第8話
「お前のせいで真信乃が苦労してるんだろうが」
「たしかに私も迷惑かけましたが、あなたはそれ以上に迷惑をかけてますでしょう!?」
「僕が真信乃に迷惑を? そんなこと一度も言われたことないなあ」
「嘘吐かないでください! そのにやけ顔! 気持ち悪いからやめてください!」
「そうやって人のことを平気で傷付けるやつ、真信乃が一番嫌うタイプだよなあ」
「あっ………あなたに言われたくありません!」
真信乃はまぶたを開いた。白い天井をバックに、自分のベッドを挟んで二人の人間が言い合っている。寝起きの脳には騒々しい―――そう思っていると、女の方と目が合った。
「マノセ君! やっと起きましたか!」
桃色の髪をした少女は、真信乃に顔を近付けようとした。しかし、男に制止させられる。
「うるさい。お前、少しは人の気持ちを考えたらどうだ?」
「だから! あなたには言われたくありません!」
「僕は人に気遣いのできる男だぞ。真信乃にもそう言われた」
「嘘吐け!」
再びいがみ合う二人に、真信乃はあきれ顔を浮かべた。
「稀歩、仲斗、二人ともうるさい」
むくりと起き上がり、真信乃は自分の身体を見回した。傷も痛みも無く、不調でもない。続けて彼は稀歩を見た。
「稀歩、希緒は?」
「……キオ?」
「ああ………お前の転生士は?」
「彼は……気付いたらもう、いなくなっていました」
「そうか……」
成仏できたんだなと、真信乃は安堵する。そんな彼に、稀歩は頭を下げた。
「ありがとうございます。マノセ君が彼を救ってくれたんですよね?」
「ああ」
「へえー。真信乃、すごいな。記憶魔法をかけて成仏させるなんて」
真面目な顔して感心している仲斗を、真信乃は訝しげに見上げた。
「お前はどうやって処置してるんだ? 意識が飛んでる様子も無いし」
「長期戦は不利だし、侵入してすぐ殺す。意識は半分飛ばしてるな。真信乃と違って僕は熟練の魔導士だから、そういうことも可能なんだよ」
「転生士の〝思い〟に苦戦しないのか?」
「そりゃ苦戦するときもあるさ。この前の執月とかいう女、あいつはとにかく『魔導士の世界』に固執してて、結構厄介だった」
「……そうか」
真信乃は辺りを見回す。以前入院していた病室だった。彼が経緯を確認すると、どうやら丸一日眠っていたらしい。
「現場の処理は騎士団が?」
「そうそう。僕が見に来たときには、餓鬼が必死に説明してたぞ。真信乃はまだしも、この女までぐーすか寝てたから、可哀想に」
「ぐーすか寝てません! いちいち失礼ですね!」
「はあー? わざわざ病院まで運んでやったのは誰だと思ってんだ? この僕だぞ?」
「なんだ仲斗、人に親切するなんて珍しいな」
「僕はいつだって人に優しいぞ」
「親切な人は身辺調査なんてしませんよね?」
「真実を暴くことは親切だろ? あ、真信乃、起きたら報告書書けって」
「ああ……まあ、そうだよな」
面倒くさいなと、真信乃はため息を吐く。それでも無理矢理身体を動かし、真信乃は本部へ向かうことにした。
「マノセ君、身体は大丈夫なんですか?」
「問題はない。むしろ快調だ」
「じゃあ真信乃、本部まで送ってやるよ」
「私も行きたいです!」
「いい、来るな。というか、じゃあってなんだ。快調だって言ったよな?」
「真信乃が快調だと余計に心配だ。調子に乗りそうで」
「たしかに。マノセ君、結構お馬鹿ですからね」
「そういう時だけ意見を合わせるな!」
付き添いをしようとする二人を無理矢理突き放し、真信乃は一人で病院を後にした。太陽が照りつける午後二時。真っ直ぐ本部へ向かうのではなく、コンビニでアイスとチョコレート菓子を買い、別の目的地を目指していた。
「あっ! おにいちゃん!」
タワーマンションの傍にある公園。そのジャングルジムのてっぺんで少年が叫んだ。ぴょんと飛び降り、真信乃へ駆け寄る。
