7 手痛い躾
最初に彼女を見た時の感想は、背が高いなという実に見た目通りのものだった。
人間は外見ではなく中身だと言う意見もあるが、リノケロスはそうは思わない。
ファラーシャ・バルブールと名乗った女性は、そういう意味ではリノケロスの興味を引く外見をしていた。背が高くて、おっとりした
本来の貴族同士の見合いであれば、少し話をした後は本格的な食事でもとなったり、あるいは領地の案内をしたりするのだが、今回は講和のための結婚の顔合わせである。
「時間だな。そこまで送ろう」
万が一のことがあってはいけないので、一定の時間になると兵士が呼びに来る
つかつかとファラーシャの方へ歩み寄り手を差し出すと、彼女は驚いたように銅色の目を丸くした。
「どうした」
女性の手を引いてエスコートするのは最低限の礼儀の一つである。リノケロスとてそれは例外ではない。
そうするべきだと教えられているから、息をするよりも簡単にその仕草が出る。だが、リノケロスは触れたくないほど嫌いな相手や関係がどうなってもいい相手にはそんな真似はしない。本人が意識するかしないかはともかくとして、リノケロスがファラーシャのことを気に入ったのは確かだ。
「いえ。ありがとうございます」
戸惑っていた様子のファラーシャは差し出された手とリノケロスの顔を
片手をリノケロスの手に
外で
「ありがとうございました」
「道中、気を付けて」
バシレイアでは見慣れない礼だが、オルキデ式の
がたごとと揺れながら遠ざかっていく馬車を
ふと、近付いてくる気配に足を止めた。一応振り返って、待っていてやる。
「兄さん」
終わったことを聞いたらしいハイマが、不安げな顔で近寄ってきた。この結婚話をリノケロスに持って来た時も、まるで
さしものリノケロスも、この結婚が講和のために必要なものであることぐらいわかっている。ここで無体なことや無礼をすればもう一度戦うことになる、と。バシレイアとオルキデ――というよりリノケロスたちとあの鴉と、お互いにそれは望んでいないからこそこうして
分かっているからこそ相手の女性に対して品定めするような心づもりではなく、極力長所が目に入るような気持ちで
「どうだった?」
本人は何食わぬ顔を
ふと、リノケロスはそんなことが気になった。エンケパロスに話を振るのかもしれないが、リノケロスよりもはるかに気難しく人の好き嫌いの激しい男だ。どうしても必要とあれば結婚するかもしれないが、さぞ
「断れ」
「えっ!」
「と言ったら、お前どうする気だ」
「え……えっ?」
どうもこの
それが大変に愉快なのだが、それはハイマ本人だけが知らぬ話である。
「話を進めておけ」
「え……あ、ああ……」
まだどこかぼんやりしているハイマの
戦時中ならいざ知らず、講和の話し合いをしている段階では常に防具は外しているのだ。生身でリノケロスの蹴りを受けて痛みに身もだえしているハイマを置き去りにして、リノケロスは自分の天幕へと戻り始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
涙目になって片足だけでぴょこぴょこ飛び跳ねながら、ハイマが後を追ってきた。そうしていると幼少期を思い出す気がする。
特別思い出して
「なんだ」
「気に入ったのか?」
「そう言ったが?」
リノケロスは
一度で話の通じない相手がリノケロスは嫌いだ。たとえそれが半分とはいえ血の繋がった兄弟であろうとも。
「言ってない……」
「何か?」
「なんでもないです」
小さな小さな声でハイマが
残念なことにリノケロスは耳がいい。おまけにこの距離だ。聞き落とす方が難しい。ぎらりと
そうして、ふと思い出す。
「ハイマ、戻ったら一階に部屋を用意しておけ」
「一階に? なんで?」
「彼女は足が悪いだろ」
エクスロスに限らず、貴族たちは基本的に自分の部屋を上階に持っている。それは
他領地からの敵襲に備えていたかつての名残を残しているという側面もあり、今なお
例に
おまけに、食事は一階の大広間で取るのが通常だ。食事のたびに杖をついて危なっかしく階段を上り下りするのはあまり望ましくない。毎日三回、そんなことを
「あ、ああ。うん、まあ、そうだな……」
講和としての結婚なのだからせめて
もう一度目を覚まさせてやるべきかと片足を振り上げて準備をした瞬間、ハイマが飛びのいた。
「わかった! 手配する! それじゃ!」
※ ※ ※
一方、逃げたハイマである。こちらもまた自分の天幕へ逃げ込んで、激しく震える心臓を
「いってぇ……」
じんじんと痛む
「……まあ、いいんだけどな」
まさかリノケロスが前向きに承諾するとは思ってもいなかったので、少々反応が遅くなってしまったハイマである。おかげで手痛い
珍しいこともあるものだと、手紙を書きながらハイマは思う。バシレイアの貴族は、そのほとんどが政略結婚だ。早ければカフシモのように成人してすぐ結婚する。遅くとも三十になる前には結婚しているか、少なくとも話が決まっていることが多い。だからこそリノケロスのように三十半ばで完全なる独り身というのは珍しかった。
異母兄に早く身を固めてほしいと思っていたハイマにとっては、嬉しい誤算ではある。
「こんなもんか」
手早く、けれど乱雑にならないように気を付けた手紙に息を吹きかけて、インクを乾かす。リノケロスの気が変わらないうちに、早く話を
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