとあの男に知らしめたいらしい、とハイマはルシェの口を離さないままに薄ぼんやりと現状を理解した。
ちらりと見た男の顔は、赤くなったり青くなったりと忙しい。そのまま
「んっ……ふ、ぅ……」
ルシェが苦しげな息を吐いてハイマの胸元に
「はあっ……は……」
肩で息をしているルシェは、ひょっとするとこういうことには慣れていなかったのだろうか。引き寄せてきたので、てっきり
つい
「そういうことだ、いつまでそこにいる。とっとと立ち去れ」
「
文字通り捨て台詞を
だがそれほど動きの早くない男に黙ってぶつかられるほど、ハイマは
「大丈夫か」
本日二度目の問いかけには、返事がなかった。その代わりに震える手でルシェがハイマを押し
その手の震えは果たして先ほどの男から与えられた感情に
「悪かったな。つい」
つい、で終わる話なのかはともかくとして、
それ以上何も言うまいと思っていたが、案の定ルシェは何かを
「いや。こちらこそ、見苦しいものを見せた」
口調ばかりはいつものルシェだったが顔は笑ってしまいそうになるぐらい真っ赤で、とてもあの
せっかくルシェがいつも通りを装おうとしているのだから、ここは合わせてやるのが優しさだろう。たとえそれが、
「それで。日取りの件だが」
「彼女の準備にはどれくらいかかる?」
気を取り直して、用意されていた椅子に二人とも腰を下ろす。幸いなことに先ほどの
水や食料は非常に値が張るのだと、以前エクスロスへ泊まった時にルシェは
「大層なものにするつもりはないから、それほどかからないだろう」
「そうか……それなら一週間後の今日はどうだ。収穫祭があって、誰も彼も忙しくしてるからな。馬車が一台通ったところで気にされねぇだろ」
「そうか、わかった」
バシレイアは毎年、夏から秋に移り変わるこの時期に収穫祭を行なっている。滅多にない国全体が同じ日に行う行事だ。大々的な祭りが開かれるのは穀倉地帯であるアグロス領やディアノイア領だが、エクスロス領とて無縁ではない。もっと言うのならば、オルキデにつながるキャラバンも無関係ではない。
どこの領地も、去年採れた収穫物を格安で売り払い、新しい恵みをたっぷりと
「ルシェ?」
手元の紙に何か書き付けているルシェの行動がどうも
今まで密約が
「えっ? あ、ああ、そ、そうだ、ええと……私は所用で行けないからな、本人と侍女と護衛の三人だけで向かうことに、なる」
「はあ、そりゃ構わんが」
「それで経路、だが!」
いっそ不自然なまでに、ハイマの方を見ない。髪から
そんなことを考えながら、ハイマはルシェが地図を広げて早口で
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