「だいじょうぶ!? きーちゃんがまだねてるっていってたけど……」
「ああ、さっき起きた。もう大丈夫だ」
「そっか………よかった!」
満面の笑みを浮かべる男児に、真信乃はお菓子を渡した。
「お前のおかげで稀歩を救えた。ありがとう。今度改めてお礼するけど、ひとまずこれ」
「やったあ! きょうのおやつげっと!」
男児は棒アイスの袋を剥ぎ、かぶりついた。それじゃあと去ろうとする真信乃を、男児は手を振って見送る。
「ましのおにいちゃん! こんどあそぼうね! あっ! ぼく『たかみねゆうの』!」
真信乃は足を止めた。それは、男児に何か返答するためではない。彼の言葉に自然と足が止まったのだ。振り向くと、不思議そうにアイスを頬張る男児がいる。
「…………お前、『ゆうの』っていうのか?」
「うん! あれ? もしかしてぼく、おにいちゃんのなまえ、まちがえちゃった?」
―――こんな偶然があるのかと、真信乃はただただ驚いた。人気な響きでも、昔ながらの名前でもないはず。それなのにこんな偶然が起こるとは、ある種の運命を感じてもおかしくなかった。
「………いいや、合ってるよ。お前の名前が珍しいなって思っただけだ」
「そう? おんなじなまえのひと、あったことあるよ。それに、おにいちゃんのなまえのほうがめずらしいよ!」
「そうかもな」
じゃあ、と真信乃は踵を返す。『ゆうの』の見送る声を聞きながら、懐かしい姿を思い出していた。自分とよく似た黄色い瞳とネイビーの髪を持った、もうどこにもいない少年を。
「同じ名前の子に助けられちゃったよ……『
もう一度、会いたいな―――寂しげな弟の願いは、誰にも届かなかった。
*
本部に到着すると、真信乃は真っ直ぐ自分のデスクへ向かった。久しぶりに見るそこは綺麗に整頓され、一瞬場所を間違えたかと焦った。
「そういえば、編入前に整理したっけ」
座りつつ、記憶を呼び戻す。納得した真信乃は、報告書の作成を始めた。しばらくパソコンと向き合って作業していたが、不意に彼は気付く。
―――邪魔されずに過ごすのは、久しぶりだ。
キーボードを叩く指が止まる。デスクにいると、いつも必ず執月がすっ飛んできていた。毎日毎日飽きもせず、抱きつこうとしていた―――オレを洗脳しようとするために。
「………恐ろしい話だな」
真信乃は再び指を動かす。その頭の片隅では、どんな場所でも警戒を怠らないようにしようと決意していた。
報告書が完成したのは、午後五時だった。寝起きの脳にはハードワークであり、すっかり疲れきった顔でエレベーターを待っていた。
「おい、覇気が無いぞ。ガキ」
聞いたことのある……嫌でも聞き慣れた声に、真信乃は不愉快を隠さず振り向いた。隣に立っていたのは、仲斗よりも高身長で胸元までシャツのボタンを外している、茶髪の男だった。
「………なんだよ、団長」
騎士団長『龍宮寺透』は、真信乃の頭へ手を伸ばす。それを素早くかわすと、透は訝しげに部下を見下ろした。
「随分と警戒心が強いな。能条執月のせいか?」
「そうだよ。本部だろうと警戒するって決めたんだ」
「拾ってやった恩人すらも疑う精神、悪くないな」
エレベーターが到着し、二人は無人のそこへ乗り込む。下降し始めると、真信乃は扉を見つめたまま口を開いた。
「あのさ」
「なんだ?」
「………なんで、オレを騎士団に入れてくれたの?」
今まで気にしたことも、聞いたこともない疑問。どうしてだか、今になって聞きたくなった―――それは、希緒と話したからか?
「なんだなんだ? 急に不安になったのか?」
「不安?」
「自分の存在意義が分からなくなったか?」
そんなつもりはなかった。だけど、たしかに一抹の不安があるような気がする。
―――だって、団長が許可してくれなかったら、オレは今頃どうなっていただろう?
「珍しくガキっぽい顔してるなー」
不意を突かれ、真信乃は頭を雑に撫でられた。慌ててそれを振り払い、ぐしゃぐしゃ髪の下から睨みつける。その視線には怒りと不安が入り混じっていた。そんな彼に、透は大人の余裕な笑みを見せつけた。
「お前、馬鹿正直に全部話したろ? だから」
―――だから、の意味が真信乃には分からなかった。
「話したって……家出したこと?」
「そう。その経緯もお前の〝思い〟も全部、包み隠さず話したろ? だから」
「えっ? そんなことで?」
ますます意味が分からないと、真信乃の眉間にしわが寄る。正直に話すのは当然のことであり、その他に特別なことは何もしていない。それなのに、家出少年を入団させるに至った〝思い〟が何なのか、真信乃には本気で理解できなかった。
「そんなことでもないんだよ。あのな、正直に話すって結構すごいことだぞ」
「すごい? どこが? 正直に思ったことを話してるだけなのに?」
「正直に思ったことを話す………家族にならまだしも、赤の他人にそれができる人間はなかなかいないぞ」
そんなわけあるかと、真信乃は反論した。何故なら、彼は誰にでも正直でいるからだ。言いたくない故に遠回しの言い方をすることはあるが、嘘を吐いたことはほとんどない。もちろん一度も、というわけではないが数えられる程度だし、そもそもすぐにバレる。それが当たり前だったため、すごいと思ったこともなかった。
「本音をさらけ出す行為は、自らをさらけ出すのと同義だ。本音はそいつの〝思い〟であり、〝思い〟はそいつ自身だ。故に、人は本音を隠したがる。自分を否定されるのは嫌だし、都合の悪いことは隠したいもんだからな」
「そうかな……?」
「そんなもんだ。だからこそ、正直な人間は信用される。ま、お前は馬鹿正直すぎるけどな」
「ばっ……お、オレだって言わないことくらいある!」
「へえー。たとえば?」
真信乃はしばらく考え、ぼそぼそと答えた。
「……………へ、『変換』の魔力の詳細……とか」
「ほら、そういうところが馬鹿正直なんだよ」
「なっなんでだよ!」
「隠してることを聞かれて答える馬鹿がどこにいる。あ、ここにいたな」
「おっ……オレは馬鹿じゃない!」
「でも美徳だぞ。そういうところは大事にしていけ」
一階に到着すると、足早にエレベーターを降りる真信乃。しかし、圧倒的なストロークの差で透と並んで歩いていた。
「美徳だって言うなら馬鹿にするな!」
「馬鹿正直までいって初めて美徳になるんだ。中途半端な正直者は美徳でも何でもない」
「知るか! あーあ! こんな団長のいる騎士団なんか辞めよっかな!」
「辞めないでくれよ」
自動ドアが開く前で、真信乃は訝しげに振り向いた。まさかそんなことを言うなんて―――碧眼は妖しく光り、自分を見据えて笑う。
「―――なんて、言うとでも思ったか?」
「なっ……!」
「だからお前は馬鹿正直なんだよ」
じゃあな、と透は立ち去った。男の笑い声を聞かされながら拳を握る真信乃。こみ上げた怒りは、フロア全体に響き渡った。
「―――だから馬鹿じゃないって言ってるだろうがああああっ! くそ団長ーっ!」
あいつ、よく馬鹿正直に暴言吐けるな―――聞いた団員は全員そう思った。
*
「へー。結局学校には残るのか」
学校の屋上で、仲斗はフェンスに寄りかかった。数学の問題を解く真信乃を眺め、続けて空を仰ぐ。
「それじゃあこれからも毎日楽しく過ごせるな」
「お前の大好きな転生士は、もうこの学校ではほぼ出現しないんだが?」
「何言ってんだ。真信乃がいるから楽しいんだろ?」
真信乃が顔を上げる。にやにや笑う仲斗と目が合い、げんなりした。
「オレの高校生活は最悪だな……」
「そんなこと言って、結局残るんじゃないか」
「金に釣られた団長に命令されて! 仕方なく! いるだけだ!」
任務を達成した今、真信乃がこの学校に残る意味は無い。しかし万が一を心配した校長が契約を延長したせいで、彼はまだしばらくここに在籍することになったのだ。
「仲斗がいる学校なんて死ぬほど嫌だが……仕事なんだから仕方ないだろ!」
「そう言って、本当は嬉しかったんじゃないのか?」
「たった今、嫌だって言ったよな!? 都合良く解釈するな!」
憎たらしい顔に怒鳴りつけ、真信乃は興奮気味に問題を解き進める。仲斗は本当に鬱陶しいが、仕事である以上、登校拒否するわけにもいかない。こいつの言うことにいちいち食いつかないよう、広い心を持とう―――真信乃が深呼吸していると、屋上に田口と二岡が入ってきた。
「神崎君! 聞いてください!」
足取り軽く、二人は満面の笑顔で真信乃へ駆け寄った。
洗脳された訓練生達は、真信乃の説得もありお咎め無しとなった。洗脳された正団員も減給処分で済んだものの、団全体で再度素性の徹底調査が行われ、気の引き締めを図ることとなった。
「どうした?」
「実は俺達、卒業試験受かったんです!」
真信乃は目を見開いた。
「えっ……本当に?」
「本当です! 昨日、ギリギリでしたけど……」
「でもあたし達、これで正団員だよ!」
嬉々として話す田口と二岡。まさか合格するとは思っていなかったが、思い返せばこの二人が一番多く、真剣に訓練に励んでいた。それ故、真信乃もつられて笑みがこぼれた。
「おめでとう。よかったな」
「はい! 神崎君のおかげです!」
「ありがとう! あたし達、これからも頑張るね!」
二人を笑顔で見送る真信乃。これまで後輩の面倒などみたことなく、「教える」ことの楽しさを、少しだけ分かったような気がした。
「教師志望のやつは、こういう〝思い〟をやりがいだと感じるわけか……」
「僕は、真信乃と共闘してるときをやりがいだと感じるぞ」
「オレも、引退したら教官になろっかな……」
「真信乃の大人になった姿かー。ずっと小さいままなんだろうなあ」
「っ………教官になるなら、もっともっと強くならないとな」
「その前にそのひょろひょろな身体をどうにかしたらどうだ? 背も伸びないぞ?」
真信乃は咄嗟に唇を噛んだ。飛び出そうになった怒声を必死に飲み込み、消化する。
「ふう………危ない危ない」
「感情に振り回されてる真信乃、おもろ」
「だっ―――」
「マノセ君!」
逆流してきた怒声は、稀歩の声によってかき消された。助かったと安堵する彼の元へ、稀歩が慌ただしく駆け寄る。
「稀歩、よくやった。お前はオレの恩人だ」
「真信乃に恩を着せるのは簡単そうだな」
「意味分かりませんがマノセ君! これ見てください!」
稀歩が持っていたのは、とある漫画の単行本だった。見せられたページは物語の終わった後、作者によるあとがきページだった。そこには作者の直筆メッセージの他に、女の顔写真が載っていた。
「えっ……これって……」
真信乃は写真に釘付けになった。その女には見覚えがある。
そう。この学校で真信乃が出くわした二人目の転生士……「自分の物語を完成させたい」未練を持った彼女だった。
「私、何となく憶えがあったんです。それで調べてみたら、やっぱりそうでした」
「ど、どういうことだ? あの人は漫画を出してたのか?」
「いいえ。この漫画は、あの方の妹さんが描いています。お姉さんが遺した物語を元に……」
稀歩は漫画を閉じ、表紙を見せる。作者の欄には二人の名前……『霧谷ユウ、霧谷ハナ』と書かれていた。
「この漫画は、一世を風靡するほど人気作ではありません。ですが、こうして本になって多くのファンに愛されています」
まじまじと、真信乃は表紙を眺める。彼女の遺したものは報われている。それが余計に、彼女の未練を果たせなかった後悔を増幅させた。
「伝えたかったな……」
「ええ……」
稀歩の視線が仲斗へ向かう。彼はふんと鼻を鳴らし、そっぽを向いた。その態度に苛立つ一方、真信乃は漫画をひと撫でした。
「魔法で〝思い〟を消されても、無かったことになんてならない。こうして形に遺しておけば、その人の〝思い〟を汲み取ることができるんだな」
――――――生きたいと願った少年の〝思い〟も、たしかに存在していた。
だったら彼の……誰もが「死んでほしい」と願った希緒の〝思い〟も記しておこうと、記さなければならないと真信乃は誓った。
「……そういえば、ずっと聞きたかったんですけど」
稀歩に漫画を返し、真信乃は彼女を見上げる。
「学校で被洗脳者達に襲われたとき、マノセ君、魔力が無くなりかけてましたよね? でも、急に動きが戻って助けてくれて……あれ、何だったんですか? どこからエネルギーを補給したんですか?」
ああ……あの時かと、真信乃は自身の胸を指した。
「オレ自身の〝思い〟を吸い取ったんだよ」
「えっ……じ、自分の〝思い〟も変換できるんですか!?」
「すげー! 真信乃、最強じゃん!」
稀歩も仲斗も、目を輝かせて真信乃を眺めた。しかし、その対象者は憂鬱な表情で否定する。
「そんなわけないだろ。自分の〝思い〟を吸い取ると、しばらく感情が無くなるんだよ」
「か……感情が無くなる?」
「そう。喜怒哀楽はもちろん、疑問も欲求も乏しくなる。かろうじて食欲はあるけど、眠いことも分からなくなるからバッタリ倒れたこともある」
「なんだそれ。なんで自分のだけ?」
「さあ……詳しくは分からないが、〝思い〟を取りすぎてることが問題なんじゃないかって勝手に思ってる」
真信乃は胸に手を当てた。
「他人の〝思い〟は、たとえどんなに心を許していても壁がある。でも、自分には無い。自分の〝思い〟は自分が一番よく知っているから。だから、その差だと思う」
「なるほど……一理ありますね」
「でもさ、感情無くなって問題あるか? しばらくすれば戻るんだろ?」
「感情が無いってことは、危険を認知できないのとほぼ同義だ。刃物を持った人間を見たら? そうであると認識するだけで、その先何が起こるかを考えないし疑問にも思わない。そんな状態が長く続けば、いつの間にか死んでるかもしれないだろ」
「………まあ、たしかにそうだな」
―――真信乃は一度だけ、自分の〝思い〟を吸い取ったことがあった。しかし、その後二週間ほど感情が無くなり、車に轢かれて死にかけた。それがあって、もう二度としないと誓っていたのだ。
「……それなのにあの時、使ってくれたんですね」
落ち込む稀歩に、慌てて真信乃は付け加えた。
「良いんだよ。いざという時には躊躇わないって決めてたから」
「………ありがとうございます」
「じゃあ僕がピンチの時にも使ってくれよ? 真信乃」
「そうしてほしいならそれ相応の態度を取れ」
「これ以上真信乃に尽くせって? 真信乃は欲張りだな」
「逆だ! 尽くすな! 距離を取れ!」
結局また仲斗に食いついてしまったと、真信乃はため息を吐いた。こいつがピンチになっても助けないだろうなとは思うものの、果たしてピンチになる時があるのかと甚だ疑問だった。無駄にしぶとい、まるで黒光りするあの虫のようなやつが―――真信乃が睨むと、仲斗はわざとらしく笑みを返した。
「そうだ! マノセ君! これも見てください!」
漫画をバックにしまい、稀歩はポケットから手帳を取り出した。学生証ではない、しかし真信乃には見覚えのあるもの―――彼女がそれを開くと、真信乃は目を疑った。
「はっ……? これ………訓練証……だよな!?」
「はい!」
稀歩が見せたそれは、騎士団の訓練生が持たされる身分証だった。名前も顔写真も、間違いなく彼女のものだ。
「なっ……なんで!?」
「マノセ君の助けになりたいからです!」
「オレの……?」
稀歩が訓練証をしまうその挙動にも、真信乃は凝視してしまう。
「そんな理由で?」
「そんな、じゃないです。マノセ君は私の命の恩人です。私に生きる希望を与えてくれた騎士様です。だから、少しでも恩返しがしたいと思ったんです」
「だからって騎士団にって……分かってるのか? 命懸けなんだぞ?」
「命懸けなのはマノセ君も同じでしょう? だから、協力したいんです。マノセ君が少しでも生き残れるように」
緑色の瞳は、強く光った。それが嘘ではないと、真信乃は見て分かる。しかし、人のためにそこまで―――どうしても疑問が残ってしまう。そんな彼を見て、稀歩は手を差し出した。
「それなら、試してみますか?」
得意げに、自信に満ちた表情を見せる稀歩。その申し出がどれだけ覚悟のいることか、真信乃の魔力を知っているからこそ分かることだった。
だからだろう―――真信乃には、先に答えが分かってしまった。
「ああ―――じゃ、遠慮なく」
真信乃は手を重ねた。
―――思い描いていた答えは正しかった。
ある思い人の回顧録 かいり @kairi5
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